07.黒金の舞姫(ノワール・ダンセーズ)
──数日後。
灰都の中心部、かつての軍施設跡地を拠点とする灰鴉の本拠。
重厚な扉の奥、淡い煙の立ち込める会議室で、男が煙管をくゆらせていた。
「……マルヴァスが……やられただと?」
部下の報告に、男の目がゆっくりと細められる。
「小娘一人に?」
「いえ……3人です。そのうちの一人がアーティという青年で観測の加護を授かり、戦術等の参謀役とみられます。もう一人はリーダー格のナギア。裁断者の加護を授かり、今回は2人の共謀にてマルヴァスがやられたと報告がありました。しかし……もう一人のリズという女のデータは……ありません」
「……データがない?」
「はい。加護の兆候も、能力の発動も確認されていません」
男の口元が微かに上がる。
そして、手元にある報告書と3人の顔写真のうちリズの写真を手に持つ。
「リズ……だったか。ならばそいつから片付ければナギアは動揺するだろう…ふぅ、面白くなりそうだ」
「では、どうしますか?」
「“黒金の舞姫”を送れ」
部下が小さく息を呑む。
「──ッ、あの姉妹を……?彼女、今もブラボラ様の直轄の処刑人ですよ……」
「だからいいんだよ。“お伽話”を終わらせるには、ああいう“現実”が必要なんだ」
ブラボラが口から煙を吐くと、その煙が不気味にゆらめいた。
⸻
アジトでは、いつも通りのやりとりが続く。
「それでね、その子が“ナギア様〜!”って言うから、ちょっと恥ずかしかったよね!」
「人気者じゃん」
「やめてよ〜!」
そんな中、リズはふと、アジトの屋上から街を見下ろしていた。
(……静かすぎる)
不意に、得体の知れない寒気が背を撫でた。
闇の奥で、何かがこっちを“見ている”感覚。
それは、リズが最も嫌う“殺気”の類だった。
「——来る」
小さく呟いたリズの声に、風が揺れた。
シュッ
リズの顔の横に何かが通る。
(やばいっ!!)
急いで屋上から飛び降りる。
「ナギア!アーティ!外に逃げて!早く」
「えっ!うん!」
意味もわからずとりあえずアーティとナギアは急いで外に出た瞬間______
ドンッ
屋根が爆発した。
瓦礫が吹っ飛ぶ中、爆風に耐えながら、ただこの状況を理解するために
みんなが恩返しに作ってくれた自分たちの家が壊れていくところを
ただ静かに見つめるナギアとアーティ。
「2人とも大丈夫?」
「リズ!どういうこと一体何が起きてるの?」
動揺しているナギアとアーティに駆け寄るリズ。
状況理解するためナギアがリズに声をかけるが、頭上から声を笑い声が聞こえる。
「あはははは。ねぇ~出てきたよマーズ。小汚いネズミが3匹が」
「シズ。うるさい。あなたのへたくそな攻撃のせいで気づかれずやるはずが、仕留め損ねてしまったではありませんか」
「え~。だって何もしないで静かに殺っちゃうなんてつまんない。もっと痛めつけて、苦しみの表情を浮かべるのを眺めたい!その瞬間のあの快感♡あぁ~たまらなぁ~い」
「はぁ」と小さくため息をするマーズと、自分の歪んだ仕事観に酔いしれるシズ。
二人とも黒いスーツを着ており、マーズはパンツ式のおしとやかそうな見た目に軽くカールのかかった黒髪ロング。シズはミニスカに左の足にレッグホルスターをつけており、ショートボブの黒髪。
2人をみて顔を青ざめるリズ。
「…リズ、顔色悪いけど大丈夫?」
アーティは心配そうにリズに声をかけると、シズがリズをみてにやりと笑う。
「あっれ~?なんか懐かしい名前が聞こえたと思ったら……もしかして出来損ないのリズ姉さまじゃない?」
「…出来損ない?リズ、あいつらと知り合いなの?」
ナギアはリズに尋ねるがリズは下唇を噛む。
その様子をみたナギアは何かを察して敵の2人を見る。
「まぁ、言えないことの一つや二つ、生きてたらあるでしょうよ」
「…ナギア…」
不安そうリズはナギアを見つめる。
「あら、代わりに私が教えてあげよっか?」
シズがそう尋ねるがナギアは首を横に振って剣を構える。
「家を壊すような人のいうことなんてどうでもいいよ。リズが話したくなったらその時聞くから。それよりさっきの会話から聞くに、きっとあなたたちもブラボラが寄越した刺客でいいかしら?」
今まで黙っていたマーズがにこりと笑う。
「あら、意外と勘は鋭いのですね。ナギアさん。それにシズ。名乗らないのは失礼よ。これから亡くなる方ですもの。冥土の土産に教えてあげますわ。私たちはブラボラ様の直属の処刑人【黒金の舞姫】ですわ。私が姉のマーズ。そして、こちらが私の妹のシズ。そして_____」
マーズはリズを指さしながら笑顔が突然真顔になり告げる。
「我がダンセーズ一族の出来損ないこと、私の妹でシズの姉のリズ。どうしてあなたが生きているのでしょうか?」
「えっ…リズってダンセーズ一族だったの!!?」
アーティがリズに尋ねる。リズは知られたくなかった感情から2人を睨む。
「うわ、こっわリズ姉さま」
わざとらしく怖がるシズ。
「アーティ、ダンセーズ一族って何?踊るの?」
転生してきたナギアは状況が読めずにアーティに小声で尋ねる。
アーティはこっそりとナギアに話す。
「ダンセーズ一族は、ここら辺で有名な暗殺一族だよ。見たことはないけど暗殺するときに、まるでダンスを踊っているかのように華麗で確実らしいよ」
「へぇ、そうなんだ!ありがとう」
「ちょっとそこ。何をこそこそしてんのよ」
2人の様子をみてシズが突っ込む。
ナギアはもう一度リズを見る。リズの目には、怒りと悲しみとそして少しの後ろめたさが見える。
それは家族に向ける眼差しではなく、元の世界で信じていたものに裏切られた時の眼差しと似ていた。
もう一度、刺客の2人をまっすぐ見つめるナギア。
「あんたたちが馬鹿だって話していたのよ」
「はぁ!!?」
ナギアの言葉にマーズは眉を寄せ、シズはブチ切れる。
「私たちの一体どこが馬鹿ですって!!!?」
その言葉にナギアはにこりと笑った。
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