はじまりの森の攻防
- あなたはそのたった一人になれますか なってくれますか -
「こころ」夏目漱石
* はじまりの森の攻防 *
小高い丘の上に一本の大きな木が立っている。午後の日差しが降り注ぎ爽やかな風が吹き抜けている樹の下で一人の男が横になっていた。
年の頃は三十半ばといったところか、黒い上下に見を包み、心地良い空間と空気の中、ぐっすりと昼寝を楽しんでいる。
男の頭の横には茶色いトラ柄の猫が丸くなり、やはりすやすやと寝息をたてていた。
そして、とら猫の反対側には、この穏やかな空気を拒絶するかのような異質な圧力を放つ巨大な大剣が置いてあった。
黒く輝く幅広の刀身は男の背丈程もあり文字らしきものが刻み込まれている。この大剣が発するオーラも含めて、特別な一振りであると主張しているようであった。
そしてよく見ると男の方も、顔やむき出しの腕に多数の傷跡が確認でき、男が幾多の戦いの中で生き残った歴戦の戦士で、今、一時の安らぎを得ているのだと想像できた。
* * *
この星が突然、異生人ヘルシャフトの攻撃に曝されてから早くも一世紀近くがたつ。100年戦乱と呼ばれているが未だ終息の気配はない。
人間は個々に分断されながら、なんとか立て直し巨大な城壁を備えた都市テクノポリスを中心に抵抗を続けていた。
しかし、異生人ヘルシャフトの攻撃力は凄まじく、このままでは何れ圧倒されヘルシャフトにこの星を占拠されてしまうのは明らかであった。
そんな中、神からの恩恵か空間に存在する暗黒物質「ダークマター」を具現物体化出来る人類が現れた。
そして、その能力を攻撃手段に転じることで、今まで勝つことが難しかったヘルシャフトとヘルシャフトが操る魔獣に勝利することが不可能ではなくなり、残された人々の希望として期待されていた。
圧倒的に不利な状況を人類が挽回する為に「ハロー」と呼ばれるヘルシャフトに占拠されたエリアの奥深く入り込み、その本拠地を潰すことで、魔獣の増殖を止め、彼らを撤退に追い込むという作戦が考えられていた。
が、あっと言う間に星の三分の二以上占拠され後手にまわってしまった結果、ハローの周辺部での小競り合いでさえ勝利するのが厳しく守るのが精一杯というのが、ここ十年間の現状であった。
そこに現れたのが「ダークマター」を物質化出来る人類である。
人類はこの特殊能力を持つ者を「ノイメンシュハイト(略してノイメン)」と呼び。そう呼ばれる者たちを中心に新たな部隊を編成し反撃に転じたのであった。
ヘルシャフトたちは、そんな人類の反撃も意に介さずとばかり余裕の姿勢で、五人の神将と呼ばれる異星人を中心に、さらに強力な攻撃で人類を圧倒しようとしていた。
* * *
そんな戦乱のなか、爽やかな風が吹き気持ちのよい午後の日差しの下、一時の安らぎを享受していた男の隣で、丸くなって寝ていたとら猫の耳がピクッと動く。
しばらく耳はくるくると動き何かを聴き取っているかのようであったが、やがて頭をむっくりと持ち上げ目を開ける。背伸びをするような仕草の後、起きだしたとら猫は眼下に広がる森の一点を見つめると、さらに耳を澄ませ情報を集めていた。
「フニャ 」
とら猫は小さく鳴くと横に寝ている男の頬を肉球でぺしぺしと叩いた。
「うーん…… 」
しかし、男は起きる気配はなく顔を横に向けて寝息をたてている。とら猫は次に男の頬に軽く爪を立てて起こそうとした。
「んー 姫、痛いですぞ…… 」
夢でもみているのか呟いた男はそれでも起きようとせず今度は両腕で顔を隠し寝息をたてている。
とら猫はイライラしたように男の周りをまわっていたが、隣の木に向かって走り出したかと思うと、あっと言う間に木に登り枝の上に乗っていた。
そして下に寝ている男を見ると狙いを定め、その次の瞬間、男の腹部目掛けて飛び降りた。
「げふぅっ 」
男はおかしな声をあげて飛び起きる。
「ゴンタ、俺を殺す気かっ! 」
男は腹を押さえながらとら猫にむかって悪態をついた。
しかし、ゴンタと呼ばれたとら猫は意に介さずというようにスタスタと歩くと、こっちに来いというようにくるりと振り向いた。
「何だよ 」
男は仕方ないなと横に置いてあった大剣を手に取るとゴンタのあとに付いて行く。
