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いちがん ーBelieveー  作者: とらすけ
二章 キャスタリア村の子供たち
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 キャスタリア村の子供たち

 キャスタリア村の子供たち



「コッコ、どう? 」


 ユーナは馬車を操るコッコに声をかけた。


「まだかかりそうだな、森の終わりが見えない…… 」


 馬車は森の中の街道を疾走していた。幸いヘルシャフトや魔獣との遭遇はなかったが、いつまでたっても森が終わる気配が感じられなかった。


「ねぇ、イノ 聞きたいことあるんだけど? 」


「なんだ? 」


馬車の後ろで横になっていたイノが体を起こす。


「あの最後に使った技、何なの 」


「ロートゾンネか あれは俺の2丁拳銃ロートホリゾントで連続して弾丸を放射状に撃ち出すんだ 」


「あのロートクーゲルというのを2丁でやるわけ? 」


「まぁ イメージ的にはそうだな 」


「ふうん だから、凄い威力だけど倒れてしまうほど消耗しちゃうんだ 」


 ユーナは納得したと云うように、ウンウンと頷いた。


「それと私たちを助けてくれた時、なんでこんな森に一人でいたの? 」


「いや、一人じゃないさ、ゴンタと一緒だ それでテクノポリスへ行く途中、森の丘の上で昼寝してたんだ 」


「もうっ 答えになってない じゃあ何でそんな所で昼寝してたの? 」


「仕方ないなぁ 」


 イノはポリポリと頭をかくと座り直した。


「俺の居た町がヘルシャフトの奴らに襲われて、なんとかそこから逃げ出してきたんだ おそらく生き残ったのは俺とゴンタだけだ だからなんであそこに居たかはわからない 逃げるのに夢中だったからな 」


「あっ ごめんなさい 私っ…… 」


 ユーナは小さな声で謝ると俯いてしまった。


「気を悪くしないでくれ、イノ ユーナも悪気があって…… 」


 マゴットの言葉を途中で遮り、イノは話を続けた。


「いや、大丈夫だ それより俺も聞きたい事がある 」


「んっ 何だ わかる事なら答えるが 」


「俺が倒れた後、あんたらが剣の力を解放してあっという間に魔獣を倒したと聞いた 剣の力を解放って何だ? 」


「そんなことか 我等の持っている剣は普通の剣とは違う特別な剣でな 一般的に聖剣と呼ばれている 一振り毎に力が秘められていて解放することで、剣の性能や使い手の能力が上昇したりするんだ 」


「凄いじゃないか そんな剣もあるのか 」


「そんなに凄いものじゃないさ 解放に少し時間がかかるし効果は短時間だ 」


「そうなのか でもそれは力になるな 」


「そうだな 多少とはいえ助かる時がある 我の剣は防御力や力が上がり、コッコはスピードが上がる ユーナの剣が凄いぞ 斬れ味が上がり硬い岩でも斬り裂ける まぁ八振りの凶兆剣エイトディザスターソードとは比べようもないがな 」


「成る程 もう一ついいか 」


 イノは奥の教授の方を見ると、マゴットに頭を寄せ小さな声で話し出した。


「ちょうど名前が出たが、あの教授が持っていた八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの事だ 剣の事もそうだが、なんでそんな剣を教授が持ってる? 」


「あぁ あれは教授が色々な古文書を解読して遺跡から発掘したんだ 我々の村もヘルシャフトに襲われてな テクノポリスに援軍を要請に行くところなんだが、何があるか分からないから念の為持ってきた理由だ 」


