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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編
32/121

32.思考を整える

公爵様、まだ喋ります。

 

 すっかり冷めてしまった紅茶で乾いた口を潤す。

 すると、「その紅茶は冷めても美味しいだろう?」と公爵様に聞かれる。


「はい」

「この茶葉も少し前までは山間部に住む領民が自分たちだけで楽しむためのものだった」


 急に始まった紅茶の話に内心私は首を傾げる。

 話によると、その地域は特に特産物も何も無く、公爵領の中では比較的貧しい地域だったらしい。

 その当時はこの茶葉の存在も知られていなかった。

 しかし、ある時公爵様の領内の視察に、まだ幼かったクライヴァル様が付いて行ったことがきっかけで多くの貴族の間で飲まれるようになったという事だった。


「村長と話をしている時に村の子供、特に女の子たちがクライヴァルの姿を見てきゃあきゃあと騒ぎ出してね。あまりにも騒がしいものだから、クライヴァルにその子たちを押し付けて少し離れているように言ったんだ」


 身近にはいないあの美貌に、村の女の子たちが騒いでいるところが想像出来た。

 田舎は良い意味でも悪い意味でも人と人との距離が近い。

 そして幼子特有の遠慮の無さを発揮したのだろう。


「なかなか酷なことをなさいますね」

「そうかい?子供同士なら丁度良いかと思ってね」


(さっき、騒がしいから押し付けたって言ったわよね?!)


 幼いクライヴァル様に同情を覚える。

 小さくても女の子の集団というものは結構怖いのだ。


「私が村長と話をしている間に色々と連れ回されたらしくてねえ。見兼ねた村のご夫人が休憩を提案してくれたとかで、そこでこの紅茶を飲んだそうだ」


「私たちが飲むようなお茶で申し訳ないですが」と言って出されたその紅茶は、メイドが淹れたわけでもないのに渋みも無く香り高いものだったそうだ。

 無事に戻ってきたクライヴァル様はそれを公爵様に伝えた。

 その話に興味を持った公爵様は、同じ物を自分にも出してもらえるように頼んだ。


「それを一口飲んで思った。言い方は悪いが、これは金になるとね」


 そこから公爵様は茶葉の栽培に力を入れさせ販売ルートを確保し、貴族限定で販売するとともに、公爵夫人の開くお茶会でもこの紅茶を積極的に出したそうだ。

 公爵様はこの茶葉を見つけた経緯を隠すことなく公表したそうだが、初めのうちは「平民だけで飲んでいたお茶など」や「何が入っているか分かったものじゃない」などと言って相手にしない貴族も多かったのだと言う。

 もちろん、公爵家が売り出そうとしている茶葉に表立って嫌味を言う愚か者はいなかったそうだが。

 けれど、この茶葉は香りはもちろん味も舌の肥えた貴族を真実満足させるほどのものだった。

 そして、元々栽培量の少なかったこの茶葉は入手し辛さが逆に貴族の特別感を刺激し、あっと言う間に人気商品になり、今では村の重要な収入源になっているらしい。


「この話で私が何を言いたいのか分かるかな?」


 良い物は案外身近にあるという事?

 それとも扱い方によって同じ物でもその価値が変わってくるという事だろうか。


「両方正解ではあるがそれだけではないな」

「?」

「人に言い換えると、本当に優秀な者は出自に関わらずいずれ認められる、という事だ」


「私が君を認めているようにね」と公爵様は続ける。


「とは言っても茶葉と人はやはり違うから、全てが同じようにいくとは限らないがね」

 そう言うと公爵様は私を見て穏やかに笑った。


「そんなに難しく考えなくて良い。ごちゃごちゃ言ってしまったが、要は私がマルカ嬢を高く買っていて、クライヴを支えるに足る存在だと思っているという事だ。そして、そんな君をクライヴ自身が望んでいるのだから応援こそすれど反対する必要もない。これで答えになったかな?」

