26.甘え
遅くなりました。
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「なんだ。ずいぶん仲が良さそうではないか」
「殿下、お黙りになって」
なんだか懲りていなさそうな殿下にすかさずストップがかかる。
クリスティナ様はちゃんと私の言ったことを分かってくれたみたいだ。
殿下は・・・分かっているのかわざとなのか、どちらにしても懲りていない。
そんなので良いのか未来の国王。
まあ、クリスティナ様が止めるのだろうし殿下ももう少し大人になれば落ち着くのかもしれない。
(ああ、でも殿下って私より2歳上だったわ……)
早く大人になってほしいものである。
いや、きっとこれは私的な場だからであって、公式の場――王太子としてならばきちんとした態度になるのだろう。
実際学園にいた時はちゃんとしていたし。
そんなことを考えているとクライヴァル様が一歩前に出た。
「もう魔術師長との話は宜しいのですか?」
「ああ、まあな」
殿下はクリスティナ様をちらっと見て意味深に微笑んだ。
しかしクライヴァル様はそれには触れず、「では私の話を聞いてもらっても?」と言った。
「何だ、改まって」
「殿下。単刀直入に言います。余計なことはしないでください」
「……いきなり何だ?」
「マルカ嬢に私をどう思っているか聞いたそうではないですか」
ああ、先ほどの話か、と何事も無かったかのように殿下は頷く。
「ああ。お前が恋をしたと言うから気になって気になって……もしかして怒っているのか?」
「怒っているというか、呆れているというか。とにかく、金輪際そう言った馬鹿げたことをマルカ嬢にしないようにお願いします」
「私はちょっとクライヴが聞けないことを聞いてやろうと思っただけなんだがなぁ」
「それが余計なお世話だと言っているんですよ。誰にだって踏み込まれたくないことや言いたくないことはあります。大体そこまでのマルカ嬢の言動を見れば嫌がっていることは分かったはずでしょう?これでもし貴方や私たちに嫌気がさして公爵邸から出て行ってしまったらどう責任取ってくれるんですか?」
「まさかそこまで……なあ?」
殿下がこちらを見たので私はにっこりと微笑んでやった。
肯定も否定もしていないが、その可能性はあるぞと受け取ったらしい。
あからさまに慌てた様子の殿下に溜飲が下がる。
「お前もだ、クリスティナ。マルカ嬢ならそこまでしかねないことをお前なら分かっているだろうが」
「ええ、マルカにも怒られたし反省しているわ」
「マルカ嬢に言われるよりも前にそういうことはするな。気兼ねなく付き合える友人が出来て嬉しいのは分かるが、どこまで許容してもらえるかを試そうとするんじゃない。あとそういったことに殿下を利用するのは止めろ」
私はクライヴァル様の言葉を驚きとともに聞いていた。
殿下を利用する、そこについてはどうでも良い。
クリスティナ様が私を試そうとしていた?
どこまでなら許されるのかを試そうとしていた?
