49.ようやく気付く
今回も会話が多いです。
読み辛かったらすみません。
「ヒント、ですか?」
「ええ、そう。お兄様は何故貴女の言葉に笑みを返したのだと思う?」
「え?」
何故と言われても。
「マルカは不満を言ったつもりだったのよね?けれどお兄様は笑った」
「そうです」
「それは何故かしら?きちんと考えて。マルカなら答えを導き出せるはずよ」
何故、何故だろう。
あの時のクライヴァル様は嬉しそうだった。私の不満に対して困った様でもなく、少し驚いた様子を見せた後に、噛み締めるように「そうか」と一言だけ。
何故?
不満を言ったことに対して驚いたわけではなさそうだった。となると、言った内容に驚いた?
「……私が言ったのは、心臓が煩くなる、頭が働かなくなる……」
「お兄様にとってはそれは不満に聞こえなかったというだけよ」
私が考えながら漏らした言葉にクリスティナ様から補足が入る。
「マルカがそうなることに、その変化が、お兄様は嬉しかったの」
「どうしてマルカさんの心臓は煩くなったのかしらね?」
「それは、動揺、して」
「なぜ動揺してしまうの?」
シンシア様やハルフィリア様もそれに加わる。
「それは……慣れていないから?」
私のその言葉に、バタンッと効果音を立てそうな勢いでシンシア様がテーブルに突っ伏した。
そして次の瞬間、バンっとテーブルに両手を突いて思い切り立ち上がった。
因みにテーブルにあった茶器はいつの間にか侍女さんたちによって片付けられていた。
「もう!違うわよ!ときめいちゃったからでしょぉぉぉ!」
「と、ときめき?」
「シンシア、シンシアー。落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!クリスティナ様も何とか言ってくださいな!」
シンシア様がクリスティナ様をキッと睨んで言う。
クリスティナ様はくすくすと笑いながらも残念なものを見るように私を見た。
「マルカの頭の良さは恋愛事には全く生かされないのねぇ」
「はあ」
「あのね、マルカ。貴女ちょっとやそっとじゃ動揺しないわよね?少なくとも顔には出さないわ」
「まあ、多少のことなら」
「ロナウドさんに手を掴まれても動じなかったわ」
「動じる必要も無いですし」
動じるというよりはさっさと離してほしいという気持ちだけだった。
あとは勝手に触れてくれるなというくらい。
「昨年、殿下と一芝居打った時も全く動じなかったわね」
「まあ、演技ですし」
「でも、初めのうちの何も知らない時でもマルカは殿下の距離の近さに嫌悪感すら滲ませていたのよね?」
「……はい」
だって殿下にはクリスティナ様という素晴らしい婚約者がいた。
それなのになんて不誠実な人なのだろうと思った。
演技の時も甘すぎて砂を吐きそうだとは思っても、心に響くことも胸が高鳴ることも無かった。
「あの時の方が慣れていなかったはずよ?貴女前に言っていたわよね。言葉は気持ちが伴ってこそ心に響くって。そして受け取る側も相手を慕う気持ちがあれば効果は絶大だとも言っていたわ」
確かに、私はクライヴァル様に向けてそんなことを言った。
感情のこもっていない殿下の甘い言葉など、殿下に恋情を抱いていない私にとってはただの台詞で嬉しくも何ともないと。
「もうここまで言えば分かるのではないかしら」
男性の甘い言葉に慣れていなくても、殿下と演技していた時は心の中は静かなままだったし心臓も煩くなかった。
ロナウドさんに掴まれた時も動揺なんか全くしなかった。
それなのに。
クライヴァル様だけだ。
近すぎる距離に少し緊張するのも、何故か落ち着かない気持ちになるのも。
そもそも何とも思っていない相手なら、こんなに真剣に考えたりはしない。私の性格からして早々にお断りしているはずだ。
可愛いと言われて私の標準装備の微笑みを保てなくなるのも、顔が熱くなるのも、少し息がし辛くなるのも。
それなのに、何故か一緒にいると温かい気持ちになれるのも。
みんなみんな、クライヴァル様だけなのだ。
(ここまで言われて、ようやく分かるなんて。なによ……私、もうとっくに……)
私は両手で顔を覆って隠した。
だって今の私の顔はとても赤いはずだから。
「わ、私、クライヴァル様のこと、す、好きみたいです……」
絞り出すようにそう言えば、隠した指の隙間からクリスティナ様がしょうがない子ねと苦笑を浮かべているのが見えた。