「そうだったのか まぁ使わずに済んで良かったが…… 」


「そうだな…… 我は前にあの剣が使われたのを見たことがあるが、見ているだけでも魂が持っていかれるような怖ろしさを感じた…… 」


「なにっ! 」


 思わず大きくなったイノの声に教授が反応し、馬車の中を剣を持って歩いてきた。


「この剣が気になるようだね 」


 イノは頷く。


「古来より様々な伝承がある八振りの凶兆剣エイトディザスターソードだが、八振り全て揃えば星すら消し去る力があると云われている 」


 教授は手に持った、カーンイービルを眺めながら続ける。


「こうして手に持ってただ振るだけでは何も起こらない だが、敵を切る、倒すという強い意思を持って振るうと絶大な力を発揮するが、その反動が返ってくるという訳だ 」


 確かに、今見るカーンイービルは、あの時感じた魂を奪われそうな禍々しいオーラを発してはいなかった。


「発見した二振りのうち、一振りはここに持ってきたが、もう一振りは村の若者に預けてきた 」


「なんだってっ! 」


 教授の言葉にイノは腰を浮かせた。


「万が一の時は使えと言ってある フリップとシンフィールドなら使い時を誤ることはないだろう 」


「それは、その若者に、イザというときは死ねと言ってるのと同じじゃないかっ! 」


 イノは思わず声を荒げる。


「万が一の時と言ってるだろうっ! だから、それまでに援軍を連れて戻るんだっ! 」


 教授の声も大きくなる。


「まあまあ、二人とも 落ち着いてっ 」


 興奮した二人の間にユーナが割って入る。寝ていたゴンタが、うるさいなと云う様に目を開けた。


「おーいっ そろそろ森を抜けるぞっ! 」


 御者台からコッコが振り向いて平和な声をかけてきた。



 * * *



 城塞都市テクノポリス。高い城壁が都市を囲い、容易に魔獣が侵入出来ないうえ、城壁の上から攻撃を仕掛けることも出来、攻防一体となった都市である。各地からの難民も受け入れ、また支援部隊を送るなど、残された人類にとって最大の拠点となっている。

 国王クリムゾを中心に宰相カシギが指揮を取り、ヘルシャフトに対して抵抗を続けていた。



 * * *



「おいっ 馬車が来るぞっ 」


 城壁の上から周囲を見回していた防衛兵の一人が、下にいる門番兵に声をかける。門番兵は急ぎ巨大な門を開ける準備をする。しばらくすると、重い音をたてて門が開き始めた。

 そして、馬車が向かって来ているという報告は、すぐさま国王クリムゾと宰相カシギにも伝えられた。

 カシギは自ら出迎える為に、側近二名を連れて部屋を出る。


「怪我人がいるかも知れません 医療班を待機  援軍の要請かもしれませんので、すぐに出動できる部隊を準備して下さい それから地図も 」


 カシギは矢継ぎ早に側近の一人ケイに指示を出すと、中央広場に向かった。


 カシギが広場に着くのとほぼ同時に馬車が飛び込んで来た。そして、馬車からポニーテールの女性が飛び降り、それに続き四人の男が降りてくる。


「キャスタリア村の者です 至急、援軍をお願いしたいのですがっ! 」


 ポニーテールの女性が、カシギに向かって走りながら叫ぶ。


 カシギは横にいるもう一人の側近、ミイに目配せする。ミイは急いで、準備を整え始めている部隊の様子を見に行った。


「私は宰相のカシギです 急ぎ情報をお聞かせください 」


「えっ 」


 ユーナと、それに続いてきた三人の男達も一瞬驚いて足を止める。いきなり宰相が出てきた事も驚きであるが、その宰相が十代半ばくらいの小柄な少女であったことで驚きを隠せなかった。一人、変わらなかったのは教授だけであった。


「あのぉ カシギ様…… 」


 ユーナが恐る恐る声をかける。が、次の言葉が続かなかった。


「カシギ様、お久しぶりです キャスタリア村のサシモトです 私達の村がヘルシャフトに襲撃されまして危ない状況です 救援をお願いしたく参りました 」


「久しぶりですね 教授 」


 笑顔で答えるカシギに、教授が前に進み出て説明する。カシギは教授の話を聞くと、すぐさま指示をとばす。ユーナ達は、その素早い対応に安堵の息を漏らしたが、一国の宰相が簡単にこちらの話を信じてしまうことに少なからず不安を感じた。


