43.魔力の暴走
クライヴァル視点です。
確かに、面倒な男だ。
このロナウドという男は一体何がしたいのだろう。
マルカ嬢からその存在を聞いた時は彼女に気があるのかと思ったのだが、どうにもそうとは思えない。
やたらと貴族と平民という身分に拘っているように思える。
マルカ嬢も身分の違いを気にする人ではあったが、それは色々なものを理解しているからこそという感じだった。
それに比べてロナウドは、ただ貴族というものを嫌悪しているように思えた。
私のこの変装のせいなのか、自分の容姿に自信があるためなのか、私を目の前にしても仔犬のようにキャンキャンと煩かった。
(弱い犬程よく吠えるとは上手いこと言ったものだ)
私はこの男よりも自分の方が上だと断言出来る。
もちろんそれは身分だけのことを言っているわけではないが。
(こんな男に付きまとわれていたらさぞ不愉快だっただろうに。本当に、何故もっと早く言わないのか)
学園も殿下が卒業したからといって気を抜きすぎだろう。
呆れながら自分の背に隠したマルカ嬢をちらっと見れば、私のジャケットの裾をきゅっと掴む姿が見えた。可愛らしい。
そういった意味合いで掴んでいるのではないと分かっていても、可愛らしいその行動に心を掴まれる。
(……私がやり過ぎないかどうか心配なのか。いや、違うな。自分でどうにかしたい、が正解かな)
恐らくこの考えで合っているだろうが、こんな負の感情を向けてくる男の前にほいほいとマルカ嬢を出すわけがないだろう。
ロナウドは私が何を言っても怒りを向けて来るばかりで冷静に話など出来そうも無かった。
「迷惑極まりない」と事実を述べればさらに怒り、声を荒げた。
(この反応、本当は自分でも分かっているんじゃないのか……?)
それならば何故マルカ嬢に執着するのか。
マルカ嬢を見ているようで見ていない、この男は一体何に苛立っているのか。
私もマルカ嬢も今のこの男に掛ける言葉など何も持っていない。
私たちが何も言わないでいると、ロナウドが一際大きな声を上げた。
「やっぱりマルカも貴族のほうが良いのかよ!……黙ってないでなんとか言えよ!」
そうではないと言ってくれ、まるでそう言っているかのように聞こえたその叫びの直後、ロナウドの身体の周りを炎の渦が覆った。
「――っ!マルカ嬢、下がって」「シールド」
私の声とほぼ同時にマルカ嬢の声が聞こえ、私の目の前に見事なシールドが張られた。
こんな時くらい大人しく守られていてくれても良いと思うのだが、まあそこはマルカ嬢なので諦める。
それに情けない話だが、私よりも彼女の方が魔力の扱いが上手いのだから仕方がない。
私たちは炎に囲まれたロナウドから少しずつ距離を取る。
「ありがとう」
「いえ。ロナウドさんは攻撃してくるつもりでしょうか」
こんな時でもマルカ嬢は冷静だ。
まあ顔に出ていないだけで普段よりは動揺しているようだが、その動揺すらも制御出来ている。本当に良い意味で見た目を裏切る肝の据わった女性だ。
「どうだろうな。そこまで愚かではないと思いたいが」
そんなことをしたら私が名乗らなかったことが無駄になってしまうのだが。
攻撃さえしてこなければ、この学園に存在しない生徒である私に何を言っても、何も無かったことにすることは出来る。
マルカ嬢の、大事にしたくないという気持ちを尊重すればこその考え方だが、このままこちらに攻撃を仕掛けてくるというのなら話は別だ。
私たちがこの程度の魔法で怪我を負うことは無いにしても、流石に処罰は免れない。そうでなくとも、そんな危険な奴をマルカ嬢の通う学園に放置しておくわけにはいかない。
相手の出方を見ていると、ロナウドは自分の生み出した炎の渦の中で膝を突いた。
(何だ?様子がおかしい)
炎に阻まれ詳細な様子は分からないが、こちらを攻撃してくる素振りを見せないどころか、どこか苦しそうにしているように見える。
(まさか――、魔力の暴走か?!)
