51.肩車
遅くなってすみません。
第二の母親の次は……。
「アルカランデ様のお気持ちはよく分かりました。決してご冗談ではないということも。問われた内容に関してもマルカも知っているということであればお答えいたします」
「とは言っても」と院長は少し申し訳なさそうな顔をした。
「私もあまり詳しいことは分からないのです。ここまで焦らしておいて申し訳ないのですが、モニカは元々この国の者ではないということくらいしか」
「この国の者ではない?」
「ええ。幼い頃にこの国にやって来たと。先に亡くなったご主人も同郷の方だと言っておりました」
「マルカ嬢の父君も……」
「それ以上のことは私も敢えては聞いておりません。ですのでモニカが貴族の出だったかどうかまで知らないのです。ですが、ご領主様ならばご存じかもしれませんね」
「領主……」
なんとタイミングの良いことだろう。
今回の視察では、宿を取らずガルガス領主の屋敷に世話になることになっている。
「ご領主様もあの頃と変わらずご健在でいらっしゃいますからお話がお聞きになれるかと思います」
院長が言うには、領主夫妻は身分を隠して年に数回この孤児院にも訪れるらしく、大変話しやすい人たちだということだった。
「わざわざ身分を隠していらっしゃるんですか?」
「ええ、子供たちが緊張しないようにとのご配慮らしいのです。ですが、ここの子供たちはそういう方たちに仕えても問題無いようになるために教育をしておりますから隠す必要も無いのですがね」
院長の話で何となくだが領主夫妻の人柄の良さが見て取れた。
気難しい人ではなさそうで良かったと安堵し、この後領主に会うことを告げると、院長は話を通しやすくするために領主宛てに手紙を書いてくれるというのでありがたくお願いすることにした。
その時ちょうど窓の外に、殿下と孤児院の子供たちが出てくるところが見えた。
「あら、ちょうど授業が終わった頃ですね。もし宜しければアルカランデ様も子供たちと遊んであげていただけませんか?その間にお手紙も書き上がるでしょうから」
院長の言葉に促され、私は殿下たちのいる庭へと向かった。
「ああ、クライヴ!院長殿から良い話は聞けたか?」
「ええ、まあ。それよりもこの状況は――」
殿下を見ると両足に子供を一人ずつ、肩にも子供を乗せていた。
「この子供たちは凄いぞ。授業中はこんな幼い子供までが大人しく真面目にしていて、話し方も大人顔負けであったのに、今はコレだ」
「はあ?」
殿下の話が要領を得なかったので一緒にいた者に詳しく聞くと、子供たちは授業中は殿下が言ったような態度を崩すことは無く、子供らしくないとさえ思わせる様子だったそうだ。
しかし、授業が終わり自由時間になり外に出ると妙にそわそわし始めた。孤児院の者に話を聞けば、自由時間が本来の子供たちの姿であり言動も子供らしいそれに戻るそうなのだが、殿下がいるから遠慮、というより我慢しているのだろうということだった。
そこで殿下が「いつも通りで構わない。私に遠慮などする必要は無いし罰を与えたりもしない」と言うと、一気に解放されたように走り出したそうだ。
殿下の言う凄いは、この子供たちの気持ちの切り替えのことを言っていたらしい。
殿下の語彙力、低過ぎである。
「それでこの状態ですか?」
「ああ。お前たちの一人や二人大した重さではないと言ったらこうなった」
殿下にしがみつく子供たちは楽しそうだ。
ふと殿下の肩に乗った少年と私の目が合った。殿下よりも私の方が背が高いのだが、少年からは見下ろす形になる。
「……お兄ちゃんの方が背高そう」
「来るか?」
私が笑顔でそう言うと、瞳をキラキラさせた少年がこくりと頷く。
「殿下、殿下より背の高い私の方が良いそうなのでもらい受けますね」
「……お前いちいち嫌味っぽいぞ」
じとっとにらむ殿下から少年を引き受ける。