ゴンタは丘の上、一番よく森が見渡せる場所に来ると右の前足を上げて森の一画を指し示した。
「んっ…… 」
よく見るとゴンタが示した辺りの森の木が揺れている。そして、耳を澄ますと微かに罵声や悲鳴が聞こえてきた。
森の中で人間がヘルシャフトかヘルシャフトの放った魔獣に襲われているようであった。
「いかんっ! 行くぞ、ゴンタっ! 」
男は叫ぶなり丘を駆け降り森に向かって走り出した。
走りながら手にした大剣を背中に背負い、さらに走る速度を上げる。
ゴンタも男に付いて猛スピードで走り出す。
「どっちだ、ゴンタっ 」
男がゴンタに向かって叫ぶと、ゴンタは男の前に出て先導し森の中を駆け抜けていく。
しばらく走ると叫び声や悲鳴が大きく聞こえてきた。そして、森の中の街道に飛び出すと目の前に馬車があり、それを守るように三人の人間が剣を構えていた。
どうやら魔獣の攻撃の第一波をしのぎ次の攻撃に備えているようだ。
小柄な男と痩せて長身の男、それにポニーテールに髪を結わえたスレンダーな女性。馬車の中には初老の男の姿がある。
「大丈夫かっ 」
男は叫びながら彼らのもとに走った。
「はい、なんとか…… 」
ポニーテールの女性が答える。赤い細身の片手剣を持ち、背中にはやはり赤い細長い筒の様な物を背負っている。身体にフィットした赤い服装に、肩・腰・脚部に白く輝く甲冑を身に着けている。
「しかし、数が多すぎる!! 」
短刀を両手に持った小柄な男が苛立ったように叫ぶ。黒いニンジャのような格好で、いかにも身軽そうな印象を受けた。
「防ぐので精一杯です 」
痩身の男が冷静に答えた。右手に片手剣を持ち、左手には巨大な盾を備えている。まさに騎士という感じであった。
あらためて男が見渡すと街道の周囲には魔獣と呼ばれる怪物の姿が多数見える。
小型の魔獣が十体以上、中型の魔獣が三体、そして、大型の魔獣が一体確認できた。
……敵の数が多いが、ヘルシャフトの姿がないのが多少救いか……
男は敵の戦力を分析し、次に味方の戦力を分析する。
この三人はかなり腕の立つ戦士のようで、この数の魔獣からなんとか馬車を守りきっていた。しかし、やはり戦いにおいては数の多さがものを云う。彼らが劣勢に追い込まれているのは明らかであった。
……なかなか手強そうだが、ほっとく訳にはいかんしな……
* * *
ヘルシャフトが操る魔獣は亜種を含めて数多くの種類が存在するが、今目の前にいる魔獣は三種類だった。
小型の魔獣は「エーバー」と呼ばれる四つ足で猪に似ていて動きが早く、頭部に生えた一本の巨大な角で敵を串刺しにする。攻撃スピードも速く、多くの戦場で先手を切って突進してくるのがこの魔獣だった。
中型の魔獣は「ギガント」。元々は深い森に棲む精霊のようだが、ヘルシャフトにより魔獣化している。頭部に二本の角が生え、黒い甲冑を装備し、斧や棍棒を持ち、攻撃防御共に秀でた巨人である。力も強く、接近戦では要注意の魔獣であった。
そして、巨大な魔獣「ダム」は森の大木程の大きさがあり、生物ではなく木で出来たゴーレムのような外観で、圧倒的なパワーと耐久力を備えていた。さらに厄介なことに、この魔獣は再生能力があり多少のダメージは直ぐに再生してしまう。また、生物とは異なり倒すためには、身中にある核を破壊しなければならない。
* * *
「申し訳ないが我々が魔獣を抑えるので、馬車の教授を逃してくれませんかっ 」
痩身の男が魔獣を牽制しつつ、助けに入ってきた男に言う。
「何を言う! お前たちを置いていけるかっ 」
教授と呼ばれた馬車の中の男が叫ぶ。
「私とて昔は何度も魔獣と遣り合った経験があるっ 」
言うなり馬車を飛び降り剣を構えた教授であるが、飛び降りた際に足腰でも痛めたのかそのままガクッと身体を沈めてしまった。
「無理しないでくださいっ 」
ポニーテールの女性が片手で剣を構えながら、腰を落とした教授の前にまわろうとしたその時……
小型の魔獣エーバーが二体、唸り声をあげて体制を崩した教授目掛けて突進してくる。
「教授っ避けてっ 」
ポニーテールの女性が叫ぶが、教授は腰が砕けたまま動けずにいる。二人の男も駆け付けようとするが魔獣の動きの方が遥かに早い。
そして魔獣が鋭い角で教授を串刺しにしようとした瞬間……。
ババババババッッ!!
