29.調べたい理由
会話が多いです。
読み辛かったらすみません。
「マルカ嬢の両親についてもう少し調べたいと思っている。許可してもらえないだろうか」
クライヴァル様の言葉に私は訝しげな声で答える。
「何でまた。どなたかからの指示ですか?」
「いや、今回は私個人の希望だ」
「クライヴァル様の?一応理由をお聞きしても?」
今さら母様たちのことを調べてどうするというのだろう。
「これは完全に自分の為なんだが……私は、君に貴族の血が流れているのではないかと考えている」
「……はあ?……っ、すみません」
思わず漏れた言葉と開いた口を手で覆って隠す。
私に貴族の血?
そんな馬鹿な。
「何を馬鹿なことを、という顔だな」
口に出さずとも私の表情がそう言っていたようで、クライヴァル様は苦笑いをもらす。
「だが私がそう思うのにはちゃんと理由もあるんだ」
「理由?」
「ああ」
「母様と同じ、この話し方ですか?」
確かにこの話し方は周りからは少し浮いていたけれど、父様が亡くなってからも私と母様は小さな借り家で暮らしていたし、その前はもっと田舎の山の中の村で暮らしていたと聞いたことがある。
貴族がそんな生活をするとは思えない。
「それもあるが、一番は君の魔力だ。魔力測定をマルカ嬢もやっただろう?」
「あの水晶玉を使った検査のことですよね?」
「そうだ。あれは変化した水晶の色によって魔力量を判別しているんだが……君は自分が何色を示したか覚えているか?」
「確か、白くぼやけたピンク色のような感じだったと思います」
なんだかはっきりしない色だなと思ったことは覚えている。
あとは周りの人たちがやたらと驚いて、そして「あなたは魔力が高いので、来年から王立学園への入学が認められます。おめでとう」と言われたのだったか。
認められますと言われたが、よくよく話を聞けば入学義務があるということで私に選択肢は無かったのだが。
ともかく、その時に水晶が黄色以上を示したので魔力が高い部類だ、何なら貴族並みだと言われたくらいしか覚えていない。
「水晶の示す色は透明を含めて全部で6色。王立学園への入学は平民では黄色以上の者に限られ、黄色の上にある色は2色のみ。それが君が示した薄紅色、そしてその上の白色だ。学園にいる平民の数からしても、平民で黄色以上の者がいかに少ないかということが分かるだろう」
クライヴァル様の言う通り、学園に通う平民の数は学年ごとに両手で足りる人数しかいない。
「そして、その者たちは殆どが黄色止まりだ。稀に薄紅色がいるとすれば、それは貴族の落胤のことが多い」
「つまり、その薄紅色を示した私はどこぞの貴族の血を引いているのではないか、という事なんですね」
「ああ。マルカ嬢が直接という事は考えにくい。君の両親がそうなのではないかと考えている」
なるほど。
言いたいことは分かった。
だが、同時に分からないこともある。
「それを調べてどうするんですか?仮に本当に貴族の血が入っているとして、父様が亡くなった時も、母様が亡くなった時もそれらしき人たちは姿を見せませんでしたよ」
今さら分かったとしても家族だなんて思えないだろうし、向こうも必要の無い身内が見つかっても良い迷惑だろう。
クライヴァル様だってそんなことくらい想像できていると思うし、何故調べようとするのか理解できない。
「……私自身のためだ」
「クライヴァル様の?」
何故私の両親を調べることがクライヴァル様の為になるのだろう。
「呆れられるのを覚悟して言うが……君が身分を気にしているから」
「……は?」
「だから、君が身分を気にしているからだ。やっと私の気持ちに嘘が無いということは分かってもらえたようだが、それでもやはり君は私との間に一線を引いているように思う。私の気持ちは理解しても、自分は平民だからとそれ以上に向き合ってもらえていない。もう少し近い立場なら良かったのにといつも思う」
クライヴァル様は私をしっかりと見て話す。
「だが、私は公爵家の息子でいずれこの家を継ぐ身だ。これは変えられない事実であるし、幼い頃からそのことを意識しながら生きてきた。背負うものも多いが、そういったことを含めて私という人間なのだから仕方がない。マルカ嬢と出会えたのだって今の自分だからだ。だが、そのせいで肝心の君に身分を気にして真剣に考えてもらえないなんて悲しいじゃないか」
「ええぇ……?」
「だから身分差という問題が少しでも解消されればもう少し私自身を見てもらえるのではないかと思った。私自身が嫌われているなら諦めも付くが、そうではないなら出来得る努力、というか手段は取ってみたい」
