4.レイナード伯爵家の謀
ある日、私が伯爵家に戻ると伯爵と伯爵子息の聞き捨てならない会話を耳にした。
「首尾はどうだ。計画通り行きそうなのか?」
「ええ。今のところ父上の思惑通りに事が進んでいますよ」
「そうかそうか。これであの娘を引き取った甲斐があるというものよ」
「平民の娘を我が家に入れるなど初めは何を考えているのかと思いましたが……父上も随分と大それたことをなさる」
「ふん。利益が無ければわざわざ平民の娘など拾ってくるものか。しかし無事殿下の目に留まったようでなによりだ」
「まあそう仕向けていますからね。ただ思ったよりも魔法が効いていないようなのが気掛かりです」
「上手くいっているのではなかったのか?」
「上手くはいっていますよ。けれど私の魔法は相手の感情を完全にコントロールするものではないのは父上も知っているでしょう?」
(魔法?感情をコントロール?……まさかっ)
伯爵たちの会話に思わず聞き耳を立てる。
おそらく聞いてはいけない内容だろう。
知らない方が良い話なのだろう。
けれど私は知る必要がある。
この話はきっと私に大きく関わる話なのだから。
私は周りに注意を払いながらも、聞こえてくる会話に耳を傾けた。
「知っているが……使用人で試したときは上手くいったと言っていたではないか」
「ええ。目の前の相手が自分に好意を抱いていると思わせる。相手の好意的に思っている部分をより魅力的に感じさせる。まあ単純な感情の増幅ですが、これを繰り返していれば通常自然とその相手を自分のものにしたくなってくるはずなんですよ」
「では何が問題なのだ。なぜ殿下はそうならん」
「私には何とも。あの娘のことを好意的に見ているとは思うのですがね」
「あの娘の魅力が足りないのではないか?いっそのことあの娘の方から積極的に行かせてはどうだ?相手はあの殿下だ。娘もまんざらではないだろうよ」
いやいや、私はまんざらでもないどころかうんざりです。
伯爵はかなり私のことを見誤っている。
見た目や地位の問題ではない。
婚約者がいるのに他の女に手を出すような男なんか、例え王子様でもお断りだ。
そして平民がみんなお伽噺のように王子様に見初められるというような展開に舞い上がると思ったら大間違いだ。
平民は伯爵たちが思っている以上に現実を見ている。
普通ならきっと畏れ多すぎてむしろ引く。
私だって初めて話したときはかなり緊張した。
私に足りないのが女としての魅力なら、伯爵たちに足りないのは……たくさんありそうだ。
私が一人毒を吐いている間も、二人の会話は続いていた。
「それは止めた方が良いのでは?勉強と微笑むことしか能の無い娘に貴族の最高峰の方を落とすのは荷が重いでしょう。平民上がりのあの娘に下手に行動させれば必ずぼろが出ますよ」
「むむ、そうか」
伯爵と伯爵子息が揃って溜息をついた。
溜息をつきたいのはこちらの方だ。
顔に笑みを張り付けているのは、そのほうがまだ嫌味を言われないからだというのに。
素の表情を出したら、きっと伯爵一家を軽蔑した目で見てしまうから「その目付きは何だ」とか言われるのだろう。
面倒になることが目に見えているのにわざわざやるわけがない。
「殿下がさっさとあの娘に手を出してくれれば良いのですがね」
「女遊びを知らぬ殿下では致し方あるまい。もう少し効果を強めてはどうだ」
「今以上にして魔法に気付く者が出てきても困ります。あくまでも自然に行かなくては。ま、焦らずじっくりいきますよ」
「期待しているぞ。上手くすれば王家と繋がりができ、あの娘が殿下との間に子をもうければ私の孫として扱うことも出来る。そして側近にはお前がいる。権力が我がレイナード家に転がり込んでくるのだ」
「は?」
私は思わず出てしまった声ごと口を押さえた。
なんということだ。
まさかそんな謀をしていたとは。
ここまで救いようのない愚かな人たちだったとは。
たしかに王族には側室の存在が認められているが、歴代の王の中で側室を持っていたのは正妃様に御子が出来なかった場合のみだ。
しかも殿下の婚約者は公爵令嬢のクリスティナ様であり、私なんかがその座を奪うことなど出来るわけがない。
良くて非公認の妾くらいだろう。
万が一、万が一に出来たとしてもお断りだ。
そして今の話から察するに、殿下には何かしらの魔法がかけられており、そのせいで私に近寄ってきている?
もしかしてたまに動きがおかしいのは自分の意思と反することをさせられそうなのを必死で抵抗しているからなのでは?
(これが伯爵家の人間の考えること?殿下に意図的に精神に作用する魔法を使うなんて不敬罪でも生ぬるい。死にたいの?)
私はそっとその場を離れ自室へと急いだ。
そしてすぐに机に向かうと同じ内容の手紙を何通かしたためた。
その手紙を一纏めにすると封をして魔法をかけた。
翌日、私はどうしても授業前に教師に聞きたいことがあると嘘をついて、伯爵子息とは別々に学園に向かった。
そしていつもより早い時間に教室へとやって来た。
そこには予想していた通りクリスティナ様がすでにいた。
「おはようございます」
「おはよう。貴女から声を掛けてくるなんて珍しいわね。ああ、そんなに身構えなくても大丈夫よ。貴女を見ていたら殿下に心を向けていないことはよく分かったから」
「ご理解いただけてなによりです。それと、そのことについてなのですが―――これを」
私は昨日したためた手紙をクリスティナ様にすっと差し出した。
クリスティナ様はその手紙を一瞥すると、再び私のほうに視線を向けた。
「これは?」
「殿下の今の状況に関係しているのではないかということが書かれております」
「それは……」
「……これ以上のことはここでお話しすることは控えさせていただきたいのです。代わりにこちらに全て書かせていただいております。どうかクリスティナ様の信用できる場所で信頼のおける方と目を通していただきたいと思っております」
「……分かりました。後ほど目を通させていただきます」
私はお礼を言って、他の生徒が来る前に自分の席に着いた。
この学園で学ぶことが出来るのもあと僅かかもしれない、そんなことを思って。
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