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私の名はマルカ【連載版】  作者: 眼鏡ぐま
●学生時代編
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3.マルカの一日

 

 私の普段の生活は朝起きて朝食をとり、学園で勉強し帰宅して夕食をとって寝る、という単純かつ毎日代わり映えの無い日々だ。

 良いものを食べ、身に着け、送り迎えもしてもらえることはありがたいことであるし、人によっては羨ましく思うことだということも理解できる。

 ただ、私にとっては窮屈で、私の心は不自由だ。

 伯爵家の人たち (特に奥様と伯爵子息) に会えば嫌味を言われるし、顔も見たくないそうなので出来るだけ自室から出ないようにしている。

 もちろん食事も一緒になることを嫌がる。

 卑しい平民と同じ食卓を囲む気は無いと、引き取られた当初に言われた。

 私としてもギスギスした雰囲気の中で食事をするよりも、まだ一人の方が良い。

 ただ孤児院にいた時のことを思い返すとひどく懐かしさを覚えるし、みんなで一緒にとる食事は豪華さに関わらずとても美味しいものだったと思う。


 学園に行くまでの馬車は毎日面倒だ。

 伯爵子息と二人で対角線上に座り、始終無言。

 たまに学園内ではこうしろ、ああしろと言われたりする以外は会話は無い。

 私も特に話すことも無いし、こんな扱いをする一家と仲良くなりたいとも思わないのでお互い様だ。

 だがそんな伯爵子息も学園についてしまえば態度がガラッと変わる。

 馬車から降りる際には手を差し出され、優しげな眼と声で呼ばれる。

 成績も上位、見た目もなかなか、そして殿下の側近候補というのも加わってそこそこ女性に人気があるらしい。

 私もこの外面だけしか知らなければ、好意こそ持たなくとも嫌悪感は抱かなかっただろう。

 そんなことを思いながら伯爵子息を見ていると、彼は私の視線に気づいたようだ。


「どうかした?」


 屋敷では絶対に聞くことの無い優しい声で聞いてくる。


「いえ……お兄様は人気があるのだな、と」


 私はいつもの笑みを顔に張り付けて答えた。

 心の中では「大した演技力ですね。役者にでもなったほうが良いのでは?」なんてことを思っているが、まあ気付かれないなら思っていないのと一緒だ。

 伯爵子息に送られて教室に入ってからが私の一番楽しい時間だ。

 私は授業に関しては非常に真面目であり成績も良い。

 いろいろ言われたりすることもあるが、言い返したり自分から攻撃することも無く、困ったように笑ってやり過ごすだけ。

 私自身を見てくれて話しかけてくれる人もいるし、少ないが友人もできて楽しかった。

 その中でも一番充実した時間と言えるのが、授業が終わった後の図書室で過ごす時間だ。

 学園に来るときは伯爵子息と一緒だが、帰りは別々に帰る。

 初めは手間をかけさせるなと文句を言われたが、伯爵に授業の予習復習や自主的に勉強をしなければ今の順位を維持することは難しく、そうなれば引き取ってくれた伯爵家に迷惑をかけることになる。

 学園でやったほうが、分からない所もすぐ教師に聞きに行けるので効率的だと直訴したらあっさり願いは叶った。

 実際、予習復習もしっかりやっているので嘘はついていないが伯爵家のため、という部分が響いたらしい。


「殊勝な心掛けだ」


 単純な頭をお持ちのようでなによりである。

 しかしこの後に伯爵が言った言葉で私の腹は煮えくり返ることになった。


「お前の母親も健気な女だった」

「……」


 無言で頭を下げて自室に戻ったが、部屋に戻ってからの私は大荒れだった。


(だれが!あんたなんかの女だ!大嘘つき貴族!!)


 誰も見ていないのを良いことに、ベッドの上で枕をぽすぽすと叩く。

 私の攻撃を一心に受ける枕には申し訳ないがもう少し耐えてほしい。


「……母様の事なんて何も知らないくせに」


 そう言葉にしてふと思った。

 もしかして伯爵は母様のことを本当に、これっぽっちも知らないのではないか。

 よくよく思い返してみても、伯爵が母様の名前を言っているところを聞いたことがない。


(え、ええ?嘘でしょ?そんな馬鹿な事ってある?)


 ああ、でも雑な設定を作って私を引き取った伯爵ならあり得るかもしれない。

 きっと私が母様のことを覚えているなんて思ってないのだ。

 全てにおいて貴族より平民が劣っていると考えているような人たちには、平民の子供が小さいうちに別れた母親を覚えているなんて思わないし、まして母親よりも前に別れた父親のことを覚えているなんて想像もしていないのだろう。

 だから母様のことを勝手に語るし、本物と似ても似つかない自分のことを父親だなんて名乗れるのだ。


「可哀想なくらい残念な人。領主様は素晴らしい方だったけど、貴族だからと言って優秀とは限らないんだ」


 こう呟いた時には母様を語られた苛立ちよりも、伯爵の言葉にいちいち反応するほうが無駄だと思うようになっていた。

 そんなことを思い出しながら、私は今日も図書室に来ていた。


 図書室に入ると中にいた数名が顔を上げ、一瞬こちらを見た。

 ここはこんなに良い本が揃っているのに、利用者はいつもまばらで2~3人しかおらず、だいたい同じ人たちだ。

 なんとなくその人たちと貸出所にいる司書さんに会釈をする。

 毎日のようにここに入り浸っているので司書さんとはすっかり顔なじみになってしまった。

 学園の図書室は授業で使えそうなものから巷で人気の小説まで、いろいろな種類の本が置いてある。

 その中でも私が気に入って読んでいるのが『役立つ魔法・応用編』だ。

 よく利用される本は手前に、そうでない本ほど奥の方に置かれる図書室の本の中でも最奥にある。

 たしかに学園の授業や試験のためには必要の無い内容なのだが、これがなかなか面白い。

 例えば風を生み出す魔法

 ―――洗濯物をまとめて籠の中に入れ蓋をし、中で風を渦を巻くように発生させればあっという間に水が切れる!

 さらに風の温度を上げれば乾燥も可能。雨の日だって洗濯に困らない!


 本当に面白い。

 だってこれ、貴族には絶対いらない知識のはずなのに著者は貴族らしい。

 魔法は想像力とはよく言われるけれど、平民ならともかく貴族でこんな事を考える人はまずいないだろう。

 ちなみに私が普段から使用している体を覆うシールドの魔法もこの本に載っていたものだ。

 ―――雨が降っても石が降ってもあなたのことを護ります!自衛は大事です。


 本当に自衛は大事です。

 おかげ様で私は今日も無傷です。

 いつか何かの拍子に平民に戻ることがあったとしても、この本を読破していれば無敵な気がする。

 その可能性が無いわけでもない。

 自分勝手に私を連れてきた彼らのことだから、私が駒として役立たずだと判断すればすぐに捨て去るかもしれない。

 どうなるかは分からないけれど、今は好きなだけ学ばせてもらえることだし得られるものはありがたく頂戴しておこう。




 パタン。


 ふう、今日もとても満足した。

 今日はここまでにして帰ろうと席を立った。




ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。


私ももし魔法が使えたら、絶対に『役立つ魔法・応用編』を読むと思います(≧▽≦)

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