鋭い爆発音が連続で響いたかと思うと、突進してきた二体のエーバーが血飛沫をあげて宙に舞っていた。
「これは…… 」
呆気にとられた教授の前に小さなとら猫が尻尾を膨らませてシャーと威嚇しており、そして、教授の後ろには助けに駆け付けた男が両手に赤く輝く拳銃を構えて立っていた。
その銃身はまるで発光しているかのように赤く光り、まるで魔法陣のような複雑な模様が浮かび上がっている。
「間一髪だったな、プロフェッサー 」
男がニヤリと笑い、とら猫がナーッと鳴いた。教授はまだ呆けた顔をしている。
「ありがとう 助かった 」
小柄な男が礼を言い、他の二人も頭を下げる。
「礼はまだ早いっ! 次が来るぞっ!! 」
仲間を倒された魔獣が叫び声をあげ一斉に攻撃を開始する。
スピードの速いエーバーが次々と襲いかかってくるが、ようやく体制を整えた三人の戦士は剣で応戦しエーバーを教授に近付かせない。
しかし、やはり数に勝る魔獣の勢いに段々と押され始めていた。
「俺たちも行くぞっ ゴンタっ 」
男は教授の前に出て魔獣に向かって走り出す。ゴンタもそれに続いて走り出した。そして、男を追い越すと一体のエーバーに向かって飛び掛かる。
「猫ちゃんっ危ないっ 」
ポニーテールの女性が前線に出てきたゴンタを見て驚いたように叫ぶ。
「ゴンタなら大丈夫だっ! まかせろっ! 」
男が何も心配いらないというようにポニーテールの女性に言葉を返し、エーバーに向かって赤く輝く拳銃を連射する。
銃はさらに赤く発光しマシンガンのように弾丸を連射した。その弾丸を受け何体かのエーバーが再び血飛沫をあげどぅっと街道に倒れていく。
「凄いなっあんた、ノイメンだったのかっ 」
男が使う赤く輝く拳銃を見て痩身の男が大声で叫ぶ。
「まぁ、そのようなもんだっ 」
男は微妙な含み笑いで答えながら、魔獣に向かって銃を撃ち続ける。
「その銃は? 」
「ロートホリゾントという、俺のヴァッフェだ 」
* * *
ヴァッフェ……ノイメンシュハイトが使用する武器の呼称であるが、一般的に剣等の近接武器を除いた武器の総称として使われる事が多い。
普通であれば、このような小型の拳銃に装填出来る弾丸は六発程度。とっくに弾丸切れの筈であるが、男は弾丸を込める様子もなく銃を撃ち続けていた。
これこそが「ノイメンシュハイト」と呼ばれる新人類の能力の一つであった。
男は空間に存在しているダークマターを瞬間的に弾丸に生成し特殊な拳銃で撃ち出しているのだ。
* * *
「ゴンタっ! いけるかっ! 」
「シャーッ 」
男は銃を撃ちながら、一体のエーバーと戦闘しているゴンタに声をかけた。
「ギガントが近付いてきてるっ 残りのエーバーを片付けて次にいくぞっ 」
「ンニャーッ 」
ゴンタはエーバーの攻撃を避けながら鋭い爪でダメージを与えているが、やはりそのあまりに大きな体格の違いから決定的なダメージを与える事が出来なかった。
「私が行くっ! マゴット、教授をお願いっ 」
ポニーテールの女性が痩身の男に向かって叫ぶと、ゴンタに向かって走り出した。
「おいおい彼女っ、任せろと言ったろう…… それより次のギガントに備えてくれっ、俺とあの魔獣は少しだけ相性が悪いんだっ 」
駆け付けた男が女性に向かって言う。
「えっ でもっ 」
「大丈夫だ、見てろっ 」
男は銃を撃ちながら、ニヤリと笑う。
ポニーテールの女性が足を止めて見ているうちに、エーバーと戦っているゴンタの動きが段々と速くなっていき、やがて目で追えない程のスピードになる。
「凄い でもっ…… 」
ポニーテールの女性が驚愕の表情で呟く。
ゴンタは凄まじいスピードで攻撃を繰り出すが、それでもエーバーは纏わりつく蝿を追い払うかのような仕草でこちらに向かって来る。
