82.試験結果と友情と
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学園で卒業試験の結果が貼り出された。
とは言っても貼り出されるのは上位20名までで、それ以外は後日各家に送られてくる成績通知書に詳細な順位が書かれている。
だから発表の日にはわざわざ学園に来ない者もいるのだが、私とクリスティナ様はもちろん首位を狙っているため結果を確認するために登校した。
そして結果は――
1位 クリスティナ・アルカランデ
1位 マルカ・フィリップス
(ど、同点……?)
その結果を見て私はがっくりと肩を落とした。
実技試験でかなり手応えを感じていたのでいけると思ったのだが、現実はそう簡単ではないらしい。
いや、同点で二人とも1位なのだからがっかりする必要はない。
ないのだが、私は本気でクリスティナ様に勝つ気でいたので少し悔しい。
さらに言うなら点数が満点ではないところが悔しさ倍増だ。
(まったく……どこを間違えたのかしら)
はあっと溜息を吐いている私を、隣にいるクリスティナ様がじぃっと見てきた。
「……? クリスティナ様、おめでとうございます」
「マルカ……貴女まさか手を抜いたりしていないわよね?」
「するわけないじゃないですか。勝負ごとに手を抜いたりしたら相手にも失礼でしょう? 私は本気で1位狙ってましたよ。単独の」
私が少し怒ってそう言えば、クリスティナ様は「……そうよね。マルカがそんなことするわけなかったわ。ごめんなさいね」と返してきた。
そんなやりとりをしていると、貼りだされた結果を見ていた生徒たちがあることに気づき始めた。
「マルカ……フィリップス?」
そう、私の名前だ。
ほとんどの生徒が私を平民だと思っている。
そして平民は姓を持たない者が多い。
それなのにレイナード家の者ではなくなった私に姓がある。しかも「レイナード」ではなく「フィリップス」という姓。
この国でフィリップスといったら誰もが真っ先に魔術師長が当主を務めるフィリップス侯爵家を思い浮かべる。
「なあ、フィリップスって……」
「いや、まさかな」
「でも魔術師長はマルカさんを魔法省に誘ったらしいじゃないか」
「ということは……」
みんなの視線がこちらに向いているのがわかる。
クリスティナ様に祝いの言葉をかけたい者、好奇心から私に名前について聞きたい者など様々だ。
「マルカ」
「はい、クリスティナ様」
「今度の卒業パーティーでわかることだし、今は面倒だから帰りましょうか」
「そうですね」
私たちは囲まれる前にこの場を去ることにした。
馬車に乗り込むと、クリスティナ様が「あの方たちはいなかったわね」と言った。
「あの方たちですか?」
「ええ、先日呼ばれてもいないのにお茶会に乱入してきた方たち」
「ああ」
クリスティナ様はメイジャー伯爵令嬢のことを言っているのだろう。
どう考えても成績は良くなさそうなので、今日は学園に来ていないのではないだろうか。
「マルカがフィリップスを名乗ったと知ったらどんな反応を見せるのか楽しみね」
ふふっとクリスティナ様が笑うが目が笑っていない。怖い。
自分で言うのも何だが、クリスティナ様はかなり私のことを気に入ってくれているらしく、私に対する態度が悪い人たちを密かに敵認定している節がある。
もちろん彼女が直接手を出すことはないけれど。
これに関しては、クリスティナ様の婚約者であるバージェス殿下も「クリスティナのマルカ嬢への好意は私への好意と種類が違うとわかっていても嫉妬してしまう程だ」というくらいなので本当だ。
「普通なら今までの自分の発言を後悔すると思いますけど。フィリップスは侯爵家ですし」
今まで絡まれた時も、大体は「平民のくせに」と難癖をつけられていた。
「それはしょうがないのではなくて? 身分以外にマルカに勝るところがないのだもの。まあ実際は身分ですらマルカのほうが上だけれど」
そう言ってクリスティナ様は私をじっと見て、「やっぱり容姿も含めてマルカのほうが上ね」と言うので、素直に「お褒めに預かり光栄です」と返した。
「あら、珍しい。そんなことない、とは言わないのね」
「謙遜のし過ぎもよろしくないと教わりましたからね。それに、クライヴァル様やクリスティナ様たち公爵家のみなさんが事あるごとに褒めてくださるので、それを否定するのも失礼な気がしまして」
アルカランデ公爵家の人たちは様々なことに関して、公爵家の者としてできて当然という態度を取る。
けれど、その『できて当然』が『本当にできた』時にはきちんと褒めて認めてくれる。
そんな人たちだからこそ、褒められたら素直に受け取ろうと思えるのだ。
「それに父から受け継いだ魔力には誇りがありますし、母から受け継いだこの容姿も公爵家の美容部隊によって日々磨いてもらっていますから。自信を持たなければクライヴァル様の隣に立てませんよ」
「ふふっ、そうね。マルカは以前よりもさらに愛らしくなったわ」
クリスティさまはそう言って笑ってから「ああ、そうだわ」と言葉を続ける。
「もしかしたらメイジャー伯爵令嬢がマルカにきつく当たるのは、私たちが原因かもしれないわ」
「私たち? どういうことですか?」
私の疑問にクリスティナ様が答えてくれた。
なんでもクリスティナ様は以前メイジャー伯爵令嬢から、憧れていると直接言われたことがあるのだそうだ。
