35.お医者様が必要ですね
「気に入った、ですか」
面倒そうだ。
私が最初に思ったのはこれだった。
言葉の端々に貴族に対しての敵意を感じるが、この学園の生徒のほとんどが貴族の子供だということを分かっているのだろうか。
しかし、大して親しくも無いのにそれを諭すというのも気が進まない。
そうかと言って、ロナウドさんと親しくなりたいとも思わないが。
「ああ。俺、マルカみたいな可愛くて気の強い女の子好きなんだよね」
「……」
私はあなたのように軽薄で、初めから馴れ馴れしい人は嫌いです。
笑顔を張り付け、喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。
こういうタイプを放っておくと面倒事を運んできそうなので、気は進まないが一言言っておいた方が良さそうだ。
「先にこの学園に入った者からの助言だと思って素直に受け取ってくださいね?」
「ん?」
「まず一つ目。先ほどからのあなたの発言ですが、そのような物言いは控えたほうが良いですよ」
「あなただなんて堅苦しい言い方止めてくれよ。俺のことはロナウドって呼んで――」
「この学園の生徒はほとんどが貴族の方達ですから、無駄に敵を作ることをお勧めはしません。どうあっても三年は通うことになるんですから、なるべく平穏に過ごしたいでしょう?まずは少なくとも初対面なら丁寧な言葉を使うべきでしょう」
「え?」
私なんか敵を作るつもりが無いのに勝手に敵視されていて大変なのだ。
わざわざ自分から周りに目を付けられに行くなんて愚かすぎる。
「二つ目。貴族の方達だって真面目に取り組んでいる方はいます。良い成績を残せとは言いませんが、せっかく良い教育を受けられる場に来たんですから、しっかり学ばれた方が将来役に立つと思います」
「勉強はきら――」
「三つ目。あなたが仲良くすべきなのは、私ではなく同学年の平民の方たちです。ただでさえ人数が少ないんですから、みんな心細いことでしょう。気楽に話せる貴重な存在ですよ」
私の学年は私しか平民はいない。
だからこそ、一時的に伯爵令嬢になったとはいえ風当たりが強いのだろう。
今年の一年生は確かロナウドさんも含めて5人いたはずだ。
「それに、あなたのような物怖じしなさそうな人なら、案外貴族の方たちとも上手く付き合えるかもしれません。頑張ってください」
「そんなの簡単だよ。ちょっと笑って優しい言葉を掛けてやれば貴族の女は簡単に――」
「貴族はご令嬢だけではありません。ご令息もいますから」
思っていた通り、ずいぶんと自分の見た目に自信があるようだ。
この様子だと、私も声を掛けたら喜ぶと思われていたんじゃないだろうか。
やはり仲良くしなくて正解だと思う。
「では失礼します」
「は?え?ちょっと待て――」
「ああ、最後にもう一つ」
私は立ち去ろうとしていた足を止めて、ロナウドさんを振り返った。
「私はあなたのような人は好きではないです」
言いたいことを言って、再びロナウドさんに背を向けて歩き出す。
後ろでは「はあ?!」という声が聞こえるが、そんなの知らない。振り返ったら負けだ。
私は貴族だろうが平民だろうが、私に出来ることで助力を求められたらそれに応える気はあるが、こういう事に応える気は無い。
大体、入学してまだ間もないというのに女性に声を掛ける暇があるならもっと他にやることがあるだろうに。
勉強しろ。
一年からあれでは先が思いやられる。
貴族と同じ教育を受けられる機会なんて、普通に生活していたらまずやって来ないのだ。
理不尽なことも多いが、ここで得た知識は将来きっと役に立つことだろう。
その事に自分で気付いてくれれば良いのだが、あの様子ではそれには時間が掛かりそうだ。
まあ私はきちんと忠告はしたし、あとは彼自身でどうにかするだろう。
私の知ったことではないし、あれだけ言った私への興味も彼の軽薄さならすぐに薄れることだろう。