「教授は、このテクノポリスの創設者の一人ですから…… 」


 こちらの不安を見越したようにカシギが、ユーナたちに向かって話す。


「元々古代の遺跡だったこの場所を人類の拠点にする計画を立てた一人が教授 発掘したものを実用化したり もう何十年も前のことですね 」


 カシギが教授ににっこりと笑いかける。


「何十年てっ! カシギ様、おいくつなんですかっ? 」


 思わずコッコが声を大きくする。イノの腕に抱かれながら、ゴンタもじぃっとカシギを見つめていた。


「ふふっ 女性に年を訊くものではないですよ 」


 外見は本当に若いとしか思えないが、確かにその話し方は年長者のように感じられた。

 そして、それを笑って誤魔化したように一同は感じたが、深く追求する訳にもいかず顔を見合わした。


 そうこうしているうちに、側近のミイが第一弾の救援部隊が編成された事を、部隊の隊長と共に報告にきた。


「カシギ様、準備が整いました 早速、救援に向かいますっ 」


 隊長と思しき男が、カシギに告げるとユーナ達の方を振り向いた。


「疲れているところ済まないが、誰か一人同行して貰えないか? おおよその位置は掴めたが、近くで迷ったりするといけない 」


「だったら、私が行きますっ 」


 即座にユーナが返答する。


「私も連れて行って貰えないか フリップとシンフィールドが気にかかる 」


 教授が控えめに手を挙げる。


「分かりました いいでしょう それでは、すぐに出発しますよ 」


 隊長は二人を促がし歩き始める。


「あっ ちょっと…… 」


 マゴットが二人に声を掛けて追いかけようとするが、コッコが肩に手をかけ引き止める。


「今は一秒でも急ぐんだ ここはあの二人に任せて俺たちは後から行こう 」


「教授だけじゃ心配だが ユーナがいれば大丈夫だと思うぞ 」


 コッコとイノにもそう言われ、マゴットは不承不承頷いた。



 * * *



「これが俺の部隊、総勢30名だ 俺は隊長のカイ よろしく頼む そして、こいつらは分隊長の モリ、マツ、ガオだ 」


 カイの後ろで三人の男が頭を下げる。ユーナたちも頭を下げ挨拶する。


「凄いですね これは? 」


 ユーナはずらりと並ぶ単車の群れを見て驚いた。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてであった。


