ビデオテープでもう一度
こんな話、誰に言っても信じてもらえないでしょうね。そりゃそうです、自分でも信じられないんだから。
今、私は刑務所にいます。凶悪事件の犯人として。判決は死刑の有罪。そりゃそうでしょう、情け容赦ない犯行だし、目撃証言だけじゃなく、れっきとした証拠写真もそろっている。証拠写真。それが実は問題なんですけれど。でもね、一つだけ言わせてください。私は何もしていないんですよ。もちろん強盗殺人や有罪になった犯行なんかも、私じゃないんですよ。言っても信じてもらえませんけれど。裁判の時にも言いたかったけれど、はっきりと写真やTVの映像にに映っている限り言っても無駄なことはわかっていますから。でも、最後にどうしても聞いていてもらいたかったんです。
おそらく今日が刑の執行日でしょう。もちろん誰もそんなことは言いませんよ。でもね、わかるんです。看守の人たちの様子とかを見ていれば微妙に様子が違うことが。ふだんならありえない無理を言っても聞いてもらえるんですから。だから、思いっきり無理なことお願いしちゃいましたよ。何をって?それは後で言いますけれど、とにかく順番に聞いていてください。
私がこの現象に気がついたのはそんなに昔のことではなかったです。いや、もちろん、それ以前にもうすうすは感じてはいましたよ。何しろ異常なことですからね。でも、そのたびに気のせいだと無理矢理思いこんでいたようです。あの日、ナイターを見に行ったのです。そんなに滅多に見に行くことはないけれど、なにしろ贔屓のチームが優勝するかもしれないというそんな時期でしたから、生でその感覚を味わいたかったんですね。試合は伯仲した接戦で、相手チームにリードを許した1点差で迎えた9回裏の攻撃。2死ながらランナーを2塁においた一打逆転のチャンス。バッターは4番打者。最高に盛り上がる場面でした。ピッチャーの投げた4球目を思い切り振ったバットが快音を発しました。観客一同ボールの行方を眺めました。時間が止まったみたいに思えましたね。ボールはゆっくりとセンターを越えて外野席に飛び込んでいきました。はっきりと覚えていますよ。しばらくは誰も声が出ませんでした。数秒して観客席は大爆発。皆が立ち上がって大声で叫んでいましたよ。サヨナラ逆転ホームラン。もう興奮をはるかに越えていました。
その日の帰りは楽しかったですよ。何件かハシゴして。結構遅くまで祝杯をあげました。最後に寄ったのが、ファンが大勢集まることで有名な店でした。見知らぬ人ばかりですけれど、同じファン同士、バンザイを叫びながら乾杯をしました。そして、ちょうどTVでニュースの野球の時間になったんですね。みんなTVに注目です。あの場面、そりゃ、もう一度みたいじゃないですか。TVはたった今見てきた試合を映し出しています。みんなは固唾を飲んでみています。結果は知っているんですよ、でも緊張しますよ。そして9回裏、4番打者の一振りがボールを外野に運んでいきます。
次の瞬間、私はコップを落としそうになりました。外野に上がったボールは風に戻されてそれほど延びず、センターのグラブににすっぽりおさまえいました。ゲームセット。試合は負けです。「惜しかったよな、もう少し延びていればな」「悔しかったけれど良い試合してたから勘弁してあげようや」何を言ってるんだ?と思いましたよ。サヨナラホームランでしょ。でも、映像は贔屓チームの惜敗を伝えていました。そして、さっきまで祝杯をあげていたはずの周りの人たちがみんな沈んでいるんですよ。いわゆるやけ酒。
何がなんだかわからないまま家に帰りました。翌日の新聞も敗戦を伝えています。
このときでした、今までのいろんな出来事に思い至ったのは。
