85.お片付けは手短に
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「マルカ。少し周りが騒がしいようだが、何かあったのかな?」
「マルカさん、大丈夫?」
全てわかっているくせにそんなことを言うフェリクスお父様とローザお母様はなかなかに意地が悪いと思う。
目が合うとローザお母様が私ににこりと微笑んだ。
事前にもしかしたらちょっとしたいざこざが起きるかもくらいのことは話してあったのだけれど、ローザお母様は「私たちがマルカさんの愁いを薙ぎ払ってあげるわね! 私もフィリップス侯爵家の人間よ? こう見えて魔法は得意なの。 ……え? 自分で対処するから手を出したら駄目? 手伝わせてくれてもいいじゃない……」と項垂れていたので、これくらいは許せということなのだろう。
侯爵夫妻、それも魔術師長夫妻の登場にダカリー伯爵令嬢たちは顔色が悪くなる。
「あら、みなさん気分が優れないのではありませんか? 顔色が悪いですよ」
私がそう言えば、「む、そのようだな。親御さんを呼んでこようか」とフェリクスお父様が言い、「それがよろしいわ。あなた方、お名前はなんと仰るの? 私たちがあなた方のご両親を探してくるわ」とローザお母様が追い打ちをかけた。
まあ、もちろん名乗れるわけもないのだが。
ちょっと調べてみたけれど、彼女たちの親は良い人たちとは言えないけれど、すごく悪い人たちとも言えない人物で、まあなんというか長い物には巻かれろタイプで。
つまり権力にものすごく弱い。
私がただの平民だったら自分の娘がいくら偉そうに私を貶めていても、それを咎めはしないだろう。
けれど、それは私が今も平民だったらの話だ。
侯爵家の娘となった私に対して同じことをしたならきっとすぐにやめさせるはずだ。
そんな私の予想を裏付けるように、向こうのほうから慌ててやってくる人物がいた。
「フィリップス侯爵、お久しぶりでございます! あ、あのそちらのご令嬢は?」
落ち着きがない様子でちらちらと私を見る肥えた男性が、挨拶もそこそこに、しかも自分は名乗らず聞いた。
「やあ、ダカリー伯爵。この子は少し前に私たちの娘になったマルカだ」
「マ、マルカ嬢……あの……?」
あのってなんだ。
一昨年の一件のことを指しているのか、それとも自分の娘が普段から嫌がらせをしていた相手だと理解したのか。
フェリクスお父様の返答にダカリー伯爵が一瞬息を飲んだのがわかった。
私はドレスを軽く摘まんでお辞儀をし、ダカリー伯爵に挨拶をした。
「マルカ・フィリップスです。以後お見知りおきを」
「あ、ああ」
「ところで、そちらのお嬢さんは君のご息女かな?」
フェリクスお父様の問いかけにダカリー伯爵令嬢がビクッと肩を揺らす。
その様子に娘が相当やらかしたことを悟ったダカリー伯爵がなぜか私をバッと見たので、とりあえず微笑んでおく。
微笑む私と、対照的に青ざめた顔の娘。
これはマズイとダカリー伯爵は悟ったのだろう。
「娘はどうも体調がすぐれない様子! ご挨拶もそこそこで申し訳ありませんが、少し休ませますので失礼してもよろしいでしょうか!」
「ああ、そうしたほうがいいな」
「ええ、それがよろしくてよ。ねえ、マルカさん?」
「はい。みなさんご気分が優れず冷静でいられなかったこと、私は重々承知しております。本当にお気になさらないで」
とどめの笑みを彼女たちに贈る。
みんな「あ、ありがとうございます」「お心遣い感謝いたします……」と頭を下げた。
ふっふっふ。見たか、これぞリディアナお義母様直伝『相手に有無を言わせない威圧的な笑み』だ。
「では、失礼いたします! ほら行くぞ!」
ダカリー伯爵は娘の腕を掴むと一度も振り返ることなく逃げていき、その後をメイジャー伯爵令嬢たちが追って消えていった。
「小物だな」
「小物ねぇ」
フェリクスお父様とローザお母様の声が重なり、思わず笑いそうになるのを堪える。
「お二方を前にすれば致し方ないことではありませんか?」
この二人の前に娘を連れ戻しにやって来ただけまだマシかもしれない。
まあそれが娘可愛さなのか、これ以上取り返しのつかない失態をおかさせないためなのか、そもそも何も考えず衝動的に出てきただけなのかはわからないが。
けれど他の家の人は誰も出てこなかったのも事実だ。
状況によっては娘を完全に切り捨てることも考えていたのかもしれない。
(貴族ってそういうところあるしね)
まあ、問題を起こした娘一人で家が守られるなら切り捨ても厭わないと思うくらいなら、そもそも問題を起こさせるなと言いたいが。
私が笑顔の下でそんなことを考えていると、ハルフィリア様の言葉にフェリクスお父様がおどけたように肩をすくめて答えた。
「おや、ハルフィリア嬢。私たちよりもマルカの言葉のほうが効果的だったと思うのだが?」
それにシンシア様も続く。
「ええ、本当に。あの微笑み良かったわよ。なかなか板についてきたじゃないの」
