64.父様から貰ったもの
クライヴァル様は予定通り孤児院に行った際に院長先生に話を聞いてくれたらしい。
「先生はお元気でしたか?」
「ああ。君からの寄付や手紙の内容にも驚いていたようだが、喜んでおられたよ。その辺りの話については屋敷に戻ってからゆっくりと話そう」
「楽しみにしてます」
クライヴァル様は孤児院では母様が父様と共に幼い頃この国にやって来たということまでしか聞くことが出来なかったと言った。
私に手紙を送ってくれたのはこの時らしい。
ただ、先生からは母様を孤児院に寄こしたカルガス領主であれば、さらに詳しい話を聞けるのではないかと言われたようで、直接領主夫妻に話を聞くことになったということだった。
「わざわざご領主様に?そ、それはずいぶんなお手間を……」
領主様にわざわざこんな一個人のことで時間を割いてもらったと聞いて恐縮した。
「元々、領主邸に宿泊する予定だったのだ。そんなに申し訳なく思う必要は無い」
殿下は簡単にこう言うが、元の予定にあったのは宿泊することで、私の両親の話をするためではないのだ。
向こうにしてみても完全に予定外だろう。
もてなされ慣れている人はこれだから困る。
気にしなくて良いという台詞はもてなす側しか使ってはいけないと私は思うのだが。
しかもクライヴァル様だけで話を聞くはずが、殿下まで一緒に話を聞いたというではないか。
私は殿下を見て意図的に溜息を吐いた。
「……領主様にお礼のお手紙を書いても大丈夫でしょうか?」
「私の方から出しておくから心配いらないよ。マルカ嬢の思いもきちんと書いておくから」
流石クライヴァル様。
私が何を考えているか分かってくれたようだ。
「な、なんだお前ら。私だってマルカ嬢の友人なのだから気になるだろう。クライヴと共に話を聞いても良いではないか」
「殿下」
「なんだ」
「今回の視察に私に関する個人的なことを調べる時間を取ってくださったことには感謝申し上げます」
「気にするな。予定外の場所に立ち寄ったわけでもないし、友人の為ならこれくらいなんてことはない」
「ありがとうございます。ではここからは友人として言わせていただきます」
「な、なんだ」
「殿下は王太子殿下なんですよ。この国で一番尊い一族で、未来の国王であるわけです」
「何を当たり前のことを」
「いくら貴族と言えど、王族をお屋敷にお迎えするというのはそれなりに大事だと思います。無事晩餐を終えて、あとはクライヴァル様との話を終えたらようやく休めると思っていたところにいきなり殿下が登場したら、それはもう驚きだと思います。何を聞かれるか分かっていない状況だったら、殿下が関わるような話なのか?もしかして何か粗相をしてしまったのではないかと一瞬のうちに色々な事が頭をよぎるでしょうね。心労が募ったことでしょう」
「う、うん?」
「つまりですね。殿下はもっとご自分の立場を理解された方が良いということです。周りに与える影響が他の方よりも大きいのだということを自覚してください。以上、友人からの小言でした」
「……以後気を付けよう」
殿下は渋い顔をしつつそう言った。
そして自分が口を出すと話が脱線するのでここからの説明は全てクライヴァル様に任せると言った。
「では続きを話そうか」
苦笑を浮かべながら、クライヴァル様はカルガス領主邸で聞いた話を教えてくれた。
幼い私を連れた母様は最初は領主邸で働いていたけれど、所作の美しさや身に付いた礼儀作法を買われて、教育係として孤児院に行くことになったらしいこと。
それは私が小さい頃に母様に聞いた話と一致していた。
ただ、それ以外のことは私も初めて知ることだった。
「母様が、隣国の子爵家の娘?」
「そうだ。そして父君も隣国出身で、母君の幼馴染だったらしい」
「それは父様も貴族の子だったということでしょうか?」
「おそらく。ただ、初めて領主邸に来た時、母君は夫を最近事故で亡くしたと言っていたらしい」
「事故、そう、ですか……」
(そう……父様は事故で亡くなったのね)
父様の亡くなった理由を初めて知った。
母様が理由を口にしなかったということは、よほど思い出したくないことだったのだろう。
