77.一人参加のお茶会
マルカ再開です!
私がクライヴァル様の婚約者になってからも特に生活に変わりはない。
2年生の後半から始まった職業体験はあっという間に期間が終わってしまったのだが、その後も継続しないかと言ってもらえたので、私は3年生になった今も魔法省で簡単な仕事をさせてもらっている。
学園にも時々顔を出し、受けたい授業を受けたり図書室で勉強したり、他の生徒と交流を深めたりしている。
もうじきそれも終わるので少し寂しいが。
まあ交流を深めるといっても、平民だと思われている私と積極的に仲良くしてくれる人はそんなに多くないのだけれど。
私は先日フィリップス侯爵家の養子になった。
けれどこの事実はまだ公にされていない。いや、されていないと言うのは語弊がある。
べつに隠してもいないが広まってもいない、といったところだ。
週1回フェリクスお父様とともにフィリップス侯爵家に行くことも、知っている人は知っているが、なぜか魔法大好き一家の家に魔法談議しに行っているだけだと思われている。
「王宮や魔法省では魔術師長のままでいいよ」と言われたので、きっとフェリクスお父様が周囲に上手く説明したのだと思う。
侯爵家のみんなは目まぐるしく環境が変わる私のことを気遣ってくれていたから。
だから一部の人たち以外は私はまだ平民という認識のままだ。
クライヴァル様の私に対する呼び方も「マルカ嬢」から「マルカ」に変わったけれど、たいていの人はそれをそこまで気にしていない。
外で一緒にいることも少ないし、あとはやっぱり私が平民だと思われているから。
まさか一度伯爵家に入った者が平民に戻ってから再び貴族になるなんて誰も考えない。
公爵家にお世話になっているのも、クリスティナ様が私を気にかけてくれているのと、魔力が高く魔法が得意な使い勝手の良い平民を公爵家が囲っているだけ、と思われているのではないだろうか。
大々的に発表するのは学園の卒業パーティーにしようというのが公爵様――ヒューバートお義父様の考えらしい。
私はまだ公爵家に嫁ぐべくいろいろと勉強中であるし、少しでも隙をなくしてから発表するのが良いだろうと言われた。
そこで私がヒューバートお義父様に課せられた使命が一つある。
それは学園の最終試験で最低でも5番以内に入ること。
クリスティナ様と首席、次席を取れればなお良いと言われた。
学園生活最後の試験は、卒業時の成績に直結するということで、いつも以上にみんな気合が入る。
そうは言っても、実は女子生徒はそこまでではない。
貴族の女性は卒業後、働くというよりは結婚してしまうことが多いため、順位というよりはよっぽどな点数を取らなければそれで良いという感じだ。
対して男子生徒は気合が入っている。
家を継ぐことのできる嫡子ならば良いが、そうでないものはただプラプラ遊んではいられない。良い所に勤めることを希望する者ならばなおさらだ。
当然私はクライヴァル様の婚約者として少しでも周りを納得させる力が必要だ。
クリスティナ様も王太子の婚約者として恥ずかしい成績は残せない。
つまり私たちはライバルというわけだ。
正直なところ、私たちはいつも1位2位を争っているのでいつも通りやれば大丈夫だとは思っているが、やはり油断は大敵。
そういう慢心が足を掬うのだ。
というわけで、私は今一生懸命勉強中である。
ライバルではあるけれど、クリスティナ様と不確かな部分を確認しあったり、クライヴァル様たちに過去の試験の傾向などを聞いたりしている。
そして加えて、もうひとつ頑張っていることがある。
それが貴族のご令嬢との交流だ。
貴族社会に舞い戻った身としては、これからのことを考えるともっと多くの令嬢たちと交流を深めなければならない。
まずは今の私でも嘲らずに接してくれる方たちと仲を深めていこうと考えている。
そんな訳で、今日はとある子爵令嬢の開いたお茶会に参加している。
私に招待状をくれる場合、基本的にはクリスティナ様を誘うおまけとして私を誘ってくれる方が多い。
けれど今日は違う。
なんと私だけを誘ってくれたのだ。これは結構すごいことだ。
公爵令嬢のクリスティナ様を誘う勇気がなかったからかもしれないし、私と繋がりを深くしてゆくゆくはクリスティナ様と、と考えているのかもしれないけれど。
(それでもやっぱり嬉しい。もしかしてシンシア様たちのようなお友達が増えるかしら)
そんなうきうきした気持ちをいつもの微笑みで抑えながらみんなの話に耳を傾ける。
今の時間は、どこの子息が素敵だとか、意中の殿方はいるのかとか、自分の婚約者についてなど、要は恋愛の話で盛り上がっている。
以前はこのような話はどこか他人事だったのだが、クライヴァル様を好きだと自覚した今では興が乗るというもの。
