38.満腹
前話の続きです。
自分でも頬が緩んでいるのが分かる。
(ロナウドさんは面倒だったけど今日はとっても良い日ね!)
こう言っては何だが、貴族の人が平民である私を友人と思ってくれるという事には違和感を覚えない訳ではないが、貴族のトップである公爵令嬢クリスティナ様や、王族である殿下までもが私を友人と言っているのだから今さらである。
これが慣れというものか。
私の神経もずいぶん図太くなったものだ。
それに上辺だけの言葉ではなく、私のことを知った上で友人と言ってくれるなんて嬉しいに決まっている。
勝手に口の端が上がってしまうのも仕方がないだろう。
しかし私のそんな顔を見て、シンシア様たちは目を瞠った。
「な……によ、その顔。ちょっとクリスティナ様」
「あら、まあまあ」
「貴女たち、とっても貴重な物が見られたわね」
私は三人三様の反応を見せたシンシア様たちに意味が分からず首を傾げた。
貴重な物とは何だろうか。
「貴女その顔は卑怯でしょう?!」
「……はい?」
卑怯、卑怯とは。
顔が卑怯って何?
と言うか、シンシア様ってこんなに感情豊かな人だったのか。
「あの、申し訳ありません。意味がちょっと」
「ああ、気にしなくて大丈夫よ。シンシアはマルカさんの笑顔にときめいてしまっただけだから」
「ちょっとハルフィリア!余計なこと言わないでちょうだい!」
「あらあら、照れなくても良いじゃない。私は本当のことを言っただけよ?」
「照れてなんか無いわよ!」
二人でわーわー言い合っているが、私の疑問は全く解決されていない。
仕方なく全てを把握していそうなクリスティナ様にどういうことなのかと問えば、「マルカの笑顔が素敵すぎて驚いてしまったのね」と、よく分からない答えが返ってきた。
「何ですか、いきなり」
普通に笑っただけですが。
私は普段から微笑を貼り付けているつもりなので、笑顔なんて見慣れたものだろう。
「普段の作り込んだ笑みと、さっきのマルカの笑みは全く別物よ?心から笑っていたのでしょう?」
「それは、まあ。嬉しかったので」
「マルカの本当の笑顔は貴女が自分で考えているよりも可愛らしいのよ」
「か、可愛らしい?!」
「どうしてそこまで驚くのかしら……まったく、自分の魅力を分かっていないって厄介ねぇ。お兄様だってそう言っていたでしょう?向ける相手に気をつけないと嫉妬してしまうわね。それもそれで面白いけれど、お兄様が可哀想だから止めてあげてね」
とても良い笑顔でそう言われた。
クライヴァル様が嫉妬?するだろうか。
そもそも笑顔にそこまで差なんかあるのか。あったとしても、本当に嬉しいとか楽しいと思わない限り、このいつもと違う笑顔は出ないようなので意図的に向けることは出来なさそうだが。
「どういうことですの?」
「なぜクライヴァル様が嫉妬なさるの?」
先ほどまで二人で言い合っていたはずなのに、急にこちらの話に入ってきた。
流石、貴族令嬢。耳聡い。
「マルカはね、兄の想い人なのよ」
「な?!」
「ええ?!」
「まあ!」
そしてクリスティナ様よ、何故今それを言う。
シンシア様もハルフィリア様も目がキラキラしてきた。
二人の目は、もっと詳しく!と語っている。
「……クリスティナ様」
「なあに?」
「それ言う必要ありました?」
「マルカとお友達になった方には良いじゃないの。今日までは言わずにちゃんと我慢したのよ?」
仲良くなればいずれ露見するのだから、早いうちに知ってしまったほうが良いというのがクリスティナ様の考えらしい。
いや、でも私たち別にお付き合いしているわけでも何でもないのですが。
「周りから固めようとしていません?」
「あら、でも周りが何と言おうとマルカなら断る時は断るでしょう?」
「まあそうですけど」
もし断ったらクライヴァル様の立場的にどうなのかとか色々考えてしまうが、クリスティナ様に言わせれば「マルカが許してくれるならお兄様は牽制の意味も込めて周りに自分から言うわよ」と言われた。
「まあ!つまりクライヴァル様がマルカさんの返事待ちという事ですの?」
「あのクライヴァル様を待たせるなんてマルカさんもなかなかやりますわね」
この後クライヴァル様がいかに人気があるのかを説明された。
そして今まで様々なご令嬢が想いを寄せても、それに応えることの無かったクライヴァル様の想い人であることがどれだけすごいことで社交界を賑わせることになるのかを聞かされた。
「やっぱりおかしなことですよね。公爵子息が平民を、なんて」
今までもクリスティナ様から少し話を聞いていたから知ったような気でいたが、他の人から話を聞くと、改めてクライヴァル様が自分とは違う場所にいる人なのだと思えた。
「驚いたのは事実だけれど、クリスティナ様がそのことを口にしていてマルカさんと一緒にいらっしゃるということは、アルカランデ公爵もお認めになっているという事なのでしょう?」