たとえば、小学校の運動会の時でした。クラス対抗リレーのアンカーで走った私は、ゴール前、先頭を走っていた他のクラスの生徒を追い抜いて見事に優勝を決めました。合計得点もこの勝利で優勝です。鼻高々で家に帰りました。母がビデオを取っていたんですよね。それを帰った父を交えて見ました。私は言葉が出ませんでした。ゴール前追い抜かれたのは私の方だったから。ぎりぎりで負けてクラスは優勝を逃していました。母は、惜しかったのよ、と言います。父もよく頑張ったな、と言ってくれました。でも、私が聞きたかったのはそんな言葉ではなかったはずでした。
私は小さな時の写真を持っています。男の子と女の子の二人の幼児が並んで座っている写真です。胸に名札がついています。男の子が「正美」わたしです。女の子は「友紀」。でも、これ違っていると今では思っています。だって、私の両親の名前は「友久」と「由紀」ですし、もう一人の子の両親の名前は「正和」と「晴美」です。入れ替わってるんですよ。取り違えじゃありません。血液型はちゃんと合ってることは確かめてあります。写真を撮ったその瞬間入れ替わったんです。
大学入試の時とか似たようなことがありました。合格記念に撮った写真に不合格の人間が入ってしまったんですが、本当に合格していたのは彼の方でした。好きな彼女ができて、ライバルを(親友でしたが)押しのけて結婚しました。ライバルの友人は私たちを祝福してくれて披露宴の司会を引き受けてくれましたよ。新婚の家に彼が式の写真を持ってやって来てくれました。披露宴の写真を見ると、そこで司会をしていたのは私でした。花婿は彼だったんです。ふと気がつくと、新婚の家は彼の持ち物で埋まっていました。私は、ゆっくりしていけよ、という二人を後にして家を出ました。
先日、課長の送別会がありました。企画の失敗の責任を取らされて退職と言うことになったのです。いい人でしたのに。それで有志で送別会の企画をしました。喜んでくれましたよ。プレゼントや花束を渡して。そこで、写真が撮られたんです。私の顔は引きつりました。嫌な予感がしましたが、現実になりました。翌日、会社に出社した私に、若い女の子が昨日の写真が出来ましたよ、と渡してくれたんです。見たくはなかったのですが、私の気持ちなど知らずに写真を取り出しましたよ。手作りの垂れ幕は替わっていました。花束を渡されているのは私でした。会社での私の席はすでにありませんでした。残務整理ごくろうさん、と退職したはずの課長がねぎらいの言葉をかけてくれました。
行く当てのない私は何気なく銀行に行ったんです。預金を下ろさないとどうしようもなくなっていました。悪い時には悪いことが起こるものです。銀行強盗に遭遇しました。犯人は本物の拳銃をぶっ放して死者も出ました。人質を取って車で逃げ出しました。新聞もTVも事件をはっきりと映し出しました。その人質が私でした。結果いろいろあって、人質も殺されて犯人逮捕です。えっ?人質の私は殺されたのじゃないのかって?ええ、最初の人質は確かに私でした。でも、TVに映されてからは犯人は私に替わっていました。
写真やTVで映されているのは事実だと思っているんでしょ。でも私の場合そうじゃないんですよ。映された場面が再現されたその瞬間、今まで事実だと思っていたことが逆転するんです。信じてくれなくても結構ですよ。私はこれから死刑になるんだから。
でも、一つだけ希望を持っているんですよ。最初に言いましたよね、無理なお願いをしたって。看守さんにお願いしたんですよ。ポラロイドカメラで私が死ぬ瞬間の写真を撮って欲しいと。そしてその写真を棺桶に入れてくれるようにと。誰が死刑の立会人になるかわかりませんけれど、その人に頼んでおいてほしいとお願いしました。めちゃくちゃ変なお願いだから渋っていましたが約束してくれましたよ。今日とはさすがに言いませんでしたが、刑の執行の時には伝えてくれると。
目隠しの中、ポラロイドカメラのフラッシュがたかれたことを確認して彼の刑は執行された。
「変な囚人でしたね、自分の最期を写真に撮って欲しいなんて」
「まあ、どうせ焼くのだからいいだろう、ということで認めたんだが、ちゃんと撮れたのか?」
「ええと、やはり気持ち悪いので、フィルムは入れませんでした」
そう言いながら男はにやっと笑った。
完