シンシア様とハルフィリア様も頬に手を当ててキャーキャーと言っていた。
「本当にどうして今まで気づかずにいられたのかしらね」
最初からクライヴァル様の想いに否定的だったから、絶対にあり得ないことだと思っていたから、だから自分の気持ちを理解しようとしなかったのかもしれない。
あるいは――。
「私、自分が平民だから、だから認めちゃいけないって無意識に気づかないようにしていたのかもしれません」
「……ご当主様もお認めになられているのでしょう?」
「そうよ。貴女は賢いし、魔法の才だってある。平民だけれどマナーだって申し分ないわ」
「違うんです。別に自分を卑下しているわけじゃありません」
そう。私は別に卑屈になっているわけではない。
平民だということに惨めさを感じているわけでもない。両親に愛されて、色々な経験や努力を経て今の自分がある。
自分で言うのも何だが、しっかりした人間に育ったと思うし、この学園に通う貴族子女にも負けない自信がある。
「だけど、シンシア様やハルフィリア様のように言ってくださる方ばかりじゃない」
みんながみんな私という人間を認めてくれるわけじゃない。
どんなに頑張っても、平民というだけで貶めてくる人たちもいる。
「自分のことだけなら良いんです。でも、私を選んでくれたクライヴァル様まで悪く言われるのは嫌なんです」
自分の気持ちを認めてしまえば、こうも簡単に答えが出る。
私自身が身分差を気にしているというよりも、周囲がそれを突いてクライヴァル様や公爵家に何か悪い感情を持たれるのが嫌なのだ。
私は私のせいでクライヴァル様まで評価を落とすかもしれないことが嫌だ。
全てにおいて優れた彼はどんな女性でも選べるはずだ。
それなのに、私みたいな身寄りのない平民を選んだ彼を馬鹿にする人は絶対に出てくるだろう。
もちろんクライヴァル様の耳に直接入るように言うことは少ないだろうし、たとえ耳に入ったとしても、それを気にする人ではないことは分かっている。
クライヴァル様なら鼻で笑って、私を馬鹿にした人に制裁を加えることくらいするかもしれない。
それでも。何かが起きた時に足手纏いになりたくなかった。
「あんな平民を選んだからだ」「優秀かもしれないが人を見る目が無い」などと言われたら我慢ならない。
「マルカ……貴女変な方向に想像力が豊かだわ」
「そうでしょうか?」
「ええ、でも心配するのはお兄様のことなのね。マルカらしいわ」
悩んでいたことに答えが出て、とてもスッキリとした気分だ。
答えが出てしまえば自ずと自分のやりたいことが見えてくる。
「私は、みんなに認められたい。クライヴァル様の隣に立っても何も言われないような人になりたいです」
平民の出だったとしても、あの娘なら認めるしかないと思われるような人になりたい。何か貶めるような事を言われても、それを笑顔で覆すことが出来るような人になりたい。
決してクライヴァル様の枷にならず、ずっと隣で支えられるような、そんな人になりたいのだ。
「マルカ……貴女って子は」
「さっきまで顔を赤くしていた人と同一人物だとは思えないわ」
「こういう方だから公爵家の皆様にも好かれるのね」
私の決意を伝えても、誰も笑ったりはしなかった。
そんなわけで、自分の気持ちを認めて決意を固めた私だったが、だからと言って何をすれば良いのか分からないのが現実だ。
取り敢えず、この学園を首席で卒業することを目指すのと同時に、与えられた機会を逃さないようにしようと思い至った。
というわけで、職業体験制度だ。
魔法省には国でトップクラスの魔術師が揃っている。そんな人たちの働きを間近で見ることが出来るのは私の糧になるだろう。
高い魔力を誇る彼らはみんな貴族のはずだから、今のうちに顔を売っておこうという下心ももちろんある。
クライヴァル様の隣に立つと決めたからにはやるだけのことはやってやろうという気持ちだ。
初めて知ったが、恋する女は強いらしい。
やっと、やーっと自分の気持ちに気付いたマルカでした。
ここまで長かった……( ;∀;)
物語の流れ的にクライヴァル兄さん頑張り続けて約半年弱と言ったところでしょうか。
やっと両想い!
なのに今視察同行中で家にいない(笑)
まだ何も知らない兄さんであります。
ブクマ&感想&評価、誤字報告、メッセージなどありがとうございます。
本当に嬉しいです。