「これは、俺の愛車ホークスリー いいか こいつのエンジンは空冷2気筒OHC3バルブで…… 」


「隊長っ カイさんっ 」


 慌てて部下の三人が止めに入る。


「カイさんは単車の話になると止まらなくなるんだ 気をつけて 」


 モリが小さな声でユーナたちに言う。二人は顔を見合わせて頷いた。


 コホンと、カイは小さく咳払いをすると単車に跨る。


「モリとマツの単車にはサイドカーが付いている 二人はそこに乗ってくれ 」


 二人がサイドカーに乗り込んだのを確認し、カイは右手を挙げる。


「よしっ! それでは、出発っ!! 」


 カイは右手を下ろし、アクセルを開け、左足でギアを踏み込むとクラッチをつないだ。そして、爆音と共に31台の単車が隊列を組んで一斉に走り出す。


 残った三人は、それを見送った後、広場に戻った。


「あれなら結構早く村に着きそうだな 」


「それにしても凄いな あんな数の単車見るの初めてだ 」


「古代の遺跡から発掘して復元したんですよ 」


 カシギが会話に入ってくる。


「凄い技術力だ でも古代の機関は動かすのに燃料と云うものが必要ではありませんでしたか? 」


 マゴットが素朴な疑問を口にする。


「その通りです 燃料はダークマターから創りだしています 」


 カシギが事も無げに言う。三人は驚きの表情になった。


「そうです あの部隊、全員がノイメンです 」


 三人は口を開けたまま、しばらく言葉がなかった。


「これから、さらに第二陣の救援部隊を出発させますが、あなたたちはどうされますか? 」


「もちろんっ 我々も同行させてくださいっ 」


 カシギの問いに、即座にマゴットが答える。


「分かりました 皆さんの席を用意しましょう 先発隊よりスピードは落ちますが、馬車よりは速いので…… 」


 カシギが話していると、再び側近のミイが報告にきた。


「準備が整ったようです こちらへ 」


 カシギの後について、ぞろぞろと歩いていくと、そこには4輪の車が数台並んでいた。


「文献で見た事があります 車まで復元してしておられるんですね 」


 マゴットが感嘆の声をあげた。



 * * *



 数日前、キャスタリア村。


 ノッコは幼馴染のドーバやハーシと村の外れの森で遊んでいた。三人で夢中になって木の実を集めている時に、ふと気配に気付き目を上げると、ほんの数メートル先に魔獣エーバーの姿があった。それも数え切れないほどたくさんの……。

 息が止まりそうな程驚いたノッコだったが、気付かれないようにじりじりと後退りすると、静かにというように口に手を当てドーバとハーシに合図する。

 ドーバとハーシもすぐに事態を把握し、ゆっくりと後退する。そして、エーバーの姿が見えなくなってから全速力で駆け出した。


「大変っ! 凄い数の魔獣がいるっ! 」


 森の中から血相を変えて叫びながら飛び出してきた子供たちを見て、大人たちも集まってきた。そして、子供たちに話を聞き、すぐに数人の大人が森の中へ状況を確認しに向かった。

 しばらくして帰ってきた大人の報告で、この村がかなり悪い状況に陥っているということが村中に知れ渡っていった。


「何体の魔獣が確認できたんだ? 」


 マゴットが偵察してきた村人に聞く。


「数え切れないっ! 大きいのやら小さいのやら とにかく沢山だっ こんなの見たことないっ! 」


 村人は気を失うのではないかと思うほど興奮していた。


「この村の周囲は(シールド)が張られているから、早々破られる事はないだろうが用心に越したことはないな 」


 教授はマゴットに警戒を強めるように指示し、自身も敵の戦力を分析するため森の中へ入っていった。

 (シールド)が張られている境界まで来た教授は目を疑った。


「何だ、これはっ…… 」


 それは(おびただ)しい数の魔獣が見えない(シールド)に体当たりをしている光景だった。それが、一箇所のみならず至るところで魔獣が(シールド)を破壊しようと動いていた。そして、ヘルシャフトの姿も見える。どうやら、ヘルシャフトの指揮で村の周囲が魔獣に取り囲まれているようである。


「これは、いかんな (シールド)要員の数を増やさなければ…… 」


 現在、村に(シールド)を張っているノイメンは、三名が八時間毎に交代しながらその任務に当たっている。しかし、(シールド)を強化するため、三名全員でおこなう必要があると教授は感じた。


