39.嫌われているのは分かっている
※いきなりのロナウド視点です。
貴族という連中はなんとも面倒臭い。
女と二人きりで話をするだけでも問題があるらしい。
特に疚しいことがあるわけではないし、この顔で微笑んで少し優しくしてやれば勝手に向こうから近づいてくるし、色々な物をくれる。
婚約者が貴方のような人なら良かったのになんて言われても、俺の知ったことじゃない。
同じ平民の級友たちからは「いらない度胸を持っている」とか「ほどほどにしておけよ」なんて言われるが、別に手を出しているわけでもないし問題無いと思う。
それに、俺が今興味があるのは一つ上の学年のマルカだけだ。
マルカは入学した直後からよく耳にする名前だった。
なんでも平民だけど魔力が高くて、一時は伯爵家の庶子として迎えられていて、笑った顔が儚げで守ってやりたくなるような女って噂だ。
そうかと思えば、王太子殿下に擦り寄ったとか、でもそれは演技だったとか、か弱さを武器にして人に媚びてるとか、今はもう平民に戻ったとか、守りが鉄壁だとか、とにかく色々な噂があってどれが本当のマルカってやつなのか分からないような女だった。
興味を持ちはじめた頃、俺は初めてマルカを見た。
学園の敷地を散策していた時のことだ。
「いい加減にしなさいよ!」
女の怒鳴り声が聞こえてきた。
面倒な場面に出くわしたなと思った。
声がした方を確認すると4人のご令嬢が、たった一人を囲んでいるところが見えた。
(うーわ、女の集団が怖いってのは平民も貴族も変わんないな)
囲まれている令嬢を見ると、その可愛らしい容貌に目を奪われた。
その場にいた令嬢たちの中でずば抜けて可愛かった。
(あれだけ可愛かったら嫉妬の対象にもなるか。怖いね~)
4対1は流石に可哀想だし、いざとなったら助けに入ってやろう。
そんな軽い気持ちで遠くから隠れて様子を見ることにした。
そうして聞き耳を立てていると、所々に「平民」という単語が聞こえてくることに気が付いた。
そこで初めて俺は囲まれているのが噂のマルカだという事に気が付いたのだ。
ふわりとしたミルクティー色の髪、目を凝らしてみれば自分と同じ赤ワイン色のリボンをしている。
間違いない。
(あれがマルカ)
平民と罵る声が聞こえてこなければ気づけなかった。
それくらいこの場にいるどの令嬢よりもマルカの方が気品があり、貴族令嬢の様だった。
自分を囲んで罵る貴族令嬢に全く怯むことなく、怒鳴り返すこともせず、微笑んだまま相手を黙らせ堂々と去っていく。
「……すっげぇ。あれが、マルカか」
確かに庇護欲をそそる見た目だった。
本人にその気が無くても護ってやりたくなるような気になるのも頷ける。
ただ、それだけじゃない。大きくないのによく通る声に見た目とは違う力強さを感じた。
それから俺はマルカに声を掛ける機会を窺っていた。
どういう訳か、よく公爵令嬢と行動を共にしていることが多かったし、女生徒に遠巻きにはされているものの何故だかマルカをみんな無視できないようだった。
初めて見た時以外でも女生徒に嫌味を言われていたことや、足を引っかけようとする子供じみた嫌がらせもあったが、マルカはそれらを顔色も変えずになんなく躱していた。
男もマルカに声を掛けては簡単にあしらわれていく。その様は見ていて愉快だった。
(あの中には本気の奴もいるだろうに)
俺よりも見た目が良い男にも靡かなかった。
家柄にも見た目にも引っかからない。
なるほど。そういう意味でも鉄壁ってわけだ。
(やっぱりマルカは違う。あいつとは違うんだ。きっと貴族になんか興味が無い)
俺はどこかホッとした気持ちだった。
早くマルカと話してみたい。
そしてようやくその時が来た。
「なあ。マルカってすごいんだな」
俺が声を掛けた時、マルカは不思議そうな顔で俺を見ていた。
同じ平民だし気軽な感じで話しかけたけどマルカの反応は予想していたものと違った。
全く打ち解けられなかったし、終いには態度を改めろみたいな説教まで食らった。
納得は出来なかったけど、話してみて俺はますますマルカに興味を持った。
見た目はもちろん可愛いけど、それに反した気の強そうな所とか、何となく自分というものを持っていそうな所とか、とにかく俺の好きなタイプだった。
それから俺は積極的にマルカに会いに行った。
