41.共通点
(やっぱり図書室って落ち着く)
本当に用のある人しか来ないこの空間は静かで、探るような視線も無いので本当に落ち着く。
司書さんと会釈を交わし、今までとは違う本を手に取り席に着いた。
あれから、私はまた放課後の図書室通いを再開した。
ロナウドさんが本当に大人しくなったからだ。いや、正確に言うと大人しくさせられている、だろうか。
私の所へ来るものの、短時間で去って行く。
少しでも長居しようものなら、どこからともなくレオナルド様が現れてロナウドさんを引きずって行くようになった。
一度、「レオナルド様も大変ですね。なんだかすみません」と言ったら、逆にレオナルド様に謝られた。
「とんでもない。こちらこそうちの学年の者がご迷惑を掛けて申し訳ないです。マルカ嬢の元に行く前に止められたら良いのですが」
「仕方のないことですよ。ハルフィリア様にお聞きしましたが、レオナルド様はロナウドさんとクラスも違うのでしょう?四六時中見張っておくのは無理な話です」
そう、レオナルド様とロナウドさんは同じクラスではないのだ。
それなのになぜレオナルド様がお目付け役に選ばれたかと言うと、実は原因は私らしい。
シンシア様に連れられて参加したあのお茶会の後、ハルフィリア様が学園側に友人がロナウドという平民の男子生徒に付きまとわれて迷惑しているから対処してほしいと訴えたそうなのだ。
しかもお目付け役に適任がいると、自分の弟であるレオナルド様を推薦したらしい。
平民だけの問題なら放っておいた学園側も貴族、しかも辺境伯令嬢から言われたら動かないわけにもいかず、さらに面倒な人選も当の本人からの推薦があったとなれば動きは早かったようで。
その日のうちにレオナルド様は教師に呼ばれ、ハルフィリア様からは「しっかり働きなさい」と言い渡されたそうだ。
申し訳なさすぎる。
クリスティナ様を止めてはいたものの、結局人の手を煩わしてしまったと後から後悔した。
「本当にすみません。私のせいで」
「マルカ嬢のせいではありませんよ。ロナウドの奴の問題行動のせいですのでお気になさらないでください。あなたの助けになっているようならそれで良いんです」
私より大きくてもどこか少年らしさが残る笑顔にありがとうと感謝を述べれば、照れくさそうに笑う姿が印象的だった。
私が本を読んでいると、目の前の席に誰かが座った。
他にも席が空いているのに、とは思ったが、特に気にすることなく本に集中していると、手がすっとこちらに伸びて来て机を人差し指でトントンと叩いた。
何かと思って視線を上げれば、そこには予想外の人がいた。見覚えのある栗色の巻き毛の男性だ。
驚いた私が名前を呼ぼうとするよりも先に、クライヴァル様は「静かに」と言うように人差し指で自身の唇を押さえ、ジェスチャーで付いてくるように促し、先に図書室から出て行った。
私が急いで荷物を纏め図書室から出ると、扉のすぐ横の壁に寄り掛かってクライヴァル様が待っていた。
本当にこの格好をしている時はいつもの煌びやかさが無い。
猫背の大人しそうな青年に成りきっている。見事なものだ。
「急にすまないな」
「いえ。でも驚きました。久しぶりですね、その変装。何かありましたか?」
「君に会いに来た、と言いたいところだがな。マルカ嬢を王宮に連れて来るようにと言われてね」
「えっ?」
驚く私にクライヴァル様は大丈夫だと言うように笑顔を向ける。
「ああ、そんなに構えなくて良い。以前、レイナード家の件で君に褒美を取らせると言っていたのを覚えているか?」
「はい。けれど私にその様な権利は無いと辞退申し上げたはずですが……」
「んー、君はそう言ったがそんな訳にもいかなくてね。まあ貰えるものは貰っておくと良い」
「ちなみに拒否権は」
「ない」
「ですよね」
一体何をいただけるのかは分からないが、生きていくためにはお金もかかることだし断ることは無理そうなのでありがたく頂戴しよう。
「では行こう」
クライヴァル様と共に裏門に停めてあるという馬車に話しながら向かう。
公爵邸ではない場所でこうして二人で話すというのもなんだか新鮮だ。
「そう言えばさっきはずいぶんと熱心に本を読んでいたようだが、何を読んでいたんだ?いつもの本とは違ったようだが」
「流行りの恋愛小説を少々」
「恋愛小説?君が?」
意外そうな声に私は少しムッとした。
