12.情報収集
──灰都近くの森。
木々に隠されるように口を開けた洞窟の中。
湿った石壁にランタンの明かりが揺れ、わずかな荷物と毛布だけが並んでいる。
街から追われるように逃げ出したナギアたちは、ひっそりとそこを拠点にしていた。
テーブル代わりの木箱の上に、手配書が無造作に広げられている。
「生死問わず 多額の賞金」と大きく書かれた文字が、三人の表情を重くした。
ナギアは、焚き火の火を見つめながらつぶやく。
「……どうして、こんなことになっちゃったんだろう」
「どうしても何も、仕組んだ奴がいるに決まってる」
アーティが苛立ちを隠さず吐き捨てる。
「散々助けてきた街の連中まで、金欲しさに俺たちを売ろうとする。ムカつくぜ」
リズは静かに立ち上がり、洞窟の入口から夜空を見上げた。
「……おそらく、ブラボラの指示よ」
ナギアとアーティの視線が集まる。
「マルヴァスも、“黒金の舞姫”もブラボラの駒。
なら、今度は私たちを街から排除するために賞金をかけたって考えるのが自然」
「……だとすると、調べる必要があるな」アーティが拳を握る。
「証拠を掴めば、俺たちが正しいって示せる」
「そのために潜入が必要ね」
リズの声は冷たいが、揺るぎない。
「私なら行ける。影葬者の力がある。影を渡り、気配を断つ。闇に潜むなら得意分野よ」
ナギアは心配そうに眉を寄せた。
「でも、危険だよ……」
リズはちらりと笑った。
「危険を承知でやるの。……それに、私は元々暗殺一家。こういうのは専門分野だし…得意な人がやるのが1番いいでしょ?」
アーティが小さく鼻を鳴らす。
にな。俺がいくら能力で見えるといっても、うまく隠れながらとなると時間がかかっちゃうしな」
「私が潜入してる間に、2人は街で噂を探って、この噂を流した協力者を探し出すのと…うまく逃げ回って欲しい」
リズは背を向け、洞窟の闇の中でマントを羽織った。
ナギアはしばらく考え込んだ末、力強く頷いた。
「……分かった。リズ、頼んだよ」
リズは闇に消える直前、ほんの少しだけ優しい表情を見せた。
「任せて。……帰るまで待ってて」
そして、夜の森へ。
影のように音もなく、彼女の姿は洞窟から消えていった。
──灰都、ブラボラのアジト。
重厚な鉄扉の奥、ブラボラの居室。
豪奢な椅子に腰かけた男は、机を拳で叩き割らんばかりに荒れていた。
「なぜだ……! なぜ、あの小娘どもを捕らえられん!」
部下たちは床に頭をすりつけ、震えながら弁明を繰り返す。
「し、しかし……市民に賞金をかければいずれは……」
「愚か者が!」
ブラボラの怒声が響き、煙管を握る手がギリギリと音を立てた。その様子を、部屋の影に溶けたリズは静かに見ていた。
(……やっぱり。やつが黒幕)
リズの身体は壁や床に落ちる影と一体化している。
呼吸も鼓動も沈め、ただ音と声を拾う。
「……だが、奴らを捕らえられぬとしても構わぬ。
本当の計画は、もっと先にあるのだからな」
ブラボラは煙を吐き、にやりと歪んだ笑みを浮かべる。
(本当の計画…?)
リズは、ブラボラの言葉に耳を傾ける。
「“灰都の復活計画”──。
廃れたこの街を、私の力で蘇らせる。
旧き秩序も人間の自由も要らん。
必要なのは、従順と支配だ」
沈黙する部下たちに、ブラボラは指を折りながら告げた。
「1つ、自分に合わぬ者は容赦なく排除する」
「2つ、生き残った者には階級を与える。
それは一生覆らぬ──子も孫も、死ぬまでだ」
「3つ、重税を課す。払えぬ者には体罰を与え、見せしめとする」
部下の一人が思わず声を震わせた。
「そ、それでは……今住む人々は……」
「苦しもうが知ったことか」
ブラボラの目が爛々と光る。
「奴らは“新しい灰都”を築く礎にすぎん。
生きるも死ぬも、私の気分次第だ」
影の中で、リズは拳を握りしめた。
(……こいつ…人の命をなんだと思っているんだ!こんな計画、絶対に許せない)
ブラボラがさらに続ける。
「近々、あいつらを呼び戻す。奴らに反抗する者は皆、吊るし首にするがいい」
その言葉を最後に、リズは闇を伝い部屋を後にした。
心臓は早鐘のように鳴っていたが、その瞳は冷え切っていた。
(……ナギア。アーティ。今すぐ伝えなきゃ)
──影の力を纏い、リズは夜の街へと溶けていった。
いつも読んでくださって、本当にありがとうございます。
皆さんのおかげで、今日も楽しく書けています。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。