5.今後の予定
[念のため補足]
ヒューバート・・・アルカランデ公爵
リディアナ・・・アルカランデ公爵夫人
クライヴァル・・・アルカランデ公爵家嫡男
クリスティナ様から話を聞いて半月ほど経った頃、特に何かが起こることもなく王都の道路の改修工事が始まった。
私は職人ではないので詳しいことはわからないが、人力だけでは何かと大変な作業も多いらしく、魔法省からも時々人が派遣されている。
その内の一人が私だ。
「マルカお嬢様、本日の御髪はどうなさいますか?」
「後ろで一括りにしてもらえる? 今日は動きやすいほうがいいの」
「わかりました。飾りはどうされます?」
「なしで」
「ええ~……もっと可愛らしくして差し上げたいのに」
「いいの、仕事なんだから」
「……せっかくの素材が」
ぶつぶつといながらも言うとおりに髪を結ってくれているのは私付きの侍女になったナンシーだ。
彼女は元々クリスティナ様の侍女の一人だったのだけれど、公爵家に残って私の侍女になってくれた。
私がまだただの居候として置いてもらっていた時は侍女の真似事の先輩としてお茶の入れ方を教えてもらったりしていたので、うっかりすると今でも敬語を使ってしまいそうになる。
元々私は誰に対してもそういう喋り方であったし、クライヴァル様の気持ちを受け入れてからもそのままの状態が続いていた。
けれど、正式に侯爵令嬢となりクライヴァル様との婚約が調ってからは、それではいけないと言われるようになってしまった。
丁寧に接することは良いことだ。けれど立ち位置は明確に区別しなければならないとリディアナお義母様は言う。
言われていることは理解できた。
私はいずれこのお屋敷の、アルカランデ公爵家の女主人となる。
そんな私が使用人に対し、言い方は悪いがへりくだるような態度を取っていては示しがつかない。
理解はできたが、これがなかなか難しかった。
(何度も注意されたのよね)
最近になってやっと慣れてきたところだ。
「はい、できましたよ」
「ありがとう。じゃあ行ってくるわね」
準備を整えクライヴァル様と一緒の馬車で王城に向かう。
「今日は改修工事の手伝いの日だったかな?」
「はい。前回行った時よりもだいぶ進んでいると聞きました。楽しみです」
なんでも石畳に使う石を魔術師長が直接取りに行って大岩と言えるほど大きな状態で切り出し、それらを石板にして持ち帰ってきたらしい。
本来ならこれだけで数か月かかる作業らしいのだけれど、魔術師長は数日でこれをやってのけた。
イメージとしては石板を魔法の袋で包んで浮かせて持つ感じ、と魔術師長は言っていたが、ちょっと意味がわからない。
石板の状態にできたとして、それを長距離移動する間一定の魔力を保って運んでくるなんて芸当は今の私にはできない。
まだまだ学べることが多そうで楽しいと私が言えば、魔術師長は「さすが私の娘!」と喜んだ。
まあそれはさておき、私たち魔術師の役目は現場でその石板を石畳に使えるように小さく切断したり運んだり、地面をならしたり、石を定着させる素材を混ぜたりなどなど。
要は人力ではなかなか手間のかかる作業や雑用を手助けする役割だ。
普通の貴族のご令嬢だったら汚れることを嫌ったりするかもしれないが、私は結構楽しんで参加している。
物が作り上げられていく過程が好きなのかもしれない。
「職人はこだわりが強い者も多いと聞く。あまり無理をするんじゃないぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ。親方や他の皆さんも気の良い人ばかりですし。この間は串焼きを奢ってもらいました」
皆見た目は厳つい人たちだけど、話してみると豪快なだけで怖くはない。
現場を仕切る国の役人と揉めることもあるけれど、仕上がりにこだわりがあるだけでむやみに突っかかるわけでもない。
でも最初私が現場に赴いた時には、こんな嬢ちゃんを寄こすなんて何を考えているんだとか、手伝いなんてできるのかとか言われた。