「それでも、何時までもつか…… 今のうちに援軍を要請した方が良いな…… 」


 教授は広場まで戻ると早速村人を集め、すぐに救援の要請が必要だと説明した。そして、急いで要請に向かう人選を済ませる。


「フリップ、お前にこれを預けておく 万が一の時はこれを使って皆を守ってくれ 」


「これはっ! 教授、まさかっ…… 」


「そうだ 八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの一振りだ 」


「これを振るう事態になる前に救援を連れて戻るっ 頼んだぞっ! 」


 教授は後を託すと、もう一振りの八振りの凶兆剣エイトディザスターソードを持ち馬車に飛び乗った。



 * * *



 教授たち四人が馬車で救援を要請にテクノポリスに向かってから、フリップを中心に村の大人たちで見回りを強化し少しの異常でも見逃さないよう緊張した日々が続いていた。


「ねえ、おじちゃん 強い人達、魔獣をやっつけに来てくれるんでしょ? 」


 見回りしているフリップの後をトコトコ就いてきていたノッコが訊く。ドーバとハーシも一緒だ。


「大丈夫だ、来てくれるよ それより、お前たち危ないから戻ってな 」


 フリップがそう言った時、村の方からシンフィールドが走って来た。


「まずいぞっフリップ! 北東付近の(シールド)を抜けたものがあるらしいっ! 」


「抜けたっ? 抜けたってどういう事だっ 」


「分からんっ とにかく確認しに行こうっ 」


「よしっ お前ら、ここから動くなっ! 」


 子供たちに伝え、走り出そうとした時……。

 目の前の森から異様な人影が現れた。人間より一回り以上大きく、何より甲冑の隙間から覗く肌の色が赤かった。そして、全身から凍りつくような威圧感を放っている。


「見えない壁かっ この星の人間はなかなか面白い事が出来るのだな 」


 森から現れた人影が低い声で呟く。


「まずい、まずいぞっ ヘルシャフトだっ 」


 フリップが隣を見るとシンフィールドが銃を構えている。


「撃てそうかっ シンフィールド 」


「だ、だめだっ 何だ、あいつはっ 普通のヘルシャフトじゃないぞっ 」


 見ればシンフィールドの腕は振るえ、全身汗まみれになっている。撃っても、とても当たるとは思えなかった。フリップにしても、後ろに子供たちが居なければ逃げ出していただろう。


「どうやら、この辺りに私たちにとって害になるものがあるらしい この付近一帯のものには消えてもらった方がいいな 」


 そう言いながらヘルシャフトが右手を上げると、その掌に光が集まっていく。そして、その光球が、どんどん大きくなっていった。それを見てフリップは、なにか嫌な予感を感じた。


「やめろっ! 何をするかっ! 」


 フリップが叫ぶと、ヘルシャフトは、ようやくそこに人が居たことに気付いたように目を向ける。


「ほうっ なかなか勇ましい 私は五神将の一人 悠久のギルモア 君たちには済まないが、ここで消えてもらう 運がなかったな 」


 フリップは両手を、左右にぶら下げた腰の剣に手を伸ばす。


「俺は、永遠のフリップ! 悪いが、消えるのはあんたの方だっ 」


 フリップが、ギルモアに向かい大声で叫ぶ。


「おいおい 何だよそれっ…… 」


 隣からシンフィールドが小さな声でフリップに囁く。


「いいから、お前も大きく出ろっ ハッタリをかませろ ここで弱気でいたら後ろの子供たち諸共、村もお仕舞いだっ! 」


 シンフィールドは、ゴクリと唾を飲み込む。


「お、俺は、天空のシンフィールド 立ち去らなければ、この銃でお前を撃ち抜く 」


 シンフィールドは頷くと、震えながらも大見得を切った。


「ほうっ そんな貧弱な銃で私を撃ち抜く? いいから、消えろっグロースリヒトッ 」


 ギルモアは余裕の表情で二人を見ると、右手に集めた光球を投げつけてきた。恐ろしい程のエネルギーが凝縮されているのか、その球体の周りの景色が歪んでいる。その光球が二人に迫ってくる。

 シンフィールドが球体を銃で狙い撃ち、何発かは命中したが、なんの障害にもならず迫ってくる。シンフィールドもノイメンである。普通の弾丸ではないのだが、それでも何の役にも立たなかった。


「危ないっ! 」


 フリップは腰に挿した二本の剣を抜き、その剣で迫ってきた光球を切り裂く。それまではどんな障害も飲み込んで迫ってくると思えた光球がその場で霧散した。


「なにっ 私のグロースリヒトをかき消すとはっ それは、ただの剣ではないなっ! 」


 この辺り一帯を消滅させるつもりで放ったグロースリヒトをあっさりとかき消され、それまで余裕であったギルモアも多少の動揺を見せた。そして、フリップの持つ剣に目を向ける。


「こいつは八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの中の一振り 双剣エピタフとスターレスだっ! 」


