ナーロッパ世界的冒険者ギルドでのひとコマ
良くある世界で、よくはない設定の主人公…………を横から見てるモブ達の会話。
ここはよくあるナーロッパな異世界。
そんな世界の、国にさえモノを言える世界規模のよくある超組織である、そこらのよくある街にある、ありふれたよくある冒険者ギルドのよくあるスイングドアを押してすぐのよくある場所。
そこはお役所みたいなよくあるカウンターが並びつつ、酒場が併設された賑やかなよくあるホールみたいになっている。
その酒場部分では今日は休みだと、又は依頼終わりだからと、酒を呑みがやがやといつもの光景が繰り広げられていた。
と思ったのだが、今日は違った。
酒場からの音が、ふいに途切れたのだ。
それは酒場だけでなく、ホールにいるギルドスタッフと冒険者問わず全員が、とあるモノに視線を奪われていた。
「なあ、アレはなんだ?」
途切れた音の隙間で、こっそりとベテラン冒険者に話しかける新人冒険者。
その新人に言われたアレは、先ほどギルドにスイングドアを押さずに入ってきたモノで、ホールの床板をチャカチャカと引っ掻くような音を立てながらカウンターへ移動している。
これに対してベテランは、全てを悟ったようなアルカイックスマイルで返した。
「アレにかかわるな」
新人は気付かないが、実はベテランは小刻みに震えている。
「え、なんで? だってあれ、犬のパピヨンでしょ? もしかして、アレの飼い主がこの街の領主様だからとか?」
パピヨンとは、耳の形が蝶々みたいに大きく広がっているのが特徴の、とても愛らしい小型犬である。
新人は深刻なまでに混乱するが、ベテランはゆっくりと首を横に振る。
「アレは冒険者だ」
「!? 犬でも冒険者になれるんですか!?」
その思いがけない事実をベテランから教えられた新人は驚愕するが、とても信じられるようなものではないだろう。
それからベテランに「少し静かにしていろ」と言われた後、今ホール内で唯一動いているパピヨンを観察することにした。
当のパピヨンだが、とあるカウンターの前まで来たらその体から魔法の光が溢れ出し、体が浮き上がり、カウンターの上へ乗り上げる。
「【浮遊】の魔法! あのパピヨンは何者なんだ?」
なんてまた驚いた新人だが、今度はそんな新人にベテランは取り合わなかった。
それどころか「くるぞくるぞ」と何かに備え、身構えているように見える。
そんなベテランの怪しい様子を訝しみ眉根を寄せようとした所、新人の頭に落ち着き払った重く渋い声が響いた。
《ドラゴン種を2頭ほど狩ってきた。 丸々回収してきたから、解体所へ案内してくれ》
「は……はいっ! ただいま!!」
慌ててパピヨンの道案内の為に動き出すカウンターの担当者をよそに、困惑でいっぱいな顔をした新人がベテランを見る。
「さっきの頭に響く声はパピヨンの【念話】だ」
腕組みをしたままアルカイックスマイルなベテランが教える。
よく見るとスマイルの奥にある目が白くなっていたが、それは誰にも気付かれていない。
「なにも武装していないただの犬と思われがちだが、ヤツはとんでもない容量の【収納魔法】でとんでもない質のあらゆるモノを大量に持ち運んでいる」
「でも犬だろ? 武器とか使えないよな?」
「人そのものの姿をした、幽霊みたいな魔力体を出せて、それで物を扱える。 あらゆる武器をその魔力体に使わせて戦う姿はとても恐ろしかったし、武器だけじゃなくペンやナイフ・フォークなんかの日用品も器用に使いこなせる」
「そんなに魔力体って強いんか?」
「強い。 ここに居る冒険者が束になってかかっても、国の軍や騎士団なんかでも、手加減された上で一蹴された」
「は? 弓や魔法とかで遠距離ならイケるだろ?」
「あのパピヨンは、あらゆる魔法を使えるし。 その弓や魔法は軽くあしらわれた」
「ひっ……!!!」
「そもそもあのパピヨンがここのギルドでの2回目の依頼から帰ってきた時、何でもない顔してロープで数珠つなぎにした野盗達の50人位の大集団を引っ張ってきたほどだぞ?」
「………………(顔面蒼白)」
「さらにあの可愛い姿で恐ろしく強いってんだから、カルトじみたファンクラブまでてきちまってな。 もう、ここでは手を出すなが常識なんだよ」
「そんなの……そんなのが許されていいのか?」
「聞いてたろ? ドラゴンなんて価値のあるモノを最良な状態でいくつも簡単に狩ってくるから、ギルドだって手放したがらねえ。 むしろあのパピヨンを邪魔しようとする木っ端冒険者をこそ、ギルドが潰しにかかるぞ。 大人しくしとけ」
とんでもない情報の濁流にもう気絶寸前の新人相手に「分かったろ?」と言いながら頭ポンポンするベテランだった。
犬TUEEE!!!