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いちがん ーBelieveー  作者: とらすけ
四章 ノヅチという神獣
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 ノヅチという神獣

 ノヅチという神獣




「イノのおじちゃん 戦い方教えてよ 」


 ノッコはイノの周りをくるくる回りながらお願いする。


「いいけど なんで俺なんだ? 村の人が居るだろう? 」


「みんな ノッコが子供だからって教えてくれないの それにおじちゃん凄く強いって聞いたから 」


 ノッコはイノの腕に縋り付くようにして訴える。


「教えるのはいいけど なんでそんな事覚えたいんだ? 」


「ほんとっ あのね、ノッコたちが弱いからみんなに迷惑かけちゃうの…… 」


「ふーん えらいな 」


 イノはノッコの頭をやさしく撫でる。ゴンタもノッコの足に身体を擦り付けていた。そこへ、ドーバとハーシもやって来る。


「教えてくれるってっ 」


 ノッコが嬉しそうに二人に話す。


「ありがとう やっぱり、イノのおじちゃんは村の人とは違うねっ 」


「言っとくが俺は厳しいぞっ 」


「はいっ 」


 イノは脅かすように三人に言ったが、三人は声を揃えて嬉しそうに返事をする。


「いいか 教える前に、大事なことを頭に入れといてくれ 」


「うん 」


「戦いの極意は、生き残るという事だ 死んでしまったら戦いに勝っても、それは負けだからな 」


「えっ、でもフリップおじちゃんやユーナおねえちゃんは? 」


「あの二人は死んではいないだろう 分かるか、生き残るために戦ったから死なずにすんだんだ 」


「えーっ わかんないよ 」


 三人は解けない謎々を考えるように腕組みして、イノを見上げる。イノはしゃがんで子供たちの目の高さに合わせると、人差し指を顔の前で振る。


「あの二人があそこで戦わなかったら、二人だけじゃなくてみんな死んでただろう 」


「だから、犠牲になったんでしょう? 」


「違う、犠牲じゃない あの二人は生き残る為の選択をしたのさ 本当に勇気のある人にしかできない事だ 」


「生き残るためなの? 」


「そうだ みんなと自分が生き残るため1%にも満たない可能性でも、それを迷わず選択する あの二人は本当に凄い人達なんだぞ 」


 イノの言葉にノッコたちは、うんうんと頷く。


「よし、それじゃあ早速始めるか まず戦いの基本第一歩だ 」


 三人はごくりと唾を飲み込む。


「今日から毎日、暗くなるまで思い切り遊べ 」


「えぇーっ 剣の振り方とかじゃないの 」


 イノの言葉に三人は不満を漏らす。


「おいおい いきなり剣が振れる訳がないだろう まずは筋力を作ることが大事だ そのためには、鬼ごっこ・かくれんぼ・木登りなんかを毎日欠かさずやること 俺も子供の頃は毎日遊びまわってたぞ 」


「そんなの今だってやってるよ 」


「ただ遊んでるだけじゃダメだぞ 鬼ごっこは敵に捕まらないように、かくれんぼは敵に見つからないようにと考えて遊ぶんだ さぼるんじゃないぞ 」


「はーい 」


 三人は仕方なく返事するが、不満感がありありと顔に出ていた。


「いいか、しばらくしたらテストするからな 合格しなかったら、ずっと先に進めないぞ 」


「合格したら剣の振り方教えてくれる? 」


「そうだな 」


 ノッコたち三人は歓声を上げて、森のほうへと走っていった。


「本当に教える気? 」


 いつの間にか後ろに来ていたユーナがイノに尋ねる。イノが立ち上がって振り向くと、松葉杖をついたユーナが立っていた。


「もう歩いていいのか? 無理しない方がいいぞ 」


「何時までも寝ていられないわよ それより、ノッコたちに本当に剣を教える気なの 」


 ユーナは多少非難めいた口調でイノに言う。イノは困ったなという顔つきで答えた。


「もちろんさ 俺は……なるべく嘘はつかない 」


「危険でしょう あの子たち、剣を覚えたら魔獣と戦ったりするわよ 」


「俺は何も知らない方が危険だと思うがな 最低限自分の身を守る技は知っておいた方が良いと思う とはいえユーナの言うことも分かるさ 危なくないようにゴンタに付いててもらうよ 」


「ナーッ 」


 ゴンタがわかったというように返事をする。前回の森の中の戦いでギガントをあっさりと倒し、今回もあの神将を追い詰めたというゴンタの強さを知っているユーナは不承不承頷いた。