 フリップは右手にエピタフ、左手にスターレスを持ち構えている。エピタフの刀身には碑文が掘り込まれ、スターレスの刀身はまるで宇宙の闇のような深い藍色に輝いていた。


八振りの凶兆剣エイトディザスターソード そうか それが私たちにとって害となるものなのか 」


 ギルモアも鋭い眼光でフリップの持つ剣を見つめ、自らも腰の剣に手を掛ける。


「まさか 私がこの剣を使うことになろうとは 」


 ギルモアは剣を抜くと両手で大上段に構える。その刀身はまるで澄んだ水のように透明に光っていた。一見しただけで、ただの剣ではないとフリップ達にも感じられた。


「ザ・エンドレスリバー この剣は液体で出来ている 故に剣で受けることは不可能 」


 ギルモアは呟くと、一気に踏み込んできた。あっという間に間合いに入る。そして、大上段からフリップ目掛けて剣を振り下ろす。


 キィーン


「何っ! 」


 フリップが「エピタフ」「スターレス」二本の剣で、受けることは不可能と云われたザ・エンドレスリバーの斬撃を受けていた。不測の事態にギルモアは、素早く後ろに飛び退く。


「おいっ 大丈夫なのかっ その剣、使って…… 」


 シンフィールドがフリップに心配そうに訊く。


「まだ、大丈夫だ おそらく、俺が本気であいつを倒そうとしなければ…… だと思う 」


 しかしとフリップは考える。このままでは時間の問題だろう。剣の力は互角以上でも、それを振るう者のポテンシャルが違い過ぎる。


「おいっ ノッコ、ドーバ、ハーシ 怖いだろうけど動くなよ 動くと危ないからな 」


 フリップは後ろの子供たちに話しかける。


「うん、動かない おじちゃん、信じてるから 」


 ノッコが震える声で言う。ドーバとハーシも頷いた。それを、見て聞いてフリップは覚悟を決めた。

 大人の俺が絶対守らなければいけないもの、それは、子供の命と未来だ。

 フリップは勇気を振り絞り、ギルモアを睨み付け、剣を握りなおす。と、その時……


「ギルモア どうしたの? 随分時間かかってるね 」


 陽気な声と共に、ギルモアの後ろに人影が現れた。


「あれっ 剣なんか抜いちゃって 結構、本気っ 」


 現れた人影は赤い肌を持つ、新たなヘルシャフトだった。


「どうして お主がここにっ 」


「んーっ 時間、持て余してたからねっ でも、ギルモアが剣を抜くほどの相手がいるなら楽しそうだ 」


 新たなヘルシャフトは、フリップとシンフィールドの方を向くとにっこりと笑った。


「僕は、暗黒のバレット 五神将と呼ばれている中の一人 よろしくね 」


 軽く挨拶してくる様子にフリップは背筋が凍りついた。ギルモアのような威圧感はないが、底なしの不気味さを感じる。

 神将が二人かよ、フリップは頭の中で毒づいた。


「僕も、剣使っていいかな 」


 そう言うとバレットも、腰の剣を抜く。それは剣と云うよりは、筒状の管弦楽器のようでもあった。


「僕の剣、“口笛吹き“は、こういう剣さっ 」


 バレットはそう言うと剣を振る。遥か遠くで軽く振ったように見えたが……


「よけろっ! シンフィールドっ! 」


 フリップの声にシンフィールドが慌てて身を翻す。すると、背後にあった大木がすっぱりと切れて落ちる。


「なんだっ いったいっ! 」


 転がりながらシンフィールドが声をあげる。


「音だっ! 音が斬撃となって襲ってくるんだっ! 」


 フリップが大声で叫ぶ。どうやらフリップには八振りの凶兆剣エイトディザスターソードの力で、その斬撃が見えるようであった。


「へぇ よく分かったねぇ 流石っ でも、視えるだけじゃねぇ これはどうかなっ 」

 バレットは口笛吹きを縦横無尽に振るう。常人には見えない斬撃がフリップたちを襲う。


「シンフィールドっ! 俺の後ろにっ! 子供たちと居ろっ! 」


 フリップは、エピタフとスターレスで“口笛吹き“の斬撃を叩き落す。が、その斬撃の数とスピードに押され始めていた。

 しかも、その合間合間にギルモアが斬り掛かってくる。