(母様は貴族だったのね。そう思うと色々納得だわ)
所作の美しさも、礼儀作法や他の知識も、元々貴族の娘だったと言われた方が納得出来る。
(レイナード家の夫人なんかよりもよほど気品があったものね)
公爵様たちと話していた時にも出てきたが、カルガス領から最も近いのはジェント王国だ。
つまり母様たちはジェント王国の出身ということになる。
そうなると、何故貴族の娘であった母様がわざわざその身分を捨ててこの国にやって来たのかということが気になってくる。
その疑問をクライヴァル様にぶつけると、彼は眉を寄せ話し辛そうに言った。
「ジェント王国ではない」
「え?」
「君の両親の出身はジェント王国ではなく、西の小国――トリッツァだそうだ」
「トリッツァって、もしかして……」
「おそらく君の想像している通りだろう」
私はトリッツァの名前を聞いた時に想像したことをクライヴァル様に肯定され、思わず自分の手を握りしめた。
トリッツァはかつて、このリスハール王国と現在の隣国であるジェント王国の間にあった小さな国だ。
あまり詳しいことは分からないが、私たちが生まれるより前にジェント王国からの一方的な虐殺、襲撃に遭い、数日の内に国が消滅したと以前読んだ書物に書いてあった。
(そのトリッツァの出身?父様と母様が?それじゃあ他の家族は……)
その本には、国民の多く、中でも王族を含む貴族のほとんどは殺されたと書いてあったことを考えると、母様と父様が生き永らえたことは奇跡に近いのだろう。
「それで、だ。ご両親がトリッツァの生き残りだということの裏も取れていると言われた」
「裏、ですか?」
「ああ、魔法省にね」
各地の大都市にある魔法省支部で行われる魔力測定は国民の義務だ。
そこでは出身地など自分の出自を嘘偽りなく報告しなければならない。
もし虚偽の報告が判明すれば罰せられるし、そんなことで嘘をつく必要もメリットも無いのだ。
領主夫妻は母様の身元確認のために、母様が魔力測定を受けた魔法省支部に連絡を取り、母様の話が事実だという書類を受け取ったらしい。
「その魔法省支部で君の両親二人の魔力測定をしたのがブルームという者だそうだ」
「ブルーム?最近本部に戻ってきたブラックス・ブルームか?」
魔術師長様がクライヴァル様の口にした名前に反応を示した。
「ええ、おそらくその者だと思います。そしてその身元確認の書類に母君の容姿と、本物ならば夫の形見の懐中時計を持っているはずだと書かれていたらしい。外装に鳥が彫られた――まさにその懐中時計だ」
「ではそのブルームさんという方に聞けば、父様のことももう少し分かるかもしれないということですね」
クライヴァル様が頷く。
どうりで魔法省にいた私に殿下が手間が省けたと言うわけだ。
その人に話を聞いた後、どうせ私に伝えるのなら一緒に話を聞きに行った方が早い。
「それにしても、その方もよく母様の容姿とか父様の懐中時計のことを覚えていましたね。魔力測定って義務だからかなりの人数が受けるじゃないですか」
「そりゃあ覚えてもいるだろう。なんせマルカ嬢の父親の魔力は白だったらしいからな」
ここまで大人しくしていた殿下がもう良いだろうという感じで話に入ってきた。
まあ別に私が黙っていろと言ったわけではないのでいつ話しても良いのだが。
「ちなみに母様の魔力量も分かっているんですか?」
「ああ、母君は薄青色だったらしい。マルカ嬢の魔力は父親譲りだろうな」
なるほど、母様はそんなに魔力が高くなかったらしい。
母様が積極的に魔法を使っているところを見たことが無かったのはそのためだろう。
それにしても白とは。
私の父様はとんでもない人だったようだ。
私の容姿はかなり母様に似ているらしいし、父様から譲り受けたのはこの瞳だけだと思っていたのだが、私が持つこの魔力は父様譲りらしい。
(父様から貰ったものがもう一つあったのね……)
母様や父様との繋がりを感じられるものが増えたことが、私は素直に嬉しかった。
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