「まぁ、ゴンタちゃんが付いててくれるなら…… ゴンタちゃん、頼むね 」


「それと、もう一つ理由を言うなら、あの子たちは強いぞ 普通なら、目の前でフリップが倒れたりユーナがボロボロになって担ぎ込まれたりしたら逃げ出したくなるだろう 戦いたいなんて思わないさ それなのに、あの子たちは真剣に自分が強くなろうとしている 」


「………… 」


「恐怖に打ち勝つ気持ち 前を見据えて進む心を持っている ユーナ、お前と同じだ 」


「…… もう イノは口がうまいね 」


「なに言ってんだ 正直、俺はあの子たちのその純粋な気持ちに力を貸してあげたいんだ 」


 イノの言葉に、降参したユーナは、手を伸ばしてゴンタの頭を撫でる。ゴンタは嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「それにしても、ゴンタちゃんって人の言葉が分かるみたいね 」


「案外、分かっているのかもな 」


 イノは、意味ありげににっこりとユーナに微笑みかけた。



 * * *



 数ヵ月後、ハローの中の森林地帯の一角。


「ずいぶん、遠かったな 」


 マツのサイドカーから降りたイノが、腰を伸ばしながら教授に言う。


「思ったよりと言ったところか どうやら、あそこに見えるのが私達の目的の遺跡のようだな 」


 教授が指差した先、森の中の道の先の開けたところに崩れかけた古城のような遺跡が静かに佇んでいた。

 イノたちは、テクノポリスの宰相カシギから頼まれ、このエリアに残る古代の遺跡を調査に訪れたのだった。


「ここは、もうハローの中だろう 慎重に気を付けて行動するようにな 」


 カイが、まわりを見回しまがら言う。腹部の傷が想像以上にダメージが大きく、ようやく動けるようになったカイだが、今回の遺跡調査には自ら志願して参加していた。彼曰く、救援に来ながら逆に迷惑をかけてしまった汚名返上と、同じく負傷したユーナが参加するのに自分が行かない訳にはいかない、という事だったが、マツたちが言うには、自分が除け者にされるのが嫌なのと、とにかくヒーローになりたがる人だからと笑って言っていた。。


「カイさん、あまり無理しないでくださいね 」


 色々と仕事があり、なかなかテクノポリスを離れられないカシギの代わりに調査に参加したミイが、心配そうに話し掛ける。


「大丈夫です ミイさんこそ、こういう仕事には慣れていないだろうから、お気を付けて 」


 今回は重要な調査ということで、普段からこういった遺跡調査を行っている教授とユーナたちキャスタリア村の人間に加え、カイやミイたちテクノポリスの人間が単車と車に分乗して遺跡調査に参加していた。とはいえハローの中ということで目立たないよう少数精鋭の調査隊が編成されている。

 カシギによれば、この遺跡にあの八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの一振りが眠っている可能性があるという。


八振りの凶兆剣エイトディザスターソードが発見出来れば、この調査は大成功と云えるだろう まぁ他にも聖剣が幾つか眠っている可能性がある 全員、注意して探索してくれ 」


 この調査隊の指揮を務める教授が、一同を見回して言う。


「了解っ 」


 一同は、それぞれの荷物を持ちながら、さっそく隊列を組んで歩き出す。先頭はカイとマゴットが努め、教授とミイを中心におくようにし、最後尾をイノとゴンタが並んで歩いていた。


「どうだ ゴンタ 敵の気配はないか? 」


 イノがゴンタに尋ねると、ゴンタは耳をくるくると動かして辺りの様子を探るが、イノの方に向くと何も居ないよというようにキュッと目を瞑った。


「できればヘルシャフトや魔獣に会いたくないからな 」


 イノはゴンタを抱き抱えると、前を歩くマツの後ろ姿を見る。今回は少人数でと云う事で、隊員は連れずにカイと分隊長だけが参加していた。重傷を負ったカイもそうだが、分隊長達もけして軽い怪我ではなかったが、カイ同様やはり先の戦いでの自分の不甲斐なさに我慢がならなかったのだろう。イノは、俺だったらゆっくり寝ているのになぁと思いながら彼らの背中を見ていた。その、イノに抱かれているゴンタが、お前はそういう奴だなと冷たい視線を送る。