 ほんの僅かの間に、フリップはボロボロになっていた。


「おじちゃんっ 」


 子供たちが悲鳴をあげる。


「俺に、その剣を1本寄越せっ! 敵も二人だ こっちも…… 」


 シンフィールドが叫ぶ。


「駄目だっ 教授が言ってた こいつは双剣 二本で一対 だから俺が倒すしかないっ! 」


 フリップは自分を叱咤すると、剣を持った両手を上げ顔の前で交差させる。

 このままでは自分が倒れるのは時間の問題だった。もう、躊躇してはいられない。この場を切り抜け生き残る可能性があるとすれば……


「お前たちっ! 必ず俺が守るから心配すんなっ! 」


 フリップは子供たちに叫ぶ。そして、続けた。


「いいか一つだけ約束してくれっ 大人になっても、おじちゃんの勇姿を忘れるんじゃないぞっ! 」


「おじちゃんっ! 」


「何、言ってんだよっ 」


「一緒に帰るんだろっ 」


 立ち上がって縋り付こうとするノッコたちをシンフィールドが抑えている。フリップは目でシンフィールドに伝える。自分が倒れたら後は任せた……。シンフィールドは心得たと何度も大きく頷いた。


 フリップは、ここで必ず敵を倒すという強い意志を持ってギルモアとバレットを睨みつける。

 右手のエピタフの刀身から碑文が空中に浮かび上がり、左手のスターレスの刀身からは宇宙の深淵のような暗黒空間が広がってきていた。そして先程までと打って変わり、二つの剣から圧倒的な力が溢れ出る。


「なんだ? 私が、臆しているというのか 」


 力を解放しだした双剣エピタフとスターレスを見て、ギルモアは両手で剣を構えながら、その切っ先が震えていた。額には大量の汗が浮き出ている。


「来なければ良かったかな 」


 先程まで軽口を叩いていたバレットの表情が強張る。彼の余裕も消えていた。それほどまでに、双剣から発する禍々(まがまが)しい気配が辺りに広がっていった。フリップの後ろに居るシンフィールドと子供たちも、敵の二人より、この剣の方が遥かに恐ろしいものに見えてきた。


「うおぉぉぉっ! 」


 そして、フリップがついに、ギルモアとバレットに向けて剣を振るう。


「エピタフ そして、スターレスッ! 」


 右手のエピタフから放たれた斬撃がギルモアを襲う。それは、空中に浮かび上がった碑文が螺旋状(らせんじょう)に渦を巻き、ギルモアを包み込んでいく。傍から見るとギルモアにダメージは無いように思えるが、当のギルモアは恐怖の表情で必死に剣を振るい、何かから逃れようとしているように見えた。


「おおおぉぉぉっ 」


 これは絶対的な死だ。この禍々(まがまが)しい感覚。ギルモアの五感は失われ、立っているのか寝ているのかさえ分からなかった。手足の感覚もなく、もはやこのまま死の世界につれて行かれるのだと覚悟する以外なかった。この息が止まるような絶望的な感覚は、ギルモアが経験したことの無いものだった。


 左手のスターレスから放たれた斬撃はバレットに向かった。まるで宇宙の暗黒空間が、そのまま現れたように広がりながらバレットを襲う。そして、そのまま生きているように、バレットを呑みこんでいった。


「そんなっ! 暗黒のバレットと云われた、この僕が暗黒に呑まれていくっ 」


 バレットもまた何も無い暗黒のなかで恐怖に押し潰されていた。何の感覚もない静寂の空間。果てのない深い深淵に落ちていく……。自分が息をしているのかさえ分からなかった。今こうして思考している精神も、そのうちに霧のように霧散してしまうのだろう。そして、その後は「無」……。バレットは「無」になる前に自分が発狂するのは間違いないと感じていた。


 その時に、一体の魔獣エーバーが突進してきた。バレットが(シールド)を抜けた時に偶々(シールド)の中に入り込んだのであろう一体が、エピタフとスターレスのあまりの力に恐怖し、何を思ったのか、その斬撃に向かって突進してきたのだ。そして、そのまま斬撃の中に飛び込み、なんとギルモアとバレットを弾き飛ばした。エーバーは、そのまま斬撃に呑みこまれ消滅した。