そして、その後から中型の魔獣ギガントが間近に迫りつつあった。
「来るぞっ! 」
男が叫ぶ。
「真ん中のギガントは俺が行くっ あんたらは左の奴を倒してくれっ 」
すでに残りのエーバーを倒し終えた男が背後の三人に向かって叫ぶ。
「俺の銃よりあんたらの剣の方が奴には有効だっ 」
「おいっ でも猫がっ 」
小柄な男が叫んだ時、ゴンタの体が光りだした。
「デュワッ! 」
気のせいか声も聞こえたような気がした。
「なんだっ 」
ゴンタの体は眩しいほどの光を放ち目を開けていられなくなる。そして、光が消えたあとには……
「えっ! 」
思わず三人は目を見開いた。そこにはエーバーよりも一回り大きいとら柄の魔獣がいた。
目は発光しているように爛々と輝き、口からは大きく凶悪な牙が覗き、その吐く息は凍て付くような冷気を発していた。
そのとら柄の魔獣が全身から放つ圧力は、今ここにいる魔獣とは別格の存在であることを感じさせ、それまで突進してきたエーバーが怯えたように動きを止める。
「ンギャーッ 」
一撃だった。鋭く巨大な爪の一撃。エーバーは血飛沫をあげて倒れる。
そして、とら柄の魔獣は倒れたエーバーには目もくれず、右側のギガントに向かって凄まじいスピードで走り出す。
「猫ちゃん……? 」
呆気にとられて見ていた三人に男が言う。
「どうだ! ゴンタは俺より強いんだっ! 」
男は真ん中のギガントに向かって銃を撃ち、胸をそらしながら笑った。
魔獣化したゴンタは右側のギガントと対峙すると、鋭い眼光を向け大きく口を開き威嚇した。
それだけで、先程のエーバー同様ギガントの動きも止まる。
ゴンタは動きを止めたギガントに鋭い爪の一撃を繰り出した。
その一撃でエーバーよりもさらに巨大なギガントが崩れ落ちる。ギガントの装備している甲冑さえもゴンタには無意味だった。そして、崩れ落ちたギガントへ間髪を入れず追撃を浴びせる。
「ゴァァ…… 」
ギガントは血飛沫をあげ倒れると動かなくなった。
「凄い、あのギガントをあっさりと…… 」
超硬質な甲冑で身を守り攻撃をものともせず攻めてくるギガントを簡単に倒したゴンタを見て三人は息を呑む。
「ゴンタっ あの後ろのデカブツに少しでもダメージ与えといてくれっ 」
男はいよいよ近付いてきた巨大な魔獣ダムを指差して言う。
「あんたらも早くそいつ倒してデカブツを頼むっ 」
「わかったっ あんた一人で大丈夫なのか?」
「なんとかするっ 」
男は言いながら銃を撃ち続けるが、硬い甲冑に守られたギガントは平気な様子で向かってくる。そして、間合いに入ると巨大な斧で男に襲い掛かる。もしそれがかすりでもしたら、それだけで戦闘不能になりそうなパワーを感じさせた。
かろうじてギガントの攻撃をかわした男は、再び距離をとると銃を構えた。
「通常弾じゃ無理か…… 」
男は両手で撃ち続けていた二丁の拳銃を下ろすと、右手の銃だけ上げギガントに狙いを定め集中する。しかし、ギガントは忽ち間合いを詰め男を攻撃し、集中する時間を与えない。
「クソッ!! 」
何時もならゴンタとの連携で問題なく出来ていた事が、一人になると集中することさえ困難な事と思えてくる。
「さて、どうするか…… 」
男は思案し、まずギガントの機動力を奪うことにした。ギガントの足、甲冑の隙間の弱い部分を集中的に狙う。ギガントの攻撃を避けながら少しづつダメージを与え続け、そして、ようやく男の狙い通りギガントは体勢を崩し地面に膝を落とした。大きなダメージではないが、立ち上がり再び襲ってくるまで僅かに時間がある。男は右手で銃を構え集中する。
「ロートクーゲル…… 」
男が引き金を引くと銃口から赤い光線が撃ち出される。それは、立ち上がり襲い掛かろうとしたギガントの胸部の甲冑を貫き血飛沫をあげた。
