27.男の友情
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
「ですから、友情と恋情についてですよ」
「いや、だから急に何の話だ」
殿下は全く意味が分からないと言った風であったが、クライヴァル様は私の言葉とクリスティナ様を見て、なんとなく察したらしい。
あれで分かってしまう観察眼がすごい。
クリスティナ様が妹だからっていうのもあるのだろうけど。
「殿下がクライヴァル様の言うことばかり素直に聞くものだからクリスティナ様が拗ねてます」
「マルカ!止めてちょうだい。拗ねてなんかないったら」
「クリスティナ、お前にしては珍しく感情が隠しきれていないぞ」
クライヴァル様からそう言われると、クリスティナ様は持っていた扇をぱっと広げて目から下の顔を隠した。
「……意地悪ね、お兄様。それ以上言ったら協力してあげないわよ?」
「馬鹿言うな。協力どころかお前たちのせいで逃げられかねなかったのだから少しは大人しくしておけ」
おお・・・。
クリスティナ様とクライヴァル様の間で火花が散っている。
「まあ、まあ。兄弟喧嘩はそれくらいで。それよりもクリスティナ様」
「なあに?」
「殿下を見てください」
私の言葉に促されてクリスティナ様が殿下の方に目をやると、とても嬉しそうな殿下がいた。
「バージェス様?何ですの、その締まらないお顔は」
「いや~」
分かる。
分かりますよ。
自分の兄にまで嫉妬するクリスティナ様が可愛くて仕方ないのでしょう。
「殿下。友情と恋情は種類が違うから比べるものではないというお話をしていたんですよ」
殿下は少し考えてからクリスティナ様の傍に来て言った。
「そうだな。クライヴァルに対しては臣下から主として認められたいという想いと、あとはなんだ、小さい頃の理想と言うか、まあそんなところだ。クリスティナに対しては愛し愛されたい、だからなあ。それに私はクリスティナの言うことも蔑ろにしているつもりはないのだが」
「……でも私が諫めるよりお兄様がひと睨みした方が効果抜群ですもの」
兄弟喧嘩から殿下との痴話喧嘩に移行しているクリスティナ様を見ていると、いつの間にかクライヴァル様が私の隣に来ていた。
「クライヴァル様」
「何だ?」
「結局殿下もクリスティナ様に甘えてるってことで良いんでしょうか?」
「まあ、そうだろうな。クリスティナは私のようにきつい言い方はあまりしないから。まあそこは私とクリスティナでバランスが取れているんだが、クリスティナもそれは分かっているから―――ああ、ほら。もう落ち着いたようだ」
クライヴァル様の視線の先にはいつも通りの笑顔に戻ったクリスティナ様がいた。
拗ねているクリスティナ様も可愛かったが、やはりいつものクリスティナ様も格好が良くて好きだ。
「痴話喧嘩はもう良いのか?」
クライヴァル様の揶揄うような言葉にも反応することなく、あっさり「ええ」と返してくるあたり、本当にいつも通りだ。
「バージェス様、そろそろお時間ですし、魔術師長にお会いするという目的も達成しましたので私たちは先にお暇しますわ」
「ああ、もうこんな時間か。マルカ嬢も今日は私のせいですまなかったな」
何だかんだで自分の非を認めて当たり前のように謝れてしまうところが殿下の憎めない所でもある。
まあこれも私的な場だからであって、本当ならこんな簡単に頭を下げて良い人ではないのだけど。
「いえ。私も思い込みで魔術師長様までお呼びすることになってしまって申し訳ありませんでした」
「まあ、マルカ嬢が心配する理由が分からないわけでもないからな。馬車の停まり場まで送ることは出来ないが、二人とも気を付けて帰ってくれ」
「はい。バージェス様、またお会いできるのを楽しみにしていますわ。では失礼いたします」
「失礼いたします」
私とクリスティナ様は殿下とクライヴァル様に見送られて部屋を後にしようとする。
が、私はそこでくるっと後ろを向いてクライヴァル様の名前を呼んだ。
「どうした?」
「……お仕事頑張ってくださいね」
「!ああ、ありがとう。気をつけてお帰り」
クライヴァル様のおかげ(?)でこれから揶揄われることもなさそうだし、これくらいは言ってあげても良いかなと思ったのだ。
いや、まて。
あげても良いとか私もずいぶん偉そうになったものだ。
いけない、いけない。
ちょっと反省しなくては。
だからね、クライヴァル様。
そんなに嬉しそうな顔をしなくて良いんです。
またクライヴァル様の後ろに大量の花が見えました。
ちょっとした罪悪感を覚える。
「では、失礼します。行きましょう、クリスティナ様」
私は逃げるようにクリスティナ様を急かして王宮を後にしたのだった。
◆◇◆◇
「実際どうなんだ?」
王太子専用の執務室で書類に目を通していたバージェスは視線をクライヴァルに向けるとそう問いかけた。
「何がですか?」
「マルカ嬢のことだ。クライヴの気持ち自体は伝わっているようだが」
「そうですね。それも、ようやくと言った感じですが。まあ当初よりは距離は近づいたと思いますよ」
「距離ねぇ。今日話していて思ったが、マルカ嬢が一番気にしているのは身分差だろう?」
揶揄いの色を含まない真面目な問いにクライヴァルもきちんと答える。
「はい。事あるごとにそのことを言われますから」