「動けるか? バレット 」


 窮地を脱したギルモアが、同じく横に倒れているバレットに話し掛ける。


「脚は駄目だけど、腕は動きそうだよ 」


 バレットが目に涙を浮かべながら苦しそうに話す。


「私は、逆だ 足は動く 」


 二人は、倒れたフリップから剣を取ろうとしているシンフィールドを見た。


「ここは退くぞっ 早く私の肩に掴まれ、バレットっ 」


 バレットは必死に腕を動かし、ギルモアの肩に手を回す。ギルモアは大きく息を吸い力を入れると起き上がり、ヨロヨロと森の中へ向かう。

 シンフィールドは、エピタフとスターレスを握り締め、その様子を見ていた。追いかけて倒すチャンスではあるが、さっきのエーバーのように(シールド)の中に入った魔獣がいるかも知れない。ここを離れて子供たちを危険に晒す訳にはいかない。シンフィールドは敵が退いてくれるなら良しとした。



 + * *



 それから、数時間後、救援部隊の第一陣が到着した。


「フリップは大丈夫なの? 」


 道案内してきたユーナがシンフィールドに尋ねる。隣で教授が沈痛な表情をしていた。


「あれを、使ったか…… 」


「はい…… 敵の神将が二人も現れて…… 」


「すまん 私がもっと早く戻っていれば…… 」


 そこへフリップを診ていた村の医者が現れた。


「不思議な症状だ 外傷などなく、内臓も異常ないのに意識が戻らない 」


 医者は首を振りながら、どうしたものかという表情で教授に話しかける。


「おそらく死なずにすんだのは、敵の二人が逃げ(おお)せたからだろう もし敵を倒していたなら、フリップも間違いなく死んでいた筈だ 」


 教授は剣を預けた自分の責任のように苦しそうな顔で言った。


「やはり あの剣は諸刃の剣、預けるべきではなかったか…… 」


「いえ、教授 あの剣がなければ今頃この村は消滅していたでしょう それほど敵の力は強大でした 」


 フリップ一人に重責を負わせて戦わせてしまったことに、シンフィールドは後悔していた。


「私たちが、居たから…… 」


 ノッコたち三人には、あの時のフリップの姿が瞼に焼きついていた。


「おじちゃん 私たちを必ず守るって 」


「心配するなって 笑ってた 」


「おじちゃん かっこよかった 早く起きてよぅ 」


 ノッコ、ドーバ、ハーシが泣きながら訴える。


「うんうん あいつは立派なやつだ すぐに戻ってくるさ 」


 教授は子供たちの頭を撫でると、上を向いて外に出て行った。ユーナは、その姿を見て、泣いてるところ見られたくないんだなと思った。そう思いながら、自分の目からも涙が溢れていることに気付かなかった。



 * * *



 外では村の周囲の魔獣を一掃するための準備が進められていた。


「いいかっ まだヘルシャフトの他に神将がいる可能性もある 単独行動はするなっ 三人以上で組んで行動するようにっ 」


 隊長のカイが声を張り上げる。そこへ、ユーナとシンフィールドたち戦闘経験がある村人が数人やって来た。


「私たちも手伝うわ 」


「助かる じゃあ俺と分隊長たちに付いてくれ 」 」


 カイはユーナたちに告げると、号令する。


「よーし 早く村の皆や子供たちを安心させる為に今日中に片付けるぞっ! 」


「おぉーっ 」


 隊員たちから声があがる。ユーナは、その様子を見て心の底から安堵した。カイの話では、少し遅れて第二陣も掛け付ける予定だと云う。きっと、マゴットやイノ、コッコもそこに同乗して来るだろう。

 そういえば「嵐の季節」なんて歌があったなと思い出した。この村を襲った嵐は、やり過ごすことが出来た。次の嵐が来る前に、今度はこちらから討ってでないと……

 ユーナは赤い細身の片手剣を力強く握ると、カイについて魔獣を掃討するべく歩きだした。


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