「グギャー!!! 」
胸を貫かれ動きを止めたギガントであったが、それでも叫び声をあげながら襲いかかってくる。が、男の銃から再び赤い光線が撃ち出された。
「ゴ、ガッ…」
赤い光線はギガントの頭部の兜を貫き、ギガントは動きを止めるとそのまま街道に崩れ落ちた。
「なんだ、それはっ? 」
残り一体のギガントを倒してきた三人が男に尋ねる。
「光線みたいのが見えたぞっ! 」
「ロートクーゲル、超高速で連続して弾丸を撃ち出す技だ。だから発光して光線のように見えるんだろうな… 」
「凄いですね でもそれなら初めから使えば… 」
「悪いな 相当集中しなきゃ出来ないんでね そうそう何度も使えないんだ 」
男は苦笑しながら答えると残った魔獣ダムに目を向ける。
そこでは魔獣化したゴンタが攻撃をしかけダムを足止めしていた。エーバーやギガントをあっさりと倒したゴンタであってもこの魔獣ダムには手こずっているようだ。
鋭い爪でかなりの傷を与えても、暫くすると再生してしまう。再生能力がある魔獣は想像以上に手強い存在と言える。
「そろそろ時間切れか…… 」
男が呟く。
「あれっ…… 」
痩身の男マゴットが声をあげる。
「なんだか気のせいなのか、猫の姿が小さくなったような気がするが…… 」
確かにダムと戦っているゴンタの姿がだんだんと縮んできていた。
そして、ついに元の大きさまで戻ってしまう。
「ゴンタっ 戻って来いっ 」
男が叫ぶ。
「ゴンタが魔獣化出来るのは約三分、あの有名な宇宙人と一緒だ 」
「そうなのか 」
小柄な男が残念そうに言う。どうやらこの男も同じ世代なのだろう。かの宇宙人に時間制限が無ければ、正に無敵なのだから……
「それより、あんたたち、 あのデカブツが司令塔だ。早く倒さないとまた魔獣を呼ばれてしまうぞ! 」
「わかってる 今度は我々に任せろっ 」
痩身の男マゴットが自信たっぷりに言った時……
「んっ これはっ 」
ポツポツと冷たいものが頬にあたり始めた。
「雨… か… 」
いつの間にか空に黒い雲がかかり雨が振り始めていた。
「ダムは樹木系の魔獣、雨の中で再生速度が早まる…… 」
「まさか、あいつが雨を呼んだ……? 」
「いやいや いくらなんでもそれは不可能でしょ 」
「そうだな 何れにしても敵に有利な状況になってきている 早めにケリをつけよう 」
四人はダムを包囲するように位置を変える。ゴンタは教授の前に戻りダムを睨みつけていた。
「この手の魔獣は核を破壊しないと何度でも再生して手に負えなくなる ユーナ、準備はいいか? 」
マゴットはポニーテールの女性に尋ねた。
そのユーナは、いつの間にか剣を収め、右肩に背中に背負っていた赤い筒のような武器を乗せ構えていた。まるで、バズーカ砲のようである。
「オーケー、大丈夫 」
ユーナは片膝を落として、ダムに狙いをつける。
「おいおい、何だ、その武器、凄いなっ! 」
銃を撃ちながら男が驚いたように言う。
「これが私のヴァッフェ、ユーナロケットよ 」
「あんたもノイメンだったのか! それなら一発でいけそうだな! 」
「というか、一発しか撃てないの 一日に一回一発だけ…… 」
ユーナは苦笑いする。
「まあ、心配するな ヤツの核は体の中心線胸部にある 以前戦った事があるからな 」
マゴットが冷静に答える。
「あんたは休んでいてくれ 行くぞ、コッコ 」
「オォッ 」
小柄な男が返事と共に、短刀を両手に構えダムに向かっていく。そして、マゴットと二人で斬り掛かる。
雨の中、再生速度が早まっているとはいえ、二人がかりで集中的に脚部を攻撃されダムの動きが鈍くなってきた。
「二人とも! 離れてっ!! 」
ユーナが叫ぶ。そして、二人が左右に飛び退いた瞬間!
