05.夜の襲撃
──あれから数週間が経った。
ナギアたちは、暴力と搾取が支配していたスラムの路地裏で、少しずつ、誰かを助けるようになっていた。
病気の子どもに薬を運び、傷ついた老人を庇い、理不尽な支配に声を上げた。
最初は誰も信じなかった。
だが、次第に、街の人々は彼らの言葉に耳を傾け、名前を呼ぶようになっていた。
その成果もあり、恩返しにとアジトがリニューアルされ、一軒の家が建ち
2階に3人の部屋と1室はナギア用の執務室。
1回には、キッチンとみんなが話せるダイニング。洗面所とトイレができた。
夜、アジトのリビングにて。
「……ナギア、最近さ。なんか…ちょっと街の空気、変わってない?」
空になった皿を積みながら、アーティがぽつりと漏らした。
「うん、変わってるよ。皆、少しだけど“前を見よう”としてる気がする」
「ま、当然だね」
リズは満足げに頷き、串の先でナギアをつつく。
「うちの姉御が秩序を作りつつあるからね、ねぇ〜裁断者:ヴェリタス❤︎」
「やめてよその呼び方……それと汚いし危ない」
ナギアは苦笑いを浮かべた。
そのときだった。
____ギー
リビングのドアが開く。
長い黒のローブを羽織っている男が中に入ってくる。
3人に緊張が走る。
男はナギアを見つめてニヤッと笑う。
「…よう。ナギア。この間はハバルドをやってくれて助かったよ」
「ッあんたのためにやったんじゃないよ」
ナギアは男に対して冷静に答える。
男は頭のフードを取りながら答える。
「連れねぇ〜な〜。美人が台無しだぜ?まあいいが。俺の名前はマルヴァス。灰都のマフィア【灰鴉:ハイア】の幹部の1人さ。ハバルドは一応俺の部下でまぁ、下の面倒を見るチームリーダーみたいなやつだが、あいつがやたらと悪さばかりして俺も手を焼いてた訳よ」
マルヴァスは、黒のローブが似合わないような強面の顔に、プライドの高そうなツーブロ。
【…似合わな〜/似合わねぇ/似合わなすぎ…】
あまりの見た目のインパクトに内容が全く入ってこない3人。
しかし、ナルシストのマルヴァスに3人の反応は映っていない。
「俺もさ、向上心のある奴は嫌いじゃねぇ。だからさ、あいつを買ってたんだけどよ、あいつはさ_____」
「なんなのあいつ」
「マルヴァスって確か灰鴉の殺し屋集団のボスだよ。金を払えば必ず仕事を果たす。しかもボスのブラボラへの忠誠心が強くて信頼されてるって聞いたことあるよ」
「流石…アーティ。よく知ってるな」
「情報は力だからさ」
1人で自分の苦労話をカッコつけ話すマルヴァスに、3人はコソコソと話す。
それでもひたすら喋り続ける彼に、呆れたナギアが声をかける。
「ところで、そんなあなたが私に何のようかしら?こっちは今、満腹で眠いんだけど」
ナギアが軽口を叩いた瞬間、突然攻撃するマルヴァス。
リズが咄嗟に外に飛び出し、周囲の住人を避難させる。
「用だって?そんなもんブラボラ様にとって邪魔となるお前らを殺りにきたに決まってるだろ!」
「ナギアッ!!?」
ナギアは剣を構え、マルヴァスの攻撃に応じる。
──斬撃が交錯する。
マルヴァスの武器は、煙のように揺れる二振りの短剣。実体が薄く、ナギアの剣が通らない。
ナギアはかわしながら斬るも、一撃一撃に手応えがない。
「くっ…!こいつ、物理が通らない!」
「“煙化”だよ。お前の剣じゃ届かない」
笑うマルヴァスの刃が、ナギアの肩を裂く。
地に膝をつくナギア。血がしたたり落ちる。
「ナギア!!」
叫ぶアーティ。
マルヴァス愉快そうに笑う。
「ははははっ、稼業としている身からしたらお前らはなんだかんだ雛鳥みてぇなんもんだ。ピーピー鳴くことしかできない。調子に乗るから天罰が降るんだよ、わかったかい?ナギアちゃん」
「……ッ」
ナギアは肩を抑えながら立ち上がる。
「……本当に弱い奴は…鳴かない」
「は?」
ナギアの言葉に笑うのをピタッと止めるマルヴァス。
ナギアは頭に耐えながら言葉続ける。
「雛鳥が鳴くのは不安な状態を解決してくれる人がそばにいるから鳴く…でも…本当に弱っている時…泣くことも出来ない」
「だからなんだよ」
「お前がうるさいと感じてる声も集まれば力になる」
ザシュッ
「クハッ……」
ナギアの溝撃ちを殴るマルヴァス。
ナギアは必死に立とうとするが痛みでうづくまる。
「アホらしい。そんなものはどうにだってできる。金を積めば金を欲しいものが違う声を上げてくれる。権力とお金があればそんなものは全て無駄だ」
マルヴァスの言葉に、ナギアはゆっくりと顔を上げた。
血が頬を伝い、髪を濡らす。それでもその瞳は、決して揺らいでいなかった。
「——哀れだね、あんた」
「……は?」
「“声”を金でしか測れない奴に、何が見えるんだ?」
静かに、けれど鋭く突き刺さる言葉だった。
マルヴァスの眉がピクリと動く。
「“支配”してるつもりか? 勘違いするなよ。お前が集めてるのは“恐怖”で黙らせた雑音だ。私たちは違う。誰かの“希望”になって、初めて名前を呼ばれた——」
ナギアは剣を引きずるようにして立ち上がった。
「それを“無駄”って笑うなら、試してみな。金で動く“声”と、信じて叫ぶ“声”、どっちが重いか」
剣を振り上げ、構える。
まるでその身を賭けるように。
「この天秤に、お前の全てをかけてみろ、マルヴァス——」
その言葉に、マルヴァスの表情が変わった。
にやけた笑みが引き攣り、目の奥に憤怒の色が浮かぶ。
「……言ってくれるじゃねえか……お前みてぇな青臭ぇガキに、“格”を語られるとはな」
マルヴァスが地を蹴った。
煙のように揺らめく二振りの短剣が、ナギアに殺気を帯びて迫る。
ナギアは応じる。剣が閃き、空を裂く。
だが——
「っ——!」
一太刀を交わすが、もう片方の短剣が背後に回り込んでいた。ナギアの脇腹をえぐるように斬りつける。
「ぐっ……!」
再び、鮮血。ナギアの動きが鈍る。
「……終わりだ。“信じる力”がどうとか、そんな理想、ここじゃ通じねぇんだよ!」
マルヴァスが剣を振り上げる。
両刃の短剣がナギアの喉元へと迫る——