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ショートショートの小宇宙

素顔

作者: 駿平堂

 虫は気持ち悪い。大人になってから多くの人が気づかされる事実だ。そこでエフ博士は虫が気持ち悪く見えなくなる眼鏡を開発した。その仕組みは、六本脚の生き物を自動的に認識して特殊な加工技術でデフォルメ化し、気持ち悪さを軽減するというものだった。


「ふふふ、これでもう虫に怯える生活ともおさらばじゃ」


 もちろん蟻とか蚊とかがデフォルメ化されることにも意味はあったが、エフ博士の本命はもちろんあいつ。六本脚でカサカサと動くあの虫だ。

 

 そして眼鏡を使い始めてから一週間が経とうとしていたある夜、遂にその時がやってきた。

 

 エフ博士が夕食を終え、食器を片付けていると、ゴミ箱のあたりから聞こえてきたのはカサカサという音。ドキッとはしたものの、眼鏡をかけているから大丈夫、そう自分に言い聞かせながら振り返る。するとそこにいたのは紛れもなくあいつだ。しかし眼鏡越しに映るあいつの姿は何かのキャラクターのようで、どこか愛嬌さえある。


「ははは、わしの眼鏡にかかればお前もこんなもんじゃ」

 エフ博士は一切慌てることなく、落ち着いてスプレーを噴射し、その死骸の処理も涼しい顔ですることができた。


 あの虫に対しても有効であることが確認できた今、エフ博士が次に考えたのは、この眼鏡を一般向けに販売するということだった。世の中には自分と同じように虫が苦手という人は大勢いるだろうし、ヒットする自信があった。

 幸い協力してくれる企業もすぐに見つかり、ほどなくして眼鏡は大々的な宣伝とともに発売される運びとなった。

 

 エフ博士の予想通り、発売後すぐに眼鏡は話題になり、主婦層を中心に飛ぶように売れた。しかししばらくすると返品希望の連絡が相次ぐようになった。電話口で理由を聞こうとするが、誰も答えようとはしない。思い出したくない何かでもあるかのようだった。エフ博士は一刻も早くこの原因を明らかにしなければならなかった。

 

 とは言っても、実証実験は何回も繰り返したし、いくら確認しても動作上の不備は見当たらない。エフ博士自身が使う分には全く問題はなかったし、完全に行き詰ってしまった。

 

 そんなわけで連日遅くまで研究を続けていたエフ氏にその答えを与えたのは、思いがけない相手だった。そう、あいつである。


 ある晩、エフ博士が床に就こうと寝室のドアを開けると、久しぶりにあいつがいた。しかし眼鏡をかけていたのでなんてことはない。いつものごとく処理をしようと思い辺りを見回して、寝室にはスプレーを置いていなかったことに気が付いた。別の部屋に取りに行っている間に姿をくらまされても嫌だったので、仕方が無く読み終わった雑誌で叩き潰すことにした。

 

 そしてその死骸を処理しようと雑誌を持ち上げた時に、相次ぐ返品の謎はあっさりと解決した。エフ博士の目に映ったのは、叩かれた衝撃で脚がとれた死にかけのゴキブリの気持ち悪い素顔だったのである。



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