46.報奨金
「すっかり遅くなってしまいましたけど、本当に大丈夫だったんですか?」
王宮に向かう馬車の中で私はクライヴァル様に聞く。
「まあ大丈夫だろう。呼び出しの主はバージェス殿下だからな」
それはむしろ不味いのではないのか。そう思う私にクライヴァル様はにやりと笑みを浮かべた。
「殿下の執務室にクリスティナを置いてきた。仕事が終わった殿下の相手をしてほしいと頼んで来たから、今頃は二人でお茶でも楽しんでいるんじゃないかな」
自分がいるよりもよほど業務が捗るんじゃないかと身も蓋も無いことを言っている。そんなことないですよと言い切れないのが申し訳ない。
あの殿下ならあり得そうな話だ。
「あの、クライヴァル様」
「ん?」
「今回は、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」
「君が謝る理由が分からないな。悪いのは全部あの男だろう?」
「それは、そうかもしれないですけど。それに今後何かあったら力を借りるって事前の了承も無しに話してしまいましたし」
「それこそ今さらだろう。君が止めていなかったら私はとっくにあの男を排除していた」
涼しい顔をしてさらっと「排除」と口にする。
「さっきロナウドさんに近づいた時、耳元で何を言ったんですか?ちょっと怯えてたみたいですけど」
あの時のロナウドさんの目には明らかに恐怖の色が浮かんでいた。
「知りたい?」
「はい」
「本当に?私は君に嫌われたくはないのだけれど」
クライヴァル様は困ったように言う。その目は笑っているようで笑っていない。
「……嫌われるようなことを言ったんですか?」
「どうかな。私としては当然のことを言っただけだが……まあ、彼のあの様子だと今後は大丈夫だと思いたいな」
「……じゃあもう良いです。はぐらかしたいみたいですし?あとはロナウドさんの行動次第ですし、クライヴァル様の力を借りると言ったのは私ですから。これ以上は口出ししません」
クライヴァル様を頼ると決めた時点でこの件は私から離れたのと同じだ。
「とにかく。ありがとうございました」
私がそう言うと、クライヴァル様は目を細めて「ああ、謝られるよりもそちらの方が断然良いな」と言った。
そうこうしているうちに馬車は王宮に着き、私たちは殿下の執務室に向かった。
「ただいま戻りました」
「早かったな。もっと遅くなっても良かったのだが」
クリスティナ様との楽しい逢瀬の時間を邪魔された殿下は本気でそう言っているようだ。
「殿下、あの書類は本当に目を通されたんですか?」
「当たり前だろうが。いくら私でもそこは手を抜いたりするものか」
「そうですか。それは良いとして……私の時もあれくらいやる気を出してもらえると助かるのですが」
「……知ってるか、クライヴ。馬は人参を目の前にぶら下げるとよく走るらしいぞ」
クライヴァル様と殿下がじゃれている。
クリスティナ様はそれを見てくすくす笑っていた。
「まったく、飽きない二人だこと。それはそうとマルカ、遅かったわね。お兄様と話し込んでいたの?」
「いえ、ちょっとロナウドさんと鉢合わせしました」
「まあ、またあの方?大丈夫だった?いい加減マルカが動かないのであれば私が動くわよ?」
「もう大丈夫です。ちょうどクライヴァル様も一緒にいて、少しゴタゴタしましたけど一応解決しましたので」
「お兄様も一緒だったのね……あの方は無事?」
クライヴァル様が一緒だったと言ったら真っ先にロナウドさんの心配をされた。
何をしたと思われているのだろう。聞きたいけど怖くて聞けない。
「無事です。今後心を入れ替えればずっと無事でいます」
「そう、なら良かったわ。マルカも、これで落ち着いて学園生活を送れるわね」
「そうですね」
私とクリスティナ様が二人で笑い合っていると、クライヴァル様とのじゃれ合いを終えた殿下がソファに掛けるように勧めてきた。
「今日呼んだ理由はクライヴから聞いたか?」
「報奨金の話だという事はお聞きしました」
「そう、それだ。あともうひとつあるのだがまずは報奨金の件だな」
殿下の話によると、報奨金を与えるという事はもう決定事項で、それをどのような形で与えるかを話し合いたいという事だった。
普通は各家の金庫で保管する物らしいが、私には自分の家と呼べる場所も金庫も無い。
「まあまあの額になるから持ち歩くって訳にも行かないと思うんだ」
「ちなみに、どれくらい頂けるのでしょうか」
「一応これくらいを予定している」
そう言って殿下が紙に書いた額に私は目が点になった。
「殿下」
「どうした?」
「金額がおかしいです。間違いでは?」
「間違いではないが」
誰か嘘だと言ってくれ。
殿下が書き記した額は、私にとっては馬鹿みたいな大金だった。
(普通に生活していたら何年間働かずに生きて行けるかしら……)
「保管場所に困るようならこちらで預かっておくことも出来るが、どうする?」
「ひとまず、そのようにお願いします」
「分かった。必要になった場合は、とりあえずまだアルカランデ公爵家にいるよな?公爵家の人間に言付けてくれれば良い」
「分かりました」
大金過ぎてまだ実感も何も無いが、いきなり大金持ちになってしまったようだ。自分でどうにか保管しろとか言われなくて良かった。
「それとあともうひとつの話だが」
「はい」
「近い内にカルガス領に視察に赴くことになったんだが、マルカ嬢はたしかカルガス領の孤児院出身だったな?」
「はい」
「君は学園もあるし、公務だから連れて行くことは出来ないが、もし院長らに何か言伝があれば言ってくれ。預かる」
カルガス領。
私が学園に入るまでいた場所だ。まだそこを離れて二年も経っていないのにとても懐かしく感じる。
院長先生やみんなは元気にしているだろうか。
(そうだわ)
「あの、先ほどの報奨金の一部を孤児院に寄付することは可能ですか?」
私の言葉に他の三人はなぜか驚いたようだった。
「可能だが、良いのか?」
「はい、ぜひ。頂ける報奨金の三、いえ四分の一程を寄付したいです」
私を育ててくれた孤児院、母様との思い出も残る大切な場所だ。あの孤児院はそれほどお金に困っているわけではないとは思うが、お金はいくらあっても困らない。
それは自分自身にも言えることなので、四分の三は自分の元に残しておくことにする。
「マルカ嬢がそうしたいのなら、そのように準備しよう」
「ありがとうございます」
「ああ、言伝や手紙などあるならクライヴに渡してくれ。一緒に行くことになっているからな」
クライヴァル様を見れば頷かれた。
「話はこれで終わりだ。急に呼び付けて悪かったな」
「いえ。では私はこれで失礼します」
帰るのは私だけかと思っていたら、クリスティナ様とクライヴァル様も一緒だった。
どうやら今日の仕事はもう終わりだったらしい。
クリスティナ様も帰ってしまうことに殿下は残念そうだったが、久しぶりにゆっくりクリスティナ様に会えたことに満足もしていたようだ。
私とクリスティナ様が隣に、向かいにクライヴァル様が座り、三人で馬車に揺られる。
王都の整備された道を馬車がゴトゴトと進む振動に、次第に私の瞼が重くなってくる。
今日は色々大変だった。明日からはもう少し落ち着いて生活できるはずだ。
(そうだ、孤児院の先生にお手紙書かなくちゃ……あんな大金寄付したら驚かれるかしら)
うつらうつらとしていた意識は次第に眠りに誘われて行った。
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