第1話「沈んだ町と、沈まない夢」
梅雨が明けきらない空の下、福岡県久留米市田主丸町。
土手の上から見渡す町には、数年前の豪雨の爪痕がまだ残っていた。
田主丸高校女子サッカー部。その夏、部員はたったの四人。
サッカー部と名乗るには、あまりにも少ない。
「これで終わりかもね、部活も」
試合後の控室で、誰かがぼそりと呟いた。
最後の大会、一回戦での完敗。
人数不足を補うために他の部から借りた助っ人たちは、申し訳なさそうに去っていった。
その中で、主将の早乙女みのりだけは、負けた悔しさよりも胸に残る“空虚”に立ち尽くしていた。
「こんな結末、町と同じやん……何もかも、元に戻らんまま終わると?」
田主丸町は、数年前の記録的豪雨で甚大な被害を受けた。
土砂崩れ、堤防の決壊、浸水した家屋。
家を失った人、仕事を失った人、笑顔を失った町。
みのりの家も、畑が流された。
今は仮設住宅を出て、小さなプレハブの作業場で、祖母と久留米絣を織っている。
「みのり、また機よっておいてよ。次の柄、頼まれとるけん」
祖母・ツヤは町内でも有名な絣職人だった。
誇り高く、妥協を許さず、伝統を守るためなら孫にも厳しい。
みのりにとって絣は「しぶい」「古い」だけの存在だった。
その夜、やるせなくスマホをいじっていたみのりは、偶然一本の動画に目を奪われる。
外国の街角。少年が一人、華麗な足技でサッカーボールを操っていた。
まるで踊るように、ボールと一体になるように――。
「……フリースタイル、フットボール?」
タグを辿ると、次々と表示される動画。
大道芸のような軽やかさ。スポーツというより、アート。
見物客が笑い、拍手を送り、通りが明るくなっていく。
それを見て、みのりはつぶやいた。
「……これ、うちらにもできるんじゃ?」
閃いた。
久留米絣と、サッカーと、フリースタイル。
町の伝統と、自分たちの青春を、ボールで繋げる。
「みのりー、あんたまた寝てないっちゃろ! 明日も練習やろが!」
部屋の外から祖母の声が飛んでくる。
みのりは返事をせず、スマホの画面を見つめたままニヤリと笑った。
「元気がない町やけん、うちらが笑顔ば見せちゃらんといかんやろ?」
画面の中のボールのように、夢が静かに転がりはじめていた。