「皆さん素敵な恋をしていらっしゃるんですね。婚約者の方とも良い関係を築かれているようで素敵です」
私がそう言えば、なぜかみんなが驚いた顔をした。なぜ。
「あの、私おかしなことを言いました?」
「いえ、そうではなく! あの、こう言っては失礼ですが、というかこんな話をしていてこんなことを言うのもどうかと思うのですが……」
私以外の参加者がそれぞれ目配せをしながら何かを言いづらそうにしている。
そんなに私に言いづらいこととは何なのか。
「なんでも仰ってくださって大丈夫ですよ」
「その、マルカさんはあまりこういうお話は好まれないのかと……」
「昨年の件もありましたでしょう?」
昨年の件、バージェス殿下たちとともにレイナード家を断罪したあれだろう。
どうやら彼女たちはその時にバージェス殿下の想い人を演じていた時のことを言っているらしい。
「あの時は誰も演技だなんて思っていませんでしたから、心ないことを言う方も多かったでしょう?」
「貴族籍でなくなった後からは男性からも変なアプローチがあったり」
たしかにいろいろあった。
平民に戻っても学園に居座るのは貴族の妾を狙っているのだろうとか、本当にバージェス殿下とのことは演技だったのか、自分なら慰めてやれるぞ等々。
馬鹿馬鹿しい。
魔力が高い者は王立学園に入学しなければならない国の決まりがあるだろうが。
あんたの頭に詰まっているのはゼリーか何かかと微笑みの下で罵ってしまったが、まあ相手には聞こえていないから良いだろう。
「そうですね、いろいろ。けれどバージェス殿下やクリスティナ様の互いに想い合う関係を見ていると、素敵だなとも思うのです」
「そうですわね。お二方ともとっても素敵な方々ですものね」
「婚約者とはあのような関係を築きたいと誰もが憧れていますわ」
「ええ、本当に」
私と噂されていた時はいろいろと言われていたけれど、バージェス殿下の信頼はしっかり回復しているようだ。
良かった、良かった。
「それでしたらマルカさんは気になる方はいらっしゃいませんの?」
「え?」
心の中でバージェス殿下の名誉回復を喜んでいると、思いがけない言葉をかけられた。
「バージェス殿下のご尊顔をあんなに間近でご覧になっていたんですもの。変に理想が高くなってしまったりしていません?」
「いえ、特にそのようなことは……」
言えない。
こんな期待に満ちたお嬢様たちを前に「バージェス殿下って意外と面倒くさいし残念な所があるんですよ」なんて口が裂けても言えない。
それ以前に未来の国王の名を落とすようなことはできない。
まあバージェス殿下はあれでいて、本性を出す場所と相手はきっちり選んでいるようだけれど。
「それでしたらアルカランデ様は? マルカさんは公爵家に身を寄せていらっしゃるのでしょう?」
「殿下とはまた違った魅力がおありですもの」
「一緒のお屋敷にお住まいですし、クリスティナ様のお兄様でもの。お話する機会もありますでしょう?」
「あの素晴らしく整ったお顔に、飛び抜けた頭脳! ご自分では得意げに語ったりはしないけれど剣の腕前もかなりのものとか。しかも婚約者もまだいらっしゃらないし」
「密かに想いを寄せる者も多いと聞きますわ」
「まああれだけ素敵な殿方ならそれも仕方ないですわよ」
「あら、貴女婚約者がいるのにそんなことを言ってもいいの?」
「大丈夫よ。だって私の婚約者も男としてアルカランデ様に憧れておりますもの」
すごい。やはりクライヴァル様はすごい人だった。
クライヴァル様の話はこれだけ盛り上がるのかと、改めて彼の人気を実感する。
「それで? マルカさんはどうですの?」
身近にいるクライヴァル様にときめいたりはしないのかとものすごく直球で聞かれた。
いや、もうね。これ以上ないくらいにときめいてるんですよ。
しかもその方、私の婚約者になっちゃったんですよ。
驚きでしょう?
決して声には出せないけれどそんなことを思う。
今はまだ言えないけれど、正式には発表されたら盛大に惚気てもいいかしらと考えていると、「あらあら」と招かれざる客の声がした。
「あ、メイジャー伯爵令嬢……」
今まで恋の話で盛り上がっていたご令嬢方は声の主にあからさまに怯えたり、嫌そうな顔をした。
すごい。登場しただけでこの嫌われよう。
これだけで相手がどのような人物なのかなんとなく想像がつく。
これはもう溜息ものだ。
一気に張り詰めた空気になった中で、私はひとり「こういう状況、あと何回経験すればいいのかしら。面倒くさい」とのほほんと考えていたのだった。
感想などいただけますと嬉しいです(*´▽`*)
更新は亀の歩みになると思いますが、またよろしくお願いします。