83.いざ行かん、卒業パーティー
感想やいいね、評価&誤字報告ありがとうございます。
試験結果の発表があったその夜も、私はいつも通りクライヴァル様と一緒にサロンにいた。
「とりあえず試験も無事に終えられて良かったよ。まあ、あまり心配はしていなかったけれどね」
「ありがとうございます。ヒューバートお義父様やリディアナお義母様にも褒めていただきました」
二人とも「よくやった」と私たちの努力を認めてくれたし、リディアナお義母様は「さすがは私の自慢の娘たちよ」と言ってくれた。
娘ではなく、娘たち。
当然のようにクリスティナ様だけでなく私も含まれていたことが嬉しかったのだ。
「ようやく卒業か……いろいろ、本当にいろいろあったな」
クライヴァル様が苦笑する。
「ええ、そうですね」
本当にいろいろあった。
伯爵家に庶子として引き取られて、まあそれは嘘だったのだけれど、くだらない陰謀に巻き込まれて。
問題も無事解決して平民に戻ったと思ったらクライヴァル様に告白された。
最初はお貴族様の気まぐれ、何を馬鹿なことを言っているのかと思っていたけれど、それがただの気まぐれなどではなく本物の気持ちなのだとクライヴァル様が信じさせてくれた。
「ようやくここまで来れました。やっとクライヴァル様の婚約者として振る舞うことができます」
私がフィリップス侯爵の血縁だと判明して、養女として引き取られることが決まる前にクライヴァル様と両想いになって婚約だけは結んでいた。
そしてその後のパーティーなどはクライヴァル様の婚約者として出席するようにとヒューバートお義父様から言われていた。
けれど私はそれをもう少し先に延ばしにしてもらえるように頼んだ。
婚約者として出席したくなかったわけではない。
私だって早くクライヴァル様の婚約者と周知されて、この人は私のものなのだと言いたかった。
けれど、そうは思っていても私はまだ不安だったのだ。
自分に自信を持ちきれなかったと言ってもいい。
侯爵家の養女にはなったけれど、私はまだ何も成していなかった。
貴族としてのマナーや心構えなど、多少はできていたかもしれないけれど、それでもクリスティナ様やリディアナお義母様と比べると当然ながら見劣りした。
いろいろと中途半端だと感じてしまったのだ。
せめて何か目に見える形のものを手に入れたかった。
そんな私の気持ちを汲んでくれて大々的に発表するのは卒業パーティーでということになっていたのだ。
5番以内の成績と言ったのも、それが一番分かりやすい努力の結果だったからだ。
同年代の貴族の子女が集まる学園で上位の成績を残すのは大変なことだ。
私は元々魔法実技の成績は良かったけれど、座学はまあまあ良いくらいだったのを底上げして今がある。
「本当にお待たせしました。ようやく自信を持って貴方の婚約者は私なのだと名乗ることができます」
たかが成績くらいでと人によっては言うかもしれない。
けれどこれは私の気持ちの問題で、これくらいできなければクライヴァル様の隣に堂々と立つことなんてできないと思うのだ。
「私の我儘に付き合わせてしまってすみませんでした」
「我儘だなんて思わないよ。それに我儘だというなら、その最たるものはマルカを妻にと望んだ私だろう」
まったく乗り気ではなかった私を自分の我儘で口説き、諦めきれずに待ち続けたのは自分だとクライヴァル様は言った。
「ありがとう、マルカ」
クライヴァル様は私の手をぎゅっと握り、まっすぐに目を見て「君は本当に私の自慢の婚約者だ」と言って微笑んだ。
その笑顔の破壊力やたるや。
心臓が握り潰されるかと思った、わりと本気で。
クライヴァル様が私の顔を見て一瞬目を瞠った後にまた嬉しそうに笑ったので、おそらく私の顔は赤く染まっているのだと思う。
「……楽しみですね、卒業パーティー」
私は恥ずかしさを隠すようにクライヴァル様の手を握り返してそう言うのがやっとだった。
◇◆◇◆
卒業パーティー当日、私は前の日からフィリップス侯爵邸に来ていた。
今までフィリップス侯爵家の娘として公の場に出たことがなかったので、始めのうちは周知させるためにあえてフェリクスお父様とローザお母様と一緒にいることにしたのだ。
そして頃合いを見計らってクライヴァル様と合流しようということになった。
クライヴァル様はものすごく渋ったが、そこはローザお母様が押し切った。
「せっかく家族になったのに、マルカさんはほとんどアルカランデ家にいてそれらしいことを何も出来ていないのよ? どうせパーティーではクライヴァル様に引き渡すのだからここは譲れないわ」
ローザお母様にこう言われてしまってはクライヴァル様も引き下がるしかなかったようだ。
「私色に染まったマルカを一番初めに見たかったのに」
「試着した時にもう見てるじゃないですか」
諦め悪くぶつくさ言っていたクライヴァル様に私がそう返せば、彼の眉間に皺が刻まれた。
「……そうだが、そうじゃない」
「どっちですか?」
「はあ……まあいいか。屋敷を出る前に着飾ったマルカを見たら、会場に行きたくなくなってしまうかもしれないしな。良かったと思おう」
クライヴァル様が自分を納得させるように頷きながらそう言ったのが数日前のことなのだが、それをローザお母様とフェリクスお父様に言ったら「愛されてる(わ)ねぇ」と言われた。
フィリップス侯爵家の侍女たちも「マルカお嬢様のご婚約者様のご期待に沿えるよう頑張ります!」と張り切っていた。
