34.マルカの噂
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二学年最初の試験、私は問題無く高得点を収めた。
私に絡んで来たあのご令嬢たちは、どうなったのか分からない。
張り出された成績上位者の中に名前が無かったことだけは確かだ。
「マルカに文句を言っていたあの方たちはどうなったのかしらね」
ふふっと笑いながらクリスティナ様が言う。
私と二人きりで話す時のクリスティナ様は、普段よりも表情が豊かで年相応といった感じだ。
「……私、クリスティナ様に何も言ってないですよね?」
「親切に教えてくださる方はたくさんいるのよ?」
この学園でクリスティナ様が把握していないことなど無いのではないだろうか。
まあこれくらいの情報収集など簡単な事なのだろう。
そしてクリスティナ様はこの後、お茶会という名の情報収集に行くらしい。
「マルカも一緒にどうかしら?」
「今日のはちょっと……。それに私がいない方が都合が良いですよね?」
私に絡んで来た人たちに限らず、私とクリスティナ様が一緒に登校している理由を知りたいご令嬢は多い。
聞いたところによると、今日のお茶会の主催者は最近ちらちらとこちらを見て、何か言いたげな人のようなので私はいない方が良いだろう。
「私がいたら聞きたいことも聞きづらいでしょうし、平民の参加を許さない方達もいるでしょうから」
そもそも私は招待されていませんからね。
クリスティナ様がいきなり私を伴って現れたら、他の参加者は驚くだろうし嫌がるだろう。
私だって敢えて嫌われたいわけではないので、自ら危険地帯に足を踏み入れたりはしない。
これまでの人生色々あって、なかなか理想通りとはいかないが、私は基本平穏を好んでいるのだ。
「態々人様の心に波風を立てるようなことはしませんよ。正式に招かれたら参加しますし、遠巻きにされるのならそれはそれで構いません」
「では悪意を持って向かって来られたら?」
クリスティナ様が悪戯な笑みを浮かべて聞いてきたので私も同じように笑顔で返す。
「全力で叩き潰します。と、言いたいところですが、あまり貴族の方々に恨まれても困りますからね。程々にお相手をして躱したいと思います。私は出来るだけ穏やかに学園生活と今後の人生を送りたいので」
「……そう、そうなの。頑張ってね」
ちょっと。
何ですか、その目は。
クリスティナ様から今さらそれは無理じゃないかと言うような視線を感じる。
願望なのだから良いではないか。
夢を見るのは自由ですから。
(大体、今その理想が実現していないのは公爵家の皆さんやクライヴァル様が原因―――)
―――あれ?
そもそも私が公爵家の皆さんと関わることになったのは、レイナード家が起こした一件のせいで。
彼らが愚かにも謀を実行に移したのは、私という駒を手に入れたからで。
初めのうちは何も知らなかったとは言え、私が面倒臭がって彼らに反抗しなかったからではないのか。
(……これだと今の状況は自業自得ってことじゃない?)
いや、でも普通に考えてこんな事になるとは思わない。
魔力測定の結果が良かったのだって、たまたまだし。
(ああ、でも。クライヴァル様のお話だとたまたまではないのかもしれないのよね……)
そう言えば、あれから特に調査の成果について聞いてはいない。
母様たちの名前を再度聞かれたくらいだ。
どうなっているのか気になるが、クライヴァル様も自分の仕事が無い時に調べているようなのできっと時間は掛かるだろう。
「――ルカ、マルカ」
話していた話題から逸れて考えを飛ばしていた私は、クリスティナ様の呼ぶ声でハッと意識を戻した。
「すみません、お話の途中で」
「それは良いのだけれど、大丈夫?疲れているのではなくて?今日は図書室に寄らずに帰ったら?」
「大丈夫ですよ。少し考え事をしていただけなので」
「そう?それなら良いけれど……ああ、私はこちらだから。本当に無理をしては駄目よ?」
「ありがとうございます。でも、本当に問題無いですから。ふふっ、クリスティナ様は心配性ですね」
「あら?お友達の心配をするのは当然でしょう?――では、また後でね」
「はい、クリスティナ様もお気を付けて」
私の言葉に笑顔で手を振って応えたクリスティナ様はすっかり公爵令嬢の顔に戻っていた。
「さてと。私も行こうかしらね」
クリスティナ様と別れた私は図書室に向かって歩き出す。
進級してからの私の一番の楽しみは、やはり図書室で『役立つ魔法・応用編』を読むことだった。
これまでもこの本に載っていた魔法に助けられているし、新しく魔法を覚えるのも楽しいので、趣味と実益を兼ねている。
今日読む部分にはどんな魔法が紹介されているのか、うきうきした気分で歩いていると、不意に声を掛けられた。
