25.マルカの懸念
私は思い切って思っていたことを口にした。
「やっぱりおかしいと思うんです」
「おかしい?」
「はい……これは殿下やクリスティナ様、公爵家の方々にも言えることなのですが……」
ここまで言って、その先の言葉を本当に続けて良いものか迷い言い淀む。
私は本気なのだが、クリスティナ様に馬鹿だったのかと言わせた言葉だ。
本来なら王太子殿下に言うようなことではないだろう。
すると、そんな私に気付いたクリスティナ様が続きを促した。
「大丈夫よ、マルカ。馬鹿げた質問だとしてもバージェス様は怒ったりしないわ」
また馬鹿って言われた。
私の考えていることはクリスティナ様にしてみればよっぽど馬鹿げたことらしい。
「ではお言葉に甘えて。クライヴァル様も皆さんも、私に優しすぎると思うんです。私は自分の知らないうちに精神に干渉する魔法を使ってしまってるんじゃないでしょうか」
「……は?」
殿下はまたしても王族にあるまじき阿呆面で口を開けてポカンとしている。
クリスティナ様はその横で澄ました顔で紅茶を飲んでいた。
「……えー、うん?クリスティナ?」
「なんでしょう」
「マルカ嬢は一体何を言っているんだ?どうしたらそんな発想になる?」
こちらは真剣なのに殿下は呆れたような顔で私を見る。
「だってそうじゃなきゃ説明がつきません。ただの平民がこうして殿下たちとお茶を共にしたり、気安く喋ることを許されたり、クライヴァル様から想われたり、公爵家の皆さんにやたらと良くしていただいたり……ありえません。そちらに何のメリットもありません」
私にそこまでの価値は無い。
それなのに最近はみんなが私を好意的に見てくれる。
学園で嫌がらせをされていた頃の方がよほど現実的だとさえ思う。
一応伯爵令嬢であったあの時ですらそういったことをする人たちがいたのだ。
平民になった私に対する態度が甘すぎるのはきっと普通じゃない。
「無意識とは言え、そのような魔法を使っていたとすれば犯罪です」
だとすればそれは許されないことだ。
ごめんなさいで済んだら騎士や自警団はいらない。
「……クリスティナ。これは、どこからツッコんだら良いのだ?」
「そうですね。最初から、でしょうか」
殿下は額に手を当て大きな溜め息をつくと私に向かって言った。
「あー、マルカ嬢?君の言いたいことは分かったが、それは要らぬ心配だ」
「なぜそう言い切れるのですか?すでに魔法の影響を受けているかもしれない殿下が否定しても信用出来ません」
「……おい、すごいなコイツ。王族の言葉を信用出来ないと言ったぞ」
「バージェス様、言葉が乱れてましてよ。マルカは、何というか、まあ……結構頑固なところがありますから」
「私はあの一件以来、定期的に魔術師長にチェックを受けている。だが何の異常も無い。よって、マルカ嬢の考えていることは杞憂だ」
「前回チェックを受けたのはいつですか?クライヴァル様たちも受けてるんですか?」
返ってくる私の言葉に心底面倒臭そうな顔をして、殿下は椅子から立ち上がった。
「ああ、もう面倒だ。今から魔術師長に会いに行くぞ。クライヴも王宮にいるからまとめて見てもらえば良い」
「良いんですか?」
国の魔術師のトップに立つ人にそんな簡単に会いに行って良いのだろうか。
私がそう問うと、殿下は顔の横で手をひらひらさせて面倒臭そうに言った。
「仕方ないだろう。こうでもしなければマルカ嬢は納得しないだろうからな」
「それは、まあ。魔術師長様なら暫くお会いしていませんので信用出来ます」
「決まりだな。そうと決まればさっそく行くぞ。クリスティナは―――」
「もちろんご一緒しますわ。私も疑われているようですし……それに怒られるなら早いほうが良いですもの」
「誰が怒るんですか?」
「誰って……まあ、行けば分かるわ」
「はあ…」
こうして私たちは揃って魔術師長様に会いに行くことになったのだった。
「殿下も、アルカランデ兄妹も何の異常もありません」
「だろうな」
王宮に着くと殿下はすぐにクライヴァル様を呼び付けた。
「殿下、今日はクリスティナと一緒のはずでは……クリスティナにマルカ嬢?何故ここに?」
「説明するのは後だ。とりあえず一緒に来い」
