79.だから好き
ブクマ、感想&いいね&評価ありがとうございます!
嬉しいです(*´∀`)
今回はちょっぴり甘い回。
お茶会は邪魔が入ったせいで時間が押してしまい、あの後すぐにお開きとなってしまった。
残念ではあるけれど、またお茶会をしましょうと言ってもらえたので楽しみでもある。
「そんなわけで、総合的に見て今日のお茶会は楽しいものでした」
「そうか。マルカにとって有意義な時間になったのなら何よりだ」
その日の夜。
私はいつものようにクライヴァル様とサロンで和やかに談笑していた。
すっかり恒例となったこの時間は、婚約者になっても変わることはない。
最近ではこの時間は私とクライヴァル様がサロンを使用する時間として認識されていて、最初に飲み物などを用意した後はメイドさんもいなくなる。
婚約前は少しだけ開いていた扉も、今では閉められるようになった。
婚約者として認められていることと、信用されていることを嬉しく思う。
「そうだ! 私、皆さんとお友達にもなれたんですよ」
セルム子爵令嬢たちはずっと私ときちんと話してみたかった、友達になってほしいと言ってくれたのだ。
平民だと思われている私にそんなことを言う人はなかなかいない。
クリスティナ様やバージェス殿下が変わっているだけなのだ。
「良かったな」
「はい。でもこれはクリスティナ様のおかげでもあるんです」
「クリスティナの? どういうことだ?」
実はセルム子爵令嬢たちは招待状を私に渡すかどうか迷っていたらしい。
それというのも、メイジャー伯爵令嬢一派はクリスティナ様と私のいないところで「まさか平民をお茶会に誘う奇特な方はいらっしゃらないわよねぇ?」などと言っていたらしい。
クリスティナ様の前では言えないくせに。
他にも私を招待したら自分が開くお茶会には二度と招待しないとも言っていたようだ。
そんな性根の腐った人のお茶会なんかこちらからお断りだと言いたいところだが、そこは貴族。
いろいろとしがらみなどがあるらしく、なかなか踏み切れずにいたらしい。
けれど、その悩んでいる場面にたまたま出くわしたクリスティナ様にこう言われたそうだ。
「少なくとも学園内において生徒は皆平等よ。ここは王立学園、つまり国がそう言っているの。その方針にそぐわない行動を取っているのはどちらかしら。それでもどなたかが貴女たちに何かを言ってくるなら私の名をお出しなさい。大人しくしていただく方法はいくらでもあるわ」
素敵すぎやしませんか?
メイジャー伯爵たちの行動を把握していることもそうだし、何かあったら自分が守ると言い切るところもそうだし、さすがクリスティナ様だ。
「その言葉に背中を押されて私を招待してくださったそうです。格好いいですよねぇ」
「……」
「しかも、去り際に『ここでしか繋ぐことのできない縁もあると思うわ。私はマルカとの縁、切るつもりはなくってよ』と言われたそうです。私は本当に素敵な友人を持ちました」
「……」
「……クライヴァル様? どうかしました?」
私がクリスティナ様の話を若干興奮気味に話していると、クライヴァル様は押し黙った。
どうしたのだろうと隣に座ったクライヴァル様を覗き込むと、彼は普段あまり見せないむすっとした顔をしていた。
「……何ですか、その顔」
せっかくの格好良い顔が台無しですよと言いたいところだが、不機嫌そうでもクライヴァル様の素敵さは変わらない。
いや、むしろあまり見れない表情だからこそときめいてしまう。
「クライヴァル様?」
私の呼びかけに、クライヴァル様は顔をふいと逸らし「……君は、クリスティナと仲が良すぎないか?」と言った。
「……は?」
それに対し、私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
「すまない。今のは忘れてくれ」
「……」
そう言ったクライヴァル様はすでにいつもどおりの彼に戻っていたけれど、わずかに残る頬の赤みを私は見逃さなかった。
「クライヴァル様?」
「……何だ?」
「クライヴァル様~?」
「……」
「それで隠してるつもりですか? もしかしなくても今のってヤキモチですよね?」
私がニマニマとしてそう聞けば、クライヴァル様はやや不満気な視線を私に向けた。
「わかっているなら追求しないでくれないか」
「いや、するでしょう」
するに決まっている。
「だって嬉しいじゃないですか」
あのクライヴァル様が私のことで妹であるクリスティナ様にまでヤキモチを焼いているのだ。
きっと私がクリスティナ様のことを格好いいと、素敵だと言ったから。
「嬉しい? 狭量な男だと嫌にならないか?」
「なりませんよ。妹にまで嫉妬するなんて、私本当に愛されているんだなって嬉しいです」
普段は凛々しくも穏やかな空気を纏うこの人が、家族と私の前では表情を豊かにする。
クライヴァル様にとっての特別なのだと自覚させてくれる。
好きでもなんでもない人から強い独占欲を持たれたり、嫉妬されたりしても嫌なだけだが、私たちは婚約者で想い合っている。
だからこそ嬉しいし、私だってクライヴァル様にベタベタする人がいたらもやもやした気分になると思う。
「でも、私はいつもクライヴァル様のことを素敵だと思っていますからね? 恋愛対象として好きなのも、格好いいと思うのもクライヴァル様だけです」
私がクリスティナ様を素敵だと思うのはあくまでも友人として、同性への憧れとしてだ。
彼女のような女性になりたいという目標でもある。
