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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編
82/121

78.勝てない喧嘩は売るべからず

 

 現れたのはアマンダ・メイジャー伯爵令嬢、とその他2名。

 その2名には見覚えがある。たしか以前も私に絡んできた子爵令嬢たちだ。


(たしかミレッツァ子爵令嬢、ミネルザード子爵令嬢だったかしら)


 相変わらず誰かの取り巻きをやっているらしい。

 この二人が付いているということはメイジャー伯爵令嬢も……まあそういうことだろう。

 きっと面倒なタイプに違いない。

 案の定メイジャー伯爵令嬢は威丈高に私たちを見回すと、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「ずいぶん騒がしい方々がいると思ったら……どうりで」


 メイジャー伯爵令嬢はふふっと笑うと悪意を持って言葉を発した。


「揃いも揃って教養のない方ばかり。平民と同じテーブルに着くなんて信じられないわ。恥ずかしくないのかしら」


 取り巻きの二人が「本当ですわ」と合の手を入れる。

 本当にくだらない。こういう人たちは一人で行動することができないのだろうか。

 大体私たちが楽しくお話をしていたところであなたたちには全く何の関係も影響もないでしょうが。


(きっと私がいるのが気に食わないだけなのよね)


 私のせいで難癖をつけられてしまうのだと申し訳なく思っていると、このお茶会に私を招待してくれたセルム子爵令嬢が声を震わせながら口を開いた。


「わ、私は恥ずかしいなどと思いません。そのように平民だからというだけで学友を下に見ることこそ恥ずかしいと思います」

「わ、わたしも……」

「わ、わ、私もそう、お、思います……!」

「セルム子爵令嬢、皆さん……」


 何これ、感動。

 まさか庇ってもらえるなんて思っていなかった。

 いくら学園内では家格は関係なく平等だと言われていても、やはり下の者が上の者に意見するのは勇気のいることだ。

 それこそ私のようにしぶとく図太い性格でなければ。


「あら、まあ。皆さんそこの平民に毒されているのではなくて? 人に取り入るのだけはお上手なのねぇ」

「マルカさんはそんな方じゃありません」

「そ、そうです! クリスティナ様だって認めている方ではないですか」

「ふふ、馬鹿な人たち。あなたたち本当にクリスティナ様がそこの平民を認めているとでも思っているの?」


 メイジャー伯爵令嬢はそんなことありえないとばかりに自信満々に言った。

 いや、認めてもらっちゃっているのよね、これが。

 よく知りもしないことをよくあんなに自信満々に言えるものだ。まあ彼女の中ではそれが当然ということなのだろうけれど。


「いいこと? クリスティナ様は憐れみの精神でこれに施しを与えてやっているだけよ。それを勘違いして友人だなんて、平民のくせに烏滸がましい上に厚かましいったら」

「そんな言い方……!」


 私はセルム子爵令嬢を止めた。


「マルカさん……?」

「大丈夫です。ありがとございます」


 そう言って安心させるように微笑む。

 私は図太い性格だ。貴族を前にしても、許可さえもらえれば比較的言いたいことを言えるくらいには図太い。

 けれどそれは、今までは失うものがなかったからだ。

 べつになりたくてなった伯爵令嬢でもなかったし、いつでも平民に戻っていいと思っていたから。

 けれど今は違う。

 まだ誰にも知られていないが、私はいずれ公爵家に嫁ぐのだ。

 こうした理不尽な言いがかりから弱い立場の者を守れるようにならなければいけない。

 私はあえていつもの微笑みを封印し、感情の乗らない声で言った。


「烏滸がましいのはどちらでしょう?」

「なんですって?」

「別段親しいわけでもないのに勝手にクリスティナ様の御心を語られるなど……それこそ烏滸がましいと思いませんか?」

「どの口がっ……!」

「この口ですね。それに、私はクリスティナ様ご本人から友人だと言っていただいております。クリスティナ様の近くにいる者ならば、あの方の口から直接それをお聞きしているはずですが……」


