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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●婚約者編
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4.あの人の今

 

 クリスティナ様の言う本題の内容をバージェス殿下は知っているらしく、特に驚いた様子はない。

 今日は珍しくクライヴァル様も一緒にと言ったのはクリスティナ様だったので、今から話す本題とやらはクライヴァル様絡みのことなのかなという予想している。

 そしてその予想通り、クリスティナ様はクライヴァル様を見て「お兄様に関係のあるお話よ」と言った。

 それに対しクライヴァル様は渋い顔をした。


「お前が改まってそういう言い方をするということはあまり良い話ではないんだな?」

「良いお話ではないけれど、悪いかどうかはまだ判断しかねるわ」

「もったいぶっていないで教えてくれないか」

「慌てないでちょうだい。……スタークス子爵、ご存じよね?」


 クライヴァル様はクリスティナ様の言葉にわずかに目を瞠ると、隣にいる私にちらりと視線を寄こした。

 そして束の間の沈黙。


「あの、マルカ」

「知っていますから、そんなに気にしなくても大丈夫ですよ」


 クライヴァル様たちはどこか気まずそうな空気を醸し出しているけれど、私にはその理由がわかる。


「クライヴァル様の元婚約者の方が嫁いだお相手ですよね?」


 スタークス子爵夫人は元シャルバン侯爵令嬢で、今言った通りかつてクライヴァル様の婚約者だった女性だ。

 クライヴァル様との婚約が解消された後、その容姿を好まれたスタークス子爵の後妻となった。

 子爵とは親子ほど歳が離れており、本来なら特に困窮しているわけでもない侯爵家のまだ若い令嬢が嫁ぐような相手ではない。

 しかし、シャルバン侯爵令嬢はクライヴァル様との婚約が解消され、学園でも問題を起こしたため、良い嫁ぎ先が見つからなかったらしい。


「たしかお名前はべサニー様でしたか。元シャルバン侯爵令嬢の」


 ついでに言えば、私と似た雰囲気の女性らしいということも知っている。

 あくまでも見た目の雰囲気が、ということだけれど。


「どうしてそんなに詳しいんだ」


 誰よりも驚いていたのはバージェス殿下だ。


「え? 調べましたから。いつどこで何があるかわかりませんし、情報として知っておいたほうがいいかと思いまして」


 クライヴァル様の過去の婚約者がどのような人だったのか、純粋に気になったということもあるけれど。

 それは少し恥ずかしいからあえて言ったりはしない。

 クライヴァル様の口から過去の女性の話を聞くのは何となく嫌だったので、彼に直接聞くことはしなかった。

 本人も話したくないことかもしれないし。


「なんというか、さすがマルカ嬢だな」

「お褒めいただき光栄です」


 褒められている気はまったくしなかったので、つんと澄まして紅茶で喉を潤した。

 本来なら王太子であるバージェス殿下にこんな態度は失礼だろうが、当の本人が「クリスティナの友人ということは私の友人でもある! プライベートな場では畏まった態度はやめてくれ」というのだから問題なし。


