28.記憶の中の母
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「私の両親ですか?」
夜の恒例行事となった私とクライヴァル様のサロンでの一時。
クライヴァル様が突然両親について聞いてきた。
クライヴァル様と話をする時は、いつもその日あった何気ないことを話すことが多い。
そのうちに一つの話題に自然と誘導されているようなこともあるのだが、今日はいつもと違い、始めから話題を振ってきた。
(珍しい。私の両親のことでよほど気になることがあるのかしら……それとも、他にも何か?まあ今の段階じゃ考えても分からないわね)
いつもと違うことに多少の違和感を覚えながらも、私はクライヴァル様の返しを待つ。
「ああ。今まできちんと聞いたことがなかったが……聞いても問題無いだろうか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「もし気を遣っているなら、思い出すのが辛いなら無理にとは言わない」
「もうだいぶ前のことですし、心の整理もついているので問題ありません」
むしろ今まで私に両親の話を聞いてくる人はいなかったし、大好きな母様たちについて話す機会があるなら嬉しいくらいだ。
「とは言ってもあまり父さ、父については覚えていないのですが」
「父様で構わないよ。ずっとそう呼んでいたのだろう?」
「……はい」
「決して下に見ているわけではないから気を悪くしないでもらいたいんだが、平民で親のことを父様、母様と呼ぶのは珍しんじゃないか?」
「そうですね。私の周りも大体は、お父さん、お母さん、父ちゃん、母ちゃんが多かったです。私の場合は母様が自分のことを母様と言っていたので自然とそうなったんですけど」
孤児院の子たちも、街で仲良くなった子たちも、みんな両親のことを父様、母様と呼ぶ子はいなかった。
「マルカちゃんのお家はお金持ちなの?」と聞かれることもしばしばあったし、母様が生きていた頃は「あんたたちお貴族様みたいな話し方するねー。とは言ってもお貴族様なんかと話したことないから分からないけどさ!」と、言われたこともある。
「やっぱりこの呼び方って変なんでしょうか」
「私は特に気にならないが、平民の中にいると少し違和感はあるだろうな。普段の話し方も周りの者たちとは違ったのか?」
「そう、ですね。色々と母様の真似をしていましたから……母様に似ているって言われると嬉しくて」
母様はおっとりとした話し方で、言葉遣いはとても上品だったように思う。
レイナード家に引き取られた時も、話し方を直す必要は無くて手間が省けたということを言われた記憶がある。
母様がいなくなった後も、変わっていると揶揄われても私が話し方を変えることはなかった。
かつてのことをぼんやりと思い出す。
「私の髪の色、母様譲りなんです」
私は自分のミルクティー色の髪に指を通して摘まみ上げた。
「顔も母様によく似ているって言われていました」
「うん」
「母様がいなくなった頃はやっぱり寂しくて、鏡に映った自分を見て、母様と同じ話し方で言葉を口にすると……母様がそこに居てくれているような気がして……だから話し方がみんなと違って変だって言われても変えられなかったんです」
『やーい、マルカ!何だその喋り方!』
『俺らと同じ平民のくせにお高くとまってんじゃねーよ!』
『変なの!自分がお姫様だとか思ってるの?』
『変じゃないわ!母様とお揃いだもの!母様と、私の、ひっぐ、大事な思い出だもの……うえぇ~ん』
母様が生きていた頃から孤児院にいた子は、私の話し方や行動も受け入れてくれていたけれど、それを知らない後から入ってきた子や街の子供たちは、小さな子供がお高くとまって偉そうにしていると言って、よくちょっかいを出されていた。
その度に、怒って泣いて、母様の「色々言ってくる子たちは本当はマルカとお友達になりたいのかもしれないわね。マルカは何も悪いことはしていないのだから堂々としていたら良いのよ。相手の目を見てにっこり笑ってみたらどうかしら」という言葉を実行出来ずに落ち込んだ。
それが何度も繰り返されるうちに母様が言っていた通りに出来るようになると、相手も私の反応が返ってこないことが面白くなくなったのか、それとも私はこういうものだと諦めたのか、話し方や行動を揶揄われることも無くなったのだが。
そんな懐かしくも若干苦い思い出に、くすっと苦笑を零す。
そして静かに私の話を聞いてくれているクライヴァル様を何の気なしに見れば、そこにはなぜか泣きそうな顔のクライヴァル様がいた。
「……なんで、なんでそんな顔をしてるんです?どうしてクライヴァル様がそんな泣きそうな顔をしてるんですか?」
思わずクライヴァル様にそう問いかけていた。
「……仕方がないだろ。その時のマルカ嬢の気持ちを考えたら、こうぐっと胸に来るものがだな」
(私の気持ちになってそんな顔をしていたの?……変な人)
一旦顔を背けたクライヴァル様は、バツが悪そうに咳払いをすると私に向き直った。
「大丈夫か?本当に無理はしなくても」
「大丈夫ですって。先ほども言いましたけど、もう何年も前のことですから自分の中で整理出来ています。でも何でいきなり両親のことを?今まで誰も私の両親のことなんて気にしたことなかったですよね?」
「それは、だな」
急にクライヴァル様が口ごもる。
こういう時のクライヴァル様は、何か言い辛いことを言おうとしている時だ。
「あの例の一件に関わっている上層部の者たちは、君の親について少しだが知っているんだ。だから敢えて誰も君に聞くことはしなかった」
「え?それってどういう―――」
そこまで言いかけて分かってしまった。
例の一件というのはレイナード家の関わった件で、その時関わりのあった人たちが私の両親について知っているという事は。
「なるほど。理解しました。私が本当に信用できるかどうか、私の後ろに―――レイナード家よりも更に裏に何者かが付いていないか調べたという事ですね。そしてその時に母様や父様についても知ったと」
「相変わらず理解が早いな。だがその通りだ、すまない」
クライヴァル様はそう言って私に頭を下げたけれど、それは仕方がないことだという事は私にだって分かる。
「謝る必要なんてありません。それは必要な事ですから」
「だが、そうだとしても愉快な話ではないだろう。それに、君のその情報を調べたのは私だ。だから、すまない」
律儀な人だなあと再び謝るクライヴァル様を見て思う。
クライヴァル様が私を調べたのは陛下と公爵様の指示だし、疑わしい人物を事前に調べるという事は必要なことだ。
素性のよく分からない人物を信用するわけにはいかないし、殿下たちに近づけるわけにもいかないのだから。
確かに、勝手に調べられるのは面白くは無いが、当然の仕事をしただけのクライヴァル様を責めるなんてことはしない。
それなのに、私が不愉快な思いをしただろうと頭を下げているのだ。
(本当に、この人のこういうところが―――)
―――
こういうところが何だというのだろう。
次に何と言おうとしたのか自分でもよく分からずにいると、そんな私の思考をクライヴァル様の声が遮った。
「それで、だな」
「はい?」
「謝罪したばかりでこのようなことを言うのもどうかと思うのだが……」
クライヴァル様が言い辛そうに途中で言葉を止める。
なるほど。
恐らく今日の本題はここからだろう。
「何でしょう?」
さあ、一体何を聞かれるのだろうか。
私は一旦言葉を止めたクライヴァル様をじっと見つめた。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:揶揄われた時、目を見て笑ったら相手はどうなったんですか?
↓
マルカ「そうですね……固まったり、赤くなったり、走って逃げたりと人によって反応は様々でしたね」
受賞に関しての皆様の嬉しいお言葉……涙が出そう、いやもう泣きました!(*´ω`*。)°゜
ありがとうございます!
今後も頑張ります。