――と、そんなことを思っていたこともあった。
「またあなたですか……」
私の声に棘があるのも許してほしい。
あの時、もう関わることも無いと思っていたロナウドという男はあれから頻繁に私の前に現れるようになった。
「またまたー、照れちゃって可愛いな。本当は俺に会えて嬉しいくせに」
照れていないし嬉しくない。
この男は目も頭も腐っているらしい。
一度お医者様に見てもらったほうが良い、本当に。
昼休み、カフェテリアに向かう廊下を歩く私の横をピッタリとロナウドさんが付いてくる。
「今から昼飯?一緒に摂ろう」
「結構です」
「どうせ一人だろ?」
「あなたと一緒にしないでください」
「俺は他の子に断りを入れて態々マルカのところに来てるんだよ。ってか、そろそろロナウドって呼んでくれても良いだろ?」
「呼びません。来てくれなんて頼んでいないので心置きなく他の子の所へ行ってください」
「何だよ?やきもち?見た目通り可愛らしい所もあるじゃん」
「……どなたかに良いお医者様をご紹介いただいた方がよろしいのでは?頭の」
私の怒りがお分かりだろうか。
私は一切横を向くことなく前だけ向いて歩く。
かれこれ2週間近く、昼休みや放課後に現れてはこの調子で私に話しかけてくる。
そして隙を見ては髪を触ろうとしたり、手を握ろうとしたり、スキンシップをしようとしてくるためとにかく油断出来ない。
こんな人と親近感を育みたくない。というか勝手に触るな、気持ち悪い。
初めのうちは笑顔で対処していたが、ここまで来ると苛立ちの方が勝って表情が死んでいるのが自分でも分かる。
一部の生徒からは「平民同士お似合いよ」とか「男だったら誰でも良いのね」などと陰でくすくす笑われたりもしているが、最近では私があまりにもロナウドさんを避けているせいか、「大変ねぇ」と同情されたりする始末。
とんでもない噂を流されたりするよりは良いが、とにかく煩わしい。
そうこうしているうちにカフェテリアに着いた。
私が先生に呼ばれていたため、クリスティナ様は先にいつもの席に着いているはずだ。
いつもの窓際の席を見るとクリスティナ様と数名のご令嬢の姿があった。
急いでその席まで向かう私の後ろを何故かまだロナウドさんが付いて来る気配を感じてはいたが、とりあえず無視を決め込む。
席に近づくとすぐにクリスティナ様が気が付いてくれる。
「すみません、遅くなりました」
「大丈夫よ。マルカの分の食事ももらって来てあるからさっそく食事にしましょう」
「ありがとうございます」
クリスティナ様に促されて席に着こうとすると、それをロナウドさんの場違いな声が遮った。
「待てって。マルカは俺と一緒に食べるんだろ?」
「……あなた、まだいたんですか?私は初めからクリスティナ様たちとご一緒する予定なんです」
「なら俺も混ぜてもらっていい?」
「嫌です」
即決で断る。
よくこのメンバーを前にしてその言葉を口に出来たものだ。
ここにはクリスティナ様以外にも貴族のご令嬢が数名いると言うのに。
度胸があると言うのか、空気が読めないと言うのか。
「なんでだよ。俺とマルカの仲だろ?」
どんな仲だ。ただの顔見知りだ。
思わず眉を寄せる。
「誤解を招くような言い方をしないでください。不愉快です」
「酷いなー。誤解されたくない相手でもいるのかよ」
ロナウドさんの言葉に一瞬あの人の顔が浮かぶが、今はそれどころではない。
「そんなこと、ただの顔見知りのあなたに関係無いでしょう?」
いい加減この場から消えてくれという思いを込めて、ロナウドさんを睨みつける。
珍しく怒りを露わにした私に一瞬ロナウドさんが戸惑ったところに横から声が掛かった。
「いい加減にしてくださらない?」
その声の主は、ロナウドさんに冷たい視線を向けていた。
ロナウドは面倒臭いナルシスト野郎でした。