42.今さら
今回は約2話分の長さがあります。
後半、ロナウドの過去話が出てきますが興味無い方は飛ばしても一応話は繋がると思います。
今日はもう会えないかもしれない。
そう思っていたのだが、何とかレオナルド・シモンズを撒き、自由を得たところにタイミング良くマルカの姿を見つけた。
「マルカ!」
声を掛けて近づいて行くと、無表情でこっちを見るマルカと、その隣に見たことの無い男がいた。
高い身長を猫背にした巻き毛のパッとしない男。今までマルカと一緒にいるのを見たことが無い男だった。
そいつは少し屈むとマルカの耳元で何かを話し、マルカもその男の耳に口を近づけるとぽそぽそと何かを話していた。
(何だコイツ。やたらマルカと距離近くないか?)
入学してからしばらくマルカを見てきたが、友人と言われている特定の女生徒以外といるところは絡まれている時以外で見たことが無かった。
それ以前に、男子生徒とこんなに親しげに話しているマルカを見たことがない。
苛々とした感情が膨らんでいく。
「何二人でこそこそしてるんだよ。つーか、そいつ誰?」
この男が貴族ってことは制服で分かったが、俺にはそんなの関係ない。マルカから離れろという気持ちで相手を睨んでやった。
そんな様子の俺にマルカが何かを言おうとしたが、隣の男がそれを止めてマルカをその背に隠すように一歩前に出てきた。
「君こそ誰だ?」
マルカから俺のことを聞いていないのか?
所詮その程度の相手ってことか。
俺の態度に怒る様子も無いし、軟弱そうな男だ。
「俺はロナウド。マルカと同じ平民だよ。俺マルカに用があるんだよ。あんたちょっとどっか行ってくれない?」
「それは出来ない相談だ。私もマルカ嬢に用があるのでね」
余裕を感じさせる穏やかそうな声に苛立ちが募る。
マルカを見ると男の後ろでこいつの制服をきゅっと掴んでいるのが見えた。何だよ、あれ。誰にも頼らない強いマルカはどこに行ったんだよ。
「なあ……あんた本当に何なわけ?マルカとどういう関係?」
「君にそれを教える必要がどこにある。ああ、それ以上近づかないでくれ。いい加減この子に付きまとうのは止めろ。迷惑極まりない」
「なっ!?」
ああ、マルカはこいつに俺のことを話していたのか。
相談するほど信頼している相手なのか?
「お前に関係無いだろ?!何でそんなこと言われなきゃいけないんだよ!名前も名乗らないような奴に!」
こんなぼさぼさ頭のダサい奴に何でそこまで言われなきゃならない。
やっぱりマルカもあいつと同じなのか?
貴族がそんなに良いのか。
(なんで俺じゃダメなんだよ!)
「なあ、マルカ。こっちに来いよ。マルカは俺と同じ平民だろ?貴族ったってどうせ大したことのない奴なんだろ?そんな髪もぼさぼさのダサい奴なんかより俺にしとけよ」
駄目だ、駄目だ。
何を言ったって俺の言葉が少しもマルカの心を動かさないのは分かってるんだ。
でも、俺はどうしたら良い?
こんなんじゃ駄目だと分かってるのになんで俺は。
「やっぱりマルカも貴族のほうが良いのかよ!……黙ってないでなんとか言えよ!」
「ふざけるなよ」
俺の声に答えたのはマルカじゃなく、彼女の前に立つ男だった。
「何処までも自分本位で呆れるな。そもそも恋人でも何でもないお前にその様なことを言われる筋合いは無いだろうが。マルカ嬢に誰を重ねて見ているのかは知らないが、お前の理想を勝手に彼女に押し付けるな」
マルカの前に立つ男は睨みつけるようにその目に俺を捉えて言った。
「しかも今の発言は彼女に対して失礼だ。お前はマルカ嬢のことが何も見えていない。彼女が容姿や身分で人を判断すると思っているのか?それに囚われているのはお前の方なんじゃないのか?」
(何だ、こいつ……お前に何が分かるって言うんだ……お前に)
「うるさいっ!お前に、お前なんかに、俺の何が分かるって言うんだよ!」
その時、蓄積されて収まりきらなくなった感情が俺の叫びと共に魔法という形になって表れた。
――しまった、魔力が――
一瞬にして俺の周りを炎が囲む。
突然の出来事に俺は頭が真っ白になった。
苛立ちによって弾き出された俺の魔力は炎となって、俺自身を閉じ込めた。
(何だ、これ。どうしたら良いんだ!?)