でも俺に対するマルカの反応はあまり良くない。
毎日のように放課後図書室に行っていることが分かったから、その途中で声を掛けてみたりもしたけどすごく嫌な顔をされた。
俺女の子にあんな顔されたことないんだけどな。
その後も図書室に来る回数が減ったり、避けられている気がする。
「はぁ……」
「溜息なんてついてどうしたの?」
「ああ、ごめん。色々難しいなって思って」
「何か困りごと?ちょっとしたことなら私が何とかしてあげる」
教室の窓際の席に座り、ダラダラと時間を潰す俺の腕に触れながら女が凭れ掛かってきた。
この子は確か男爵令嬢だったか。
同じ男爵家の婚約者がいたはずだが、どうやら俺に惚れているらしく、こうして度々アピールしてくる。
この顔と貴族よりも砕けた話し方が良いんだそうだ。
(どうせ最後は貴族のほうが良いって言うくせに)
「大丈夫。心配かけて悪い」
心の声を誤魔化すように笑って返す。
そんなやりとりをしていると、ガラッと教室の扉が開いた。
「……ロナウド」
入ってきた男に名前を呼ばれるとともに睨まれた。
隣にいた男爵令嬢をやんわり剥がし「俺に用事みたいだから君はもう帰りなよ」と言って送り出した。
教室には俺とその男だけになった。
「何か用?辺境伯家のレオナルド・シモンズ様?」
この男は別に友達ってわけじゃない。
まあ貴族と友達になんかなれるわけもないけど。
「いい加減にしろと言ったはずだぞ」
教師からも直接注意を受けたはずだと俺に言ってくる。
レオナルド・シモンズは簡単に言えば俺のお目付け役ってやつだ。
さっきの男爵令嬢は別として、ただ二人で話をしていただけなのに「婚約者のいる女性との距離を考えろ」と注意をされた。
でも俺が意図的に二人きりになろうとしているわけでも、手を出しているわけでもないのにそれでも問題らしい。
それも俺が平民だからだろう。
マルカを追い回していることに関しては何も言われなかったのがその証拠だ。
「そんなこと言ったってさー、俺が一人で教室にいたら勝手にあの子がやって来たんだから仕方ねえじゃん」
「それだけじゃない。上級生にも迷惑を掛けてるだろうが」
「ああ、マルカのこと?」
「……自覚があるようで何よりだ」
今日はカフェテリアまで付いて行ったらとんでもない大物がいた。
まさか公爵令嬢だけじゃなく、侯爵令嬢、辺境伯令嬢まで一緒にいるとは思わなかったから流石に焦った。
こいつに引きずられて行ったのは最悪だったが、あの場から逃げることが出来たのは助かった。
「まさかあんな大物ばっかりいるとは思わなかったんだよ。引くに引けなくなってたしお前が来てくれて助かったわ。アリガトナー」
「……驚くほど心の無い感謝だな」
睨んでくるシモンズを無視して窓の外を眺める。
俺だって分かってる。
マルカが俺に興味が無いこと、何なら若干嫌われていること。
最初は人見知りなのかなとか、本当に照れているだけなのかとか思っていたけど違ったようだ。
そろそろ本気で嫌われていそうな気がする。
「あーあ、上手くいかねぇな」
「何がだ?」
「……何だよ、まだいたのかよ」
「お前が寮に戻るのを見届けるまでな。さっさと帰れ。俺も早く帰りたいんだ」
「はあ?じゃあ勝手に帰れよ。もう貴族令嬢なんか残ってないだろ。それに俺はマルカ以外興味ねーから」
「マルカ嬢も迷惑そうだったが」
「うっせー。平民同士のことなんかに貴族の坊っちゃんが首突っ込むなよ」
俺には俺の事情がある。
この貴族だらけの学園で、マルカが俺のことを好きになってくれたなら。もしくは卒業するまで、平民以外の誰にも靡かないでいてくれたなら。
そうしたら、女はあいつみたいな奴だけじゃないって思える気がするんだ。
「もう一回信じさせてくれよ……」
シモンズにも届かない俺の小さな呟きは窓の外に吹く風と共に消えて行った。
含みを持たせて書いてしまいましたが、大した理由じゃないんです。
めちゃくちゃ自分勝手な理由です。
ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。
誤字報告は毎度同じ方が直してくださっているようなのですがIDだけだと誰だか分からず……この場を借りて感謝申し上げます。
いつもありがとうございます!