そしてすべての準備が終わった今、誰よりもはしゃいでいるのがローザお母様だ。
「まあ! まあ! まあ! なんて可愛らしいのかしら! フェリクス、フェリクス! あなたも早く来てちょうだい!」
ローザお母様は私の周りを右に左にとくるくる回り、興奮しながらフェリクスお父様を呼んだ。
「―—はい、はい。呼んだかな? っと、おやまあ。いいじゃないか。よく似合っている」
「ありがとうございます。魔術師ちょ――フェリクスお父様も素敵ですよ」
「ははは、ありがとう。慣れないだろうが今日はお父様で頼むよ」
普段はフェリクスお父様のことをまだ魔術師長と呼ぶほうが多いので時々間違えそうになる。
「すみません。普段はお互いにローブや制服だから変な感じですね」
二人して着飾った格好をすることなんて初めてじゃないだろうか。新鮮だ。
「ローザお母様もいつも以上にお綺麗です」
「ふふふ、ありがとう。貴女の母親としての初めての公の場よ? 侍女たちに張り切ってもらったわ」
お母様が視線を壁際に控える侍女たちに向けると、達成感のある笑顔を向けられた。
「さあさあ、そろそろ時間じゃなくて? きっと貴女を見たらクライヴァル様も喜ばれるわ」
「彼は今もきっとそわそわしていそうな気がするが」
フェリクスお父様の言葉にみんなが「たしかに」と頷いて笑い声が上がった。
そんな和やかな雰囲気のまま3人で馬車に乗り込む。
馬車はゆっくりと会場へと向かって行った。
◇◆◇◆
「ちょっと、お兄様」
「なんだ」
「なんだじゃないわ。バージェス様を睨むのはよしてくださらない?」
「睨んでなどいないが」
「はっはっは。そう言ってやるな、クリスティナ。おおかた自分はマルカ嬢と別々に会場入りせねばならないのに、私がクリスティナと一緒なのが羨ましいのだろう」
「仕方がないじゃないの。マルカは今や侯爵令嬢なのだとお馬鹿さんたちにもわかりやすく教えてあげなければならないのだから」
実力も何もかも負けているくせにマルカを平民だと侮っている一部の者たちへ、自分がいかに愚かなことをしていたのかとわからせる必要がある。
「わかっている。だからこうして我慢しているんじゃないか」
本当ならば最初から最後まで自分がエスコートしたかったが、フィリップス侯爵家にマルカがきちんと娘として受け入れられていると印象付けるためにも必要なことだと理解はしている。
けれどもそれと自分の気持ちが同じかというとそうではない。
「早く会いたいな」
私がぽそっとそう呟けば、バージェス殿下とクリスティナは顔見合わせて笑い声を漏らした。
そんなところまで息がピッタリなんて自分への当てつけだろうかと思ってしまうくらい、自分の隣にマルカがいないことが寂しく感じる。
「お兄様は本当にマルカが好きねぇ」
「当たり前だ。そうでなければマルカを望んだりしていない」
自分がマルカを求めたことでどれだけ彼女に苦労を課しているのか。
それがわからないほど愚かではないと思っている。
けれど、そのマルカ自身が私に言うのだ。
『何度も言いますけどそれは違いますよ。たしかに始まりはクライヴァル様からだったかもしれませんけど、私は自分で貴方の隣にいることを望んだんです。クライヴァル様が好きだから、貴方の隣に堂々と立つために私が頑張りたいんです』
この言葉を聞いた時、マルカには気付かれていないと思うが私は不覚にも泣きそうになった。
こんなにも強く、美しく、愛しい存在を私は他に知らない。
マルカだけは何があっても絶対に手放してはいけない、手放したくないと改めて強く思ったのだ。
「私のクリスティナへの愛も重いが、クライヴのマルカ嬢への愛も重そうだな」
「あら。私は重いなどとは思っておりませんわよ?」
「クリスティナ……!」
ぱあっとバージェス殿下の顔が喜びに染まる。
相変わらず殿下は妹のクリスティナのことが好きで好きでたまらないらしい。
昔の自分ならば、妹のことをそこまで愛してくれることへのありがたさとは別に、そこまで他人を好きになるのはどんな気分なのだろうかと考えていただろう。
しかしマルカという愛する人を得た今ならばバージェス殿下の気持ちもよくわかる。
そんなことを考えていると、クリスティナが言葉を続ける。
「ふふふっ、私もそれを望んでおりますし、同じ重さを返していますもの。マルカもきっとそうでしょう? そうでなければ、あの賢くて面倒くさがりな子がわざわざ貴族の世界に入ってきたりなんてしませんわ」
「それもそうか。マルカ嬢は特に玉の輿を狙っていたわけでも、貴族になりたかったわけでもないしな。注目を浴びたいという質でもないし――まあ今日は浴びるだろうが」
平民と思われている彼女がクリスティナに次ぐ次席になったこと、フィリップス侯爵家の娘になっていたこと、そして自分の婚約者になったこと。
注目を浴びないわけがない。
「さすがのマルカ嬢でも緊張しているんじゃないか? クライヴ、しっかりフォローしてやれよ」
「もちろんです。ただ――」
「マルカは緊張なんかしないんじゃないかしら。『国王陛下にお会いした時に比べれば、どうということもないですね』とか言いそうね」
「……クライヴも同意見か?」
「まあ、おおむね」
「……くくっ、あはは。そうか、実際に会って確かめたいな。さて、そろそろ時間のようだ。我々も会場に向かうとしよう」
バージェス殿下の声で皆が一斉に動き出す。
愛しいマルカ。
君に会えるまであともう少しの辛抱だ、と自分に言い聞かせ私も腰を上げた。
マルカはどこまでいってもマルカです。