「何だよっゴンタっその目は お前、俺の心が読めるのかよっ 」


 冷たい視線に気付いたイノが、思わず声に出してゴンタに言う。ゴンタは、ほんとに馬鹿だなお前とでも云うように、ぷいとそっぽを向いた。


「どうした? 」


 イノの声にマツが振り向く。


「あっいやっ な、なんでもない…… 」


 イノはばつが悪そうに答えると、そっぽを向いていたゴンタがニヤッと笑ったような気がした。

 それを機にマツは、イノに並ぶと話しかけてきた。


「この前の戦いは凄かったな 俺たちが手も足も出なかった神将を追い詰めたそうじゃないか 」


「いや あれは俺たちが後から情報を聞いて行ったからさ もし、俺たちが先に遭遇していたらああはいかなかった 」


「それでも凄いじゃないか いくら情報を聞いてもそれを実行出来る実力がなければ何にもならない 」


 そう、イノたちを褒め上げた後、マツはおずおずと切り出す。


「あの時、あんたが使ったロートクーゲルという技、俺にも出来ないかな? 」


 イノはマツの顔をじっと見ると、あっさりと答えた。


「出来ると思うぞ 」


「えぇっ、本当かっ 」


「ああ あんたのヴァッフェを見たがアサルトライフルみたいなものだろう 」


「そうだが? 」


 マツは、分からないといった顔でイノに聞く。


「フルオートで弾丸を撃ち出すイメージを既に持っている訳だから、ロートクーゲルの基本は出来ているんだよ 」


 マツは驚いたように立ち止まる。


「基本は出来てる? 」


「そうだ それをさらに早く連続で撃ち出すイメージがロートクーゲルだ 」


「フルオートの連射よりも、さらに早くか 」


 マツは、歩きながら腕を組んで考える。そして、意を決したようにイノの方を向いた。


「頼みがある テクノポリスで俺にコツを教えてくれないか 俺も自分の戦力を上げておきたいんだ 」


「それは構わないが テクノポリスへ行くのは無理だ 」


 イノは、どうしてだという顔のマツに説明する。


「キャスタリア村で大切な約束があるんだ それを果たすまでは、しばらく村を離れる訳にはいかなくてね 」


「わかった それなら俺がキャスタリア村へ行く それならいいだろう? 」


「もちろん それなら問題ないさ 」


 イノの言葉にマツは小躍りし、隊長に報告してくると前に走っていった。


「なんか、気持ちのいい奴だな 」


 イノはゴンタに話し掛けると、ゴンタもそうだなというように頷いた。



 * * *



 遺跡の前に辿り着いた一行は、その入り口付近を俳諧する数体の魔獣を確認した。


「やっかいな奴が居るな 」


 マゴットが呟く。


「ダムか 確かに面倒だな でもヘルシャフトが居ないのは助かる 」


 カイが自分のヴァッフェを握りながら言う。


「あまり大きな音は立てたくない ここは銃は使わずに済ませたいものだが 」


 教授が、辺りを見回しながら言うとユーナが手を挙げた。


「はいっ 私がやります 」


 そして、続けて言う。


「マゴット、ダムの足止めをして コッコとカイ隊長は残りのエーバーをお願い 」


 皆が唖然とするなか、ユーナはマゴットの手を引っ張り飛び出していく。


「おいおいっ 」


 コッコとカイが慌てて後を追い飛び出した。


「ヴァンダーファルケ 」


「ドッペル 」


 コッコは剣の力を解放し、カイはヴァッフェを起動させる。二人は魔獣エーバーを次々と倒していった。


「凄いな、あの二人 」


 イノは剣の力を解放したコッコとカイのヴァッフェを見るのは初めてだった。


「ユーナたちは? 」


 見ると二人は、マゴットは盾を構え、ユーナは剣を構えながらダムに向かっていく。


「フェストゥンク 」


 マゴットが盾を構えたまま剣の力を解放し、ダムの足元に体当たりして動きを止める。。そして、ユーナはその後ろからダムに向かって大きくジャンプした。


「ローゼパイチェ 」


 ユーナも空中で剣を振りかぶったまま剣の力を解放し、大上段からダムに斬りかかる。が、どう見ても剣先がダムに届く距離ではなかった。


「なにやってんだ 」


 ブランクで勘が鈍ったのか、イノが案じたその時……


「大・切・断っ! 」


 続けてユーナが叫ぶと、細く赤い剣から発していた赤い霧が剣先から伸びていく。そして、ユーナはそのまま剣を振り抜く。それはダムの身体を頭上から中心線を核もろとも一刀両断。真っ二つに切り裂いた。前回、あれほど苦戦したダムの巨体があっけなく崩れ落ちる。

