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聖域の桜が散ってしまった夜、界はそうなってしまった経緯を説明するために両親を茶の間に呼び出した。しかし息子から『話し合いの席を設けたい』と改まって言われても、界の父母に動じたような様子はない。すでに全てを承知しているかのように落ち着き払っている両親を前にして、界は今までに感じたことのない重圧感を覚えながら口火を切った。
「すみません。俺の責任です」
深く頭を垂れて謝罪した後、界は簡略に聖域で起こった出来事を説明した。界の両親は口を挟むことなく話に耳を傾けているため、静かな茶の間には界の苦々しい声だけが聞こえている。実際に苦い思いで経緯を説明していた界は、あまり時をかけずに話を終わらせた。顔をしかめて黙り込んだ界に代わって、信濃家の当主らしく不動の静けさを保っている彼の父が口を開く。
「この結果は『守護者』が望んだことだ、仕方がない。それに界、後悔はしないはずだろう?」
「……はい」
「ただ、責任は取ってもらわなければならないだろうな」
「わかっている、つもりです」
この結果は確かに女神が望んだものではあるのだが、それと同じく界が引き起こしたものであるとも言うことが出来る。守護者の望みは界の望んだ結末とは正反対のものだったが、それでも、責任はとらなければならないのだ。界がそうした思いをこめて頷くと彼の父は次に、界の隣に座している雪に視線を移した。
「すでに解っているとは思うが、あの方がいなくなってしまった以上、使いである君が聖域を守護しなければならない」
「わかってるわ、そんなこと」
「うん。でも、雪ちゃんはまだ未熟だ。これから力の使い方を学ばなければならない。雪ちゃんが完全な『守護者』となれるまでは私達が庇護をする。いつもの通りにね」
守護者と庇護者、それは先祖代々培われてきた関係。村を守護する女神を庇護することで、信濃家は昔から密かに村を護ってきたのだった。
雪との話を終え、界の父親は再び息子を振り向いた。これから告げられるであろう言葉に先立って、界は身を硬くする。
「そこで、界」
「はい」
「少し早いとは思うが、お前に当主の座を譲る」
信濃家の当主は何よりも聖域を護ることを優先し、ひいては村の平穏に心を砕かなければならない。身勝手な言動は抑制されなければならず、時には自分を犠牲にすることも有り得るだろう。覚悟を決めなければならないのは雪だけではないのだ。それが、責任をとるということなのだから。
今回の件がなくともいずれ、信濃家の一人息子である界は当主の座を引き継ぐことになっただろう。しかし十四歳という若さで背負うには自分があまりにも未熟であることを承知している界は目を伏せ、それでも当主の言葉には頷き返したのだった。
「たぶん、姫様は最初からああするつもりだったのよ」
信濃家当主の継承が口伝だけで執り行われた後、朧月が照らす縁側に座り込んだ雪がぽつりとそんな言葉を零した。雪と並んで縁側に腰かけている界は私室の前に広がる庭園に顔を据えたまま、彼女の独白に応じる。
「そう、思うか?」
人間である友人が人ならざる者である女神と共に姿を消した。それが何を意味するのか、界はまだ整理のつかない頭で考え続けている。静止してしまったかのような思考を貫くように、月を受け止めた庭の池で鯉が跳ねた。
「だって、私がダメだって言っても姫様はずっと外に出たがっていたもの」
「お互いに惹かれ合ってたんだな……」
それは、かりそめの姉弟として過ごした日々があったからなのか、それともそれ以前からの想いだったのか。今となっては知りようがなく、また知ることに意味もない。界と雪に突きつけられたのはただ、二人が消えたという現実だけなのだから。それでも他に交わすべき言葉が見当たらず、界と雪は話を続けた。
「姫様は私におっしゃったわ。私はあの少年に同情したのではない、ただ護りたかっただけなのだと」
「護りたい、か」
守護者である彼女の想いは本来ならば、村全体に向けられなければならない感情だ。それを、あの女神は一個人でしかない賢斗に注いでしまった。彼女の想いは守護者としてあるまじきものであり、もしかしたら彼女自身も、そんな自分に限界を感じていたのかもしれない。全ては憶測でしかないが、界はぼんやりとそんな風に考えていた。
「あの子が姫様に同調するのが怖かった。だって、こうなることは分かりきっていたことじゃない」
それまで面を上げて言葉を紡いでいた雪がふと、目を伏せて俯いた。月光に映し出された幼い姿はあまりにも頼りなげに揺れていて、界はそっと雪の肩に手を伸ばす。界の手が肩に触れると、雪は顔を上げて界を仰いだ。
「界、ごめんね」
雪が遠慮がちに伸ばした小さな手が、界の頬に触れた。界を見上げている彼女の瞳は不安と自己嫌悪と悲しみがごちゃ混ぜになっている。雪の手の上から頬の傷に触れた界は、この傷跡が自身の愚かさを戒めるものとして残ればいいと、そんなことを思った。
「俺こそ、ごめんな」
「ちゃんと庇護、してよね」
もたれかかってくる小さな体から囁くような声が聞こえてきた。池で再び鯉の跳ねる音がして、決意を秘めた界は雪をしっかりと抱き寄せる。春の夜空に霞む朧月はその憂いを払うことなく、相変わらずぼんやりとした輝きで月下に存在する者をいつまでも照らしていた。