自分の生み出した炎の消し方が分からない。こんな時どうしろと教師は言っていただろうか。
囲まれた炎の中に黒煙が立ち込め、当然のように酸素は薄くなっていく。
「ゲホッ!ゴホッ!」
煙が喉に入り咳き込みだした俺を見る二人が炎の隙間から見えた。
あの二人には俺が意図的に炎を生み出して攻撃しようとしたように見えただろう。そう思われても仕方がない。だって俺はあいつに食って掛かっていたのだから。
「ゲホ、ゲホッ……ゴホ、はあ……」
だんだんと呼吸が苦しくなって地面に膝を突く。
「誰か、助けっ――」
そこまで言いかけて俺は口を閉じた。
助けてくれだなんて今の俺に言う資格なんて無い。言っちゃいけない。こうなったのは全て自分のせいなんだから。
あの二人だってこんな奴助けたくないはずだ。
ああ、まずい。涙まで出てきた。
(俺、このまま死ぬのかな……)
それも良いかもしれない。
生きていても何も良いことなんか無いし、このまま死んだって馬鹿な奴が自滅したって笑われるだけだろう。
不幸中の幸いなのは、この暴走した魔力がマルカたちじゃなくて自分に向いたことだ。
(ああ、そうだ。俺が一番苛立っていたのは、俺自身だった……)
マルカとあいつは別の人間だって最初から分かっていた。
第一印象からたぶん最悪だっただろうし、親しくも無いのに付きまとう男なんて嫌に決まってる。
人の忠告も聞かず自分勝手に動いて周りに迷惑を掛けるような奴なんか嫌われて当然だ。
好きになるような要素なんか小指の先ほどだって無い。俺だってこんな自己中野郎、友達にだってなりたくない。
分かっていたのに。
それなのに、俺は同じ平民だってだけで勝手にマルカに期待して、自分の理想を押し付けて、上手くいかないことに苛々して。
(思い返せば返すほど俺ってクソ野郎じゃん。気持ち悪いな……)
こんな状況にまでならなければ自分を省みることが出来ないなんて、俺は本当にクソ野郎だ。
(本当に、炎がマルカたちに向かなくて良かった)
ああ、なんだか頭がくらくらしてきた。
俺、本当に死ぬのかも。
「はあ、はあ、ゲホゲホッ……最後に、マルカにちゃんと、謝りたかっ、たな。今、言っても、聞こ、えない、だろう、な」
本当に情けない。
俺はクズ野郎だ。
こんなんだから俺は捨てられたんだろうか。
薄れゆく意識の中で、俺はかつての恋人だったあいつのことを思い浮かべていた。
俺はこの学園に入る直前に、結婚を約束していたビアンカって名前の幼馴染と別れた。
俺の家は家具や調度品を作る木工房を営んでいて、俺はそこの次男だ。
大工って言うよりも金持ちや、貴族からの依頼を受けてオーダーメイドの家具を作ったりするような店で、王都から離れている割にはそこそこ名も通っていると思う。
俺は小さい頃から工房に遊びに行ったり、手伝いに行ったりもしていた。幼馴染で二つ年上だったビアンカもよく手伝いに来てくれて、ちょっと気が強いけど頼りになるビアンカが大好きだった。
成長するにつれて、その気持ちが優しい姉ちゃんに対するものではなく、一人の女の子として見ていることに気付いた。
俺は顔が良かったせいか女の子たちから人気もあったけど、俺が好きなのはやっぱりビアンカだった。
素朴だけど綺麗なビアンカを誰にも取られたくない、恋人になりたい、その一心で俺はビアンカに告白して、ビアンカもそれを受け入れてくれた。
ビアンカと付き合いだしてからはすごく幸せで、夢のような時間だった。
俺が魔力測定で平民にしては高い魔力を持っていて、王立学園に入学することが決まった時も、ビアンカは寂しいと言いつつ自分のことのように喜んでくれて、卒業して帰ってきたら結婚しようと約束した。
両親には恥ずかしくてビアンカと付き合っていることは言ってなかったけれど、帰ってきたら二人で報告しよう、両親はどんな顔をするだろうか、驚くだろうかと語り合ったものだ。
それからの俺は学園への入学に向けて忙しく、なかなかビアンカと会う時間が取れなくなってはいたが、手紙を書いたり、時には手作りの木彫りの置物を贈ったりした。
手紙の返事が少し遅くなったり、俺が会いたいと言った時にビアンカの都合がつかなかったり、そんな些細なことはあったけれど、俺たち二人の関係は何の問題も無いはずだった。