 そう言ってちらっと改めてメイジャー伯爵令嬢を見る。

 そしてここで初めて顔に微笑みのせた。あえて相手を馬鹿にするような微笑みを。


「聞いたことがないとなると……あら? やはり烏滸がましいと言うしかありませんね」

「平民のくせに……私にそんな口を利いてもいいと思っているの!?」


 口を開けば平民のくせに、平民の分際でとまあうるさい。

 それしか知ってる単語がないのかと言ってやりたい。


「ずいぶんと平民を馬鹿にされていますが、メイジャー伯爵令嬢が普段口にされている食事の材料も、今お召しになっている制服も、全てその平民が作ったものだということをご存じですか?」

「知っているわよ! 平民が汗水垂らして働くのは当たり前のことじゃない。それくらいしか出来ないのだから。それがなんだっていうの?」


 馬鹿? 馬鹿なの?

 それともこれが貴族令嬢の普通なのか。

 いやいや、そんなはずはない。クリスティナ様は全然こんなんじゃないし。


「食材を作ってくれなくなったら食べるものがなくなりますよ? まあ大変、飢え死にです。服を作ってくれなくなったら、同じ服をずっと着て、そのうち着るものもなくなってメイジャー伯爵令嬢は素っ裸ですね。しかも平民はそれしかできないと仰いますが、それでは貴女には何ができるというのでしょう」


 きっと何もできないのだろうな。

 与えられることが当然だと思っていそうだし。

 まともな貴族もいるのにこういう一部のお馬鹿さんのせいで貴族の印象が悪くなるのだ。


「先ほど私たちのことを教養のない方ばかりと仰いましたが、人を嘲ることしかできない教養など私は欲しくありません」

「……っ」


 私がメイジャー伯爵令嬢の目を見据えてそう言うと、彼女は言葉に詰まってたじろいだ。

 いや、もうね。平民と馬鹿にしている私ごときに怯むなんて、貴女は何年伯爵令嬢やってるのかと言いたくなる。

『勝てない喧嘩を売ってはいけない。売ったからには勝たなくてはいけない』と私はリディアナお義母様に教えられた。

 まあ、勝てると思っていたのだろうけれど。

 残念ながら私はそんなにやわじゃないのだ。

 メイジャー伯爵令嬢は私を睨んで「ただの居候のくせに……っ」と呟いた。


「公爵家に居候しているただの厄介者のくせに、公爵様の権力を自分のものと勘違いしているのではなくて?」


(この程度を権力っていうのかしらね。だいたい親の力を自分のものだと勘違いしているのはそちらでしょうに)


 そうは思ったが、私がここまで強気で出れるのはたしかにアルカランデ公爵家とフィリップス侯爵家の後ろ盾あってのものであることは間違いないので反論はしない。

 私が本当にただの平民だったらプチッとひと捻りにされてしまうかもしれない。

 そんな危険を冒すくらいなら、面倒なことにならないように困ったように微笑んで頭を下げていただろう。

 どうせ卒業したら関わることもないだろうし、と。

 今はそうも言っていられなくなったけれど。


(私がそのうちアルカランデ公爵家の一員になると知ったらこの人どうするのかしら)