「だから私が傍に置いているマルカが気に入らないのかもしれないわね……それにあの方、たしかお兄様のことを好いていたのよ」
クリスティナ様の言葉に少し驚く。
「……クライヴァル様のことを?」
「ええ。お茶会でお兄様のことを聞かれたことがあったし、たしかメイジャー伯爵家から釣書が送られてきたこともあったはずだわ」
「憧れのクリスティナ様と、慕っているクライヴァル様のいるアルカランデ公爵家に私がお世話になっているということ自体気に食わない、ということでしょうか?」
「おそらくね。マルカは私たちがこちら側に引きずり込んだのだけれどね」
「メイジャー伯爵令嬢からすると、媚びて取り入ったということになるんですかね」
「私を足掛かりにしてお兄様との縁を繋ぎたがっていた方がよく言うわ」
なるほど。
自分がそうだったから私もそうだと思うのだろう。一緒にしないでほしい。
「ふふっ、貴女はむしろ私たちから遠ざかろうとしていたのにね」
「私は身の程を弁えていましたからね」
貴族でもない、何者でもないただの「マルカ」がクライヴァル様に本気で好かれるなんて思っていなかったし、クリスティナ様たちに友人だと言ってもらえること自体現実味がないと思っていた。
「今でもたまに夢じゃないかと思うこともあります。まあ、本当に夢だったら困りますけど」
すっかりクライヴァル様を好きになってしまった。
彼の隣に立ち、一生共にいて支えたいと思ってしまった。
覚悟を決めたのに今さら夢でしたと言われても困る。
「私はもうクライヴァル様の隣を誰にも譲るつもりはありませんから」
「まあ! ふふふ、その言葉直接お兄様に言ってさしあげなさいな。泣いて喜ぶんじゃないかしら」
「殿方を泣かせる趣味はないのでやめておきます」
「あら、そう? 残念だわ」
クリスティナ様はまったく残念ではなさそうな顔でそう言い、ふふっと笑った。
「何はともあれ無事お父様の言いつけを守ることができて良かったわ。マルカもおめでとう」
「ありがとうございます。クリスティナ様も首席卒業おめでとうございます」
どの代でも首席は一人。
帰路に就く前に、教師の一人からクリスティナ様が首席で卒業だと言われていた。
ちなみに次席は私だ。
「ありがとう、でいいのかしら。素直に喜べないのよね。私が公爵家の人間で、王太子妃になるから忖度されているんだもの。そうでなければきっとマルカが首席だったはずだわ」
「そうでしょうか。私は妥当だと思っていますよ」
普段の生活態度や、他の生徒への影響力、まとめ上げる能力。その他諸々を総合的にみれば、間違いなくクリスティナ様が首席で良いと私は思う。
試験の点数があからさまに私のほうが高かったら話は変わってくると思うけれど。
「そうかしら? まあそこに文句を言ったところで意味はないのだけれどね。とにかく、貴女という良い競い相手がいたらからこそ、より自分を高められた気がするわ。ありがとう、マルカ」
クリスティナ様の言葉に私は笑顔で返す。
クリスティナ様の存在はクライヴァル様と同じくらい私の中では大きかった。
正直なところ、学園での授業に魔法省でのお手伝い、さらにリディアナお義母様による淑女教育。
決して簡単ではなかった。
自分でもあまり泣き言は言わないほうだとは思っているけれど、ちょっと辛いなと思うこともあった。
けれど、元々できるクリスティナ様がさらに高みを目指して頑張っている姿を見せられては、奮起しないわけにはいかない。
クリスティナ様はクリスティナ様で、自分を追いかけてくる私に負けるわけにはいかないと思っていたらしいけれど。
『なんでも話せて、互いに高め合っていける存在はもう親友でしょう?』とクリスティナ様に言われた時のことを思い出し、私はふふっと笑った。
「なあに? 何か良いことでもあった?」
「いえ、クリスティナ様に親友だと言っていただいた時のことを思い出しまして」
「まあ。それでそんなふうに笑ってもらえるなんて親友冥利に尽きるわね」
私につられてクリスティナ様も笑顔になる。
「マルカ、忘れないでね。私は王太子妃に、いずれは王妃になり、貴女は公爵夫人になる。私たちの立場は変わってしまうけれど、それでも私たちは親友よ。それを忘れないで」
「はい」
今のように気軽に会ったりお喋りする機会は減ってしまうだろう。
けれど私たちは親友なのだとクリスティナ様は言ってくれた。
「クリスティナ様も忘れないでくださいね。私はいつだってクリスティナ様の味方ですから。もしバージェス殿下に泣かされたら呼んでください。非公式でこっそり行って、バレないように地味な嫌がらせで懲らしめます」
私の言葉にクリスティナ様は目をぱちくりとさせた。
「まあ! マルカなら本当にやりそうね。ふふっ、いざとなったらお願いしちゃおうかしら」
「任せてください」
クリスティナ様やクライヴァル様の協力があれば意外と本当にできそうな気もする。
まあ、実際にそんなことをしたら問題になるだろうから私もクリスティナ様も本気では言っていない。
それにバージェス殿下がクリスティナ様を悲しませるところなんて想像できないし。
そこはかなり信頼している。
そんな話をしながら馬車はゆっくりと公爵邸に向かうのだった。
今回はクリスティナ回でした。
手の完治まだはあともう少し。
マジでやべぇ怪我でしたわ……。
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そちらもよろしくお願いします。