「あの、でもそれってあまり意味が無いんじゃ」
「何故だ?」
「もし仮に、仮にですよ?私に貴族の血が入っていたとして、だからと言って私が今まで平民として生きてきたことと、今現在平民という事に変わりはないじゃないですか」
「だが、その身に流れる血でしか人を判断出来ないようなくだらない連中を黙らせることは出来る」
「もしもアルカランデ公爵家にとって都合の悪い家の血縁だったらどうするんですか?」
「べつに知らせなければ良い話だ」
「いや、もうそれこそ無意味じゃないですか」
「そうだが、そうじゃないんだよ」
「ええっと、もう言っている意味がよく分からないんですが」
「要はマルカ嬢の気持ちの問題だ。本当のところ、もし君が貴族の血縁だったとしても、それを公表する気なんか無いんだ。マルカ嬢が貴族だろうが平民だろうがそんなことは私にとってはどうでも良いことだしね。ただ、もしかしたらそのことによってマルカ嬢が少しでも私との間に築いた壁を取り払ってくれれば良いなと、ただそれだけなんだ」
私が貴族の血縁であるかどうかなんてまだ分からないのに。
もし血縁だったとしても、その情報で私がクライヴァル様との距離を近づいたと思う保証なんてどこにも無いのに。
それでも、その“もしかしたら”に期待しているのだと言う。
「何で……」
分からない。
私はそんなにクライヴァル様に望まれるようなことをしただろうか。
何故そこまでして私なんかに。
「何で、私なんですか?」
「……」
「そこまで好いてもらえる理由が分かりません。私より素敵な女性はクライヴァル様の周りにたくさんいるでしょう?」
「……努力する姿が好きだとか、物言いがはっきりしているところが好ましいとか、上げれば幾つも理由はある。だが、そういうことじゃないんだ。気づいた時にはもう好きだった。いつからとか、何が理由だとかそんなものは全て後付けで、確かなのは私が今まで周りの女性に感じなかった気持ちを君に持っているという事だけだ」
そんなことを真面目に言われてしまったら、私はどう返したら良いのか分からない。
答えに困って何も言えなくなってしまった私を見て、クライヴァル様は苦笑を浮かべつつ「なんだか大きな独り言が出てしまったようだな」と言った。
「で、どうだろう?調べることを許してもらえるか?」
「……許さなかったら調べないんですか?」
「とりあえず今は。折を見てまたお願いすると思うが」
「それって結局私が許すと言うまで続くやつじゃないですか。こっそり調べても同じなんじゃないですか?」
私が呆れ顔で溜息交じりにそう言えば、クライヴァル様は首を緩く横に振る。
「マルカ嬢はそういうことが好きではないだろう?それに、私は君が許してくれる可能性の方が高いと思っている」
「すごい自信ですね」
「自分に自信があるわけじゃないぞ?ただ、マルカ嬢なら大好きな両親のことを知りたいだろうなと思っただけだ」
「……ずるい」
母様たちのことが知りたいかって?
そりゃあ知りたいに決まっているではないか。
「ずるいです。全てお見通しじゃないですか。母様と父様のことだったら何だって知りたいですよ」
「では調べても?」
「ええ、どうぞ!その代わり、分かったことは全部教えてくださいよ?」
「もちろんだ」
満足そうに笑うクライヴァル様になんだか腹が立つ。
溜息を吐いて私は立ち上がった。
「もう行ってしまうのか?」
「もう疲れました。今日はもう休ませていただきます」
「そうか、ではまた明日」
「はい、お休みなさい」
「おやすみ、良い夢を」
私は軽く頭を下げてサロンを後にする。
与えられた部屋へ戻るまでの廊下で、私は自分が少しワクワクしていることに気付く。
(父様と母様のことが分かるかもしれないのね)
母様は一緒に過ごした記憶があるが、父様に関しては正直あまり覚えていない。
私が覚えているのは金の混じった鳶色の瞳と、いつも笑っているような温かい雰囲気。そして私の名を呼ぶ優しい声音だけだ。
あの母様が愛した人なのだ。
きっと素晴らしい人に違いない。
母様と父様の魔力が高かったかどうかは聞いたことがないし、貴族の血が入っているかどうかも正直興味は無い。
ただ純粋に、二人のことが分かったら嬉しいと思うだけだ。
クライヴァル様の思いとは異なるけれど、調査結果を少し楽しみにしている自分がいることは確かだった。
ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。
いつまで経っても誤字が無くならない……何度も読み返しているのに気づかないとか本当に、もうね。
日本語って難しいな(;´∀`)