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第拾壱話 推古天皇崩御

 〇 蘇我馬子(そがのうまこ)の願い



 蘇我馬子は推古天皇に葛城県の割譲を求めるが却下される。



 □ 624年 馬子は葛城県の割譲を求める




――蘇我馬子が葛城県の割譲を推古天皇に求めました。



推古(すいこ)「葛城県は葛城氏の本所でしたわ。雄略天皇により取り上げられて大王家の直轄地になっておりましたの。蘇我氏は葛城氏の後継氏族ですから所有権は蘇我氏にあるということですわね」



――上奏に遣わされたのは阿倍内麻呂(あべのうちまろ)です。阿倍氏は孝元天皇を祖とする皇別氏族で雄略天皇や応神天皇の代でも政権の中枢を担っていました。



推古(すいこ)「内麻呂の父の阿部鳥(あべのとり)もわたくしの朝廷の重臣でしたわ。蘇我氏一強で目立ってたいですけど」



馬子(うまこ)「私も病で余命いくばくもありません。最後に先祖の土地を一族に取り返すことで人生を終えたいのです」



推古(すいこ)「馬子叔父様の気持ちも分かるますわ。わたくしも蘇我氏の血を引く者ですもの」



馬子(うまこ)「ありがとうございます」



推古(すいこ)「だが、断る」



馬子(うまこ)「えっ?」



推古(すいこ)「わたくしはこれまで何でも叔父様の言うことは聞いてきましたわ。ですけれど、大王家の財産を割譲するというのは認められませんの」



馬子(うまこ)「(言うほど私の進言を受け入れてたか?)」



――推古天皇は蘇我馬子の上奏を却下しました。






 〇 蘇我馬子(そがのうまこ)の死


 蘇我馬子が亡くなります。

 享年七十六歳。



 □ 626年 蘇我馬子が亡くなる




――蘇我馬子は七十五歳で崩御します。



推古(すいこ)「馬子叔父様も亡くなってしまってわたくしも一人になりましたわ」



――後継者として蘇我蝦夷(そがのえみし)が大臣となりました。



推古(すいこ)「政治手腕は馬子にひけを取らないと聞くわ。叔父の境部摩理勢と弟の蘇我倉麻呂(そがのくらまろ)の協力もありますし政権運営にほころびはありませんですわ。



――蘇我氏の家系図です。


 蘇我稲目 ┬ 蘇我馬子 ┬ 蘇我蝦夷 ― 蘇我入鹿

      │      │

      │      ├ 蘇我倉麻呂 ― 蘇我倉石川麻呂

      │      │

      │      ├ 刀自古郎女 ― 山背大兄王

      │      │(聖徳太子妃)

      │      │

      │      └ 法提郎女 ― 古人大兄皇子

      │       (田村皇子妃)

      └ 境部摩理勢



推古(すいこ)「初登場の名前がちらほらありますわね。きっと皆で仲良く朝廷を盛り上げてくれますわ」





 

 〇 推古(すいこ)天皇崩御



 推古天皇は病になると病床で田村皇子と山背大兄王に遺言を残しました。

 しかし、明確に後継者を指名しなかったという。

 享年七十五歳。



 □ 628年 推古天皇崩御




――推古天皇は七十五歳で崩御します。



推古(すいこ)「わたくしもずいぶんと長生きしましたわ。大往生で思い残すこともありませんわ」



――崩御の前日に田村皇子と山背大兄王に遺言を残しました。田村皇子には「謹んで物事を明察するように」、山背大兄王には「他人の意見をよく聞くように」です。ですが、後継者を明確にしませんでした。



推古(すいこ)「大王を決めるのは残された群臣たちの仕事ですわ」



――蘇我馬子も既に亡く大王の権力はかなり高まってます。希望を述べれば叶う可能性は高かったと思われます。また、群臣たちに残した遺言に食い違いがあったという話があります。



推古(すいこ)「へえ、それは奇妙ね。わたくしもボケたのかしら?」



――蘇我蝦夷(そがのえみし)には田村皇子が境部摩理勢(さかいべのまりせ)は山背大兄王が後継者のように話したそうです。明言は避けたようですが………。



推古(すいこ)「あら大変。それでは二人が争ってしまいますわ」



――推古天皇の崩御の後に両者は争いますが………まさかわざとですか?



推古(すいこ)「………わたくしの皇子である竹田皇子(たけだのみこ)尾張皇子(おわりのみこ)もわたくしより先に死んでしまった。別に誰が大王なってもどうでもいいのですわ」



――尾張皇子の皇女の橘大郎女たちばなのおおいらつめは聖徳太子の后となり白髪部王(しらかべのおおきみ)を生んでます。直系の子孫は残ってますが。



推古(すいこ)「白髪部王は若くて後継候補にはなれませんわ。それに曾孫までいきますと身内感も薄れますし、本人が山背大兄を慕っていて裏方に回ろうとしてますから。ですが――――田村皇子と山背大兄王が互い争って双方共に何かあれば………なんてことは考えておりませんわ」



――本当ですか?



推古(すいこ)「ええ、本当にどうでもいいのですわ。次の大王がどうなろうと。ヤマトがどうなろうと。わたくしは長生きしすぎて大事なものを失いすぎました。いっそのこと全てが亡くなればいいと思わなくもありませんわ。最期はぐちゃぐちゃにして逝きますわ。それがわたくしには相応しくなくって?」



――本日は日本史上最古の女性天皇(明治政府認定)の推古天皇にお話を伺いました。ありがとうございました。



推古(すいこ)「では天寿国で太子と共にこの国の行く末をみとどけましてよ」



――推古天皇の崩御した後に蘇我蝦夷と境部摩理勢は争い、蘇我蝦夷が勝利して田村皇子が即位して舒明天皇となりました。白髪部王は上宮王家の一員として山背大兄王に付き従いますが、蘇我蝦夷の息子の蘇我入鹿(そがいるか)により滅ぼされてしまうことになります。推古天皇の曖昧な遺言が争いを生みそれが大化の改新に繋がりヤマト政権の破壊と再生をに繋がる―――というのは考えすぎでしょうか。


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