番外編 ハルフィリアとレオナルド
お久しぶりです。
48話で少しだけ出てきたレオナルドの淡い恋心のお話です。
レオナルド・シモンズ、15歳。
リスハール王国辺境伯家の末子。
上には5つ離れた兄と1つ上の姉がいる。
兄と姉には婚約者がいるが、レオナルドにはまだいない。
愛だ恋だということよりも己を鍛え、将来兄の補佐を任されることを楽しみにしているレオナルド。
そんな彼が恋をした。
「姉上。マルカ嬢は、その、とても可愛らしい方ですね」
王立学園に通うためにある領地から遠く離れた辺境伯家の別邸で、弟のレオナルドが頬を僅かに染めて言ってきた言葉に姉のハルフィリア・シモンズは眉を寄せた。
「そうね、とても愛らしい方よ」
この歳にして女性に興味を示さない弟に、まだまだお子様だと思っていたハルフィリアだったが、初めて興味を示したのがあのマルカとは。
「でもマルカさんは可愛らしいだけではないわよ。頭も切れるし、魔法の腕もご自分でひけらかすことは無いけれど相当なものだとか」
たしかにマルカは可愛らしい顔をしている。
紅茶にミルクを垂らしたような淡い色合いのふわふわとした髪も、長いまつ毛に縁取られた少し垂れ目の大きな鳶色の瞳も、控え目に笑うその顔も、大変庇護欲を掻き立てられる。
同じ女であるハルフィリアでさえ守ってあげたいと思ってしまうほどだ。
けれどその実、彼女はとても強い。
魔法の腕もそうだが、誰に馬鹿にされても、意地悪と言うには度を超えた仕打ちをされても彼女は意に介さない。
「なんと。平民であるとは聞いていましたが、そんなに能力のあるご令嬢だったのですね。姉上が気に掛けるのも納得です」
マルカはもともと魔力の高い伯爵家の庶子の令嬢として王立学園に在籍していたが、昨年起きたある出来事によって再び平民へと戻った。
公平な目を以て真実をしっかりと理解した今では、ハルフィリアもマルカに対しては同情というか労いの気持ちを持っているが、それを知らなかった頃――特に王立学園の1年次の時は他の生徒と共に冷ややかな視線を向けていた。
自分の尊敬するアルカランデ公爵令嬢クリスティナの周りをうろちょろし、いくら悪事を暴くために協力しただけだとしても、クリスティナの婚約者であるバージェス・リスハール王太子殿下と噂になった令嬢だと思っていた時期もあったが、それも今では自分の勝手な思い込みだったと分かっている。
今となってはとても申し訳なく、恥ずかしい思いでいっぱいだ。
2年に上がってからはマルカは新入生の平民の男子生徒に纏わりつかれるようになっていた。
マルカに謝罪する機会を窺っていたこともあり、その男子生徒からマルカを助けたことから彼女と親しくなった。
笑顔で意外と辛辣な言葉を放つ彼女を初めて見た時は驚いたし、アルカランデ公爵家から引き止められて公爵家に世話になっていると聞いた時には、自分が思っている以上にマルカは凄い人物なのかもしれないと冷や汗をかいたものだ。
だからこそいつまで経っても私の友人となったマルカを諦めない平民の男子生徒を野放しにするわけにはいかないと、平民同士の問題だからと動く様子を見せない教師陣に直訴し、弟のレオナルドを使って近づけさせないようにしようと考えたわけだが。
それがまさかこんな方向に話が動くとは。
「そうなの。彼女は特別なのよ。彼女のことを目に掛けているのは私だけではないわ。クリスティナ様はもちろん、アルカランデ公爵家の方々もマルカさんの素晴らしさに逸早く気付いていらっしゃるのよ」
まだまだ考えの浅いレオナルドには遠回しすぎるかと思いながらもハルフィリアは告げる。
公爵や、公爵夫人だけではなく、クリスティナの兄であるクライヴァルまでもがマルカを気に入っているとなれば、迂闊に手を出すことは悪手にしかならない。
気に入っているどころか想いを寄せているともなればなおさらだ。
レオナルドの淡い恋心を応援してあげたい気持ちはあるが、レオナルドや辺境伯家のことを考えれば今の内に止めておいたほうが良いだろう。
けれどレオナルドには遠回しすぎたようで全く気付く様子はない。
「姉上の発案でロナウドの目付け役に指名された時には、心底面倒だと思いましたが、あのように可憐なマルカ嬢を守るためと思えばやる気も出るというものです。先日も労いと感謝の言葉をいただきました。可憐なのに強く、頭も良く、かつお優しいとはまるで女神のようだと思いませんか?姉上とは大違いです」
「……」
レオナルドを傷つけないように優しく諭してやろうと思っていたハルフィリアは最後の言葉でその考えを改めた。
この考え足らずな愚かな弟には遠回しではなくしっかりはっきり真正面から言ってやる方が良さそうだ。
「……レオナルド?」
「……はいっ!」
レオナルドはいつもは自分のことをレオと呼ぶ姉の、今までと違う冷たい声に思わず背筋を伸ばした。
