5.愚か者は罰せられる
日間異世界〔恋愛〕ランキングの20位以内にランクインしてました!
ありがとうございます。
あの手紙のやりとりから数か月後。
私は今日も殿下の隣にいる。
学園主催の卒業記念パーティーのこの日に、だ。
畏れ多くも殿下自らが私を迎えに来て、王家の馬車で会場に向かう。
もちろん着ているドレスも殿下からのプレゼントだ。
エスコートは殿下がしてくださると伝えた時の伯爵の顔ときたら、ニヤニヤして本当に気持ちが悪かった。
本来なら婚約者のいる殿下にエスコートをされるなど理由を聞いてきても良いはずなのだが、全てが自分の思い通りに事が運んでいると信じ切っているこの家の者たちはそんなことまで考えが及ぶはずもない。
今日ですら殿下に手を取られて屋敷を出ていく私たちの背中に向けられた視線は笑いが堪えられないといったものだった。
伯爵たちもすぐに伯爵家の馬車で学園にやって来るはずだ。
今日を最後に笑顔など浮かべられなくなることなど知らずに。
馬車に乗った私は殿下の指示で防音魔法をかける。
しっかりとかかったことが確認できるとおもむろに殿下が話し始めた。
「首尾は?」
「上々にございます。先ほどの伯爵の様子を見ればおわかりかと思いますが」
「そうか。君には迷惑をかけたな。あと少しの辛抱だからもう少し我慢してくれ」
「我慢など……元々の元凶は伯爵家にありますので。私も名ばかりではありますがレイナード伯爵家の者ですのに、私の言葉を信じて下さって感謝いたします」
「いや、君が動いてくれたからこその今があるのだ。感謝する」
「もったいないお言葉にございます」
「クリスティナも君には感謝しているぞ。あれはなかなか感情を表に出すことがないから分かりづらいかもしれないが知っておいてほしい。まあ君の前ではよく笑っているようだがな」
殿下はそう言うと今まで私に向けてきた笑みとは違う心からの笑みを浮かべていた。
そう、これが本来の殿下なのだ。
殿下は婚約者のクリスティナ様を本当に愛しているのだから。
「―――ああ、もう着くようだな。では最後の仕上げといこうか」
殿下の声に私がしっかりと頷くと馬車の扉は開けられた。
会場に私が殿下と共に入ると周りからは驚きの視線が向けられる。
それもそのはず、婚約者がいる身でそれ以外の令嬢をエスコートするなど通常なら考えられないことだ。
しかもその相手が伯爵令嬢とは言えども元平民で、学園内では婚約者の公爵令嬢を差し置いて殿下に気に入られていると噂される娘なのだから。
今この場で笑顔でいられるのは愚かなレイナード家の者と、公爵家を良く思っていない者くらいだろう。
ここ数か月の間、私と殿下は二人でいる時間を多くとった。
そして殿下とクリスティナ様は敢えて関係が冷めているかのように振る舞った。
全てはこの日のために―――
この卒業記念パーティーには卒業生、その婚約者、そして彼らの親である者たちが参加していた。
王立学園ということもあり、この国の重鎮も数多く出席していた。
そんなパーティーが佳境に入った頃、卒業生代表として殿下が挨拶をする時がやってきた。
殿下とその側近候補たちが殿下を守るように周りに立つ。
殿下は壇上に立つと良く通る声で話し始めた。
「皆の者。卒業おめでとう。学園を卒業した私たちは、もう立派な成人として見られる。貴族としての自覚を持ち、私と共にこの国をより良くしていってほしい」
わぁっと拍手が起きる。
殿下はそれを右手を挙げてすっと収めると、あと一つ――と続けた。
「今この場を借りて重大なことを発表したいと思う。マルカ・レイナード伯爵令嬢、ここに」
「はい」
殿下の横に立った私を見て場内は騒がしくなる。
そして同時にクリスティナ様にも視線が集まり、彼女の周りの人々が空気を感じて一歩下がった。
私に向けられた人々の視線はとても居心地の良いものとは言えない。
困惑と、どちらかといえば非難めいたものばかりだ。
この状況で笑っていられるのは殿下の後ろにいる伯爵子息と壁際でこちらの様子を窺っている伯爵くらいだろう。
今夜、殿下が婚約者のクリスティナ様ではなく私を伴ってパーティーに出たことにより、彼らの頭の中には計画通り私と殿下が恋仲になり、未来の王妃と言われていたクリスティナ様を蹴落としたと思っていることだろう。
そして今この場で彼女との婚約解消を発表し、新たに私との婚約を結ぶことを宣言するとでも思っているのだろう。
なんとめでたい頭の持ち主か。
愚かを通り越して頭の中にお花畑でも広がっているのではないだろうか。
王族と伯爵位の令嬢との婚姻は確かに可能ではある。
側室ではなく、正妃になることも爵位としては可能だろう。
しかし、このような場で婚約解消を宣言し、すぐさま他の女性、しかも解消した者よりも爵位の低い者との婚約を宣言したらどうなるか。