私だって実用的な本以外にも読むことはあるし、一体何のために恋愛小説を読んでいると思っているのだ。
クライヴァル様に対しての自分の気持ちを導き出すためだと言うのに。
家族の愛情は分かるが、異性への愛情というのはよく分からない。
母様が父様の話をする時は幸せそうで、でもどこか寂しそうで、私では埋めることの出来ない何かを感じることがあった。
小説の中の女性も、相手に対して喜びや苦しさなど様々な感情を抱いていて、これと一概に言えるようなものではなさそうだ。
恋愛とはなんとも難しそうなものである。
横を見ると、むすっとしている私とは対照的にどこか嬉しそうなクライヴァル様の顔が目に入り少し苛立ちを覚えた。
「何ですか、その顔」
「いや、本当に考えてくれているんだなという思いと、分からないことはとりあえず本に頼ろうというあたりが自分に似ていて共通点を見つけたようで嬉しいと思ってね」
「共通点?」
どういうことなのかと首を傾げる私に、クライヴァル様はかつていた婚約者への接し方が分からずに本を参考にしたと言った。
このクライヴァル様が?と思わずにはいられない。
「私もまだ幼かったからね。婚約者である女の子が妹とは違うということは分かっても、マルカ嬢に向けるような想いは抱いていなかったし、親に聞くのも気恥ずかしくて本に頼った」
結果、知識だけで感情が伴わず上手くいかなかったがと話すクライヴァル様に、何か胸につっかえるようなものを感じた。
もしそのまま上手くいっていたら、誠実なこの人は私のことを気に掛けることなど無かったのではないか。そう思うと妙に落ち着かない気持ちになる。
「……クライヴァル様は、その婚約者だった方と破談になったことを後悔しているんですか?」
思ったよりも小さい声しか出なかったが、クライヴァル様は気にする様子も無く私の問い掛けに答えた。
「それはない。もう終わったことだし、そもそも破談に持ち込んだのは私の意志だった。貴族の婚姻は政略的な意味合いが強いとは分かってはいたが、彼女との婚姻には何の利点も見出せなかったし、リスクの方が大きいように思えた」
隣を歩くクライヴァル様は少し困ったように笑って話を続ける。
「私がこんな考え方だったから上手くいかなかったのかもしれないし、そうでなくとも彼女は元々あの様な内面の持ち主だったのかもしれない。今となっては考えても仕方のないことだが、私は自分の意志で彼女を公爵家に迎え入れることを拒んだんだ。それに、全てが今に繋がっているのだと思えば後悔なんてするはずがない」
次に向けられた笑顔は先ほどのものとは違って晴れやかなものだった。
その笑顔を見てどこかほっとした気持ちになっていると、校舎から出てくる人物に気付き、思わず足を止めてしまった。
「マルカ嬢?」
「マルカ!」
不思議そうに私を呼ぶクライヴァル様の声をかき消すように、校舎から出てきた人物――私を見つけたロナウドさんが大きな声で名前を呼んだ。
「……出た」
「誰だ?」
思わず渋面を作った私の耳元にクライヴァル様が顔を寄せて聞いてきた。
急に近づいた距離に内心ドキッとしたが、それを隠すように平静を装った。
「例の男子生徒です」
「ああ、これが……」
クライヴァル様はロナウドさんをじっと見た。
その目は長い前髪に隠れていたが睨みつけているように感じられた。
私たちがこそこそと話していると、ロナウドさんが苛立ったように話しかけてきた。苛立たれる筋合いはないのだが。
「何二人でこそこそしてるんだよ。つーか、そいつ誰?」
ああ、やっぱりこの人は馬鹿だ。
クライヴァル様は今この学園の制服を着ている。それも首元の家格を表すタイはしていないものの、胸ポケットには三年生を表す金色のエンブレムを縫い付けたものだ。
そんな相手をそいつ呼ばわり。頭が痛い。
いくら学園内では平等を謳っていても暗黙の了解と言うものがある。
そもそも誰かも分からない目上の人にはまずは敬語を使えと言いたい。礼儀以前の問題だ。
私が一言言おうとすると、クライヴァル様はそれを手で制して一歩前に出た。
ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。
小さな発見が嬉しいクライヴァルでした。
そして、良い雰囲気だったところにやって来た男にむかっ腹です。