65.ブラックス・ブルーム
相変わらず会話が多い……。
読み辛かったらすみません。
執務室での簡単な説明を終え、私たちはブラックス・ブルームさんの元へと向かっていた。
彼は研究棟にいるらしい。
「魔術師長様、ブルームさんというのはどういった方なんですか?」
私の質問に魔術師長様が答えてくれる。
「つい最近この本部に戻ってきた古株の魔術師だ。私よりも年齢は上だったはずだよ。魔道具や魔力の無効化の研究に力を入れている」
昨日魔法省内を案内してもらった時にはどうやら会っていないようだった。
クライヴァル様の話だと、母様の容姿に関しても領主様に宛てた書類に書いてあったらしいので、もしかしたら私の顔を見たら何か反応があるかもしれない。
何せ私と母様の顔はよく似ているらしいし、昔の母様を知っているということは、ちょうど今の私くらいの年齢の母様を知っているということだ。
昔の父様と母様、二人のことを知っている人に会うのは初めてだ。
どんな話が聞けるのか。
そもそも、そんな昔――大体20年くらい前のことを覚えているのかも分からない。
少しの期待と緊張を胸に私は足を進めた。
研究棟に着き、魔術師長様を先頭に中に入ると数名の魔術師が作業をしていた。
扉の一番近くにいた比較的若い魔術師が私たちに気付きやって来ると、そこに殿下がいることに静かに驚いた。
「魔術師長様、それに王太子殿下まで……何かありましたか?」
恐る恐る様子を窺うように尋ねてくる魔術師に殿下は外向けの笑顔を貼り付けて「いや、最近こちらに顔を出していなかったと思ってな」とスラスラと述べた。
「最近王宮内の魔導ランプの入れ替えを頼んだだろう?あれは意外と大変な作業だと聞く。君たちのような魔術師の力あってこそ私たちは不自由なく過ごせているのだ。これからもよろしく頼む」
「は、はい!王太子殿下にその様に言っていただけるとは……!これからも少しでもお力になれるよう尽力いたします」
若い魔術師は感極まったように頭を下げた。
そして「ちょうどあちらで魔導ランプの魔力の補充をしているところです」と部屋の奥の方を指した。
遠目にも分かる、この部屋で一番年嵩の男性が何やら作業に集中している。
「魔術師長?あちらは?」
恐らく彼がブルームさんなのだろうと考えていると、クライヴァル様がわざとらしく魔術師長に尋ねた。
「あれはブラックス・ブルームという者です。古くから魔法省に身を置く者で、最近地方の魔法省支部からこちらに戻って参りました」
「ほう。私も地方の視察から戻ったばかりだが、場所が違えば多少業務などにも違いが出るのであろうな」
クライヴァル様の問いに、これまた魔術師長様がわざとらしく答え、殿下もそれに乗っかった。
そしてさらにクライヴァル様が続ける。
「殿下、せっかくの機会ですのであの者と話をされますか?」
「そうだな。私もなかなか王都から離れられない身。地方の様子を聞く機会は少ない。魔術師長、この後少々あの者を借りても良いだろうか?」
「はい。おい、君。あの作業は始めたばかりか?」
「いえ。午前中から行っていますので、もうじき終えるかと」
「そうか。では作業を終えたら執務室に来るように言ってくれ」
「分かりました」
「では頼んだぞ」
私たちは研究棟を後にし、先程までいた執務室に戻った。
そして各々ソファに座ると、誰ともなく抑えた笑い声が聞こえてきた。
恐らく先程のやりとりを思い出しているのだろう。
かくいう私も、声こそ出してはいないが内心ニヤニヤしている。もちろん顔にも出していない、たぶん。
「マルカ嬢、笑っても良いんだぞ?」
それなのにクライヴァル様にそんなことを言われた。
何故だ。
「いえ、笑うだなんて、そんな」
「そうか?私は途中から笑いそうだったぞ」
殿下が咳払いをしてソファに背を預けて言った。