肩に乗った少年は「わぁー、さっきより高ーい」と楽しそうだ。
「王太子殿下もマルカお姉ちゃんより高かったけど、お兄ちゃんの方がもっと高いや!」
「……マルカ、お姉ちゃんも君を肩車したのかい?」
自分や殿下よりも背が低く、華奢なあの腕でこの少年を肩に乗せたという事実に驚きを隠せない。
「うん!でもすぐ潰れちゃったんだけどね。あれ?お兄ちゃん、マルカお姉ちゃんのこと知ってるの?いなくなっちゃったけど元気にしてる?」
「知っているし、元気だよ。お兄ちゃんの大事な、友達だ」
「そっかあ。じゃあいっぱい遊んだりする?マルカお姉ちゃんすごいでしょ?僕駆けっこでも、お勉強でも、体術でも一回も勝てたことないんだ」
体術?また新しい情報が出てきた。
マルカ嬢が体術を身に着けているだなんて話は聞いたことがない。
「君たちは体術も学ぶのかい?」
「うん。護身術って言うらしいんだけど、ここではマルカお姉ちゃんが一番強かったんだ!お兄ちゃんとマルカお姉ちゃんだったらどっちが強い?」
「手合わせしたことが無いから何とも言えないが、私も結構強いぞ」
「どっちが強いかな?大人はねー、みんなマルカお姉ちゃんの見た目に油断してすぐ負けちゃうの。お兄ちゃんも男前だけど、マルカお姉ちゃんはねー、強くてー、頭が良くてー」
少年は私の頭の上で指を折りながら数を数えるようにマルカ嬢の良いところを上げてくる。
「あとね、キレイで優しいんだよ!」
「そうか、自慢のお姉ちゃんだな」
「うん!僕大きくなったらマルカお姉ちゃんと結婚したいんだ!立派な大人になってマルカお姉ちゃんを迎えに行くの!」
少年の言葉に思わず立ち止まる。
急に止まったことを不思議に思い「どうしたの?」と頭上から顔を覗き込んでくる少年と目が合う。
「あー、少年。君の名前は?」
「僕はねー、トントだよ」
「そうか。トント、お兄ちゃんもなマルカお姉ちゃんと結婚したいんだ」
「えー……駄目だよ。お兄ちゃん格好良いからマルカお姉ちゃんじゃなくても良いでしょ?」
少年の言う通りマルカ嬢じゃなくても良いならこんなに苦労はしないのだが。
私は肩から少年を下ろし、自分の右腕に乗せて抱え直し、ちょうど同じ高さになった視線を合わせた。
「お兄ちゃんはマルカお姉ちゃんじゃなきゃ駄目なんだ」
「……でもお兄ちゃん、マルカお姉ちゃんの友達なんでしょ?お姉ちゃんのこと好きなの?」
「ああ、好きだ。大好きだ」
こんな幼い子供を相手に何を言っているんだと思われるかもしれない。
けれど、子供だからこそ純粋だし、真剣な場合もあるのだ。
「だから今は友達だが……マルカお姉ちゃんがお兄ちゃんのことを選んでくれたら祝福してくれないか?」
少年は下を向いて「えー」とか「うー」と言いながら悩んでいるようだったが、しばらくすると顔を上げて再び目が合った。
「お兄ちゃんお金持ち?」
「ん?ああ、まあそれなりに」
「頭良い?」
「学校は一番で卒業した」
「本当に強い?マルカお姉ちゃんのこと護れる?」
「ああ、どんなことからも護ってみせるよ」
「うー……じゃあマルカお姉ちゃんのこと絶対幸せにしてくれる?ずっと、ずぅーーっと好き?」
「ああ、私のことを選んでくれたら絶対幸せにする。マルカお姉ちゃんをずっと好きでいるとトントに誓っても良い」
「……じゃあ、良いよ。本当にマルカお姉ちゃんがお兄ちゃんのこと好きになったら許してあげる。絶対幸せにするって約束だよ?もし破ったら僕奪いに行くからね!」
「ああ、男と男の約束だ」
私はトントと拳を突き合わせた。
小さなライバル出現でした。
誰にもマルカを譲りたくないという気持ちと、相手が誰であれ馬鹿にしたり聞き流したりしないクライヴァルが書けて個人的に満足。
ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。