03.裁断者の目覚め
異世界に来てから数日、凪はようやく一人で歩けるようになっていた。
リズとアーティは仲がいいのか悪いのか分からない距離感で、あまり詮索してこない。
そのおかげで、少しだけ、心の整理をする時間ができた。
(──ここ、本当に現実なの?)
岩でできた粗末な家。
通る人間のどれもが汚れた布をまとい、鋭い目で周囲を警戒している。
剥き出しの石畳の道にはゴミと糞尿の匂いが充満し、子どもすら油断すれば物を奪われる。
まるで、かつて見たドキュメンタリーの世界。
けれど、これが今の自分の「現実」だった。
(どこからどう見ても、日本じゃないよね……)
看護師として働いていた時代が、夢だったみたいに遠い。自販機、コンビニもない。スマホも電気、ガスもない。
“人が人を蹴って笑う”という最低な光景すら、ここでは日常だった。
ふと、路地裏から怒鳴り声が聞こえた。
「誰がてめぇみたいな下民に意見を求めた!この役立たずがッ!」
バシッ、バシッ──と、打ちつける音。
凪が足を止めて振り返ると、痩せた男が地面に押し倒され、複数の男に殴られていた。
その目は涙と血に濡れ、必死に何かを叫んでいる。
「ま、間違ってるって…私は…言っただけで……!」
(……!)
怒鳴っている男の背後で、倒れていた人がこちらを見た。その目が、真っ直ぐに凪を捉えた。
「ナギアさん……!」
その瞬間、凪の時間が止まった。
目の前の男が、自分に助けを求めている。
だが──その足は、動かない。
(なに、これ……助けてって、言われてる?)
(でも、どうすればいいの。私はここのルールも知らない。助けたら、巻き込まれるかも……)
(それに──)
心の奥に、突き刺さるような言葉たちが蘇る。
『もう良いだろう!彼に何をしても時間の問題だ!』
『生かすことだけが全てじゃないのに…』
『別れたいんだけどさー、あいつめっちゃ硬いんだよな』
誰も、自分のことなんて見ていなかった。
信じた言葉も、気遣いも、全部一方通行だった。
(また…同じ過ちを、犯したくない)
凪は手を強く握り、彼から目を背けて逃げようとする。
「…っ!助けてください!!ナギアさん!」
(逃げるのは……楽だった。だって、向き合わなければ、傷つかない)
(でも……)
目の前の男が、血を吐くように叫ぶ。
「……た、助けて…ください……ナギアさん……!」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
誰かを“助けたかった”。
____でも、全てがうまくいかずに…逃げた。
もうこれ以上傷つかないように。
自分を守るために。
自分を否定して…死んだ。
なら今度こそ──
「……もう逃げない。 私情に振り回されず自分の判断で行動して人を助けたい!」
思わず口から漏れた言葉に、心臓がドクンと脈打った。
──その瞬間。
《加護____裁断者〈ヴェリタス〉を付与しました》
耳の奥で、鋭く澄んだ“声”が響いた。
空気が一瞬揺れ、凪の瞳の奥がぎらりと光る。
(な…なに?)
凪は動揺するが、今はそれどころじゃない。
凪は目を見開き、男たちの前へと走り出た。
「やめなさいッ!!」
怒声に、男たちは一瞬手を止める。
「私は……ナギア!その人を殴るのはやめなさい」
力の正体は分からない。けれど、
そのとき凪は──確かに、自分の意志でこの世界に生きる覚悟をした瞬間だった。
《運命の審判:フォルタ・ユーディキウム》
ナギアの口は途端に呪文を唱える。
すると、ナギアの目には暴力を振っていた男を中央にいて、白銀の天秤がかけられているのが見えている。
そこにまた、鋭く透き通った声が頭に流れる。
『これは相手の嘘を見抜く能力。嘘にも色々あります。こちらをご参照ください』
目の前にステータスバーが出る。
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天秤の示す裁定
心が天秤にかけられ白い丸と黒い丸がある。
心の声が聞こえ嘘が分かる
善意からの嘘→ 白く輝く。天秤は揺れるだけ。
自己保身・欺瞞→ 黒の天秤が下がる。
悪意・裏切り・偽善→ 黒の天秤が下がり、赤文字で罪と浮かび上がる。
※罪が表示された場合は、裁きを受けるまで相手は動けない。
《裁断の剣:レミナ》
真実を見抜くことで敵を倒すことができる武器。
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ナギアはもう一度敵を見る。
天秤は黒く、そして下がっている。
そして、頭にその男の声が聞こえてくる。
『こいつのアイディアを使えば、俺の手柄になってブラボラさんにも評価してもらえる。そうすれば俺は幹部になっていつかブラボラを倒せば俺はこの地区のトップだ』
「んあ?なんだてめー。女だからって調子乗ってっと、ぶっ◯すぞ!」
男がこちらに近づこうとする。
しかし、ナギアは冷静に判断する。
「自分の出世のために、その人の能力である知識をまるで我が物のように扱うその言動。自分の欲は真実を曇らせる」
「ッ!?…何、意味わかんねえこと言ってるんだよ!」
男はナギアに殴りかかろうとする。
ナギアは剣を出すと、剣は光を放っている。
(いける)
ナギアは自然とそう思った。
向かってくる男に対して剣を振う。
「うっ」
男は地面に倒れる。
「…やっちゃっ…た?」
『うぉぉおおおお』
凪は倒したことへの恐怖感に戸惑っていたが、それを掻き消すかのように周りにいた人たちは歓声を上げる。
「おい、あいつハバルドをやりやがったぞ」
「これで安心できるわ」
「…おい、それよりもボロボロあいつを助ける方が先だ」
周りが活気ついている間、凪は静かに心が熱くなっていた。
(怖かった…でも…私でも助けることができた…。)
新たな名と加護を得た、“ナギア”としての第一歩だった。