「……はい。ありがとうございます」

「じゃあ今度こそ戻ろうか。あまり君を独り占めしていると後で何を言われるか分からないからね」


 クライヴもそうだが妻も娘も、私の家族は君を好きすぎて怖いなと冗談交じりに言う公爵様に思わず笑いが零れた。

 そして今度こそ部屋を出て行こうとした私を公爵様が呼び止めた。


「そうそう、最後に一つ」

「何でしょう?」

「君を貴族の令嬢にすることなんて簡単だからね」

「はい?」

「だから、私が手を回せばマルカ嬢を貴族家の令嬢にすることなど簡単だと言っている」


 言われた内容に驚いて固まった私に公爵様は言う。


「だから身分など一度忘れてクライヴと向き合ってみてほしい。と言っても、君が本当に気にしているのは身分ではないと私は思っているのだけどね」

「え?」

「まあクライヴのことも、その前に話した魔法省のこともよく考えてみると良い」


 その後、私は促されるまま部屋を出て与えられている部屋に戻った。

 ベッドに腰掛けると、そのまま横にぼすんと倒れる。


(そうよ……職業体験制度。面白そうだし、卒業後のことを考えたら申請するべきかしら)


 あまり働かない頭で先ほど公爵様に言われたことを思い返してみる。


(どういう意味かしら。私が本当に気にしているのは身分ではない……?)


 まさか公爵様からそのようなことを言われるとは思っていなかった。

 身分ではないなら私は何を気にしているというのだろう。

 貴族の令嬢にするのは簡単だと言った。

 あの公爵様がそう言うのなら本当にどうにか出来てしまうのだろう。

 ただ単に身分を考えずにクライヴァル様のことを真剣に考えろと言いたかったのか。それとも他に意図があったのか。

 分からないことが多すぎる。

 そもそも最初にあの紅茶を出された時点で、あの話をしようと思っていたのだろうか。

 公爵様にあそこまで言ってもらえたことは素直に喜んで良いのだろうか。

 ああ、考えるのが面倒になってきた。

 けれどこれは私が自分で考えなければいけないことだと分かっている。


「クライヴァル様は私のことが好き……公爵様も反対していない」


 むしろ歓迎されているような気もする。

 では私は?

 身分差が無ければクライヴァル様のことを好きになるの?


「あー、もう。全然分からないわ……」


 自分の気持ちだというのに全く分からない。

 そもそも好きだと言われてそんなに経っていないのに、これからの人生に関わるような決断をしろと言う方が無理なのではないか。


(そう考えたら、なんだかだんだん腹が立ってきたわね。そうよ、どうしてすぐに決める必要があるのよ)


 クライヴァル様だって長期戦は覚悟の上だと言っていたし、私だけが焦る必要なんてどこにも無い。

 私が考えている間にクライヴァル様が離れて行くと言うのなら、結局その程度だったというだけの話だ。

 なんだか頭がスッキリしてきた。


「私は私のペースで考えれば良いのよ」


 まずは自分のことをちゃんとしよう。

 新学年になってもしっかりと学んで、今後どうなっても大丈夫なように色々な知識を身に着けよう。

 公爵様の言ったことも引っかかりを覚えるが、今それを考えても分かる気がしないからとりあえず端に置いておく。

 意外と何かの拍子に分かったりするものだ。

 クライヴァル様にもきちんと向き合おう。

 それで、もしも。

 もしもクライヴァル様を好きになって、その時クライヴァル様が私のことをもう好きじゃなくなったとしても、自分なりにしっかりと考えて出した答えならきっと後悔しないだろうと思う。

 私は絶対人に流されたり、なあなあな関係になった方が後悔する。


(ふふっ、私ってこういう人間だったわ)


 色々な事が短期間で起こって、自分でも気づかないうちに弱気になっていたようだ。

 考えがまとまったら急に眠気が襲ってきた。

 夕食の時間までもう少し時間がある。

 私はゆっくりと瞼を閉じた。


ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。


少し忙しく、次の更新まで1週間ほどお時間を頂くかもしれません。

合間に頂いた感想(いつもありがたく、幸せな気持ちで読ませてもらってます)にお返事だけとかはするかもしれませんが気長にお待ちくださいm(*_ _)m

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◆連載中作品もありますのでよろしくお願いいたします_(._.)_
― 新着の感想 ―
[良い点] 思考がぐるぐるぐるぐる一周回って元通りなんですね! 焦ったって自分の思うようにはいかないし、自分らしくあるのが1番ですよねー、マルカちゃんはあっさりさっぱりパッキリしたところが良いところ♬…
[一言] よ、、、弱気になっていたっけ?マルカちゃんは強気マイペースだから彼女にとっては弱気だったのか。
2021/01/26 06:34 退会済み
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