ハルフィリア様が視線をクリスティナ様に向けると「ええ」という答えが返ってくる。
「それでしたら何の問題も無いのではなくて?確かに口さがない方達もいるでしょうけれど、ご当主様が決められたことに他家が口出しするものではございませんもの」
「私は今のマルカさんの態度でアルカランデ公爵家が早々にマルカさんを引き込んだ理由が少し分かったような気がしますわ」
私が首を傾げれば、「だって貴女、一度手放したらあっという間に離れて行ってしまいそうだもの」と言われた。
そんなことない、とは言えなかった。シンシア様に言われた言葉に妙に納得する自分がいたからだ。
今のようなクリスティナ様やクライヴァル様たちとの関係性に慣れる前に距離を置いていたら、私はきっとそこで線引きをしただろう。
高い壁を自ら築いたはずだ。
平民と貴族はどうしたって交わることは無い。
いくら友人だと言ってもらえても、いずれ道は分かれるし、そうそう会えるような人たちではない。
そう思っていたから。
だから今となっては少し強引だった公爵家の方たちに本当は感謝している。
「まあシンシア様。分かってくださいまして?私たちはマルカに我が家を止まり木ではなく巣にしてもらいたくて必死ですのよ」
みんなに優しく接してもらい、色々な物や事に触れさせてもらって確実に私の世界は広がっていると思う。
貴族もどうしようもない人や気さくな人などそれぞれで、それは平民と変わらないんだと知ることも出来た。
そうかと思えば、先ほどのようにやはり平民と貴族ではいる場所が違うと思ってしまうこともあったりするが、それはすぐに切り替えることが出来るものではないというのも自分で分かっているので仕方ない。
こうして新たな友人が出来たりすることで少しずつ変わっていくものだと思っている。
「まあ。でもそこまで気に入っていらっしゃるなら、公爵家が大々的に動けばマルカさんを口さがなく言う方々も大人しくなるのでは?」
「そうしても良いのだけれど、それはマルカの望むものではないから。よほどのことでない限り手出し無用と言われているの」
「……え?」
シンシア様から信じられないというような視線を受ける。
確かに、公爵家が動けば周りは静かになるかもしれない。だけど、それは表面上のことだと思う。
人の考え方はそう簡単には変えられないものだ。
どうしたって私のことを気に入らない人はいるだろうし、愚かにもその感情を行動に移してしまう人もいるだろう。
そうなった場合に大事になるのは避けたい。
公爵家と何らかの繋がりがあるかもしれない平民と、公爵家が後ろにおり、明確にその意思を示されている平民とでは全く意味合いが違ってくる。
私は自分に嫌がらせをしてくる人を返り討ちにしたいとは思っていても、その後の人生を潰したいとまでは思っていない。
それが例え、先ほど言った意味合いの違いを理解出来ない愚かな人たちでもだ。
そう話す私にシンシア様だけでなくハルフィリア様まで呆れたような視線を寄こした。
「……何と言うか、マルカさんはお人好しなのね」
「本当に。そうなった場合は自業自得なのだから仕方がないと思うわ」
「え、違いますよ」
なんだか良い意味で捉えられてしまったのできちんと訂正しておく。
私だって、それで没落していったとしても自業自得だとは思う。けれど、そういう人に限って責任転嫁しそうだから嫌だ。
あなたのせいで!とか言ってきそうで怖い。
そんな人の相手をするのは面倒だし、恨みは買わないに越したことは無い。
「逆恨みされるのはレイナード家関連の方たちだけで間に合っていますし、面倒ですので」
私はにっこり笑ってそう言って静かに紅茶を口にした。
「見た目と内面の差が……想像以上にあるのね。鉄壁なんて女性に対して使うのはどうかと思っていたけれど、分からなくもないわ」
「……思っていた以上に、何というか、強いわね。平民の方は皆さんこの様な感じなのかしら……いえ、違うわよね」
想像していたことと違う答えが返って来て、シンシア様もハルフィリア様も若干戸惑いを含んだ声になった。
一方クリスティナ様は物知り顔で「マルカは賢くて、マナーもしっかり身についていて、私たちが思っているよりも気が強くて、そして面倒臭がりなのよね」と言った。
「クリスティナ様、情報が多すぎてマルカさんという人を整理するのが大変ですわ……」
「それと面倒だと思っている時ほど可憐な笑みを浮かべているわよ」
「また新情報……もうお腹いっぱいですわ」
こうしてシンシア様たちは私という人物の情報で、私は紅茶とお茶菓子でお腹を満たしてお茶会は終了した。
この時から、私たちは必要以上にベッタリはしないものの、お昼を一緒にしたりお茶会に誘ってもらったりとするようになったのだった。
ブクマ&評価&誤字報告などありがとうございます。
感想もいつもありがたく読ませていただいております。
のんびりとしか進みませんがお付き合いくださいませー。