「一歩間違うと友情が破綻するぞ。せっかく得られた信用を自分から手放すのは愚か者のすることだ」
「はい。本当に反省しています。……マルカもごめんなさいね」
クリスティナ様は私に向かって頭を下げた。
「や、止めてください。先ほども謝っていただきましたし、もう大丈夫です!」
「では、まだ友人でいてくれる?」
「もちろんですよ……と言うか、あの、私試されていたんですか?」
「試すというか、まあ、そうね」
クリスティナ様にしては珍しく歯切れの悪い返事だった。
これはきっと肯定だ。
試されるなんて愉快な話ではないはずなのに、私はそれを少し嬉しく感じてしまった。
「あの、おかしな話ですが……今の話を聞いて私、少し嬉しいんです」
「嬉しい?なぜ?」
「だって、それはクリスティナ様の私に対する甘えでしょう?私なら、あれくらいならいざとなったら謝れば許されると思ったのでしょう?」
私がクリスティナ様たちに思っていたのと同じように、私ならきっと許してくれると思ったのだろう。
お互い甘えていたらしい。
クリスティナ様が本当に私に心を許してくれているのだと感じて私は嬉しくなった。
「あ、甘えっ……ええ、そうね。そうかもしれないわ」
クリスティナ様は僅かに頬を染めて恥ずかしそうに言った。
美女は照れても可愛い。
「私、やっとクリスティナ様と本当の友達になれた気がします」
ふふっと私が笑えばクリスティナ様は「私はとっくにその気だわ」と返された。
「おい、クライヴァル。なぜかお前とマルカ嬢ではなく、クリスティナとマルカ嬢の仲が深まったぞ」
「……その様ですね。まあ良いことではないですか」
「お前、もう少し頑張ったほうが良いのではないか?」
「本当に余計なお世話です。私は無理強いしてマルカ嬢に嫌われたくないので。長期戦は覚悟していますから放っておいてください。それと、大体殿下は気を許した者への態度が普段と違い過ぎます。親しき仲にも礼儀ありと言うでしょう。あまりふざけたことばかりしているといつか見限られますよ」
「……それはクライヴも含めてか?」
「馬鹿なことを言わないでください。私は最後まで貴方に付き従います」
「……そうか、以後気を付ける」
「善き王の臣下にならせてくださいね」
「ああ」
殿下の言葉にクライヴァル様は目を細めて満足そうに頷いた。
余計な口を出すなという話からずいぶんと大きな話になっているような気がしなくもない。
けれど、殿下もなんだか嬉しそうだったのでまあ良いのかなと思う。
そんな二人を見ていたクリスティナ様は「見事な物よね」と呟いた。
「あれでマルカのことを揶揄うことはもうしなくなるわね」
「そうでしょうか」
「ええ、バージェス様ってお兄様のことをすごく信頼しているのよ。昔は「クライヴみたいに何でも出来るようになるんだ!」って、よく言っていらしたわ。だからかしら。お兄様から叱られると落ち込んで、褒められるとすごく嬉しそうなの」
つまり、そのクライヴァル様から善い王になるのを期待しているというようなことを言われた殿下は人を揶揄うようなことはしなくなるだろう、という事らしい。
分かるような、分からないような。
それ以前に人から窘められる前にやるなと思わなくもない。
クリスティナ様とクライヴァル様は理解出来ている殿下の思考回路が私にはよく分からないが、それで殿下の面倒な行動が無くなるならそれで良い。
しかも殿下が善(良)い王になって良い国にしてくれるなら私たち民にとっては言うこと無しだし、私が殿下の思考を理解出来なくても問題無いのだ。
どちらにしろ、私の殿下への評価は以前より低く、『大人になりきれていない悪戯小僧』である。
孤児院にいた時の面倒臭い年下の男の子を思い出させる。
クリスティナ様にはせいぜいしっかり躾けていただきたいものだ。
まあ私が殿下を評価するなんて烏滸がましいことだけど、心の中でなら許される、はず。
我ながら酷い考え方だとは思うが、今はそれよりも。
「クリスティナ様、もしかして拗ねてます?」
「……そんなことないわ。けしてお兄様の方がバージェス様と絆が深いだなんて思ったりしていないわ」
いや、これは絶対拗ねている。
どこからどう見ても拗ねていますよね。
そんな顔も美しいってすごいと感心するばかりだが、やはりクリスティナ様は笑っているのが一番だと思うので少しフォローしておこうと思う。
だって私、クリスティナ様の友人ですから!
「心配しなくても殿下の一番は誰が見てもクリスティナ様ですよ。男の子って自分が格好良いって思ったものに憧れるものですし、男の理想とか友情と恋人への愛情は絆の種類が違うから比べるだけ無駄ですよ」
私は殿下を振り返る。
「ですよね、殿下?」
クライヴァル様と話していた殿下は、急な私からの問い掛けに「何がだ?急に何の話だ?」と疑問符を顔に浮かべた。
≪マルカに聞いてみよう≫
質問:クライヴァル様の釘、優しすぎやしませんか?
↓
私もそう思いましたが、効果があれば何でも良いかと。
相手はあれでも王族ですからね。
ただ、もしも相手が孤児院の男の子で、私だったら『人様に迷惑をかけるな』と拳骨を落とします。