でも、俺の純粋な想いは呆気なく砕かれることになった。
王立学園の入学に向けて旅立つ一週間前、俺はビアンカと会うことになっていた。
出立日にも見送りをしてくれることになっていたが、俺はその前にビアンカに渡したいものがあった。
俺が初めて全て一から手作りした木製のブレスレット。本物の宝飾品に比べたら玩具みたいかもしれないが心を込めて作った。宝石の代わりに中央に埋め込んだガラス玉は、前にビアンカが綺麗ねと言った物だ。
久し振りに会う恋人に胸を高鳴らせながら待っていた俺の前に現れたのは、俺の知っているいつものビアンカじゃなかった。
「お待たせ」
「いや、そんなに待ってないよ。……何かビアンカ、変わったね。驚いた」
「そう?」
ビアンカは化粧っ気のない女の子だった。
それでも十分綺麗だったし俺の自慢の恋人だった。
「なんかお洒落になった?服装もいつもと違う」
「ふふ、分かる?良いでしょ、この服!気に入ってるの」
今日のビアンカはいつもよりしっかり化粧をしていて、着ている服も上等そうで、以前より垢抜けた感じがした。
自分のためにこんなに着飾ってくれたのかと思うと嬉しかった。
こんな綺麗な恋人と離れるなんてと不安は大きくなったが、それでもこれは義務だから、俺は王立学園に行かなきゃいけない。
「ビアンカ、俺一週間後にはここを発つから、だから」
ポケットに忍ばせていたブレスレットを取りそうと手を入れたところでビアンカから思わぬ言葉を聞くことになった。
「そうだね、寂しくなる。だから私、もう一度よく考えたんだけどね」
この時ビアンカは笑っていた。
まるで今から口にすることに何の罪悪感も無いような笑顔で。
「私たち別れよう?」
この時の衝撃は今でも忘れられない。
「……え?ちょっと待ってくれよ。別れる?なんで?」
「だってよく考えたらロナウドが帰ってくるまでに3年もかかるんでしょ?私20歳になっちゃうじゃない。女の子はみんな結婚してるような歳だもん」
「だから俺が帰ってきたら結婚しようって約束したじゃないか!」
「それは、あの時はそれで良いって思ってたんだけどね」
それで良いって何だ。
俺はビアンカのことが好きで、ビアンカも俺のことを好きでいてくれたから結婚の約束をしたんじゃないのか。
「ロナウドのことは好きだけど、もっと素敵な人もいるってことに気づいちゃったの」
「……は?何だよ、それ。意味が分からないんだけど」
「だからぁ、別の人と結婚することにしたの!」
「別の、人?」
意味が分からなかった。
ビアンカは一体何を言っているのか。他の人と結婚する?じゃあ俺は?俺との約束は?俺の気持ちは?
頭が真っ白になった。
そんな俺を置き去りにするかのようにビアンカは笑顔のまま話し続ける。
「そう!アレス様って言う男爵家の方でね、工房のお手伝いをしてる時に出会ったんだけど、私に一目惚れしたんですって!すごくない?!私、貴族の方に見初められちゃったの。夢みたい!」
夢、夢だったらどんなに良いんだろう。
貴族に気に入られたからって俺を捨てるのか。
男爵家からの申し入れで断れないと言うのならまだしも、ビアンカは心から喜んでいるようだった。
俺の存在はビアンカにとって何だったんだ。
「それに見てよこれ!すごい綺麗でしょ?本物よ」
ビアンカは首元から大きな宝石の付いたネックレスを取り出して、自慢気に俺に見せた。
「それにこの服も、お化粧品も、ぜーんぶアレス様がプレゼントしてくれたの!友達にも羨ましがられちゃった」
嬉しそうにスカートの裾をひらひらさせるビアンカに俺は何も言えなかった。
ポケットの中で握りしめる手作りのブレスレットがひどく下らない物に思えた。俺がどんなものを贈ったってあのネックレスには敵わない。こんなに喜んでいるビアンカを俺は見たことが無かった。
「アレス様って、どんなやつ?」
俺の声は震えていないだろうか。
「んー、顔はロナウドの方がカッコイイかな。背はアレス様の方が高いかも。口づけする時はちょっと大変ね。貴族ってだけあって品があるって言うの?とにかく平民とは違うって感じ。私の欲しい物は何でも買ってくれるし、結婚後は働かなくても良いんだって!お屋敷には使用人もいるんだって。すごいよね!」
