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君じゃない君を見てる

作者: 陽凪 優衣

過去にカクヨムに上げたものです。


 『鈴夏れいか、そっちの荷物を頼む』

 『うん。────さくくん、重いの運んでくれてありがとう』

 俺たちは一年前、キャンプに行って────

 『……荷物が少ないからって油断してると、足を滑らせて泥まみれだぞ?』

 『ふふっ…大丈夫だよ? こう見えてわたし、結構体幹強いんだから。咲くんこそ、転ばないように気を付けてね?』

 『それこそ、いらない心配だよ』

 ……そこで、事故に遭った。



 「咲~! おっはよ~!」

 大きく元気な声と共に、自室のドアがバンと開けられる。

 「ふぁぁ………いきなり入るなって言ってるだろ、鈴夏」

 そこに立っているのは、お隣さんで友達(・・)静夜しずや 鈴夏れいかだ。俺が一年前に引っ越してきてからできた友達で、今は同じ高校に通う同級生だ。

 「でも、ノックしただけじゃ起きてこないじゃん」

 「それはそう」

 とても元気な女の子で、学校では男女関係なく友達の多いクラスの中心的な人物だ。そして、その純真な明るさと整った容姿から、多くの男子が好意を向けている……らしい。そんな学校のアイドルが今、俺の部屋に来ている。

 「だとしても、そう簡単に男の部屋に入るもんじゃないぞ」

 「そんなこと分かってるよ…! わたしだって、咲の部屋じゃなかったら入んないもん!」

 ぷいっ──と頬を膨らませてわざとらしく首を振る。…きっと、見境なしに男の部屋に入るような人間ではないと言いたいのだろうが……正直、出会ってからたった一年、俺の何がそこまでの信用を得たのかはさっぱりわからない。

 「こりゃあクラスの男子連中だったら、さぞ大喜びだろうな」

 「………?」

 ちょっとした皮肉にも疑問符を浮かべて………そういうところだぞ。

 「よくわからないけど、今週はおばさんたち居ないんだから早く支度しなさいっ! 朝ごはんはもう作ってるから、冷めないうちに食べちゃってよ」

 とてもお母さんじみた発言だが、実際、俺のずぼらな生活を憂いて親同士が話した結果、親のいないこの一週間は鈴夏がいろいろと手伝ってくれることになったのだ。だから今、この家の事はだいたい鈴夏がやってくれている。

 「いつもありがとな、ほんと」

 ただのご近所付き合いのためにここまでしてくれるなんて、言葉を尽くしても全然足りないくらいだ。

 「どういたしまして。…といっても、今日が初日だけど」

 「そう……だったな」

 ……そうだ。こうして鈴夏が世話を焼いてくれるのは、今日が初めて……。

 「それじゃあ、先に降りてるね」

 言って、扉を閉めて部屋を出ていく。

 「────っ…!」

 鈴夏の足音が遠のいてから俺は、叫びだしたい気持ちをベッドに殴りつける。

 「……やっぱ、一年たっても慣れないな」



 この町に引っ越してくる前は高層ビルの立ち並ぶ都市の中心に住んでいた。どこもかしこも人工物だらけで、目に飛び込んでくる緑は申し訳程度の街路樹とかだけだった。だからなのか、自然が豊かな場所にとびきりの憧れを持っていた。

 キャンプをすると自然に触れられる。感じられる。だから昔は、気の合う幼なじみと一緒にいろんな場所に行っては、草葉を感じて虫の音を聞いていた。

 だが一年前の夏、幼なじみの鈴夏は足を滑らせて山を転落した。そして、あの世話焼きでおしとやかな彼女は、そこで死んだ。

 その時に初めてこの上ない憎悪を自然に対して持った。こんなことなら、舗装されて危険の悉くを排除された街にいた方が何倍も幸せだったと、そんな自然に憧れた自分が大嫌いになった。

 今はもう山にも川にも何処にでも、危険が付きまとう場所へ行くことはない。ただ彼女の近くで、彼女のことを支えたい。

 ────それが、俺にとっての慰めにすらなっていなかったとしても。



 「おっはよ~~~!」

 ダッシュでクラスに駆け込んで、元気な挨拶をかます。クラスのみんなはそれぞれに鈴夏を見て挨拶を返す。少し遅れて、俺は教室に入ってく。

 「咲おはよ」

 特別挨拶も何もせずに入ってきた俺に、近くの席の男子たちが挨拶をくれる。それに応えてから席について、ふと変な会話が聞こえてくる。

 『おい、咲は明日、静夜さんと予定あるのか?』

 『てか、毎度のことながらなにすました顔で静夜さんと登校してんだよ、おい!』

 前方から聞こえてくる謎の会話を聞き流しつつ、鞄から荷物を取り出す。 …まあ、鈴夏と登校して何か言われるのはここにきてからもう何度も聞いてるし、たぶん本気で怒ってるとかはないと思うからいつも通り聞き流すのだ。

 そんな事より、今気になるのは黒板前の女子の集団だ。真ん中には鈴夏がいて、それを取り囲むように複数の女子が輪になっている。このお団子状態自体は何も珍しくはないが、先ほどからチラチラとこっちを見てくる視線と、真ん中で真っ赤になっている鈴夏が目をおもむろに逸らしてくるのが気になる。

