59.三人の先輩
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「誰、この子」
「マルカ嬢だ。学園から実習生が来るとお前たちにも言ってあっただろう?」
「マルカと申します。よろしくお願い致します」
私が魔術師長様の横に立ってお辞儀をすると、先程からフェリスと呼ばれていた女性が一歩前に出てきた。
彼女は腰に手を当てて、じっと私を見る。
高い身長と、気の強そうなややつり上がった瞳が印象的な女性だ。
「この子がですか?ふーん、ひ弱そうな子ねぇ」
「フェリスに比べれば誰でも可憐だろうね。しかも初対面の子に対してひ弱って……可哀想に。馬鹿がごめんね?僕はオルフェルド・グリー。よろしく。で、こっちの煩いのがフェリスティア・マクガードね」
グリー様の後ろでマクガード様が「煩いって何よ!」と、文句を言っているが、それを無視してグリー様は自己紹介をした。
続いてもう一人いた男性もこちらを見て「俺はリード・スピアナスタスティンクルだ。よろしく頼む」と短く名乗った。
(スピ、スピアナ?どうしよう。長すぎて一度で覚えられなかった……)
私の動揺を悟ったのか「……家名は長すぎるのでリードで良い」と言われた。
正直有難い。
「グリー様、マクガード様、リード様、短い間ですがよろしくお願い致します」
「うわ、久しぶりに様とか言われた」
「え?」
思わず驚きの声が出てしまった。
みんな貴族なのだからむしろ言われ慣れているはずだと思うのだが。
「マルカ嬢、ここでの様付けは不要だ」
私が不思議に思っていると、隣に立つ魔術師長様がそう言った。
「ですが……」
「魔法省の魔術師の中で爵位がどうとかは面倒なのでな。年嵩な者には敬語を使うくらいで良い。私もこれからここに居る間は君のことはマルカ君と呼ばせてもらうとしよう」
「分かりました」
「私のことはフェリスで良いわよ。その代わり貴女のことはマルカって呼ぶから。それで良いで――クシュンッ!」
自分のことは愛称で呼ぶようにと言ってきたフェリスさんがくしゃみをした。
そういえば彼女はまだびしょ濡れのままだ。
腕を摩りながらもう一回クシュンとくしゃみをする。
「風邪引いても僕にはうつさないでよね」
「……真っ先にあんたにうつしてやるわよ」
グリーさんとフェリスさんが言い合っていると、魔術師長様が溜息を吐いた。
「……いつまでも子供のようなことを。オルフェルド、あまり煽るんじゃない」
「はーい」
「フェリス、相手の挑発に簡単に乗るんじゃない」
「……はい、すみませんでした」
「よろしい。じゃあもう行くぞ。このままじゃ本当に風邪を引いてしまう」
「あの」
着替えに戻ろうと言う魔術師様の言葉に、みんなが訓練場から去ろうとしたところで私は声を出した。
「何だい?」
「あの、もし良かったらフェリスさんの服、乾かしましょうか?」
「は?」
私の言葉にみんなが何を言っているんだコイツは、と言うような視線を寄こした。
「前にもやったことがあるので大丈夫です。ちょっとそこに立ってもらって良いですか?」
フェリスさんにみんなと少し離れた場所に移動してもらうようにお願いすると、困惑した表情を浮かべながらも素直に移動してくれた。
「ちょっと失礼しますね」
私はフェリスさんのローブやスカートが吸いこんだ水を、出来る限り絞った。
滴るほどの水分がなくなったのを確認して、私がフェリスさんにスカートが捲れ上がらないように押さえるように言うと、彼女は「な、何する気?」と不安を隠さない顔になった。
「今から暫く温かい風を起こします。下からこう、ぶわっと風が巻き起こる感じになりますので、このままじっとしていてくださいね」
「……よく分からないけれど、とにかくスカートを押さえて動かなければ良いのよね?」
「はい」
私はフェリスさんから少し距離を取って「では、いきますね」と言って、自分の魔力に意識を集中する。
(うん、上手く出来そう)
私が指をパチンと鳴らすと、フェリスさんの下から風が巻き起り、彼女のローブや髪を揺らした。
フェリスさんは初めは驚いて目を丸くさせていたが、そのうち少しずつ口角が上がっていき笑顔になった。
そして――。
「何よ、これ!すごいじゃない!」