 地面に着地したユーナは、フッと息を吐くと剣を収めた。


「お、おい ユーナ 我のこと忘れてないよな? 」


 倒れたダムの横で尻餅をついていたマゴットがユーナに抗議する。


「あっごめんなさい 忘れてた 」


 ユーナはしれっと舌を出した。


「凄いな 今の技はなんだ? 」


 イノたちがユーナに駆け寄り取り囲む。


「敵の神将が斬撃を飛ばしたり、衝撃波を出したりしてたじゃない 私にも出来るんじゃないかと試してたんだ それで新しい技を見つけたのよ 」


「なるほど、聖剣にもまだまだ未知の力が眠っていたということか 」


 教授はふむふむと頷きながら、よくやったとユーナの肩を叩く。


「でも、今までは同じことしてもこんな力は出なかったんだけど…… 」


 ユーナは不思議そうに自分の剣ローゼパイチェを見た。


「それは多分ユーナ自身の力が上がったからだ 」


 イノが考えながらユーナに言う。


「おそらく使う者がある一定レベルを超えると、新しい力が開放される仕組みじゃないかな 」


「ふむ それは考えられるな それまではストッパーが働いて開放されないようになっているわけか 」


 教授もおそらくそれが正解だろうと頷く。


「ということは、やっぱり私が強くなったということね どう、イノ 少しは見直した? 」


 ユーナがどうだという顔でイノに尋ねる。


「どうもなにも、俺は初めからお前たちには一目置いていたぞ 」


 イノは心外だという口調で言いながら、ふとマゴットを見る。ダムと同じ位置に居たマゴットはかすり傷一つなく立ち上がっている。


「なあ、マゴット あんた、無事だよな? 」


「当たり前だろう なにを見て言っているんだ 」


 マゴットが胸を張り自分の無事をアピールした。


「いや、気のせいか 俺にはユーナの斬撃をあんたも受けたように見えたから 」


「そうだな 私の目にもそう見えた 大丈夫かと案じていたが、どうやらかわしていたようだな 」


「えぇっ そういえば私、マゴットの姿が見えなかった だから遠慮なく剣を降りぬいたんだけど 」


 マツやミイも、マゴットがダム同様真っ二つになったように見えたと言い、マゴットとそれからユーナをじっと見つめる。


「ちょっとぉ マゴットの姿が見えたら剣を振るわけないでしょ さっき忘れてたって言ったのは冗談だからね 」


 みんなの視線を浴びてユーナが慌てて弁解する。


「私たちには見えてユーナには見えなかった これはもしかすると…… 」


「あぁ おそらく先の戦いでマゴットも成長したんだろう まだどんな力なのかはっきり判らないが、新しい剣の力とみて間違いないな 」


 教授の言葉をイノが引き継いで言った。


「そうよ あの衝撃波を何度も耐えていたんだから、マゴットも成長しておかしくないわよ 」


 ユーナが嬉しそうにマゴットにハイタッチする。


「聖剣の新しい力か 考えたこともなかったが私たちにとって明るいニュースだな 」


 教授も嬉しそうに、ユーナとマゴットを見つめた。イノとゴンタ、コッコ、カイやマツ、ミイたちもうんうんと頷いた。


「なら俺のヴァンダーファルケにも新しい力があるということか 」


 コッコが自分の短剣を見ながら呟く。と、イノの足元でゴンタが小さく鳴いた。イノがゴンタを見ると遺跡の入り口をじっと見つめている。何か居るのかと思ったが、そこには何も見えなかった。この遺跡、やはりカシギの云うように何かあるのは間違いないようだな、イノもそう思いながら入り口から続く暗い通路を見つめた。



 * * *



 入り口から遺跡内に入った一行は慎重に奥へと進んでいった。先頭をガオとモリ、二人のノイメンがダークマターから電気を創り電灯で先を照らしながらゆっくりと歩いていく。しばらく歩くとちょっとした広い空間に出た。電灯の光が照らしきれない程の広さがあった。そして、中央に台座のようなものがある。