最初は殿下が何を言いだしたのか分からなかったが、途中からあれはブルームさんを自然な形で呼び出すための行動なのだと理解した。
いきなり魔術師長様がブルームさんを呼び出して、しかもそこに王太子殿下がいたら、何かあったのかと噂になるかもしれない。
話の内容的には聞かれても問題無いことかもしれないが、王太子殿下やクライヴァル様が、一人の女のことで動いていると知られたら、いろいろ面倒なことになるかもしれない。
それがたとえ殿下の興味本位だったとしても、もしくは友人に力を貸してくれただけだとしても、王族と高位貴族の嫡男が女性のために個人的に動いていると噂になったら、噂好きな貴族の恰好の餌食だ。
なにせ私は演技だとしても一度は殿下と噂になってしまった女なのだから。
あれはそうならないための気遣いだ。
そう分かっていてもあまりのわざとらしさに可笑しく思ってしまったわけだが。
「でもよくあんなにスラスラと出てきましたね。魔導ランプのこととか」
「ああ、あれな。あの部屋に入った時に奥に年嵩の魔術師がいることに気付いていたし、その手元に魔導ランプがあるのも確認出来た。あの場で魔術師長よりも年上の者は彼しかいなかったから、彼がブラックス・ブルームで間違いないと思ってな」
これを聞いて私は驚いた。
正直、殿下という人を見る目が少し変わった。もちろん良い方に。
私がぼけっとしている間にそこまで把握してあの会話をし始めていたのだ。
「おそらくクライヴも早い段階で気づいていただろう?だからああ言えば、もしあの若い魔術師がブルームを指さなかったとしてもクライヴが上手く話を繋げると思ってな。もちろん魔術師長もな」
クライヴァル様と魔術師長様もにこやかに頷いていた。
本当にぼけっとしていたのは私だけだったようで、恥ずかしさが込み上げる。
わざとらしい演技を笑う資格は私にはない。
先程殿下に偉そうに説教じみたことを言ったことを早くも後悔しそうだ。
「おい、どうした?何故そんなに落ち込んでいるんだ?」
急に肩を落とした私を殿下が怪訝な顔をして見てきた。
「いえ、少し自分の視野の狭さに情けなくなったというか、みなさんの有能さに恐れ入ったというか」
「そんなこともないだろうが。なあ、クライヴ?」
殿下が同意を求めるようにクライヴァル様に話を振る。
「ええ、あの場ですぐに我々の意図を察しただけでも十分です。マルカ嬢、そんなに気落ちすることは無い」
「そうだぞ。「どうしたんですか急に?」とか「あれがブルームさんですか?」などと口を挟まなかっただけで十分だ」
「殿下……そんな馬鹿な人いないでしょう」
励まされているのか馬鹿にされているのか分からない殿下の言葉に私がそう言えば、魔術師長様を含めたみんなでそんなことは無いと否定された。
げんなりした顔で「結構いるぞ、そんなご令嬢は」と殿下は言った。
何のアピールか分からないが、何にでも首を突っ込みたがる人やとにかく話に参加しようと周りを見ないご令嬢は意外といるらしい。
「……ええ?世も末じゃないですか。大丈夫ですか、この国の貴族のご令嬢。平民だってそこまで馬鹿じゃないですよ?」
「全員が全員そんなご令嬢ではないから大丈夫だろう。ちゃんとクリスティナのように素晴らしい女性もいるしな。……まあ、そのようなご令嬢に関しては私も教育はどうなっていると思わないこともない」
どこか遠い目をして力無く笑う殿下を哀れに思っていると、執務室の扉がコンコンとノックされた。
みんなが急に姿勢を正す。
「ブラックス・ブルームです。お呼びとのことで参りました」
「どうぞ、入ってくれ」
扉がゆっくりと開き、ブルームさんは「失礼します」と頭を下げた。
そして、その顔を上げてその視界に私を捉えた時、目を丸くして「……モニカさん?」と呟いた。
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