まあ実際私が魔法でちょちょいとやってみせればあっさりと感嘆の声を上げ、まるで娘のように可愛がってくれたのだけど。
「……なぜそんなことに?」
「見た目で判断して悪かったと言って奢ってくれました。あとなぜか親方に気に入られてます」
「……そうか。まあくれぐれも無理はしないように」
「わかってますって」
むこうは私のことを平民の娘だと思っている気がする。
自己紹介の際にはあえて家名を名乗るようなことはしなかったし、私が手や服が汚れることを気にしてもいないから。
魔法省の人間だから貴族かもしれないが、そうだとしても男爵家かせいぜい子爵家の人間だろうと思っていそうだ。
そうでなければ肩を組んだり、笑いながら背中をバシバシ叩かれたりはしないはず。
私もそちらのほうが気が楽なのでわざわざ侯爵家の人間です、なんて言ったりしなかったし。
まあ、バレても彼らならまったく気にしなさそうだと親しくなった今なら思えるけど。
「何かあってもなくてもまた夜にお話しますね」
婚約者になった今でも、恒例行事となった夜の報告会は続いている。
クライヴァル様が忙しくてゆったりと一緒の時間を取ることが難しい日でも、なるべく夜に二人で会話をする。
「ああ、それを楽しみに今日も一日頑張るとしよう」
「頑張りましょう! クライヴァル様も無理されないように。ちゃんと休憩取ってくださいね」
「わかっているよ」
苦笑しながら答えるクライヴァル様と馬車の停車場で別れ、彼は王城へ、私は工事現場へ向かう馬車へと乗り込んだ。
しばらく馬車に揺られ現場に着くと、すでに作業は始まっていた。
まずは親方にご挨拶。
「親方、おはようございます」
「お、今日は嬢ちゃんか!」
「はい。今日も一日お世話になります」
頭にタオルを巻き、にかっと白い歯を見せ笑うのがこの現場の職人側の責任者である親方だ。
ヒューバートお義父様と同じくらいの年代らしいのだが、よく日焼けした肌とがっしりとした体格のせいで年齢不詳だ。
私と同年代のバルクさんという息子さんがいて、その人もこの工事に参加している。
「じゃあ今日の働きも期待してっからよ。よろしく頼むな!」
「はい!」
親方に挨拶をした後は担当の役人にも挨拶をして作業を開始した。
皆が黙々と手を休めることなく作業を進めていると、あっという間に昼食の時間になる。
自分の作業の区切りが良くなった者から各々昼食に入ることになっているのだが、私が座ってサンドイッチを頬張っていると、隣に親方とバルクさんがやってきた。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れさん。隣、いいか?」
「どうぞ、どうぞ」
親方たちは座ると手に持っていた袋の中から大きな塊を取り出した。
出てきたものはパン。
楕円形でこんがりと焼かれたパンは歯ごたえもありそうだ。
(サンドイッチ……サンドイッチでいいのよね? どうやって食べるのかしら)
その大きさに思わず凝視してしまう。
私の食べているものはお屋敷の料理人が用意してくれたもので、一切れが二、三口で食べ切れる大きさだ。
それに対して親方たちのサンドイッチは私の顔くらいの大きさがありそう。
「ん? どうした?」
「いえ、大きいなと思って」
「ああ、これか? 母ちゃんの手作りさ」
「奥さんの。いいですねぇ」
仲良きことは美しきかな。
にかっと笑って特大サンドイッチをそのまま大口を開けて頬張る親方を見ていると、母様や父様も生きていたらこんな仲良し夫婦だったのかなと想像してしまった。
私とクライヴァル様もこんなふうになれるだろうか。
「これを食うために仕事頑張ってんだ。なあ?」
「俺はちゃんとお国のためにやってるんだよ」
私がそんなことを考えている間にも親方たちのサンドイッチはどんどん小さくなっていく。
競っているわけではないが、私もなぜか慌ててサンドイッチを口に運んだ。
「か~、お前嬢ちゃんの前だからって格好つけやがって」
「……うるせーぞ、親父」