「ここに何かを置くようだな 」


 教授は台座を調べながら呟く。


「この広間の中にここに安置するものがある筈だ みんなで手分けして探してくれ 」


 教授の言葉に皆一斉に広間の中に散らばっていった。そして、各々がこれではいう物を持ってきた。

 教授はまずカイの持ってきた丸い水晶の珠のような球体を置いてみるが、何も変化は起きなかった。


「そんな、いかにもな物ではないと思うぞ 」


 イノが自信たっぷりに教授に渡した物は、金の斧だった。


「あなたの落とした斧はこれですかという話があるだろう ここはその金の斧が正解だ 」


 しかし、金の斧を置いても何事も起きない。イノはガクッとうな垂れた。


「馬鹿じゃないの 落とした斧の話なら、この普通の斧に決まっているじゃない 」


 ユーナが勝ち誇ったように、普通の斧を渡す。しかし、これを置いても変化はなかった。どうして、とユーナは涙ぐむ。


「みなさん、考え過ぎですよ 次の道への扉を開けるわけですから単純にこれです 」


 ミイが渡した物は小さな鍵だった。よくこんな暗い広間の中でそんな小さな鍵を見つけたものだと、みんながどよめく。

 しかし、この鍵を置いても何事も起きない。ミイもこの小さな鍵を見つけ出した努力が報われず、魂が抜けたようにしゃがみ込んだ。


 その後もコッコ、マゴットと全員がこれはと思うものを置いてみたが何の変化も起きなかった。


「本当に何か置くの? 」


 ユーナが疑いの眼差しで教授を見る。


「ここにリーゲンと彫ってある その前の文字が最早判読不能だが、何か置くのは間違いない 」


 教授は台座の側面の一部分を指差しながら説明する。


「ふーん ここに何か置くのよね 」


 ユーナが台座の中心にちょんと触れると一瞬台座が発光した。


「何だっ 」


 何を置いても変化のなかった台座に起こった突然の出来事に皆驚く。


「ユーナ もう一度触れてみろ 」


 イノの言葉でユーナは恐る恐る台座の中心に手を置く。すると、台座が白く発光した。そして、ユーナが手を離すと元のように光が消える。


「これだっ 人間の手を置くんだ 」


「待てっ ここを照らしてくれ 」


 教授が冷静に台座の前に屈み込み側面の文字を再度チェックする。


「リーゲンの前の判読不能な部分に(u.)と見える u.…… 」


 教授はぶつぶつと呟きながら腕組みすると、しばらくしてかっと目を見開いた。


「そうだっ 陰と陽 男と女 これだっ 」


 教授はユーナとマゴットに台座の中央で手を合わせて置くように指示する。すると、ユーナ一人で置いたときは白かった光が青く変化した。しかし、光の色は変わったが、それ以上の変化はなかった。


「まだ、足りないか カイ君とミイさんも彼らの手の上に合わせてくれ 」


 カイとミイも、ユーナとマゴットの手の上に手を重ねて置くとさらに青色の光に加え、緑色の光が現れた。しかし、そこからもう変化はなかった。


「そうか、光の三原色 しかしもう…… 」


 教授が歯軋りした時、イノが前に出る。


「俺がやる 」


「しかし、もう女性が居らん 」


 肩をおとした教授にイノは心配するなという顔で言う。


「ゴンタもフロイラインなんでな 」


 絶句した教授を後にイノはゴンタを抱えて台座の前に進むと、みんなの手の上に自分の手を合わせる。そして、その上にちょこんとゴンタが前足をのせた。すると、今までの青と緑色の光に赤色の光も加わった。そして、三色の光が混じり合い目を開けていられない程の光が台座から周囲の壁に放射される。その光が壁面に当たると、壁一面に光の模様が浮かび上がった。


「おおっ これはっ 」


 教授が感嘆の声を上げるなか、光の模様が浮かび上がった壁の一部が音を立て左右に開いていく。そして、完全に開ききると模様が消え再び暗闇が辺りに訪れた。

 まるで身体が硬直したように、じっとその様子を見守っていた一行の前に、次の場所へと続く通路がぽっかりと現れていた。


 一行はその後も仕掛けを解き、トラップを回避しながら奥へ奥へと進み、ついに最深部と思われる場所に辿り着いた。通り過ぎてきた広間と違い、中央に台座は無くがらんとした広い空間が広がっているだけだったが、その周囲の壁にはこれまでと違い様々な模様や図形が描かれたり彫られたりしている。


「ここが、どうやらこの遺跡の最深部らしいな トラップに気を付けて八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの手掛かりを手分けして探してくれ 」


 教授の言葉で、固まっていたみんなが広間の中に散っていく。しばらくして、ミイのみんなを呼ぶ声で再び全員が一箇所に集まった。


「ここを見てください 」


 ミイが壁に描かれた模様を指差す。それは、模様かと思われたが良く見ると絵のようであった。頭の無いヘビのような怪物と、その前に横たわっているのは人間のように見えた。まるで、怪物に捧げられた生贄のようである。