ズガーン!!!!
轟音と共にロケット弾が撃ち出され、それは見事にダムの胸部に命中する。
「やったっ 」
ダムの胸部にはポッカリと穴が空き、大木が倒れるように崩れ落ちる……
かと思いきや、そのまま踏み留まり胸の穴が再生し始めていた。
「何っ! どういうことだっ? 」
普段、冷静なマゴットが大声をあげる。
「核が中心線上にあるのは間違いないんだっ! 何故倒れないっ! 」
「個体によって位置が違うのかもな、間違いなく中心線上にあるのなら残りは頭か腹だな 」
「中心線上にあるのは、教授の研究からも間違いない 」
男が心得たと云うように銃を構える。
「しかし、俺の銃では核まで届くか…… 」
「さっきの技はもう使えないのか? 」
コッコと呼ばれた男が不思議そうに尋ねる。
「体力精神共そうとう消耗するんでな、何回も使えないんだ それにあれは、ピンポイントで当てなければならないから、正確な位置が解らないとな 」
「俺の短刀もこういう魔獣には相性悪いんだよな 」
男は自嘲気味に答え、コッコも自信無さ気に答える。
「ねえ だったら、その剣は? 私達の剣なんかより遥かに凄い力があると感じるんだけど…… 」
ユーナが男が背負っている大剣を見ながら言う。
「これか? これは使えないんだ 」
男は何とも意味不明な言い方で答えながら、ダムに向かって銃を撃ち続ける。
「どうしてっ? 見ただけでただの剣とは違うとわかるのにっ 」
ユーナが問い詰めるように、男に向かって叫ぶ。
「すまん それは内緒だっ 」
男は答えに困ったように肩をすくめる。
「ユーナ、何か言えない事情があるんだろう 彼を信じて、ダムに集中しろっ 」
マゴットの言葉にユーナは頷き、赤い片手剣を構える。
見るとダムはすでに胸部に空いた穴は再生し塞がっていた。そして、新たに五体のエーバーが森の中から現れた。
「クソッ!! このままじゃ不味いぞっ!! 」
コッコが新しく現れたエーバー相手に短剣を振るう。その動きは常人離れした動きであったが、さすがに五体相手では苦しそうであった。しかし、ここを抜かれたら教授が危ないという思いから、コッコは両手の短刀で獅子奮迅の動きをする。他の三人も、不死身とも思えるダムを攻略するため、必死に攻撃を仕掛けるが、この巨獣はびくともせずに迫ってくる。しかも、そうしているうちに更に三体のエーバーと一体のギガントが現れた。
「まずいな…… ゴンタ、どうする? 」
男がゴンタに話しかける。
「フニャーッ 」
男に言われて、ゴンタも困っているようだ。
とその時、ゴンタの後ろで教授が立ち上がった。
「私がやろう…… 猫ちゃん、ありがとなっ 」
教授は見上げるゴンタの頭を優しく撫でると、馬車の中から一振りの剣を取り出す。
「教授っ!! 駄目ですっ! それはっ! 」
それを見たユーナが教授に駆け寄ろうとするが、教授は手で制しながらダムに向かって歩いて行く。
「やめろっ 教授っ!! 我々に任せろっ 」
「あんた 死ぬ気かっ!! 」
マゴットとコッコも教授に向かって叫ぶ。
「何だ、あの剣はっ!! 」
男は教授の持つ異様な剣に目を奪われた。
片刃の片手剣であるが、その刀身、刃の部分に電子機器の回路の様な基盤状のものが見え、そこを白い光が点滅したり動き回ったりしている。歴戦の戦士のこの男でさえも、その剣を見ているだけで魂を持っていかれそうな凄まじいオーラを発していた。
「あれは、カーンイービル! 八振りの凶兆剣の中の一振りだ 」
「エイトディザスターソード? 何だそれは……? 」
マゴットが男に説明する。
