57.お揃い
クライヴァルたちが領主邸で話を聞いているその頃。
「よく来てくれたね。待っていたよ」
実習初日、私は午前中は学園で授業を受け、午後から魔法省へやって来た。
魔法省へとやって来た私を迎えてくれたのは魔術師長様だった。
「お久しぶりです。実習を受け入れてくださりありがとうございます」
「いやいや。私の方からアルカランデ公爵に話を持って行ったのは君も知っているだろう?来てくれて嬉しいよ。では早速だが、これからのことについて歩きながら話そうか。中を案内しながら皆にも紹介していくから付いてきなさい」
「はい。よろしくお願いします」
魔術師長様に連れられて歩きながら、魔法省の仕事についても話を聞く。
「簡単にまとめると、魔力が関わる全てのことは魔法省の管轄になっているんだ。魔力測定もそうだし、魔法が絡んだ事件や事故の調査、解決も私たち魔法省が担当している」
「私がお世話になったあの件もそうですね」
「そうだね。他にも各地の魔法省支部から上がってきた報告を仕訳けて、必要ならばさらに上の指示を仰ぐこともある」
意外と書類仕事も多いのだと魔術師長様は面倒そうに言った。
「お嫌いなんですか?」
「好きかどうかと聞かれれば好きではないよ」
それよりも直接魔力を使って何かをする方が楽しいのだと言う魔術師長様に思わず笑ってしまいそうになり、気付かれないようにそっとその笑いを飲み込んだ。
魔術師長様が言うには、他にも要人警護だったり、新たな魔法や魔道具の開発に改良、パーティーの際の華やかな演出だったりも魔法省の人たちが関わっているらしい。
それ以外にも、一応有事の際に動けるように戦闘訓練なども行うそうだ。
「ただ戦うことに関しては騎士がいるからね。彼らも魔法が使えるわけだし、私たち魔術師と名乗る者たちは、敵に大きな打撃を与えるような高度な魔法と、味方の防御が主となるんだ」
ただし、日頃から高難度の攻撃魔法や防御魔法の訓練も行っているが、ここ最近は他国との争いはほぼ無いので、使う機会はあまり無いとのことだ。
平和で良かった。
色々話を聞きながら最初に連れて来られたのは魔法省の執務室だった。
「ここが執務室だ。私も常にここに居るわけではないが、用がある時はまずこちらに来るようにしてくれ」
扉を開けると、二つの立派な机と入って右側にソファがローテーブルを挟んで一対置かれていた。
机は部屋の扉の正面と左側にあったのだが、その左側の席には男性がいた。
その人は私たちに気付くとすぐに立ち上がった。
「おはようございます、魔術師長。……と、そちらのご令嬢は?」
「おはよう。王立学園から実習生が来ると話してあっただろう」
「ああ、ではこの子が魔術師長の言っていたお嬢さんですか」
「マルカ嬢だ」
「マルカと申します。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。私は魔術師長の補佐を務めておりますリグレット・スミスです。あ、ではあれが必要ですね。少々お待ちください」
スミス様は何かを思い出したようにそう言うと部屋の奥にある扉に入り、すぐに戻ってきた。
その手にはテールグリーンのローブがあった。
「こちらをどうぞ」
目の前に出されたので思わず受け取った。
渡されたテールグリーンのローブは魔法省の職員だけが身に着けることを許されるものだ。
この国では国直属の魔法省に入った者のみが魔術師を名乗ることが出来る。
ちなみに、魔術師長様もスミス様ももちろんこのローブを纏っている。
「私がこれを身に着けても良いのでしょうか」
「実習とは言え一時的に魔法省に身を置くことになるからね」
なるほど。つまりこれを着るからには、国の機関に所属しているのだということをしっかり理解し、励むようにということだろう。
ローブに袖を通すと、より気持ちが引き締められた。
「うん、良いじゃないか」
「魔術師長はこれからマルカさんの案内ですか?」
「ああ。私のサインが必要な書類があったら避けておいてくれ。戻り次第確認する」
「分かりました」
「では行こうか」
私はスミス様にお礼を述べてから魔術師長の後を追って執務室を出た。
よくよく考えたら魔術師長様自らが私を案内してくれるなんて贅沢な事ではないのだろうか。
「あの、お忙しいのにお手数お掛けして申し訳ありません」
「先ほどの会話なら気にしなくて良いよ。それに私は本当に君が来てくれるのを楽しみにしていたんだ」
魔術師長様は何故か私に目を掛けてくれているように感じられる。
何故なのだろう。
(……うん、考えても分からないし聞いたほうが早いわね)
勉学や魔法に関してなら、まずは自分で考えてみる、調べてみるということをする。
それでも分からなければ、誰かに助言を求めると言うのが本来の私のやり方だ。
けれど人の感情に関しては、考えたところで分からない。
同じような条件下でも、人によって考え方は様々だ。聞いたほうが早い。
とは言え、聞いても問題無さそうな話題の時にしか私だって直接聞いたりはしないのだが、今回は問題無いだろう。
「魔術師長様は、何故私に対してそのように仰ってくださるのですか?」
「……え?ああそうか、まだマルカ嬢には言ったことが無かったのだったか」
魔術師長様は一瞬私の質問の意図が分からないようだったが、すぐに答えに辿り着いたようだ。
「『役立つ魔法・応用編』の作者が私の祖父だということはもう知っているね?」
魔術師長様の言葉に私は頷く。
「私の家系は代々魔力が高くてね。皆、魔法を使うこと自体が好きなんだ。だから祖父が書いたあの本も皆誇りに思っているのだが、如何せんマニアックすぎてね。内容も、応用編とは言っているがどちらかと言うと細々とした地味なものが多いだろう?」
確かに『役立つ魔法・応用編』は、普段の生活の中で役立ちそうなものが多い。
貴族社会の中で使えるものもあったが、平民の中で役立ちそうなものも数多く載っていた。
「貴族というのはどちらかと言えば派手なものを好む者が多くてな。自分の力を見せつけられるような魔法の方がウケが良いんだ。だから私たち一族は素晴らしい本だと思っているのに、あまり必要とされていない。悲しいと思わないか?思うだろう?!」
「は、はい。思います、勿体ないです」
握り拳を作りながら力説する魔術師長に思わず頷く。
実際私はあの本に助けられてきたところもあるので、嘘ではない。
「そうだろう!流石マルカ嬢だ。つまりだな、あの本を活用してくれている君のことを我が一族は大変好ましく思っているんだ」
「あ、ありがとうございます」
「それに加えて君の瞳の色。同じ色を持っていると言うだけで不思議と親近感が湧くと思わないか?」
「え?」
そう言われて魔術師長様の顔をじっと見る。
そこにある瞳の色は確かに私と同じ、金の混じった鳶色だった。
(全然気づかなかった……)
魔術師長様は偉い方だし、第一人の――ましてや男性の顔をまじまじと眺めるなんてことは普段だったら絶対にしない。
だから今まで気づかなかった。
「……今初めて魔術師長様の瞳の色を認識しました。本当に、お揃いですね」
「親近感が湧いてこないか?」
そう言って笑った魔術師長様に、私も笑顔で「そうですね、本当に」と返す。
私は魔術師長様のことは、偉い人で、魔術師のトップで、少し圧の強いおじ様だと思っていたけれど、言われたように自分と同じ色を持っていて、しかも私に対して好感を持ってくれていると知った今では何となく親しみを覚えてしまうのだから人間の感覚というのは不思議なものだ。
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