 教授は興味深そうに、その絵や周りの模様を調べながら成る程と何度もひとり頷いていた。


「いや、失礼 」


 教授は我に帰ったように皆の方を向くと話し始めた。このへびのような怪物は”ノヅチ”という神獣で古来よりこの星に存在するものである。一定の周期で目覚め災いを成す。そして、この神獣は斬っても刺しても火を点けても倒すことが出来ないが、人、一人の魂を捧げることで再び眠りにつく。と書かれている。

 ここからは私の補足だが、神獣と云われるだけあり、おそらく神が増えすぎた人間を淘汰するために、この世界に送ったのではないかと云われている。人間が一人、生贄として自らノヅチに飲み込まれない限り、この怪物を止めることは出来ない。それが、神の創ったルールのようだ。まあ、神のルールは絶対であるから、私たちにはどうする事も出来ないがな、と教授は自嘲気味に笑う。


「あんな、へびに飲み込まれるなんて 私、想像しただけで気分が悪くなるわ 」


 ユーナが本当に嫌そうに、マゴットに言う。


「ユーナが生贄だったら、ノヅチも困るだろうな 」


「ちょっとぉ 本当に怒るわよ 」


 マゴットの軽口に、ユーナが憤慨する。マゴットはユーナの剣幕に慌てて、冗談だよと取り繕った。


「教授、これ 」


 二人の痴話喧嘩をよそに、ミイが壁を指差す。


「ああ 私もさっき気が付いた 壁に彫られた模様かと思ったが、どうやら本物のボタンのようだな 」


 ちょうど、ノヅチの描かれた下に丸い円が三つある。模様のように見えるが、教授の言うように、よく見るとそれは壁についた押しボタンであると確認できた。


「これを押せという事かな 」


 教授がポツリと言い、みんなの顔を見る。


「なんか、俺 嫌な予感しかしないが 」


 コッコがごくりと唾を飲み込みながら言う。


「でも、押さなければ何も始まらないだろう 押した時にどんな事が起き得るか考えてみようじゃないか 俺は、まぁよくあるパターンで床が抜けるかな ボタンを押した瞬間床が抜けて奈落の底へ真っ逆さま 」