「お話を進めるわよ? そのスタークス子爵がね、先ごろお亡くなりになったらしいの」


 クリスティナ様は今回の訪問を機に普段領地で過ごしているスタークス子爵領近辺の貴族家のご婦人方と交流を持ったそうだ。

 そこでスタークス子爵の訃報を耳にした。

 そしてその流れでスタークス子爵夫人になっていたべサニー様についても知ることとなった。


「子爵がご存命だった頃は自由気ままに暮らしていたらしいのだけれどね、お亡くなりになられて子息が当主になってからはそうもいかなくなったらしいの」


 べサニー様は望まぬ婚姻を強いられたのだからと、鬱憤を晴らすように高価なものを強請ったり好き勝手に暮らしていたそうだ。

 亡くなられたスタークス子爵は裕福であったことと、元々容姿が好みで娶った年下妻に甘かったらしく、大抵のことは望み通りにしてあげていたらしい。

 ただし、べサニー様が自由に外出したり、王都に近づくことだけは許さなかったらしい。


「べサニー夫人はクライヴに未練タラタラだったからな。迂闊な行動をしてアルカランデ公爵家に目をつけられることを恐れていたんだろう」

「あの方、妙なところで行動力がおありでしたものね」


 そんな彼女をスタークス子爵の息子は良く思っていなかったらしく、自分が当主となってすぐに本邸から追い出し領地の端にひっそりと建つ別邸に押し込んだそうな。

 まあ、気持ちはわかる。

 父親が今さら後妻を娶ると言うからどんな人物かと思えば、自分よりも年若く、しかも学園で問題を起こし婚約を解消された瑕疵のある女性とは。


「しかもいざ嫁いできたら田舎は嫌だとかどうして自分がこんな目になんて文句ばかり口にしていたのですって」


 それは嫌いにもなる。

 そのくせ子爵家のお金で贅沢を重ねていたのだから、顔も見たくなくなるだろう。

 私だったら自分の父親の神経を疑いたくなるし、やめさせるように懇願するかもしれない。

 まあ私の父様だったら母様一筋の人だったようだし、そもそもそんな馬鹿げたことをするはずも無いのでこんなことにもならないだろうけれど。


「最低限の生活は保障してやるから大人しくしているように、さもなくばスタークス子爵家から除籍すると言って追い出されたらしいわ」


 今まで好き勝手に生活してきたべサニー様には辛い仕打ちでしょうね、可哀想にとご婦人方は話していたそうだ。


「……可哀想?」

「ええ。どうやらあちらのほうではあまり詳しくべサニー様の情報が回っていなかったようね。色々な事情からスタークス子爵に嫁いできたようだけれど、子爵が自領から出さないくらい可愛がっているようだからまだ愛があって良かったわねっていう解釈らしいわ」

「それは、まあ、そうですか」


 この感じだとべサニー様がクライヴァル様の元婚約者だということも知られているのかどうかも怪しいところだ。


(王都から離れると物事も正確に伝わらないものなのね)


 正しい情報を得ること、与えることの重要性を改めて感じる。

 与えられた情報をそのまま信じることによって起こる認識の齟齬からなる問題は高位貴族のほうが有り得そうなので、私も公爵家の一員になるからには注意したい。


「幸い今は大人しくしているようだけれど、念のため伝えておくわ。彼女一人で何ができるとも思わないけれど、一応ね」

「わかった。念のため注意を払っておこう」


 クライヴァル様が神妙な面持ちで頷く。

 聞いた話によるとべサニー様は激情型の人のようだから、思い余って何を仕出かすかわからない、といったことなのだろう。


「しかしマルカ嬢、君はどこからそんな情報を得てくるんだ?」


 バージェス殿下がクッキーを摘まみながら聞いてきた。


「べサニー様のことでしたら職場の先輩方からお聞きしました。幸いクライヴァル様愛好家の方がいましたので」

「お兄様の愛好家? なあにそれ?」

「クライヴァル様を見ると目が潤うと言う、恋愛感情抜きでクライヴァル様贔屓の方ですね」

「……マクガード伯爵令嬢か?」

「マクガード? そういえばクライヴと同学年にマクガード家の次女がいたな」

「ああ、あの方。たしかフェリスティア様だったかしら。いつも遠くからお兄様に熱視線を送っていたけれど、目が合うとふらふらと消えていってしまうのよね」


 すごいですよ、フェリスさん。

 この人たちからもしっかり認識されていますよ。覚えられ方が少し特殊だけれど。


「そのフェリスティア様はべサニー様のことを何と?」

「見た目だけなら私と雰囲気が似ていると。ただ……」

「ただ?」

「中身に関しては酷評されていましたね」


 当時はクライヴァル様の婚約者ということもあって、いろいろと言われることも多かったようで、そこには同情すると言っていた。

 けれど、言われていることもあながち間違いではないうえに、決まり文句のように「クライヴァル様に言いつけてやるから!」とか「私は未来の公爵夫人なのよ⁉」と言い返していたらしく、少しは自分の力で見返してやりなさいよといつも思っていたそうだ。

 クライヴァル様はいつだってアルカランデ公爵家という名に恥じぬ振る舞いをしているのに、その婚約者であるべサニー様があれでは文句も出ようというものだと。

 実際、婚約が解消された時には女子生徒の多くは清々したと思う者も多かったらしい。


「フェリスさんもそう思ったそうですけど、何よりそれ以後クライヴァル様の眉間の皺が減ったことに安堵したそうです」

「……本当によく見ているわね」

「面白い人ですよね」


 この話をしていた時にたまたま傍にいたオルフェルドさんが「ね、フェリスって気持ち悪いでしょ?」と言って、またフェリスさんと喧嘩になっていた。

 喧嘩するほど仲が良いとは言うけれど、あの二人がまさにそれだと思う。そしてそれを静観するリードさんを含めて仲良し三人組だと私は思っている。


「まあ、いいわ。とにかく、何もないとは思うけれど念のためマルカも頭には置いておいてちょうだいね。万が一状況が変わったらまた教えるから」

「わかりました」


 世の中に絶対はない。

 けれど、もしもべサニー様が未だクライヴァル様に懸想していて、婚約者という立場に未練があったとしても、前スタークス子爵夫人である彼女に何ができるわけでもない。

 私がただのマルカだった時からある誇りと、ここに来るまでに手にしてきた自信や、築いてきた縁が今の私にはある。

 それらすべてに護られていると思えるから、何があっても大丈夫だと強くいられるのだ。


いつも読んでいただきありがとうございます。

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