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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編
9/119

9.私が友達になった理由

ここからが短編部分からの続きになります。

少し長くなりました。

 

 いろいろあった卒業パーティーがまだ続く中、私は一人会場を抜け出して学園の学生課に来ていた。


「え?!……寮の空きって無いんですか?」


 まずは住むところが無いと始まらないと入寮手続きをしにここまで来たのだが。

 まさかの空きが無いとは。


「そうなのよ。もともと寮って部屋数がそんなに多くないんだけど、今年の卒業生は寮に入ってる子がいなかったから空きが出ないのよ。ごめんなさいね」

「……そうですか、ありがとうございました」


 私はとぼとぼとパーティー会場へと戻った。


(あ~~、どうしよう)


 当てにしていた寮が駄目だった。

 お金も無いし、考えたら服だって無い。

 学園生活に必要な物はレイナード伯爵家で押収されたものの中から私に戻してくれることになってはいるが、それだけでは生活していけない。


(あっ!休み期間中の働き口だけでも紹介してもらえば良かった……。せっかく学生課に行ったのに)


 そんなことにも気が回らないほどに寮に入れないということに動揺していたらしい。

 がっかりした気持ちを隠せずにいると私の腹の虫が鳴いた。

 こんな時でもお腹は空く。

 いや、こんな時だからだろうか。

 パーティー会場の隅には様々な軽食が並んでいるものの、それらに手を付ける者は意外と少ない。

 次にこんな豪華なものを食べられるのはいつか分からない。


「どうせみんな食べないんだし、勿体ないものね。よし!食べ溜める」


 会場の隅にあるテーブル席を陣取り、用意された軽食を端からお皿に載せていき、数回に分けて席まで運んだ。


「うわぁ、どれもこれも美味しそう」


 伯爵家で出される食事も確かに美味しかったが、心が自由になった今の方がより美味しく感じられる。

 私がひとり舌鼓を打っていると「やっと見つけたわ」と声が掛かった。

 殿下とクリスティナ様だった。


「マルカ、貴女何処へ行っていたのよ。いつの間にかいなくなってしまうんだもの」


 そう言ったクリスティナ様は、私の前に広がる皿を見て一瞬動きが止まる。


「どなたかとご一緒だったの?」

「?いえ」

「……それ貴女一人で食べたの?」

「そうですが」

「マルカ……食べ過ぎは身体に良くなくてよ」

「マルカ嬢、君にはいろんな意味で驚かされる……」


 どうやらクリスティナ様は私の食べっぷりに驚かれていたらしい。

 というより、殿下と二人で若干引いている。

 でもお腹いっぱい食べられる機会なんてそうそう無いのだから食べるに決まっているでしょう。


「このくらいなら全く問題無いですよ。それに今のうちに食べ溜めしておかないとと思いまして」


 不思議そうに首を傾げるクリスティナ様に、私は学園の寮に入れず、この後の生活について不安に思っていることを話した。

 普通に考えれば、馬鹿な計画の阻止に協力しただけの一平民が公爵令嬢であるクリスティナ様や殿下たちに気安く話しかけたりすることは憚られることだろう。

 けれど、何度か王宮でお茶をご一緒するうちになぜか妙に気に入られた。


「初めて話したときから思っていたけれど、貴女私の好みだわ」


 好み、とは。


「私のお友達になってくださらない?」


 お友達、とは。


 クリスティナ様、自分が公爵令嬢だということを忘れてはいないでしょうか。

 バージェス殿下の婚約者なんですよ。

 ゆくゆくは王妃様になるということを忘れてはいないでしょうか。


「ああ、それは良いな。クリスティナとマルカ嬢は気が合いそうだ」


 良いな、じゃない。

 気が合いそうだ、そうじゃない。

 そこは平民と友達になろうとしている婚約者を止めるところでしょうが。


「クリスティナの友ということは私の友でもあるな。よろしく、マルカ嬢」

「私たち素敵なお友達が出来ましたわね、バージェス様」


 二人揃って、アハハ、ウフフじゃないのでは?!