自らの意志で生み出したものではない炎の囲いなど、火責めにあっているようなものだ。早く消し去らなければ命が危ない。
いくら傍迷惑な男だとは思っても、死んでほしいと思うまでの感情は無い。
「マルカ嬢」
「はい」
「大量の水を生み出すことは可能か?悪いが水系魔法は苦手なんだ」
「出来ますが……そうですね。水で消してしまえば……でもそうすると今の強度のシールドは保てません」
「そちらは私が引き受けるから、あの男に向けて思いきり頼む。あれは恐らく魔力の暴走だ。あの男自身で制御が出来ていない」
私の言葉にマルカ嬢が目を見開いた。
まさか魔力の暴走であんなことになっているとは思っていなかったのだろう。
「っ!分かりました。ではシールドの方はお願いします」
驚いていたのは一瞬で、すぐに言ったことを実行に移す。
こういう時に、どうしてそれが起こったのかなどと余計なことを聞いてこないあたりが、流石マルカ嬢だ。何が原因であれ、今はすでに目の前で起こってしまっていることに対しての対処が最優先なのだから。
私はマルカ嬢に代わりシールドを、マルカ嬢はロナウドを囲う炎の上に巨大な水塊を生み出すと指をパチンと鳴らした。
それを合図に、降り注いだ大量の水は渦巻いていた炎を一瞬にして消し去った。
「ゴホゴホッ!ゲホッ!」
炎が消えた後に残ったのは胸を押さえ咳き込むびしょ濡れのロナウドだった。
「ゴホッ……なん、で」
「魔力の暴走だ。大丈夫か?」
近づき、そう声を掛けた私にロナウドは驚いたような表情を向けた。
「あんたが、助けてくれたのか……?なんで、どうして俺なんか」
「あのまま見捨てる方がどうかしている。それに、正確にはお前を助けたのは私ではなくマルカ嬢だ」
もし、この場に私一人しかいなかったら助けを呼ぶか、大怪我覚悟であの炎の中からロナウドを引きずり出すくらいしか出来なかっただろう。
魔力量だけなら私もマルカ嬢には負けていないが、そもそも水系魔法が私は得意ではないし、大量の水を瞬間的に生み出しロナウドの頭上に水塊として維持して降らせるなんてことは出来ない。
マルカ嬢はいとも簡単にやってのけてしまったが、これらは正確な魔力の制御が出来なければ難しいことなのだ。
彼女がこの場にいて本当に良かったと思う。
「マルカが……?」
自分を助けたのがマルカだと分かると、ロナウドは先ほど以上に驚いた様子だった。
マルカ嬢は「どうして」と口にしたロナウドにゆっくり近づいて来て私の横に立つ、そして――
――ゴンッ!!
身構えるロナウドの頭にマルカ嬢はその小さな拳を容赦なく振り下ろした。
「いっってー!!ッゲホ、ゴホ」
まさかの拳骨。
これには私も驚いた。
マルカ嬢に殴られるとは思っていなかっただろうロナウドも、驚きと痛さに頭を押さえ身悶えしている。
そんなロナウドを見下ろすマルカ嬢はなぜか微笑んでいたのだが、その瞳は恐ろしいほどに冷たかった。
(これは、怒っているのか?)
感情的になりそうな自分を抑え込むような、そんな微笑みに感じられた。
「マルカ、あの」
「あなた馬鹿なんですか?」
「え?」
「魔力の暴走が起きたって自分で理解していますか?」
「そ、れは」
「私あなたに何度も言いましたよね?平民である私たちが何故この学園に通っているのか、その意味をきちんと考えなさいって」
ロナウドに向き合うマルカ嬢はやはり怒っているようだった。
恐らく彼女のことだから本当に何度も言ったのだろう。
平民がこの学園に通う一番の理由、それは魔力の制御を覚えるためだ。この時期ならば、その基礎くらいは既に学んでいるはずである。
マルカ嬢ほどの高い魔力を持っているのなら魔力の暴走をこの段階で抑えるのは難しいかもしれないが、おそらくこのロナウドにそれほどの魔力は無い。
授業さえ真面目に受けていれば、ここまでのことになる前に魔力の暴走だと自覚して炎を弱くしたり、消したりすることが自身の力で出来たはずだ。
「一歩間違えば大惨事ですよ?誰かを傷つけることだってあるんです。今だって、私たちがいなければあなたは死んでいたかもしれない」
「……はい」
言われていることに反論など出来るはずもないロナウドは、唇を噛み締め俯く。
「あなたに何があって、今みたいな態度なのかは知らないけれど……私、あなたみたいな人大嫌いです。あなたは自分が学ぶことや努力を怠ったせいで誰かを傷付けるかもしれないという事を理解しなくちゃいけない。あなた自身の命を脅かす危険性を、きちんと理解しなくちゃいけない。……人なんて、あなたが思うより簡単に、死んでしまうんだから。もっと、色々、大事にしなさいよ」
諭すような口調から一転、最後の方の絞り出すような震える声に思わず隣のマルカ嬢の顔を見ると、先ほどまで怖いくらいの笑顔だったマルカ嬢の顔が歪み、瞳には今にも零れ落ちそうなほどの涙が溜まっていた。
(ああ、そうか。彼女は――)
マルカ嬢はこの若さですでに大切な人を二人も亡くしている。
彼女は人の死というものにひどく敏感なのだろう。
それがこんな男だったとしても、自分と関わってしまった以上はその命を大切にしてほしいと思うほどに彼女はお人好しでもある。
普段見せないマルカ嬢の表情に私も驚いたが、地べたに座り込むロナウドも驚き、ほぼ無意識にといった様子で彼女に手を伸ばした。
「マルカ嬢に触れるな」
その手が彼女に触れる前に、私はロナウドの手を叩き落とした。
(マルカ嬢はお前のような男が簡単に触れて良い相手ではない。その場所をそう易々とくれてやるものか)
私はロナウドを払い除けたその手でマルカ嬢の肩を抱き寄せた。
そして、彼女の顔を覗き込み「大丈夫だ」「君のおかげで彼は無事だった」「私だってそう簡単に死にはしない」「クリスティナも君もだ」と繰り返す。
マルカ嬢は私の言葉にこくりと頷くとゆっくりと息を吐き、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
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