これは不味い。
自分は何か間違いを犯したのではないかと考え、先程のいらぬ言葉に気付き慌てて弁明しようとする。
「いえ、姉上、あれはほんの冗談――」
「レオナルド、そんな事はどうでも良くってよ。よくお聞きなさい。そしてその考えの足らない頭に叩き込みなさい。マルカさんにはそれはそれはとても素晴らしいお相手がいるの。レオごときでは足元にも及ばない方よ。想いを寄せるだけ無駄。貴方の想いが成就することなど小指の先ほどの可能性も無いから諦めなさい。分かったわね?」
「は……えっ?!あ、姉上、なぜそれを!い、いや、可能性が無いとはどういうことですか?!」
レオナルドは自分の気持ちが知られているとは夢にも思わず慌てた。
それはもう面白いくらいに。
そしてハルフィリアの言葉に納得がいかないと噛みついてくる。
「レオ、その活用しきれていない頭を働かせて私が先ほど何と言ったかよく思い出してちょうだい。私はマルカさんは誰に目を掛けられていると言ったかしら?」
「馬鹿にしないでください。姉上だけでなくアルカランデ公爵令嬢と公爵家の方々でしょう?それくらい覚えていますよ。だから何だと言うんですか?」
「だから馬鹿だと言うのよ」
ハルフィリアは深く溜息を吐く。
「よく考えて。公爵家の方々と私は言ったわよ」
「ですから――え、ええ?ま、まさか」
「ええ、そのまさかよ」
頭の足りない弟もようやく分かったようだとハルフィリアはレオナルドを見る。
少し可哀想ではあるが、現段階でレオナルドがクライヴァルに勝てるところは一つもない。
クライヴァル・アルカランデはクリスティナとはまた違った美貌の持ち主で、本人の与り知らぬところで数多の女性を虜にしてきた。
頭脳明晰で剣技にも優れ、魔法の腕もあり、しかも公爵家嫡男で王太子殿下の側近でもある。
完璧令息と言っても過言ではない。
「し、しかし!マルカ嬢の気持ちも重要でしょう!マルカ嬢は平民なのですから政略的なしがらみだって無いはずです」
しかしレオナルドは意外と諦めの悪い男だった。
彼にとっては初恋だから仕方がないことなのかもしれないが。
だがいくらハルフィリアにとって可愛い弟と言えども現実は厳しいということも教えてやらなければならない。
「それも全て含めてお前は脈無しだと言っているのよ」
「そ、そんな……」
レオナルドはがっくりと項垂れる。
ようやく分かってくれたようだとハルフィリアは胸を撫で下ろした。
落ち込むレオナルドに「あなたに合った良い令嬢は他にいるわ」と慰めの言葉を掛けていると、涙目の弟は姉を睨んで恨み言を口にする。
「姉上は、姉上は婚約者と仲が良いからそんなことが言えるんだ」
「あら、私だって最初から仲が良かったわけではないわよ?」
その言葉に心外だとハルフィリアは口を尖らす。
ハルフィリアの婚約は両家の親が決めたものだ。
婚約を結ぶ際に初めて会った所謂政略の相手で、もちろん恋愛感情など無かった。
「いいこと、レオ。私たちは運が良ければ恋した相手と結ばれるかもしれないけれど、多くが政略によって相手が決まることになるわ。けれどそれは悪いことばかりでもないと思わない?相手のことを愛せるか、相手から愛してもらえるかは自分にかかっているの。どれだけ相手の心に寄り添えるか、相手との間に愛情を育めるかは始まり方が違うだけで恋愛とそう変わらないと私は思うのだけれどね」
まあこのような話は初めて恋心を知ったレオナルドにはまだ難しいかと思っていると、レオナルドは驚いたような顔でハルフィリアを見ていた。
「何よ」
「姉上が、まともなことを言っている……」
ハルフィリアは眉を寄せてレオナルドの体を思い切り叩いた。
せっかくレオナルドのことを思って言ってやったのに酷い言い草だとハルフィリアは怒った。
一方のレオナルドは、自分の恋心を打ち砕いた姉が、自分と一つしか違わないのにとても大人のように感じていた。
その後は弟の言葉に拗ねた姉と、姉の機嫌を取ろうとする弟という傍から見れば可愛らしい姉弟喧嘩をしているだけの二人を使用人は微笑ましく見ていたとかいなかったとか。
おわり
こうしてレオナルドの恋はマルカに知られることなく終わりを迎えました。
もちろんクライヴァルに知られることもありません。
きっとこれが正解(笑)
ブクマ&評価&感想などありがとうございます。
親切な方から【完結】表示になってからまとめて読む人もいるので、一旦完結にしてはどうかとアドバイスをいただきました。
というわけで、一旦完結にすることにしました。
また何か書けたらアップしたいと思います。
それと、マルカの両親の話『悲しみを乗り越えて ~マルカの親の物語~』も完結いたしました。
もし良ければ読んでもらえると嬉しいです。
今後ともどうぞよろしくお願いします!