「……ああ、すごいね。流石貴族だ」
そうか。もう口づけを交わすような仲なのか。
ビアンカはいつから俺を裏切っていたのだろう。俺が今まで送っていた手紙も、贈り物も、彼女にとってはガラクタのようなものだったのだろうか。
ビアンカの話が耳を通り過ぎて行く。
どうして彼女は今の今まで恋人だった相手に、振ったばかりの相手に、新しい恋人の話をこんなに楽しそうに出来るのだろう。
俺の愛しい恋人はこんな女だったのか。
(ああ……そうか。ビアンカの中では俺とはもうとっくに終わってるんだ。もう、過去なんだ)
そこからどうやってビアンカと別れたかはあまり覚えていない。
自分の気持ちを悟られたくなくて「お幸せに」と言ったんだったか。
気付いた時には家に帰っていて、自分の部屋のベッドの上で声を殺して泣いていた。
悲しかった。
悔しかった。
彼女の気持ちはその程度のものだったと思い知らされた。
本当に好きで、本気で結婚したいと、彼女しかいないと思っていたのは俺だけだったのだ。
あの場で泣いて「嫌だ」と、「考え直してくれ」と縋れば良かったのか。
いや、そんなことをしてもきっと彼女の気持ちは変わらない。
だってビアンカは俺のことを好きだと言った。好きだけど、もっと素敵な人がいると。
どうにも出来ない。
だって、どう足掻いたって俺は貴族じゃないから。
俺はベッドから下り、机の上にポケットに入りっぱなしだったブレスレットを置いて金槌を手にした。
「……なんだよ、こんな物!!」
勢いよく振り下ろした金槌はブレスレットに当たることなく俺の手から滑り落ち、ゴトンと大きな音をたてた。
「……こんな……こんな、ものっ」
俺はズルズルとその場に座り込みむせび泣く。
ブレスレットは壊せなかった。
叩き潰して捨ててしまいたいのに、それが出来なかった。
ビアンカは喜んでくれるだろうか、俺がいない代わりにこれを身に着けていてほしい、大好きだ。そんな気持ちを込めて作り上げたブレスレットを俺は壊すことが出来なかった。
あんなに酷いことをされたのに、それでもまだビアンカのことが好きな馬鹿な自分に腹が立つばかりだった。
それからの一週間、俺は何事にもやる気が出せず、家の手伝いもせずに自分の部屋に籠っていた。
幸いにも両親にはビアンカとの関係を言っていなかったので、もうじき家を離れるから不安なのだろうと思われたようで、そっとしておいてくれた。
出発の日、結局壊すことの出来なかったブレスレットを俺はごみ箱に捨てた。
ビアンカのことがまだ好きなのかと聞かれたら首を横に振るだろう。女なんか信用しない。何食わぬ顔で見送りに来たビアンカを見てそう思った。
「頑張ってね!」
「……ああ」
これは俺の知ってるビアンカじゃない。俺の好きだったビアンカはもういない。
話しかけられるのも、返事をするのも面倒だった。
「何でそんなに暗くなってんのよ。そうだ、あんたに驚くこと教えてあげるよ。ビアンカちゃん、男爵家のご子息様に見初められたのよ。すごいわねぇ」
「知ってる」
何も知らない母親がどうでもいい報告を俺にしてくる。
明るい話題をとでも思ったのだろうが、逆効果だ。俺の心を暗くしているのはそのビアンカなのだから。
「あら、知ってるの?ああ、あんたたち仲良かったからねぇ」
「仲良くなんかねえよ。もう良い?俺もう行くから」
「元気にやるのよ。身体に気をつけてね。何かあったら手紙ちょうだいよ」
「ああ」
「ビアンカちゃんみたいに貴族の恋人出来たら教えてよ!」
馬鹿みたいなことを言う母親を無視して家を出た。
「……バッカじゃねえの。貴族、貴族って。ビアンカが何をしたかも知らないくせに」
家族やビアンカが手を振っていたけど、俺は一度も振り返らなかった。
ロナウドの過去を書きましたが、それがロナウドの行動を肯定するものではないという事をここに記しておきます。
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励みになっています(・∀・)
中途半端なところなので早めに次話上げられるようにしたいと思います。