古より語られてきた八振りの凶兆剣。その威力、破壊力は絶大であるが、それを振るう者にも災いをもたらす伝説の剣。一振りで敵を殲滅させたが命を落とした者も数多くいると云う。
それを今、教授は振るおうとしていた。
「やめとけ、プロフェッサー 」
男は教授の前に立ちふさがる。ゴンタも教授の前に座り込み、行かせないというように睨みつける。
「助けに駆け付けたのに死なれてしまったら、寝覚めが悪いだろうっ! 」
「ニャゴニャゴ 」
その通りとゴンタも同意する。
「しかし、この窮地を脱するには、この剣を振るうしかないだろう 私一人で他の者が助かるなら是非もないっ! 」
教授は頑として意志を曲げない覚悟で、立ちふさがる男とゴンタの間を抜けようとした。が、その腕を男が掴み、ズボンの裾にはゴンタが噛み付いていた。
「プロフェッサー、その犠牲的精神は立派だ だが、あんたは大事な事を忘れている 」
男は教授の目を見ると続けた。
「それは信じるという事だっ! ここに居るあんたの仲間と、そして俺とゴンタを信じてみないかっ!! 」
男は振り向くと、魔獣と戦っている三人に向かって大声で叫ぶ。
「これからとっておきをやるっ! これをやると俺はもう動けないっ! あとの事は任せてもいいかっ!! 」
「任せてっ! 」
「了解したっ! 」
「オーケーだっ! 」
三人が同時に答える。
「よしっ ゴンタが合図したら避けてくれ! 」
そう言うと男は、二丁の拳銃の銃口を合わせダムに向かって構えると精神を集中する。ゴンタも男の足元で耳を立て目を見開き集中しているようであった。
しばらくすると男とゴンタの周りの空間が歪んでいるように感じられてきた。何か見えないもの(おそらくダークマター)が極度に濃縮されて周囲の空間にまで影響を及ぼしている感じであった。男とゴンタの姿が陽炎の様にゆらゆらと揺れている。
そして……
「フギャーッ!! 」
ゴンタが大きく鳴く。それを合図に三人は一斉に飛び退く。
「ロートゾンネ!! 」
合わせた銃口から赤い光線が放射状に撃ち出され、それはダムの全身を包む。
数秒遅れてからロートホリゾントの発射音が連続で響き、その後は静寂に包まれた。
そして、光が消えた後はまるで空間が切り取られたように丸くポッカリと穴が空き、ダムの姿も跡形もなく消えていた。
「なに、これ……? 」
呆気にとられていた三人に残った魔獣の群れが襲いかかる。
「コイツラを忘れてた 」
「早いとこ片付けましょう マゴット、コッコ 」
「信頼を裏切る訳にはいかないからな 」
「その通りだ ギガントは我に任せろっ 」
マゴットは盾を構え、剣を高く掲げた。
「フェストゥンク 」
マゴットが光に包まれ、そのままギガントに突進する。ギガントの巨体が弾き飛ばされ倒れたところへ剣を突き立てる。
「俺も行くかっ 」
コッコは両手の短刀を十字に構え前傾姿勢をとった。
「ヴァンダーファルケ 」
それまでも常人離れした動きのコッコであったが、その動きがさらに加速する。あっという間に何体かのエーバーが血飛沫をあげて倒れていた。
「私もいくわよっ 」
ユーナは赤い片手剣の切先を、円を描く様にクルクルと回す。そして、それがどんどん速くなっていく。
「ローゼパイチェ 」
ユーナの細身剣が赤い霧を発しながら、しなるように動きエーバーを切り裂いていく。
三人は電光石火で残った魔獣を倒した。
「あの、ダムがいなけりゃこんなもんだっ 」
魔獣を倒した三人は、銃を握ったまま倒れている男に駆け寄った。
ゴンタが倒れた男の顔をペロペロと嘗めている。
教授も男の横に屈み込んでいた。
「大丈夫… なの? 」
ユーナが教授に尋ねる。
