7.こちら側
全員が座れる部屋に場所を移し、改めて手紙の内容を確認していく。
「この手紙を受け取ってすぐに魔術師長にみてもらい魔法を解除してもらったんだ」
「それでは、やはりこの間はすでに元の殿下に戻っていたのですね」
「ああ、ただ急に君から離れればヘイガンが気づくだろうからあの様な形になった」
ここで私は今まで気になっていたことを殿下に聞いた。
「魔法がご自分にかけられていることに気付いてはいらっしゃらなかったのですか?」
私の問いに殿下は苦々しい顔をして魔法が解除されるまでのことを振り返った。
「情けない話だが初めはちょっとした違和感くらいしか持っていなかった。だがここ最近はさすがにおかしいと思い始めた。マルカ嬢を前にすると、何故か君が私のことを好いているという錯覚に陥った。そして君の人として好ましい部分が魅力的に見えて、クリスティナを想う気持ちと同じように感じられてしまっていた」
学園から戻れば違和感は消え、いつも通りの自分であり、やはり愛するのはクリスティナだけだと思えたという。
頭の奥底ではなぜ学園で自分がクリスティナ以外に愛を囁くのだ、自分が想っているのはクリスティナのはずなのにという嫌悪感があったが止めることが出来ず、何とか触れることだけは阻止することが出来たとため息交じりに話されていた。
例え魔法がかけられていると分かったとしても、解除というのはなかなかに厄介なことらしい。
基本的に魔法はかけた者しか解くことが出来ない。
例外は魔法をかけた者より解除する者の方が圧倒的に魔力が高い場合である。
しかも、どのような魔法が使われているか定かでない場合、手探りで解除を行わなければならず骨を折る。
「そんなタイミングで君からのこの手紙だ。おかげで魔法の種類も特定できたし本当に助かった。マルカ嬢には迷惑をかけたが、君が実際には私に靡かなかったのが唯一の救いだった」
そりゃそうだろう。
なんなら軽蔑の気持ちを持っていたくらいなのだから。
正直に言ってあんな素敵な婚約者がありながら私のような者に構うなど、関わりたくないとすら思っていたと伝えると殿下はもちろん陛下や他の方たちまで肩を震わせて笑い出した。
「はっはっは。見た目と違ってずいぶんと気の強いお嬢さんだ」
「殿下の見た目に靡かない令嬢というのも珍しいですな」
「好かれていないとは思っていたがそこまでとは……いや、君にとっては笑い事ではないな、すまない」
「これでしたら例の計画を実行しても全く問題ないのでは?」
「計画、ですか?」
皆が私の顔を見てにこにこと笑った。
胡散臭いと思ったのは内緒だ。
計画というのは今まで通り学園内では殿下と私が時間を共にするようにし、あたかも伯爵たちの計画が上手くいっているかのように見せかけるということだった。
そしてその油断している間に証拠固めをすること、卒業パーティーで伯爵家の者が出払っている隙に屋敷を抑え、本人たちを捕らえ罪を暴き、絶対に逃げられないようにするというものだった。
「もちろんクリスティナも了承している。彼女にはすでに誠心誠意謝罪済みだ」
「……殿下たちが良いのでしたら私もそれで構いません。あ、それでしたらその演技をしている最中に新たに分かったことなどがあったらお話ししますね」
「いや、学園内でその話をするのは不味いだろう。誰に聞かれるかも分からない」
「大丈夫ですよ。私が防音魔法をかけますから」
私の言葉で皆が驚いた顔をする。
何か変なことでも言っただろうか。
「あ、あの?」
「君は防音魔法が使えるのか?範囲はどの程度だ?」
「え?使えます。範囲は自由自在です。例えば殿下と私だけ。陛下と公爵様と私と殿下。この部屋全体」
言った順番で防音魔法を展開していくと、先ほどと同じかそれ以上にみんな驚いた顔をしていた。
「……殿下、昨今の学園ではこのような魔法を教えられているのですか?」
「い、いや」
「では、マルカ嬢はどこでこのような魔法を覚えたのです?!」
魔術師長が私に向かって言う。
前のめり過ぎていてちょっと怖い。
「え、えっと図書室にある役立つ魔法・応用編8巻に載っておりました」
「あの分厚い応用編を8巻まで読んだのですか?!」
「は、はい。というか今は10巻を読んでいます」
「なんと……」
魔術師長は驚いたように口をあんぐり開けている。
私は殿下にこそこそと話しかけた。
「殿下、もしかしてあの本は読んではいけないものだったんですか?」
「いや問題無い。ただあの本は魔術師長の祖父がしたためたもので、魔法マニアによるマニアのための魔法書と言われるくらい内容が濃いというか、細かいものになっているし、読めたところで実践するのが非常に難しいと言われているものなんだ」
「え?」
そうだったのか。
伯爵家に帰りたくなくて暇潰し目的のために読んでいた本がそんなものだったなんて。
読み進めてみたら面白くてどんどん読んでしまえたけど。
「なんという逸材……私の部下に欲しい……」
ブツブツと呟く魔術師長をよそに今度は私の安全対策について話し合われた。
殿下に近づきすぎるとそれをやっかむ者たちによって害される心配があるというのだ。
ただ今までもそれはあったし、自身に魔法を掛けシールドを纏っているので大丈夫だということを伝えると、また驚いた顔をされた。
「はあ?!常時発動ですと?!」
すごい勢いで魔術師長が会話に戻ってきた。
さっき以上に怖い。
「いえ、あの、授業中などはさすがに使っていませんし」
「それでもです!そんなにほいほい使えるものじゃありません!誰に教わったのですか?!」
「ええっと、これもまた『役立つ魔法・応用編』に……。ただ載っていた自分の周囲を覆う方法だと魔力の消費が激しく難しそうだったので、別枠で載っていた魔力を薄く伸ばして消費を抑える方法と合体させて―――」
説明しながらも、魔力が潤沢な貴族は魔力を節約して使おうなどというけちくさいことは考えないのだろうと思い至る。
それを考えると、あの本の筆者である魔術師長の祖父という人は貴族の中でも変わり者だったのだろう。
ただの魔法マニアかもしれないけど。
「独学のうえ応用編の応用だと……!?」
私の説明が終わると、魔術師長は私の肩をがっしりと掴み「君がこちら側の人間で良かった」と唸るように言った。
斯くして私たちは計画通りことを進め、今日という日を迎えたのだ。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:ちなみに応用編の魔力を伸ばす方法ってどう書いてあったんですか?
↓
マルカ「ええっと、たしか『魔力をまるでパン生地を平たく伸ばすかのように!そこまででも十分ですが、出来るならもっと薄くしてみたいでしょう?目指すはハンカチの薄さです。想像しましょう!魔法は想像力!使用する魔力を節約出来ればもっと楽しい魔法を使った生活が待っています!』だったかと。パンの作り方にまで精通しているなんて魔術師長のおじいさんはやっぱり変わっていますよね」
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