 イノの言葉に教授も頷く。


「そうだな 私は逆に天井が落ちてくる、か 」


「壁から槍が突き出てくるのかも 」


「水が流れ込んでくる 」


「空気が無くなる 」


「このノヅチという神獣が出てくるのかな 」


 最後にミイが言った一言に、一同静まり返った。


「確かに神獣は一定周期にしか現れないが、眠りの封印を解けば、その限りではない 」


「このボタンがそれだと…… 」


 どうしたものかと一同が腕組みをして考えるなか、イノが焦れたように手を挙げる。


「考えてばかりいても仕方ない とにかく押してみよう 」


 そう言うとイノは壁のボタンの前まで行くと押そうとする。


「あーーっ待てっ イノ君はせっかちだな 」


 教授はイノを止めると、マゴットを呼んだ。


「ユーナが言ったように壁から何か凶器が飛び出すかもしれん そこでマゴット君が剣の力を解放してボタンを押してくれ 」


「分かりました 」


「それと、イノ君が言ったように床が抜けるかもしれん みんな、固まらずにばらばらの位置に居てくれ 」


 教授の指示で各々広間の中に散らばり、マゴットがボタンの前に立った。


「どのボタンを押しますか 」


 マゴットが教授に聞くが、教授が答える前にユーナが答える。


「左よ 普通ボタンが三つ並んでいれば真ん中を押す人が多いと思う それに右利きの人は右のボタンを選びやすい だから、ここはあえて左を押すが正解 どう? 」


「凄い推理力だ、ユーナ 俺もそう思う 」


 ユーナの自信たっぷりな解答に、イノは拍手せんばかりに興奮していた。


「あんた 絶対、私のこと馬鹿にしてるでしょ 」


 イノに馬鹿にされたと思ったユーナは脹れたが、教授もユーナの意見をやんわりと肯定する。


「私も左でいいと思う そもそもヒントも何もない状態だから、ここはユーナの運を信じてみようじゃないか 」


 マゴットは頷き、剣の力を解放すると壁に三つ並ぶボタンのうち、左側のボタンを押した。

 壁から槍が飛び出す事も、床が抜ける事もなかったが、頭上から何かが動作する音が聞こえてきた。


「天井が落ちてきてないか 」


「いや 落ちるというより、一部が下がってきている 」


 みんなが見守る中、下がってきた天井は目の高さの位置位で動きを停止する。そして、下りてきた天井の上には宝箱のようなものが置かれていた。


「やっぱり、左で正解じゃない 」


 ユーナが小躍りして喜ぶ。他の皆からも歓声が上がった。が、ボタンを押したマゴットだけは青ざめていた。左のボタンを押したつもりが、今見ると全てのボタンが押し込まれている。つまり、どのボタンを押しても三つ全てが押される仕組みになっていたという事だ。

 マゴットは嫌な予感がして走り出した。ちょうど、男性陣が天井に乗り終わり、残った女性陣のミイに、イノが天井の上に横になり手を伸ばし引き上げているところだった。


「イノっ 早くミイとユーナを引き上げろっ 」


 叫びながらマゴットは天井の縁に飛びつく。その途端、今まであった広間の床が一斉に抜けた。イノは、もう片方の手で咄嗟にユーナの手を掴む。が、二人の体重がかかり、ずるずると引き摺られていく。


「あぶないっ 」


 カイとマツが慌ててイノの両足に飛びついて押さえるが、既に腰から上は天井から飛び出していた。そして、ゴンタが下を覗きこんで、ナーッと大きな声で鳴く。


「下に何か居るぞっ 」


 イノの叫びで、皆が恐る恐る天井から下を覗いてみると、何か白い巨大なものが蠢いているのが見えた。


「まさか ノヅチかっ 」


 教授が叫び、どよめきが奔る。


「登ってきてないか? 」


 コッコが言うように、少しずつノヅチの身体が大きくなってきている。


「不味いぞ このままでは全員やられる 」


「いや、でも一人食えば満足するんじゃないのか 」


「違う 生贄は自らノヅチに食われなければならん ノヅチが自分から食う分には何人何十人でも構わないわけさ それが神の創ったルールだ 」


 教授は冷静に分析し、持っていた荷物を置く。


「私が生贄になろう 若い者を守るのは年長者の務めだ 」


 天井の縁まで行き飛び降りようとする教授を、マゴットとコッコが必死に止める。


「まったく 前もそうだったが、どうしてあんたは死に急ぐんだ もっと生き残る事を考えろ 」


 天井から半分落ちながらイノが叫ぶ。


「そうですよ、教授 早まってはいけません それなら、イノさん、私の手を離してください 」


「ミイさん それは違うよ イノッ、私の手を離しなさい 」


「お前らも間違ってる 生き残る事を考えろっ 」


 イノの叫びにマゴットも、そうだと同意する。しかし、ユーナとミイ、二人をぶら下げているイノの状態も苦しいものだった。


・・このままでは全滅だ、賭けてみるしかないか・・


 イノは決心する。そして、ユーナとミイに問いかける。


「お前たち体重はいくつだっ 」


「はぁ なにそれっ 」


「いいから 答えろっ 」


「なによ…… 49キロだけど文句ある 」


「私は 42キロです 」


「よしっ 合わせて91キロか 俺はベンチプレスで100キロ上げられるんだ 」


 だから何っとぶつぶつ文句を言うユーナを無視してイノは天井の上に声を掛ける。


「おーい 上で俺の身体を押さえてくれている人 俺が合図したら俺の身体を離してミイを受けとめてくれ そして、マゴットとコッコはユーナを頼む 念のため残った人が教授を押さえといてくれ 」


「おいおい、それはかまわんが手を離したら落ちるぞ 」


「大丈夫だ 俺に考えがある それとゴンタはそこに居るか? 」


「ナーッ 」


 ゴンタが返事をする。イノは、よしっと呼吸を整える。そして、両腕に力を込める。


「うおぉぉぉーーっ 」


 気合と共に両腕を振り上げユーナとミイを天井の上まで飛ばす。そして、上の人間に離せと合図する。イノから手を離したカイとマツは飛んできたミイを受けとめ、マゴットとコッコはユーナを抱きとめる。しかし、押さえていた手を離されたイノは、そのまま奈落の底へ落ちていく。