 私を平民と小馬鹿にしたことを後悔するのか。それとも私なんかがクライヴァル様の婚約者になってと憤るのか。

 どちらにしても大して関係なさそうだけれど。


 そんなことよりも今はこの場をどう収めるかだ。

 一番良いのはメイジャー伯爵令嬢が言いたいことだけ言ってこの場を立ち去ってくれることなのだが、まだそんな気配はない。

 それどころか「どうしたのよ? 指摘が正しすぎて返す言葉もないのかしら?」とか言っている。

 面倒くさい。本当に面倒くさい。

 私が言い返したのがいけなかったのかもしれないけれど、先ほどまでの楽しい時間が彼女のせいで中断してしまったことを思うと、なんだか腹が立ってきた。


「なんとか言ったらどうなの? 今謝れば許してあげないこともないわよ?」


 ふふんと偉そうに笑うメイジャー伯爵令嬢と黙る私に、セルム子爵令嬢たちはハラハラとした表情でどうしたら良いかわからないようだ。

 私は心の中で、謝るわけないだろうがと呆れていた。

 その感情がつい顔にも出そうになってしまったので慌てて微笑みを貼り付けると、なぜかメイジャー伯爵令嬢がビクッと肩を揺らした。


「な、なによ」


(んん? どうしたのかしら……私今普通に笑っただけよね?) 


 メイジャー伯爵令嬢は「どうして笑っているのよ!」と声を震わせた。

 なぜか怯えられている。なぜ。

 笑顔なのに怖がられるとは、いったい。


(でもこれ、使えるわね)


 私はそのまま何も言わずにメイジャー伯爵令嬢に笑顔を向け続ける。

 するとどうだろう。

 なぜか偉そうにふんぞり返っていた彼女たちの態度が、目に見えて小さくなった。


「……っ、もう! もういいわ! 今日はこのくらいにしておいてあげる。謝罪も結構よ」

「あ、アマンダ様! 待ってください……!」


 メイジャー伯爵令嬢たちは勝手にいなくなった。

 私は笑っていただけなのに。

 笑顔でいることは面倒事を避けるためと、感情を抑えるのに役立つと思っていたが、上手く使えば人を追い払うこともできるらしい。

 新しい発見だ。ありがとう、メイジャー伯爵令嬢。

 しかし面白みのない捨て台詞を吐きながら去るなんて、まるで小説に出てくる悪役のようだと遠くなる後ろ姿を眺めていると、急にセルム子爵令嬢たちから頭を下げられ私は困惑した。


「ごめんなさい、マルカさん!」

「え? あの、頭を上げてください。皆さんどうされたんですか?」

「だって本当だったら私たちが矢面に立つべきでしたのに……」

「そうですわ。それなのに一番立場の弱いマルカさんに相対させてしまうなんて」


 セルム子爵令嬢たちは見るからにしょんぼりとした表情で申し訳なさそうに言ったが、それは違うと思う。


「そんな、庇っていただいて嬉しかったです。私のほうこそ申し訳ありません。もっと穏やかにやり過ごすこともできたかもしれないのに出しゃばって反論してしまったから……」


 私がいなければきっとメイジャー伯爵令嬢が茶々を入れてくることもなかったはずだ。

 むしろ巻き込んでしまって申し訳ないと私が頭を下げると、みんな「そんなことありません」と揃って口にした。


「メイジャー伯爵令嬢に立ち向かうマルカさんは素敵でしたわ」

「ええ、本当に。私、胸がスッとしましたわ」

「身分ではあの方が上ですが、人としての格はマルカさんのほうが絶対に上です!」

「……ありがとうございます」


 言ってもらえた言葉が嬉しくて思わず頬がほころんだ。


やっぱりマルカはマルカでした(・∀・)b


ブクマ&感想&評価、いいね、誤字報告などありがとうございます。

嬉しいです(*´▽`*)

創作意欲に繋がっています!


【お知らせ】

◆書籍の話

別作品にはなりますが、『王立騎士団の花形職』の2巻が6/12に発売予定です。

もしよければお手に取っていただければと思います。

さらに詳しい情報は活動報告に載せておりますので、興味のある方はご覧ください。


◆新作の話

久しぶりに新作書き始めました。

タイトルは『あなたと私の美味しい関係』です。



よろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] いや、ホント公爵家の一員になったらどうするのかたのしみですね(笑)
[一言] マルカ無双という程にもならず、相手は小物でしたね。 マルカがもっと本気を出したらこんなものでは済まないかと… 『勝てない喧嘩を売ってはいけない。売ったからには勝たなくてはいけない』リディアナ…
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