王家と公爵家で結んだ婚約を勝手に反故にしたらどうなるか。
まあ十中八九、非難囂々間違いなしだ。
相手が王族とあっては直接声を上げる者はいないかもしれないが、確実に殿下への不信感は強まる。
こんな馬鹿げたことをする人間に国を任せて良いのかと思う者は多いはずだ。
思わなかったら国として不味い。
私だったら絶対思う。不安になる。
私が親ならこんな息子は引っ叩いて説教して謝罪させたうえで廃嫡にする。
夢を見るのは寝た時だけにしてほしい。
私があれこれ考えていると、殿下は発表の前にひとつやらなければならないことを忘れていたと言って声を発した。
「衛兵!レイナード伯爵とその子息ヘイガン・レイナードを捕らえよ!」
殿下の指示により待機していた兵が一斉に動き出し、あっと言う間に伯爵と伯爵子息を捕らえ殿下の前に引っ立てる。
伯爵を含め、この場にいるほとんどの者たちはいったい何が起きたのか理解できず狼狽している。
「殿下!これは一体どういうことですか!」
「私たちが何をしたというのです?!」
「もしや、我が娘が殿下に何か失礼なことをしたのでしょうか?!」
やはりこの人たちは本物の馬鹿であった。
私は改めてそう感じる。
もしも私に何か非があったとすれば、同じように私も捕らえられているだろうに。
そんなことも分からないほどに混乱しているのかもしれないが。
「マルカ嬢はむしろ今回の件での功労者だ。そうであろう?クリスティナ」
「ええ、本当に」
クリスティナ様がゆっくりと隣に寄ってくると、殿下は彼女の腰に手を回しぐっと自分の傍に引き寄せた。
そこが元々の居場所であるようにクリスティナ様は微笑みながら殿下に寄り添っている。
「クリスティナにもだいぶ我慢をさせた。それも今日で終わりだがな」
「とんでもないことです。すべては悪の芽を確実に潰すため」
二人の仲睦まじい様子を目の当たりにして、伯爵と伯爵子息は呆然としている。
他の生徒たちもまだ状況が理解できていないようだ。
「な、なぜ……」
「殿下はっ!バージェス殿下はマルカを好いてくださっているのではないのですか?!」
殿下は声を荒らげる彼らを冷ややかな目で一瞥する。
「それは貴様らが仕向けたことだろう。私が伴侶に望むのは今までもこれから先もクリスティナ唯一人だ。ああ、私はマルカ嬢の能力は買っているからそういった意味では気に入っているというのは間違いではないが」
「そんな、なぜ……」
周りからはどういうことだ、何が起きているのかという声が上がっている。
殿下は周囲に視線を向けると説明を始めた。
「この者たちはマルカ嬢を私に近づけ、私の寵愛を受けるように魔法で私の意識を誘導し、王家との繋がりを持とうと画策したのだ。そしてあわよくばマルカ嬢を私の妃とし、子を産ませ権力を手にするという実に愚かな計画を立てていた」
この殿下の言葉に騒がしさは一層増した。
臣下であるはずの伯爵家が何と愚かな、過ぎた夢を見たのか。
しかも殿下の意思を操るような魔法を使うなど。
「むろん私が愛しているのはクリスティナだけであったが、このヘイガンの魔法によって私の意識はマルカ嬢へと誘導されていた。皆が知っている学園内での私の愚行もこれによるものだ。私自身思うようにならない自分に苛立っていたのだが、マルカ嬢が適切な距離を保ってくれていたおかげでそれ以上の過ちを犯すことなく済んだ。ヘイガン以外の友人たちも私の行動を諫めてくれていた」
殿下は自分の周りを固めているヘイガン以外の側近候補たちに感謝の視線を向ける。
彼らには本当に感謝している。
伯爵子息に「妹を近づけ過ぎだ」「お前のしていることは悪手にしかならない」と言い、私にも「これ以上は誰の為にもならない」「君も貴族の令嬢となったのなら行動の意味をしっかり考えろ」と窘めてくれた。
「本当に殿下のためを思うならこの行動が周りからどう見られるか進言すべきだ」と迷いなく言った彼らならばきっと優秀な側近になるに違いない。
殿下からの言葉を受けて、彼らは軽く頭を下げた。
「そしてこのマルカ嬢こそがレイナード伯爵の企みに気付き、クリスティナを介して私たちにこの事を教えてくれた人でもある」
殿下の言葉に再び会場からどよめきが起きた。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:伯爵子息って伯爵家嫡男なのになんで婚約者いないんですか?
↓
マルカ「興味が無いので知りません。気にしたことも無かった。でも、いたらいたで相手の女性が可哀想だからいなくて良かったと思います」
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