「仕事場では親方って呼べっつってんだろうが」
「今は休憩時間だっつの」
「なんだぁ、その生意気な口は」
「なんだよ!」
隣りで小さな親子喧嘩が始まっているけれど、この騒がしさも孤児院にいたときを思い出すようで嫌いじゃない。
孤児院の皆も授業中はしっかりしていたけれど、自由時間になると年相応に騒いでいたっけと懐かしくなった。
「ん? 何笑ってんだ?」
「いえ、ふふ」
「そういや嬢ちゃんよお、あんた魔法省の人間なんだよな?」
「そうですよ? このテールグリーンのローブがその証です」
私は着ているローブをくいっと摘まみ上げる。
このローブは魔法省の職員だけが身につけることを許されるものだ。だから一般にローブを作って売る際は、この色は使用してはならないという決まりまである。
「だよなあ」
「私そんなにそれっぽくないですか?」
だいぶこのローブも馴染んだと思っていたし、この場所でも問題なく働けていると思っていたのだけれど、そんなに頼りなく見えていたのだろうか。
はっ、まさかこの見た目が原因だろうか。
(大人っぽさが足りないのかしら。えー……)
こればかりは持って生まれたものだからどうしようもない。
よく庇護欲をそそるような見た目などと言われるけれど、仕事では儚げ要素なんで微塵も必要とされないということは私自身もわかっている。
あ、囮の際に悪者を惹きつけるのには活用できるけど。
「マルカちゃん、親父が言ってるのは良い意味でそれっぽくないてことさ」
「良い意味で?」
「ああ。そうだろ、親父」
バルクさんの問いかけに親方が頷いた。
「魔法省っていや、貴族の学校を出た優秀な人らしか入れないすげえとこだろ? 嬢ちゃんだってそれなりにいいとこの娘のはずだ。それなのに俺らともこんな気さくに話してくれてよ」
今までも国と関わるような仕事をしてきて、傲慢な貴族もいたし、態度は悪くないが必要以上に交流しない貴族のほうが圧倒的に多かったと親方は言った。
それはまあわからなくもない。
傲慢な貴族は別として、普通の貴族、特に高位貴族は平民との接し方がよくわからないというのもあるのだろう。
裕福だったり高等教育を受けた平民やお店の店員はまだ貴族と接する機会もある。
しかしそれ以外の平民からしてみれば貴族なんて滅多に見ないし接触することもない。増して王族なんて雲の上の存在に等しい。
何を言ってもやっても変に敬われたり、逆に怯えられたりするのだから距離を取るのが一番楽なのだろう。
アルカランデ公爵家当主であるヒューバートお義父様が領地で領民と対話ができるのだって、これまで時間を掛けて関係性を築き上げてきたからできることなのだ。
おそらく自領以外ではそうはいかないだろう。
「まあ私は貴族といっても少し特殊な例ではありますから」
「そうなのか?」
「ええ、詳しくは言えませんけどね」
私が元々平民で孤児であったことをあえて自分から言うようなことはしない。
それは事実だし恥ずかしいとはまったく思っていないけれど、貴族の中にはそれを突いてくる嫌な人もいるわけで。
あえて自分からは口にしないようにと言われている。
もちろん親方たちがそういう人だというわけではなく、母様たちのことになると私の感情は揺さぶられやすいので、そのほうが良いと自分でも思っているだけだ。
曖昧に微笑んだ私をじっと見ていた親方は、にかっと笑うと「嬢ちゃんは若いのにいろいろ苦労してんだなあ」と言った。
今の間でいったい何を汲み取ったのか。
人生経験豊富な大人は油断ならない。
「まあ貴族が嫌になったら俺んとこにきな! 嬢ちゃんなら雇ってやるぜ」
「あらまあ、ありがとうございます。けど大丈夫ですよ。色々ありましたけど私今とっても幸せですから。そしてこれからもずっと幸せな予定です」
そう言って笑うと、親方は一瞬目を丸くした後「いいねぇ。迷いなくそう言えるってことは幸せなこったな」と言ってまたにかっと笑った。
誤字報告にいいねや評価などありがとうございます。