詳しい説明もないまま魔術師長の元を訪ね、これまた詳しい事情も話さないまま全員に精神異常の魔法が掛かっていないか調べてもらった。
結果は異常無し。
「それで?皆さんでぞろぞろ来られて一体何事ですか?」
「私にも説明してください」
魔術師長とクライヴァル様が殿下に説明を求めた。
「マルカ嬢がクライヴの好意は自分が精神に作用する魔法を無意識に使ってしまっているせいではないのかと馬鹿げたことを言いだしたのでな」
「え?」
「私が否定しても信じないのでな。手っ取り早く分からせるためにここに来たというわけだ」
クライヴァル様が私を見て唸るように呟いた。
「まさか、まだ信じてもらえていなかったのか……」
「あー、違う違う。信じたからこそクライブが正気なのか心配になったのだろう」
殿下はクライヴァル様にそれだけ言うと、魔術師長様と話をするクリスティナ様の元へ行った。
それを見てひとり壁際に寄った私の隣にクライヴァル様はやって来て言った。
「私は正気だし本気だからな」
「それは、まあ、はい。勘違いでご迷惑おかけしてすみませんでした」
「いや、それは良いんだ。私がしていることで君に余計な不安を持たせていたことには申し訳なく思うが」
クライヴァル様は私を責めるわけでもなく、むしろ申し訳ないと謝られた。
その顔にあるのは苦笑いだ。
「ところで、なぜ殿下たちと共に来る事になったんだ?今日は殿下はクリスティナに会いに行ったはずだが」
「……私もご一緒することになりまして」
クライヴァル様は私の顔をじっと見て「何か問題でも起きたか?」と言った。
「いきなり何ですか?」
「違ったか?何かあったのかと思ったんだが」
私はそう言われて少し驚いてクライヴァル様を見上げた。
今、確かに先ほどまでのことを思い出して、面倒臭かったなと思ったのだが、表情に出したつもりはなかった。
「沈黙ということは当たりか?」
「私顔に出てしまっていましたか?」
「いや、まあ殆どの者は気づかないだろうが……なんだろうな。最近何となくだが分かるようになってきた」
クライヴァル様は少し得意気に微笑んだ。
何となくその顔を見ていられなくて私は視線を殿下たちの方へと向けた。
それを気にすることなくクライヴァル様は話を続ける。
「それで?何があったか話してくれるのか?」
「何が、というほどのことでもないんですが―――」
私は殿下たちに強制的にお茶の席に同席させられ、クライヴァル様をどう思っているのかなどを聞かれたことを掻い摘んで話した。
「私たちしかいなかった私的な場という事もあったので、その後しっかり釘を刺させていただきましたが」
「……」
「クライヴァル様?」
何も反応が無いことを不思議に思いクライヴァル様を見れば、彼は眉間に皺を寄せ口元に手をやり深い溜息を吐いた。
「すまない、私のせいだな」
クライヴァル様のせいではないと思う。
あれは完全に悪ノリした殿下とそれを止めなかったクリスティナ様の問題だ。
「だが、私が殿下に君とのことを話さなければ君を煩わせることはなかったはずだ。少々浮かれすぎていたようだ」
「……浮かれてたんですか?」
「まあな。屋敷に帰れば好いた相手が迎えてくれるんだ。そりゃ浮かれもするさ」
「そう、ですか」
苦笑交じりの声と温かな視線が隣から向けられていることを感じ、ムズムズした気持ちになりそっと俯いた。
「君は私が優しすぎると言ったようだが、それも当然のことだ」
「当然?」
「ああ」
クライヴァル様は少し体を屈めて横から私の顔を覗き込んだ。
私とクライヴァル様の視線が交わる。
「私には下心があるからな。君に少しでも良い印象を持ってもらいたいと必死なんだ」
「だから―――」と言ってクライヴァル様は体勢を戻し、魔術師長様との話を終えてこちらに向かってくる殿下とクリスティナ様を見据えた。
「私からもしっかりと釘を刺しておかねばいけないな」
そう言ったクライヴァル様の瞳は仄かに冷たさを含んでいるようだった。
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いつも読んでいただきありがとうございます。
今年中に最低でもあと一話は書きたいと思います。