「本当ですか? シンシア様にそう言っていただけるなら良かったです」
好んでこの技を使いたいとは思わないけれど、また必要な時は躊躇なく使うとしよう。
なるべくそんな状況にはなりたくないけれど。
「とにかく、これで傍迷惑な方たちは片付いたのと、私がフィリップス侯爵家の人間であるということは知れ渡ったと思いますので、目標達成です」
「あら、一番大事なことがまだではない?」
「そうよ。まあ肝心のアルカランデ様がまだいらしてないから仕方ないのだけれど」
「もうそろそろ来ると思うんですけど……」
私がそう口にした時、入り口のほうがにわかに色めき立ち、今までこちらに多く向けられていた視線がそちらに向けられた。
「……これは、いらっしゃいましたかね?」
「そのようね」
人だかりの中から「王太子殿下とクリスティナ様よ!」「お二人が揃うとやはり迫力があるな」や、「あのドレスのお色、王太子殿下の瞳のお色だわ」「素敵よね」などという声が聞こえてくる。
そして、その二人を指す言葉とは別に「きゃあ! クライヴァル様もいらっしゃるわ!」「本当! はあ、なんて素敵なの。でもアルカランデ公爵夫妻もいらしているのになぜかしら?」という声も聞こえた。
卒業パーティーには、卒業生とその親や婚約者が出席することがほとんどで、参加人数が増えすぎるため兄弟姉妹は出ないことが多い。
そんな中クライヴァル様がこの会場にいるということに疑問を持つのは当然のことだろう。
しかし私の婚約者は本当に人気が高い。
バージェス殿下とクリスティナ様を褒め称えるのと同じくらい、クライヴァル様への賛辞が聞こえる。
(あんなに素敵なのに婚約者がいないと思われてるんだもの。今日も誰も伴わずに参加していれば、そりゃあもしかしたら自分がって期待もしちゃうわよね)
その期待をこれから思い切り砕くわけだが。
べつに悪いことをしているわけではないけれど、この卒業というめでたい日に一瞬でも抱いた期待を粉砕することにほんのわずかの罪悪感を覚えたのだった。
◇◆◇◆
会場の扉が開けられ、まずはバージェス殿下が妹のクリスティナをエスコートしながら中に入る。
そしてそのすぐ後には私たちが乗った馬車のすぐ後を来ていた馬車から降りた私たちの両親が続く。
さらにその後ろには私が続いた。
はじめ、クリスティナたちを見た会場内の参加者たちは「王太子殿下とクリスティナ様よ!」と未来の国王・王妃となる二人に色めきだった声を上げていたが、両親の後に続いた私の姿を確認すると、色めきだった声とは別に、なぜこの場に私がいるのかと首を傾げた。
まあ、それも当然だろう。
通常、卒業パーティーには親が来ていればわざわざ兄弟が参加することはない。
そうだというのになぜクリスティナの兄である私がこの場にいるのか、疑問に思うのは当然のことだろう。
それでもクリスティナたちだけでなく私の周りにまで人が集まるのは、この年代のご令嬢にとって私は目下最も優良な伴侶候補だからだろう。
公爵家を継ぐ身でありながら、私の年齢で婚約者すらいないのは非常に珍しい。
すでに社交の場に出ているご令嬢の中で婚約者になったものがいないのなら、これから本格的に社交の場に出る自分たちにもチャンスがあると取られるのも仕方のないことだろう。
けれど、いくら今私の周りにいるご令嬢が美しかろうが私には何の意味もない。
この日のためにあつらえたであろう美しいドレスを身に纏い、未来へと希望を抱く彼女たちは、きっとたいそう魅力的なのだろう。
しかし、いくら他から見れば魅力的な女性なのだとしても、私がそう思えるのはたった一人なのだ。
周りを取り囲むご令嬢たちに外向きの笑顔で対応しながら目当ての人物を探していると、視界の端に自分が贈ったドレスを纏った女性を見つけた。
「クリスティナ」
「なあに? あら、もう見つけたの?」
クリスティナに声をかければ驚いたようにそう返される。
彼女の隣にいるバージェス殿下もそれは同じだったようで、呆れたような視線を向けられたが解せない。
きっとバージェス殿下も探し人がクリスティナであれば誰よりも早く見つけられただろう。
私が先にマルカのもとへ行くと告げると、クリスティナとバージェス殿下も一緒に行くと言った。
「ごめんなさい。通していただける? 皆さんまた後でお話しましょう」
クリスティナがそう一言口にしただけで皆道を開けるのだから、我が妹ながらなかなかの統率力だと感心した。
マルカのほうへ向かって行くと、いつの間にか人だかりからいなくなっていた両親も合流する。
そして彼女の顔がはっきりと見える距離まで近づくと、マルカが私の顔を見てパッと花が咲くように笑った。
ああ、やはり私には彼女が誰よりも輝いて見えるのだ。
小物はサクッとお掃除完了。
そしてやっとクライヴァル出てきました。
暑い日が続きますので皆さんもお体にはお気を付けを~(^_^)/~