13.白銅商会
一方その頃──ナギアとアーティは灰都の街へと足を踏み入れていた。
街中は、以前よりも殺伐としていた。
至る所に貼られている手配書。
壁にも柱にも、どの酒場の入口にも──ナギアとアーティ、そしてリズの名前と顔が刻まれている。
「……俺たち、すっかり有名人だな」
アーティが顔をしかめる。
「まあ、いい宣伝にはなるんじゃない?」
ナギアは肩をすくめ、どこか余裕のある声で返す。
「ナギア、そんな呑気なことを言って……。見ろよ、あの目。俺たちを見つけたら金になると思ってる顔だ」
道ゆく人々は、ちらちらと二人を見やり、囁き合っていた。かつて彼らが助けた者たちでさえ、目に映るのは感謝ではなく、金欲に濁った光。
アーティは苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「……あれだけ助けてやったのに、結局は金か」
ナギアは首を横に振る。
「苛立つのもわかるけど……人間なんてそんなもんだよ。追い詰められれば、心だって簡単に揺らぐ。
だからこそ私たちは、見極めなきゃいけないんだ」
ナギアの言葉に、アーティは黙り込む。
だがその瞳は、納得というよりは反発を押し殺す色をしていた。
二人は人気のない路地裏へと身を潜め、そこで声を落とす。
「で……本題だ」
アーティが手元の地図を広げる。
「リズが潜入してる間、俺たちは街で“ブラボラと繋がってる連中”を探す。金の流れを押さえれば、奴の根を断ち切れる」
「そうだね。灰鴉の資金源か、息のかかった組織……」
ナギアは顎に手を当て、しばし考え込む。
「……聞いたことがある」
アーティが声を潜めた。
「裏市場を仕切ってる“白銅商会”。奴らはどのマフィアにも属さない中立を気取ってるが、最近になってやけに勢力を伸ばしてる。どう考えても、誰か大物と繋がってるはずだ」
ナギアは目を細める。
「それが、ブラボラ……か」
ちょうどそのとき、路地の奥から酒に酔った男たちの話し声が聞こえてきた。
「……聞いたか? 白銅商会、また“灰の運び屋”と取引したらしいぜ」
「ブラボラの影が動いてるって噂もあるしな。俺は関わりたくねぇよ」
ナギアとアーティは目を合わせた。
「なぁ、今の話を聞いた?」
「白銅商会が“灰の運び屋”と繋がってるって……。聞いた連中からもっと探れば、ブラボラに近づける」
そう言って、ナギアは今にも話していた男たちに歩み寄ろうとする。
だが、アーティが素早くその腕を掴んだ。
「待て。俺たち、今どういう立場だと思ってる」
「……あ…」
ナギアの頭にフッと浮かぶ、至る所に張り出されてる手配書。それを思い出し動きを止める。
「そうだ。下手に顔を出して情報を聞き出そうとしてみろ。“俺たちを差し出したら賞金がもらえる”って考える奴らばかりだ。あいつらが俺たちに協力する可能性なんてゼロだ」
アーティの冷徹な言葉に、ナギアは不満げに口を結ぶ。だが、その言葉の正しさも理解していた。
「……じゃあ、どうするんだ」
「繋がりを直接たどるより、まず“白銅商会に詳しい人物”を特定することが先だ。それに、このまま突っ込んだらリズの潜入が無駄になる」
アーティはナギアに視線を合わせる。
「ここは一旦引いて、リズと情報を合わせよう。動くのはそれからだ」
ナギアは数秒の沈黙ののち、深いため息をついた。
「……そうだね。戻ろう」
二人は街を離れ、灰都近くの森の洞窟へと戻る。
そこではすでにリズが待っていた。
「遅かったじゃない」
腕を組んで壁に寄りかかるリズ。
ナギアが苦笑しつつ切り出す。
「ちょっと寄り道してた。でも、収穫はあったよ」
アーティも頷く。
「俺たちは“白銅商会”って組織に行き着いた。資金源のひとつになってるらしい」
リズは目を細める。
「白銅商会かぁ。……前までは凄腕の商人がトップに立っていたけど、どうやら数年前に辞めたらしい。新しいトップになってから裏市場を牛耳るようになったって聞いてる」
「…新しいトップって誰なの?」
ナギアはリズに尋ねるがリズ首を横にふる。
「知らない…。警戒心が強いというか秘密主義というか白銅商会でも本人にあった人なんていないんじゃないかしら…。命令も全て紙で、しかもなぜか内容を理解したら勝手に消えるらしいのよ」
その言葉を聞いて、ナギアもアーティも驚く。
「仲間も知らないって…それって本当に存在するの?」
「しかも、内容も外部に漏れないように対策している…。勝手に消える…魔法使いの類か?」
「わからないけど、それも含めて探らないといけない。じゃないと、ブラボラは“灰都の復活”なんて計画を立ててる。その裏で、街を完全に階級制にして支配するつもりみたい。“白銅商会”は、その計画を回すための歯車のひとつよ」
洞窟に重苦しい空気が落ちる。
「つまり……」
ナギアが剣の柄を握りしめる。
「白銅商会を追えば、ブラボラに届くってことね
それにアーティも頷く。
「けど、動くには準備がいる」
ナギアが静かに口を開く。
「……私たちはもう賞金首。街で軽率に動けば、袋叩きにされる。でも白銅商会の内側に入り込まなきゃ、計画は止められない」
リズは腕を組み、淡々と頷いた。
「なら、動くのは私。影葬者の力は使わない。別の手で潜り込む」
アーティが怪訝そうに眉をひそめる。
「別の手って……危険すぎるだろ。いくらお前でも」
リズは薄く笑みを浮かべた。
「アーティ、私を甘く見ないで。私は元・暗殺一族の人間。内部に取り入る方がずっと楽なのよ」
ナギアとアーティは息を呑む。
ナギアはしばし考え、まっすぐリズを見た。
「……頼む、リズ。じゃあ私は正面から暴れる。街の連中が私を狙ってくるなら、それを逆に利用する」
「ふふ。ナギア、本当は市民に苛立ってるんじゃない?」
リズが意地悪そうにからかう。
ナギアは首を横に振る。
「違う。ただ、今日見て思ったの。普通の市民は私たちを避けてる。目を光らせてるのは同職の連中。なら、力の差を見せれば、かえって動きやすくなる」
黒い笑みを浮かべるナギアに、リズも満足げに頷いた。
「じゃあ、俺は裏方だな」
アーティが肩をすくめる。
「資金を作る。情報も金も、結局そこに行き着くんだから」
三人の役割は決まった。
_____潜入、陽動、後方支援。
それぞれの強みを活かす、灰都での次なる一手が始まろうとしていた。
さぁ、この後どうなるのか。
お楽しみに〜