 今一緒にいることすら通常ならあり得ない状況なのに、さらに上を行くのか。

 二人とも笑顔だが凄い圧を感じる。

 これは断れない。

 もうどうにでもなれ。

 時には諦めも肝心だ。


「畏れ多いことですが私なんかでよろしければ」

「あら、貴女じゃなければ駄目なのよ」


 そう言ったクリスティナ様は先ほどとは違った朗らかな笑顔だった。

 うーん可愛い。

 でも私でなければ駄目とはどういう意味なのか。


 聞けばクリスティナ様は公爵令嬢に加え、殿下の婚約者という立場もあり、本当の意味で友達と呼べる存在が少ないということらしい。

 貴族特有の本音を隠し、建前で話すことも本当は疲れるのだと言う。


「その点マルカ嬢は、今回の件が片付けば厄介なしがらみは何も無い身だからな」

「ただのお友達として本音で接してほしいのよ」

「……私だって建前で話すかもしれませんよ?」


 私がそう返せば、クリスティナ様は事も無げに言った。


「貴女あまり建前とか回りくどいこととか好きではないでしょう?それに面倒になると大体微笑んで流すわよね」


 ……バレている。

 とりあえず微笑んでおけば何とかなると思っている私の考えはお見通しらしい。


「それに貴女はバージェス様がお傍にいても大丈夫なようですし」

「私も立場上、女性の友人というものが今までいなかったからな。私のことを、クリスティナがいるにもかかわらず他に手を出す最低男と言った君なら良い友人になれそうだ」

「あら、まあ。そこまで言われましたの?やっぱり私、貴女とお友達になりたいわ」

「……私そこまでは言っていませんよ。でも本音で話せばそういうことも言ってしまうかもしれませんが、不敬罪で罰せられたりしませんか?」

「するわけないだろう。心配なら誓約書でも用意するか?」

「え?」

「あらあら。では私もサインしますわ」

「いやいやいや!結構です!喜んでお友達にならせていただきます!」


 王族と公爵家に“私たちは友達です不敬罪なんて適用されません”なんていう誓約書を用意させる平民が何処にいるのか。

 怖い。

 しかもやると言ったら本気で用意しそうなところがまた怖い。


 私が本気で慌てていると「こんなマルカは初めて見たわね」とクリスティナ様がいつになく楽しそうに笑うので、もう良いかと思った。

 身分差があるのはどうにもならないが、クリスティナ様個人を見れば、人としてとても好ましい。

 感情をあまり表に出す人ではないが、それでも学園にいる時より今の方が少し仲良くなれたようで嬉しい。

 殿下も本当はクリスティナ様に一途で、人柄も良くて、時々からかいが過ぎることには腹が立つけど嫌いじゃない。

 そもそも二人を前にしてさほど緊張していないし、お茶をするこの時間だって楽しい。


 なんだ。

 二人に対してこんなことを思っている時点で私はすっかり友達気分じゃないか。

 貴族がどうとか自分が平民だからとか、ごちゃごちゃ考えて差別しているのは自分だけだ。

 ずいぶん前から私たちの間に建前なんてなかったのかもしれない。

 どこかスッキリした気分になって二人を見れば、殿下はニヤッと笑い「やっとだな」と言って、クリスティナ様は「そうですわね。これで安心ですわ」と言って微笑んだ。


 その笑顔と安心という言葉を聞いた時、私は唐突に理解した。

 本音で向き合える友達が欲しいというのも嘘ではないのだろう。

 貴族の会話って煩わしいと私も思ったこともある。

 けれどそれだけではない。

 クリスティナ様は私のために「お友達になりましょう」と言ってくれたのだ。

 内心勝手にそう思っていても、直接言われたわけでなければ私の立場はひどく曖昧なものだ。

 今は殿下の側近候補の妹、もしくは殿下のお気に入りという立ち位置ではあるが、この一件が終われば私は本当にただの平民のマルカに戻る。

 その時、いくら協力したとは言っても私が問題を起こした伯爵家の養女だったという事実は消すことが出来ない。

 後ろ盾も何も無い私に何か言ってきたりする者も現れるだろう。

 そして平民の私は貴族に何を言われても言い返すことなど出来ないだろう。

 だからこそクリスティナ様は言ってくださったのだ。

 曖昧な、それ以上に脆い私の立場を明確にしてくれたのだ。


 ―――例え平民であったとしてもマルカ嬢は公爵令嬢クリスティナとバージェス殿下の友人である


 これがいかに効力のあることか。

 この二人を敵に回そうなどと思う輩はそうそういない。

 それこそレイナード伯爵家くらい愚かな者たちくらいだろう。


 こんな特別待遇が許されて良いのかなんて分からない。

 けれど二人の気持ちに胸が熱くなる想いだった。


「ありがとうございます」


 私がそう言えば「あら、何のことかしら?」と返された。

 ここでとぼけても意味がないと思うんだけど。


「私のクリスティナは素直じゃないだろう?まあ、そこがまた可愛いのだが」

「あまり言い過ぎると鬱陶しがられますよ。けれど、全面的に同意します」


 友達と言ってもらえるなら私は二人の気持ちに応えよう。


「受け入れてからの切り替えが驚くほど速いわね。そう言う所も好ましいわ」


 私の受け答えにクリスティナ様が感心したように言う。

 そして殿下に対し「バージェス様、私鬱陶しいと思ったことなどありませんわ。嬉しいですもの」と言った。

 殿下は満足そうに微笑んで「やはり私のクリスティナは可愛いな」と言った。


 ご馳走様ですという言葉と、いちいち私のって付けなくても良いんじゃないかという言葉は残った紅茶と共に飲み干した。

 砂糖は少なめにしか入れていないのにやたらと甘く感じたのだった。



 とまあ、こういった経緯で私は狙ってもいなかったお友達枠を手にしたのである。

 本音で話す友達には嘘はつかない。

 私が困っていることを全て話し終えると、クリスティナ様は妙案が浮かんだとばかりに微笑んだ。


「それでしたら我が家にいらっしゃいな。歓迎しますわ」


 今日の宿が決まった瞬間だった。




≪マルカに聞いてみよう≫

質問:クリスティナ様だったら殿下の砂を吐くような甘い言葉も全て受け止めてしまうのではないでしょうか?

マルカ「そんなわけな……くもないですね。逆に喜んじゃいそうです。残念ですが揶揄えませんね。まあ平和なのは良いことなので良しとします」



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[一言] 「誓約書なんていらないから、私特製の自白剤を飲んだ上でもう一度同じ事を言ってください」 そして見るからに怪しそうな青色の自白剤が2本 王子にはニガイヤツ クリスティーヌには甘いヤツ (≧…
[良い点] マルカちゃんって実は結構適当?wさらっとしてる感じが好ましいんだろうなぁ
2020/09/24 06:13 退会済み
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