「よく理解しているからこそ、か。難しいな。そんなマルカ嬢だからこそクライヴの目に留まったのだろうが、身分の問題は確かに煩い輩もいる。友人以上を望むなら、そこをクリアしない限り納得しないだろうな。主にマルカ嬢が」
「そうですね。私もいろいろと考えてはいますよ。少し気になることもあるので」
「気になること?」
「はい。彼女の両親についてです」
「確かマルカ嬢の母君は5歳、父君はそれよりも前に亡くなったんだったな」
レイナード伯爵家の関わった一件で、マルカが手紙を寄こした際に、簡単ではあるがマルカの素性は調べられていた。
それを調べたのはクライヴァルである。
「ええ。問題はマルカ嬢の魔力量です。水晶玉が示した彼女の魔力は薄紅色、それも淡い色だったと」
魔力測定は特殊な水晶玉を利用する。
この水晶玉は触れた者の体内を巡る魔力を吸収し、その魔力量に応じて水晶玉の色が変わるという仕組みだ。
魔力量による水晶玉の色の変化は少ない方から、透明-薄緑-薄青-黄-薄紅、そして白となっている。
「……高位貴族の血が入っているのか?両親は平民なのだろう?」
「今はまだ何とも。ですが通常平民ならば黄色でも稀だと言われます。現に黄色以上なら通学義務のある王立学園ですら平民の数はとても少ない。まあ学園に通う貴族たちは平民が自分たちよりも魔力が多いわけないという先入観からマルカ嬢の魔力量に関しては関心が無かったようですが」
「子捨ては罪だし、マルカ嬢が両親のことを覚えているという事はそれよりも前の誰かということか……」
「まあ、あくまでも可能性ですがね」
「だがもし貴族の血が入っているとしたら―――場合によっては余計に厄介な事にもなり兼ねん。言わなくても分かっているとは思うが慎重にな」
「ええ。もし知らない方が良い情報だったらきちんと消しますよ。まあどちらにしてもまずはマルカ嬢に調べる許可だけは取るつもりです」
クライヴァルの言葉にバージェスは目を瞬かせた。
「……聞くのか?マルカ嬢に?」
「もちろん」
「べつに言わなくても良いんじゃないか?」
「駄目ですよ。勝手に調べたことがバレたら彼女はおそらく怒ります。不愉快だと言って嫌われる未来が容易に想像出来ます」
「ああ……」
最高の笑顔で軽蔑の言葉を寄こしそうだなとバージェスも想像出来た。
バージェスが確認し終えた書類に目を通しながらクライヴァルは「ところで」と口にした。
「うん?」
「殿下としては、私がマルカ嬢を妻にと望むことをどう思いますか?」
「良いんじゃないか?」
バージェスはあっさりとそう返した。
「マルカ嬢が友人だから言っているわけではないからな?」と前置きした上で、バージェスは話し出した。
「まず彼女は勤勉だし頭の回転も速い。自分のことを平民だからと言う割には貴族を前にしても物怖じしない、良い意味で図太さがある。儚げな印象と違って結構気が強いのだろうな。それくらいの方が貴族社会で押し潰される心配も無くちょうど良いだろう。アルカランデ公爵家も今さら誰に足をすくわれるでもないことを考えれば、むしろしがらみが無くて良いとさえ思えるな。あとは魔法か。魔力量も然る事ながら使い方が上手く、力は弱くてもある程度自分の身を自分で守れるところも良いところだな」
バージェスはマルカについてつらつらと述べた。
それを聞いていたクライヴァルは嬉しそうだった。
「何より、クライヴにその様な顔をさせられるというところが一番だな」
まるで自分が褒められたかのように顔を綻ばせるクライヴァルを見るバージェスもまた嬉しそうだった。
自分にはクリスティナという一生を共にしたいと思える女性がおり、しかも王妃となるにふさわしい人物であることから何の障害も無く、クリスティナが学園を卒業すれば婚姻を結ぶことになるだろう。
かつてはクライヴァルにもそんな相手になり得る婚約者がいたが、そうはならなかった。
クライヴァルにも全く非は無かったとは言わないが、あの令嬢ではクライヴァルが惹かれる要素が無かったし、あのまま婚姻を結んだとしても、夫婦として心を通わせることは出来なかっただろう。
余計なお節介ではあるが、クライヴァルにも自分と同じように心を許せる相手が見つかればとずっと思っていた。
クライヴァルは臣下であり、兄の様であり、友でもあるのだから。
「私はお前にも幸せになって欲しいと思っているんだ」
「……何ですか、急に。私は今でも幸せですよ。ですが―――」
そう言ったクライヴァルはまとめた書類を手にしたまま、どことなく遠くを見て何かを想像しているようだった。
そして再び視線が合った男の顔に浮かんでいたのは飛び切りの笑顔だった。
「そこに彼女がいたら、きっともっと幸せでしょうね」
心からの笑顔を浮かべて言ったクライヴァルの恋が成就することを願ってやまないバージェスだった。
【ご報告】
この度『私の名はマルカ(短編版)』が第8回アイリスNEOファンタジー大賞にて銀賞を受賞しました!
詳しくは活動報告をご覧ください。
読んでくださる皆様のおかげだと思っております。
ブクマ&感想&評価、誤字報告などありがとうございます。
本当に励みになっております!
【お知らせ】
昨年末に『王立騎士団の花形職』の番外編をひとつ投稿しました。
あちらからマルカに来てくださった方もいるのではと思い、一応こちらでもお知らせさせていただきます。
砂糖を大量に仕込んだ仕様になっております(*´▽`*)