そう叫んだ拍子に、思わずスカートを押さえていた手を離してしまった。
風は下から巻き上がるように発生している。
スカートが捲れるのを防ぐために押さえてもらっていた手を離したら――もうお分かりだろう。
「きゃああああーっ!」
「男性陣、回れ右!!」
フェリスさんが叫んだのと、私が男性陣に向かって声を張ったのはほぼ同時だった。
私の声にハッとしたように、魔術師長様とグリーさん、そしてリードさんは慌てて顔を逸らした。
そして私も魔法を解いた。
回れ右などと言うよりも先に魔法を解けば良かったのだが、人間慌てていると咄嗟に冷静な判断をするのは意外と難しいようだ。
フェリスさんを見ると元に戻ったスカートを握りしめて震えているようだった。
平民ならいざ知らず、貴族女性が人前で脚を晒すなんてあってはならないことだ。
(やってしまった……)
泣いているのか、怒っているのか。
分からないけれど、とにかく謝るしかない。謝って済む問題ではないが。
私はフェリスさんの元へ行くと「申し訳ありませんでした」と頭を下げた。
「あな、あなた、貴女ねぇ!……いえ、良いわ。押さえていろと言われたのに手を離したのは私だもの」
最初こそ顔を赤くして睨んできたフェリスさんだったが、最後には自分が悪かったのだから気にするなと言われた。
この人は絶対良い人だ。間違いない。
「魔術師長たちも!何も見ていませんよね?!」
フェリスさんが少し離れた所にいる三人に向かって聞けば「見たって何をだ?何のことだか分からない」と口を揃えて言った。
何も見なかった、どころか何も無かったことになったらしい。
「ちなみに、もうそっちを向いても?」
「問題ありません」
フェリスさんのスカートはきちんと下りているし、服もしっかり乾いている。
ハプニングはあったものの、魔法自体は成功していたようだ。
「うわ!本当に乾いてる。どうやったの、これ」
「すごいな。あんなに濡れていたのに」
「ほぉ。マルカ君、今の魔法はもしや……」
「あ、分かりました?さすが魔術師長様」
私がそう言えば、魔術師長様は笑顔で「やっぱりな」と言った。
他の三人はどういうことなのかと言うような顔で私と魔術師長様を見る。
どうやらこの人たちは『役立つ魔法・応用編』を読んでいないらしい。面白いのに。
「今のは――」
「竜巻みたいな感じだったよね?でも、それだけだとこんな短い時間で乾かないと思うんだけど」
「ああ、それに竜巻だったらフェリスも吹っ飛ぶだろうし、なあ?」
「うん、いくらフェリスでもそんなに体重重くはないだろうしねー」
「ちょっと!なんてこと言うのよ!オルフェルドも失礼だけど、リードも大概よ!」
「……また始まった。まったく」
深い溜息と共に魔術師長様がぼやいた。
その顔にはありありと呆れが表れていた。
「いつもこんな感じなんですか?」
「ああ。三人とも同期なんだがね、入った時からずっとあんな感じだよ。上は2年、下も新しい子が入ってきていないから、今のところ魔法省の中では一番の若手なのだが……そのせいか、いつまでも新人気分が抜けなくて困る」
魔術師長様は再び溜息を吐くと、両の手をパンパンと叩いた。
その大きな音に三人が魔術師長様に注目した。
「まったく、後輩の前で恥ずかしくないのかお前たちは。いつまでもそんな様子ではあっという間にマルカ君に追い抜かれるどころか置いて行かれるぞ」
「いくらなんでもそれはないですって。だってマルカってまだ学生でしょう?」
魔術師長様の言葉にグリーさんが反論する。
そうだ、もっと言ってくれ。
グリーさんの言うように、魔術師長様はどうにも私のことを買い被り過ぎていると思う。
けれど、そんな私の気持ちとは裏腹に、魔術師長様はグリーさんを見て鼻で笑って言った。
「学生だからなんだと言うのだ。現にお前たちは今マルカ君が使った魔法を理解出来ないだろうが」
「――っな!そうだ、あの魔法!何をやったのか教えてよ」
鼻で笑われたことに、一瞬グリーさんはムッとしたようだがそれ以上怒ることは無かった。
というよりも、すでに興味は私が使った魔法に向いたようだった。
クライヴァルはまだ帰ってこない……。
もう少しお待ちください( ̄▽ ̄)
読んでくれる人がいるというのは幸せだなーと思います。
もっと面白い話を書きたいなという気持ちになります!