「なあ。マルカってすごいんだな」
私が立ち止まり、声のした方を見ると赤茶色の髪をした男子生徒がいた。
(……?誰?見たことない人ね)
「この間の試験、上位10位以内に入ってる平民はあんただけだったな」
「はあ」
私は視線だけ動かして目の前に急に現れた男子生徒を上から下まで見る。
やはり知り合いではないようだが、この男子生徒が一年生で貴族ではなく平民だということが分かる。
何故そんなことが分かるのかというと、着ている制服のおかげだ。
王立学園の制服は基本的な作りはみんな一緒なのだが、リボン――男子生徒だとタイの色が伯爵以上の貴族、子爵以下の貴族、平民で異なる。
目の前の彼が着けているのは私の着けているリボンと同じ赤ワイン色のタイなので、彼も平民なのだろう。
そしてジャケットの胸ポケット部分に縫い付けられたエンブレムの色は一年は銅、二年は銀、三年は金色とされている。
銅色のエンブレムの彼は一年生だというわけだ。
因みに、この理由から貴族は毎年新しいジャケットを作るらしいのだが、どう考えても無駄だと思う。
エンブレムだけ付け替えれば十分だと思うのだが、年毎に新調しないと、新たに作ることすら出来ないと馬鹿にされるらしい。
こういうところが貴族って本当に面倒だなと思う。
それはさておき。
知り合いでも何でもないのにいきなり名前を呼び捨てにするのはどうかと思う。
まず名乗れ、と言いたい。
「マルカに負けるなんて貴族連中も大したことないよな」
「……どちら様ですか?」
本当に誰だ。
しかも、今の言い方には少し引っかかる。
大して勉強をしていない人たちは別として、真面目にやっている人だってちゃんといる。
その中で私が上位に入れたのは周りが駄目だったからではなく、私自身が努力した結果だ。
そこまで考えての発言ではないのだろうが、なんだかなあという気分になる。
「悪い、悪い。俺はロナウド。今年からここに通うことになった、見ての通り平民だ。よろしくな!」
「二年のマルカです……何か御用ですか?」
まだ入学してひと月程しか経っていないと言うのに、シャツの首元のボタンを外し、タイを緩めた着崩された制服が目に入る。
やや長めの髪を片側だけ耳にかけ、軽薄そうな雰囲気を醸し出すロナウドと名乗った男子生徒は私よりも頭一つ分ほど身長が高いせいで、下から見上げる形になる。
私の顔をまじまじと見たロナウドさんは口の端を上げて言った。
「……可愛いじゃん」
「は?」
私は思わず眉を寄せた。
この人は軽薄そうではない。軽薄な男に決定だ。
「なんだよ。そんなに警戒するなって」
「ご用件は?」
「特に用は無いけど、二年にすごい平民がいるって聞いたからさ。仲良くなりたいと思って」
「すごい平民?」
「あれ?知らない?マルカの噂」
どうせろくでもない噂だろう。
「色々あるよ。身の程知らずとか、勘違い女とか、容姿を利用して媚を売ってるだとか」
やはり、というかなんというか。
自分はそういう風に見られているんだと思うと虚しくなる。
世の中の全員に好かれたいなんて思わないけれど、嫌われたいわけでもないのだ。
溜息を吐きたい気持ちになっていると、「でもさー」と続けたロナウドさんの口から予想しなかった言葉が出た。
「それだけじゃないんだよ。優秀さを買われ王族に協力した平民。今のうちに囲っておきたい人物。あとはあれだ、鉄壁のマルカ」
「鉄壁?えっと……悪い噂だけではないんですか?」
「どっちかって言うと、そっちは少数派かもな。俺が聞いた感じだと、平民なのにすごいって感じ?まあ面倒な連中もいるから表立っては褒めたりしてないみたいだけど。悪口の方は端から俺たち平民を見下してる奴らが言ってる。この間マルカを罵ってた4人組みたいな奴ら」
「……見ていたんですか?」
彼が言っているのはこの間の校舎裏の出来事だろう。
誰も見ていないと思ったのに。
「あんた見た目か弱そうだし、さすがに4対1は分が悪いかと思ってさ。いざとなったら助けてやろうと思ってたんだけど」
そこまで言って、何かを思い出したのかロナウドさんは急に笑い出した。
「あんた全然負けてねぇんだもん。言い負かされてマルカが去った後のあの貴族の女どもときたら!高貴な身分とやらが聞いて呆れるくらいキャンキャンと五月蠅いのなんの」
愉快だと言わんばかりに笑うロナウドさんは、改めてその目に私を捉えて言った。
「俺マルカのこと気に入っちゃったんだよね。ってわけで、数少ない平民同士仲良くやろうよ」
そう言ってロナウドさんはにんまり笑うのだった。
鉄壁のマルカ
↓
いじめても物ともしない
笑顔で躱される
物理的に傷つけようとしても何故か弾かれる
下心満載で近づいても相手にされない
故に鉄壁。