「大丈夫、気絶しているだけだ 大体、私に死ぬなと言っておきながら、自分が死んでは可笑しいだろう 」
教授は立ち上がると三人に頭を下げる。
「ありがとう 君達のおかげだ それにここに倒れている男と猫ちゃんにも感謝しても仕切れない 」
「全員、無事で良かったです でも私達の使命はまだ終わっていません さぁ急ぎましょう 」
ユーナはにっこりと笑って教授に言うと、マゴットとコッコに倒れている男を馬車まで運ぶように声を掛けた。
「ゴンタちゃんも行きましょ 」
ユーナはゴンタを抱き上げると、その頭に頬擦りしながら歩き出した。
* * *
「く、苦しい…… 」
男は息苦しさで目を覚ました。気付くと男の顔の上でゴンタが丸くなり寝ていた。
「おいっゴンタ… お前、本当に俺を殺す気だろう 」
男は両手でゴンタを持ち上げると、額と額を軽くゴッツンコさせた。
「フニャ 」
ゴンタは目を細めて、可愛がれというように小さく鳴く。
「まったく、コイツは…… 」
男は破顔し、ゴンタを抱きかかえると頭や背中を撫でまわした。
ゴンタもゴロゴロと喉を鳴らし気持ち良さそうにしている。
「良かった 目を覚ましたのね 」
「あっ、あぁ 」
「出来ればテクノポリスまで急いで行きたいけど、この暗い中動くのは危険だから休憩中よ 」
男は周囲を見渡した。ちょっとした広場の様な所で、焚き火が赤く燃えている。いつの間にか辺りは夜の闇に包まれていた。そして、ユーナの声で三人の人影が集まってきた。
「今日はありがとう 今更だけど私の名前はユーナ、よろしくね 」
「我はマゴット、今日は助かりました 」
「俺はタカイドだ あんた凄いな 」
小柄な男が笑いながら話してきたが、男はあれっと思った。
「コッコと呼ばれてなかったか? 俺の聴き違いか? 」
「あぁ あれはあだ名だ 」
「あだ名…… 」
「なんか俺の動きが鶏みたいなんだと だから、コッコ 」
「にわとり…… 」
「まったく、失礼な奴らだ ちなみにユーナとマゴットは夫婦だ 」
「そうなのか それもビックリだ 」
「あんたも俺のこと、コッコと呼んでいいぜ 」
「コッコか クックの方が良くないか? 」
「あんたも大概失礼な奴だな 」
言いながらコッコと男は笑い出した。
「楽しそうな所悪いが、私にもお礼を言わせてくれ 私はサシモトという 今日は本当にありがとう 」
教授と呼ばれていた男が右手を差し出してきた。男も右手を出し、二人はガッシリと握手した。
「俺はイノ そして、コイツはゴンタだ 」
* * *
雨はすっかり上がっていた。
森の木々のすき間から満天の星空が見える。イノは膝にゴンタを乗せて夜空を眺めていた。そこへ、コッコがやって来る。
「雨上がりの夜空か 綺麗なもんだな 」
「まぁいい事ばかりはないだろうけど、悪い事ばかりでもないよな 」
コッコも、イノの隣に座り夜空を眺めた。
「月が……綺麗だな…… 」
「えっ…… 」
イノの言葉にコッコが驚く。
「それ、俺に言ったんじゃないよなっ 」
イノはニコっとしながら、ゴンタの頭を撫でている。心なしかコッコの顔が赤くなったようだった。
「よしっ! ユーナ、一曲いけっ! 」
コッコがユーナに向かって叫ぶ。
「エーッ! 」
いきなり振られてユーナは驚いていた。
「ユーナは歌が上手いんだよ 」
「そうか それはぜひ聴いてみたいな 」
「まったく… 今日、助けてもらったイノにそう言われたら断れないよね 」
ユーナは馬車の上に乗ると、マイク代わりの枯れ枝を握ってお辞儀をする。そして、大きく息を吸い込んだ。
「歌いますっ! 曲名は YouMayDream 」