61.帰ってくる
翌日も午後から魔法省へとやって来た。
まずはローブを受け取るために執務室に向かう。
実はあのローブ、持ち帰っても良いと言われたのだが、国から支給されている制服ということもあり、紛失したり、破損した場合にはその都度報告書を提出しなくてはいけないらしい。
そうそう失くすこともないとは思ったが、万が一そうなってしまっては面倒なので、毎回来るたびに執務室に受け取りに行くことにしたのだ。
受け取ったローブを身に着け、魔法省内にある事務室でフェリスさんたちから報告書の書き方を教わっていた。
「そうそう。その隣に日付と大体の時間を記入して――」
「時間まで記入するんですね」
書き方を教わっている報告書だが、結構細かい。
今はもしもローブが破れてしまったら、ということを想定して記入の仕方を教わっている。
「毎回これ書かなきゃいけないのよ?本当に面倒だわ」
「そんなにしょっちゅう書いてるんですか?」
「魔法訓練とかで誰かさんが遠慮なく火魔法とかで攻撃してくるからね。気遣いな僕は水魔法にしてあげてるって言うのにさ」
「はあ?あんたが水魔法が得意ってだけの話でしょう?大体避けられない誰かさんがいけないのよ」
「は?」
二日目にして既に見慣れた光景になったフェリスさんとグリーさんの言い合いを見て「仲良しですね」と言えば、二人にすごい目で見られた。
「「どこが?!」」
「そういうところ……いえ、何でもありません。――こういう時間を書くところがあるから、実習の持ち物に時計って書いてあったんですね。とりあえずこれには今の時間書いておきますね」
私は時間を確認しようと懐中時計を取り出そうとした。
するとそこへ魔術師長様がやって来た。
「ああ、いたいたマルカ君。午前中に先触れがあってね、王太子殿下やアルカランデ卿が戻られるようだ」
「本当ですか?」
思わずいつもより大きな声が出てしまった。
「王太子殿下は確か視察に出られていたんですよね?何故マルカにわざわざ?」
リードさんたちの疑問は尤もだ。
昨年の一件は知られているだろうが、その後の殿下やアルカランデ公爵家との交流はそこまで周知されていないらしい。
当然私とクライヴァル様との関係性も知らないはずだ。
私の両親についても、あくまでも殿下の視察に同行しているクライヴァル様がついでに調べて来てくれるのであって、誰も私がその結果を気にしているなんてことも知らない。
魔術師長様には以前私がクライヴァル様たちに対して無意識に精神に干渉するような魔法を使ってしまっていないか確認してもらうために力を貸してもらったので、クライヴァル様の私に対する気持ちは知られているはずだ。
(公爵家にお世話になっていることは言っても問題無いけれど……それ以外は説明するのが面倒ね。何て話そうかしら)
「今回の視察先はマルカ君のいた孤児院がある所だったらしいから、手紙か何か預かり物でもしているんだろう。ほら、マルカ君はアルカランデ公爵令嬢と友人だからバージェス殿下とも知った仲だしな」
私が何て説明しようか考えていると、魔術師長様が大雑把に説明してくれた。
「え?君、アルカランデ公爵令嬢と友人なの?バージェス殿下とも?」
「はい、畏れ多くも殿下にも友人と言っていただいています」
「アルカランデ公爵令嬢はまだ分かるが、殿下とは学年も違っただろう?こう言っては何だが、マルカと殿下では気軽に話をすることも無いと思うのだが」
言いたいことは分かる。
リードさんが言っているのは、別に私を平民だからと見下しているわけではない。
いくら私が殿下の婚約者であるクリスティナ様の友人だからと言っても、通常学年も違う私と殿下がそこまで親しくなることは有り得ない。
ましてや私は今は平民で、普通の貴族子女に比べると出自も不確かだ。
「昨年学園で起きたことをお前たちも少しは知っているだろう?」
「何ですかいきなり。もちろん知っていますよ」
「とある伯爵家が養子にした娘を利用してっていうアレですよね?」
「馬鹿なことを考えるやつがいたものだ」
「それがどうし――え?」
フェリスさんが私を見て目を丸くさせた。
「まさか、マルカなの?」
「はい、その利用されそうになったのが私ですね」
私があっさり肯定すると魔術師長様以外の三人が驚いた表情を浮かべた。
学園にもまあまあな数の生徒がいるし、私の顔や名前は結構知られてしまっていると思っていたのだが意外とそうでもないらしい。
「マルカ――確かにそんな名前だったかもしれないけれど、なんだかイメージが違うわ」
何でもフェリスさんの中ではもっと媚を売るような女というイメージだったらしい。
何だそのイメージ。
「もっと、こう。何て言ったらいいのかしら。容姿を利用して男性に甘えて、強かな性格の悪い子を思い浮かべていたわ。殿下が唆されているって言っていたし」
「僕も、自分の立場を弁えず殿下に近づく頭の悪い女って聞いた」
「俺も似たような話を聞いたことがある。高位貴族に靡く平民上がりの女だから気を付けろと」
うん、最悪だ。
途中からは指示された通りに演じていただけなのに、最悪な女になってしまっている。
まあ、これを言っているのは元から私のことを気に食わないとか、平民上がりだとか見下してきていた人たちだろうからそこまで気にはしないけれど。
「……それ、全て演技なんですけど。おそらく私を良く思っていない貴族の方がそう言っていたのでしょうね。大体私に唆されてるだなんて、それこそ殿下に対する不敬な発言ですよ。その方の頭が心配です」
「そうだぞ。それにマルカ君はバージェス殿下に対して、もしも本気で婚約者がいるのに他に手を出そうとする人がいたら、殿下だとしても軽蔑すると言ってのけたのだぞ?」
殿下に対して直接言ったのかと聞かれたのでそうだと言ったら、みんな口をあんぐり開けて固まった。
全然聞いていた印象と違うと言われ、だから私と結びつかなかったのだと納得された。
「まあ、そういう事があって、クリスティナ様と殿下には友人だと言っていただいています」
「そしてあの一件で私はマルカ君の実力を知り目を付けたというわけだ」
「はあ」
なんだか上手く纏まった風になったが、元々魔術師長様がここに来たのはその先触れを知らせてくれるためだったはず。
「あの、魔術師長様。それで私はどうすれば良いのでしょうか?」
「ああ、このままここで実習を続けていてくれ。元々は学園からマルカ君を王宮に連れてきてくれという事だったんだ」
なるほど。
よく考えたら私が今魔法省で実習しているという事をクライヴァル様たちはまだ知らないわけだ。
だから本来ならこれから王立学園に連絡が行くところを、魔術師長様が直接伝えに来てくれたという事だ。
「分かりました。ありがとございます」
「おそらく時間的にもうそろそろ御帰還されるだろうから、今やっていることが終わったらとりあえずこの部屋で待機していてくれ」
「はい。この報告書ももう終わりますので」
魔術師長様が来るまで書いていた報告書を手に取る。
あとは時間を記入するだけだ。
「そうか。――ああ、よくオルフェルドたちが出している報告書だな。ほぼ始末書のようなものだが。それは練習用だから時間は今の時間で問題無い。時計は持ってきている?」
「はい、あります」
私が懐中時計を取り出すと、その時計を見た魔術師長様が一瞬目を瞠った。
不思議に思ったが特に何も言われなかったので、私は時間を確認し、報告書への記入を終えた。
顔を上げると魔術師長様は机の上に置かれた私の懐中時計を凝視していた。
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