「イノォーーッ 」


 叫ぶユーナの横をゴンタが走り抜け、そのままイノを追って飛び出した。


「ゴンタちゃんっ 」


 ゴンタは落ちていくイノに爪を立ててしがみ付いていた。


「やっぱりお前は気付いてくれたか ゴンタ 」


 ゴンタは、当然だろうという目でイノを見る。イノはゴンタを胸に抱きしめると、そのままノヅチの口の中に落ちていった。



 * * *



・・・ここは?・・・


 何一つ見えない真っ暗な空間の中、イノは自分がノヅチに呑み込まれたことを思い出した。よく見ると近くに人影があった。その人影は、イノが起き上がったのに気付くと振り向いた。


「ひ・姫っ 」


 イノは目を疑った。振り向いたその人影は、イノが仕えていた姫君の姿そのままであった。


・・・いや、しかし姫は・・・


 イノはやはり自分は死んだのだと思った。これが死ぬ直前に見る幻か。だが、最後に姫に会えたのは悪くないと微笑んだ。


「まったく、お前は無茶ばかりする だが、そんなお前が私は好きだぞ 」


 姫の言葉でイノは満足したように、再び気を失った。



 * * *



「イノッ しっかりして、イノ 」


 ユーナがイノの頬をぴしゃぴしゃ叩きながら声を掛けている。その周りをマゴットやコッコ、教授たちがぐるりと囲んで心配そうに眺めていた。


「ユーナ もう…… 」


 イノはもう気が付いたということをアピールするが、ユーナは気付かないのかまだイノの頬を叩いている。まるでマウントをとるようにイノに跨り、両手でびしびしと頬を叩く。心なしか叩く強さが、強くなった気がする


・・・こいつ まさか、ワザと・・・


 体重とか聞いたのを根に持っているんじゃと思い当たったイノは身体に力を入れる。そして、気合を入れブリッジし、ユーナのマウントを返す。

 ユーナは、きゃっと声を上げ地面に転がった。


「ありがとう もう大丈夫だ 」


 イノは立ち上がり、みんなを見回す。


「鼻血が出てるぞ 」


 マゴットがイノを見て気の毒そうに言う。コッコは笑いを堪えるのに精一杯のようだ。


「まあ、無事で良かった それにしても、どういうことなんだ、いきなりノヅチが消滅するなんて 」


 教授が呈した疑問にイノが答える。イノの頭にあったのは教授が言った神のルール、自ら進んで差し出された一つの魂でノヅチは眠りにつく、神のルールは絶対だという言葉。イノはそこに賭けた。差し出された魂が一つではなく二つだったらどうなる。今まで、生贄は一人で済むところをわざわざ二人差し出すことはないだろう。だから、二つの魂を差し出してやる。イノはその決意で自ら落ちていった。そして、それを察したゴンタが一緒に飛び降りた結果、おそらくノヅチはルール違反を神に咎められ消滅したのだろう。


「だったら、最初から私とミイさんの手を離せば良かったのに 」


「それは今だから言えることだ どうなるか解からないのにお前たち二人を落とすわけにはいかないだろう 」


「そうだな それで、うまくいきませんでしたじゃ済まないからな 」


 マゴットはユーナが落とされなかった事に満足した顔で同意する。


「それなら、マゴットとコッコ この二人なら別にいいでしょ 」


「別にいいって…… 」


 ユーナの冷たい一言に、マゴットとコッコは力尽き崩れ落ちた。


「そうだ、イノ 宝箱の中に聖剣が三本もあったぞ 」


 カイが、マゴットとコッコがあまりに気の毒なので話題を変えようとしてきた。


「そうだな もうロープで上に戻ろうか 」


 教授も二人にかける言葉が見つからず、さっさと退散しようとしていた。


「おーい ロープを頼む 」


 教授が声をかけると上からロープが降りてきた。まず、イノの身体にロープを掛け合図すると上に残っているマツたち分隊長三人とミイがロープを引く。イノは、さすがに消耗したのかぐったりしているゴンタを抱え上がっていった。



 * * *



「いいのか ウォータース このまま行かせて 聖剣を持っていかれるぞ 」


 広間の一角で、姿は見えないが小さな声がした。


「構わんさ 奴らはいい仕事をしてくれた 」


 声の主は大声で笑いたいのを必死で堪えている感じだった。


「やっかいな神獣を倒してくれた 聖剣はその礼にくれてやる 私の目的は他にある 」


 くくくっと堪えきれずに含み笑いが出る。


「馬鹿な奴らだ ここでこの遺跡が終わりだと思っている さらにこの奥があるというのに 」


 そこで声の主の口調が変わる。


「行くぞ、ライト 目的のものを手に入れる為に!! 」


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