 「──おいってば!」

 「うぉあ!?」

 突然体をゆすられて、思わず変な声が出る。

 「…で、どうなんだ? 明日の予定は」

 見れば、いつの間にやら集まっていたクラスの男どもが、鋭い視線で俺を凝視している。やはり、無視はよくなかったか…。

 「俺の予定なんて聞いて、何になるって言うんだ……」

 「そりゃ簡単だ。お前が明日クリぼっちだというのなら、それはつまり、…静夜さんがフリーということ! さあ、答えたまえ!! 春海はるみ さく!!」

 とんでもない勢いの男子連中の圧に押しつぶされそうになる。鈴夏の予定を知りたいなら、本人に聞けばよいものを…。というか、俺がぼっち確定だったとしても、鈴夏がどうなのかなんてわからないだろうに…。

 「分かった。鈴夏のことは分からないけど、俺なら何も予定はないよ(・・・・・・)

 この圧に負けないように、声を張って宣言する。

 すると、目の前にいた男子たちの表情が一変。可能性に満ち足りた満面の笑みを浮かべて互いにガッツポーズをする。鈴夏が人気なのは知ってたが、……何というか、内心落ち着かない。

 「鈴夏に迷惑かけるようなことはすんなよな……」

 とても他人に言えた立場ではないが、これから来るであろう男子たちの猛アタックを想像すると、少し可哀そうだ。

 そんな沸き立つ男子たちに、一つの影が歩み寄ってくる。見れば、耳まで真っ赤になった鈴夏が目の前に来ている。

 「あの……ちょっといい?」

 鈴夏が震えるような声でこちらを見つめる。そして同時に、騒がしかった男子たちが静まり返る。

 「どうかしたのか?」

 「あのね、一つお願いがあって……」

 いつも元気ではきはきと喋る鈴夏にしては珍しく、なにか躊躇うような、緊張しているかのように口をパクパクさせている。

 「大丈夫。なんでも言ってみてくれ。ちゃんと受け止める」

 そう言葉をかけると、パクパクと動いていた口が止み、そして意を決したように視線が合う。

 「────明日、わたしとデートしてくれませんか?」



 「まさか、こんなことになるなんてな……」

 洗面器の前で髪を整えて、それっぽい服を着て、身だしなみを整えて荷物を持つ。

 「あの後はほんと、ひどい目に遭った…」

 鈴夏がデートのお誘いをしてくれてから昨日一日中、男子からは睨まれ、女子からは噂され、…本当に、生きた心地がしなかった。

 それに────

 「君はもう、いないってのに……」

 過去に好きだと言ってくれた女の子はもういなくて、その幻影を見てる相手にはデートに誘われる…。

 「どうすりゃいいってんだ……」

 行き場のない虚しさを握り締め、戸締りをして家を出る。

 すると、

 「…お、おはよう咲」

 すぐに彼女は現れた。

 「おはよう鈴夏。待たせたか?」

 「ううん、今来たところ」

 今日は時間を待ち合わせて家の前で会う予定にしていた。だから、笑顔を向けてくれるその指先が赤いのを見れば、それが嘘だなんてことはすぐにわかる。

 「じゃあ行こうか。今日はちゃんとエスコートさせてもらうよ」

 まだ暖かい自分の手を差し伸べる。

 「────うん、よろしくね、咲!」


 家を出てから少し歩いて、ふと鈴夏を見る。

 鈴夏は普段、冬でも短めのスカートを履いたり、肩や首が広く開いている服を着たり、その元気な性格が現れたような服を着ることが多い。本人曰く、『わたしらしくて可愛い』とのことだ。

 だが今日は打って変わって、大人びた落ち着いた雰囲気の服装をしている。本人のポリシーに準じていない、初めてみる服装だ。

 「今日はなんだか、いつもとは違う可愛さが出てるな。綺麗だよ」

 「へへ…ありがとう。わたしも最近気づいたんだ~。意外と、こういうのも似合うんだなって」

 いつもと違って、柔和な笑みを浮かべている。

 「……」

 今日の鈴夏は綺麗だ。服も、笑い方も、いつもとは違うことが多いけど、そのどれも本当に美しく思う。まるで、あの子みたいだと。

 「どうかしたの?」

 「……いや、なんでもないよ。行こう」

 …そうだ。この妄執だけは、絶対に知られちゃいけない。



 デートをしたのは実に一年ぶりだが、何とかしっかりエスコートできたと思う。女の子が好きそうなところに行ったり、定番のデートスポットを巡ったり、何より、鈴夏がずっと笑顔でいてくれて安心した。

 陽も沈み始めてきて、最後にとどこか行きたい場所を聞いてみることにした。

 「それじゃあ…行ってみたいところがあるの。ついてきてくれる?」

 それだけ言うと、俺の手を取ってさっさと歩き始めた。どこへ行くのかと聞いても、何も答えてくれず、長い時間移動してようやくついたころには、もう空は真っ暗っだった。

 「…わたし、ずっとここに来たかったんだ」

 着いたのは小高い丘の上で、目の前には大きなイルミネーションが広がっている。

 「この景色を見たかったのか?」

 「ううん、それもあるけど、わたしがここに来たかったのは────」

 そこで言葉を切って後ろを振り向く。

 「────咲くん(・・・)と自然の中にいる時間が好きだから」

 「──っな…」

 「二人っきりで緑の中を歩き回って、おしゃべりして、ぼーっとして、そういう時間が好きだったから」

 「思い出して…」

 「あはは…まだ全然分からないことだらけだよ? ただぼんやりそんなことがあったかなってくらい」

 「………」

 「だけどね、その時間がとっても幸せだったってことは覚えてる。だって、この気持ちは今も昔も変わらないから──────」



 咲くん、わたしはあなたが■■。これからも、ずっと一緒に居たい。

 どうかわたしを、見てもらえますか?



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