同じ『素敵』と思う感情でも、当たり前だがクライヴァル様に向ける感情とは全く違う。
そんなことはクライヴァル様だってもちろん理解しているのに、それでもヤキモチをやいてくれるこの人を可愛いと思う私も大概だろう。
(でも可愛いって言うと少しだけ納得いかない顔をするのよね)
その顔もまた可愛いと思うのだが。
そんなことを考えていると、クライヴァル様が顔を両手で覆ってソファに背を預けるように天を仰いだ。
「クライヴァル様?」
「幸せを噛み締めているだけだから気にしないでくれ」
そう言ったクライヴァル様は目を閉じてそのまま動かなくなった。
時々こういうことがあるのでさほど驚きはしないが、苦笑もしてしまう。
まだクライヴァル様と知り合って間もない頃、手にされた口付けを思い切り拭ってしまったことがあった。
それが彼の中ではかなり堪えたらしい。
さらに、クライヴァル様の気持ちを受け入れるのにもほどほど時間が掛かってしまったことで、私からの好意が当たり前のものではないと、気持ちが通じ合った今でも感じているらしい。
それもあって、私がクライヴァル様に対して「好き」や「素敵」などの好意を示す言葉を言うとすごく喜んでくれるのだ。
好きな人が自分の言葉で喜んでくれるのは嬉しい。
私もクライヴァル様にそういう言葉をもらったら嬉しいし、幸せだ。
(クライヴァル様が私を好きになってくれて良かった)
そんなことを考えていると思わず頬が緩む。
クライヴァル様と同じように幸せを噛み締めながらテーブルの上に用意されてあった食べ物の中から果物を摘まんでいると、もごもごと形を変えていた頬をクライヴァル様の手がするっと撫でた。
「……びっくりするじゃないですか、もう」
「すまない。いや、リスみたいで可愛いなと思って」
いつの間にか復活していたクライヴァル様は、くすくすと笑いながら私の口にナッツを運んできた。
「リスって、私は人間ですよ?」
そう文句を言いながらも差し出されるままにそれを口に含んで咀嚼する。
「もちろん知っているさ。でもリスのように木登りも得意なのだろう?」
クライヴァル様の言葉にナッツをごくんと飲み込んで、思わず彼をじろりと睨んだ。
「……何のことですか?」
「ははっ、確かな筋からの情報だから誤魔化そうとしても無駄だよ」
確かな筋って……私の小さい頃を知っている人なんて限られている。
以前クライヴァル様が私の両親の情報を探して動いていたことを考えると、情報提供者は一人しかいない。
視察から帰ってきた後にも私の幼い頃の話を院長先生から聞いたと言っていたはずだから間違いない。
「孤児院の院長先生ですね?」
「ふふ、当たりだ」
院長先生め、余計なことを。
私は話し方こそ母様を真似て淑女然りとした言葉使いだったけれど、中身や行動がそうだったかと言われれば、答えは否だ。
淑女を演じることは出来たけれど、本来の私は気が強いし、お淑やかさとは程遠い子供だった。
院長先生にも幾度となく叱られた記憶がある。
「……他にはどんな余計なことを聞いたんですか?」
まさか私のやんちゃ全てをではないだろうな思いながら恐る恐る聞いてみると、クライヴァル様は揶揄うような笑みを浮かべて「マルカが今頭に思い浮かべたことじゃないか?」と言った。
駄目だ。
クライヴァル様のその言葉からは嫌な予感しかしない。
「マルカが優秀なのはもちろんだが、先ほども言ったが木に登ったりだとか、足が速かったとか、体術も嗜んでいたとかなかなか興味深い話だった」
「……記憶から削除していただけると助かります」
いくら子供の頃の話とはいえ、がさつな女だと思われたかもしれない。
そんな私の心配をよそに、クライヴァル様は楽し気に「なぜ?」と聞いてきた。
「だって、はしたないでしょう? 女として、その」
「そんなことはない。確かに私の知っている令嬢とは異なるが、そもそも木に登ったのだって下の子にちょっかいを掛けた子を懲らしめるためだったと聞いた。女性らしくはないかもしれないが、マルカらしいと私は思ったよ。それにまだ出会う前のマルカのことを知れて嬉しかった」
そう言って、本当に嬉しそうに笑うクライヴァル様を見たら、まあいいかという気持ちになった。
べつに今現在も木に登ったりしているわけではないし、他でもないクライヴァル様がそれで良いと言うのならそれで良いのだ。
私が一人納得していると、クライヴァル様が「なんだ、もう機嫌は直ったのか?」と聞いてきた。
「べつに機嫌が悪かったわけじゃないですよ? 私はただ、クライヴァル様にがさつな女だと思われて嫌われたくなかっただけです」
だからクライヴァル様が嫌でなければそれで良いと言った私に、彼は嬉しそうに目を細めた。
そして私の手を取ると指先に、次いで手の平にも口づけを落とした。
「こんなにも恋焦がれているというのに、嫌いになんてなれるはずがない」
未来の公爵夫人としては褒められた行動ではないかもしれないが、公爵邸の中や自分の前でだけは無理に変わることはないとクライヴァル様は言った。
「君が君であるからこそ、私はマルカを好きになったんだ」
「クライヴァル様……」
ああ、嬉しいな。
公爵家嫡男の婚約者ではなく、私がただのマルカでいられる場所をクライヴァル様はちゃんと作ろうとしてくれている。
(好きになったのがこの人で良かった)
いや、違う。
こういう人だからこそ私は彼を好きになったのだと、あらためて感じたのだった。
マルカは自分の気持ちに正直です(・∀・)